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PFFアワード

PFFアワード作品紹介

1981年:第4回ぴあフィルムフェスティバル一般公募部門入選作品

作品名 監督名 作品名 監督名
『愛していると言ってくれ』 加藤 哲 『'79・11~'80・3』 高見雅計
『あまぎらふ』 小林浩道 『ねんねこりんりん』 長谷川 久
『終りなき夜』 長崎敏朗 『HIGH-SCHOOL-TERROR』 手塚 眞
『休憩』 飯田譲治 『花咲くオトメ』 石田 周
『教訓 I』 笹平 剛(利重 剛) 『ブランキック公三』 碓水 明
『幻色志向のためのプレリュード』 WINK 『放課後』 倉田恵子
『三月』 松岡錠司 『まじかよ?』 芹沢洋一郎
『しがらみ学園』 黒沢 清 『まほろば』 小林浩道
『上海航路』 山下欣宏 『水の中のねこ』 喜島克明
『送春記』 宝保喜良 『メキシカン・マウンテン』 和田圭一
『東京白菜関K者』 緒方 明 『夜明けの晩に』 堤 章男

応募総数 490本 入選 22本

『愛していると言ってくれ』

監督:加藤 哲

子どもが幼年期、ようやく母親から離れたとき、波打際でナイフを拾うという象徴的なプロローグから、再びナイフを海へ放り投げるエピローグまで、ナイフで友人を傷つける小学生、通りすがりの物、人を片端から傷つけて歩く青年のエピソードなど、ナイフを軸に屈折しねじまげられたコミュニケーションのイメージがつづられていく7話のイメージ・オムニバス。

1980年/8ミリ/カラー/65分
監督・脚本:加藤 哲
撮影:有本武司 助監督:本田 明、田中重幸
出演:木場 剛、宇佐美多恵子、劇団日本児童

『あまぎらふ』

監督:小林浩道

土手にうずくまる少女に通りすがりの青年。彼女の指差す方向にいる数人の少年たちから不思議な世界が始まる。生と死という図式の世界で、感情を極力制御された主人公や、生が正義で死は悪であるなどという表面的な把握を否定した描写が、押さえた音響と合致して叙情に満ちた詩的世界に昇華させている。生きることと作ることが、これ以上ない程に出会った軌跡が漂っている。

1979年/8ミリ/カラー/26分
監督・脚本・撮影:小林浩道
制作:富沢茂昭 音楽:北村恵美子
出演:小林博和、峯村ゆかり、石田裕人

『終りなき夜』

監督:長崎敏朗

かつて映写技師だった老人、1人暮らしを慰めるカセットデッキ、モボ(モダンボーイ)だった昔、恋人だった女性のヌード写真。それらは演ずる成田氏の現実だ。それらを残酷に切り取り、自らの主題に基いて構成。職を失ったという設定だけで、これ程までに現在をみせるのはしわだらけの、歯のない口の、冷たく突き離した丹念な映像の誠実さだろう。セリフを一切使わず、長崎監督がそこで出会ったものを詩的に凝縮した狭い部屋は、日常の中で気付かずにいた何かを発見させてくれて興味深い。

1979年/8ミリ/カラー/17分
監督・脚本・撮影:長崎敏朗
出演:成田安エ門

『休憩』

監督:飯田譲治

一度撮影した風景をスクリーンに投影し、それを再び撮影した画面。その再撮影した画面が、クイ打ちの音とともに変っていく。何の変哲もない、地方の風景。田んぼの中を伸びる道路や電柱の群れ、大きなひさしの木造の家屋。それらの風景が再撮影のためにぼうっと記憶の中の風景のように変貌する。電気的に作られたノイズのような音響とクイを打つ音が、脳の記憶回路の風景を叩き出していく。と一瞬、風景のスクリーンの前に少女が立ち、その少女の回りを風景が回転していく、一種のスクリーン・プロセスによる合成が変化をもたらす構成も含めて、全体がアイデア以上の成果を上げている。

1980年/8ミリ/カラー/10分
監督・脚本・撮影:飯田譲治
助監督:飯田 裕、志川阿杜又
出演:斉藤史香、茅野哲也

『教訓 I』

監督:笹平 剛(現・利重 剛)

ある高校のある日の朝礼、突然、徴兵制が敷かれることが教頭から宣告される。みんな何の事か分からぬままに可決されたことになり、軍事教練が始まり、やがて、やはり軍隊を持った他の学校との戦争にまで発展する…。学校を1つの国家にたとえて己れの学校を守るためには軍事力を持たねばならぬアイデアは、ややもすれば風刺のための風刺になりかねないところだが、校長の千葉県人のエピソードなど、千葉県人という言葉をあたかも人種のように使ってしまうところに代表されるように、風刺が笑いを生み出すギャグの質を保ち、上出来の喜劇にもなっている。

1980年/8ミリ/カラー/35分
監督・脚本・撮影:笹平 剛
音楽:最賀俊介、古賀弘之 製作:熱血笹平組&放浪舎
出演:鶴田雄次郎、加瀬文照、彦坂 誠

『幻色志向のためのプレリュード』

監督:WINK

女性の顔や目のスチールを基本的なモチーフとして、1コマとそれに続くコマの自由な関係性が生み出す驚きの世界は、意味不明な女性の声などと激しい衝突で増幅され、ダイレクトに知覚に響いてくる。演劇的でも文学的、絵画的でもなく、映画的であることを志向したこの映画は現実的時空間では決して結ばれず、そのために試験済みで間違いのない映画にはない、伝統的に受け入れられていてありきたりの映画にはない面白さを持つ。

1980年/16ミリ/カラー/5分
監督:WINK
映像:渡辺 宏、野村壮吾、久保修一
音響:戸森 修

『三月』

監督:松岡錠司

大学に進学する先輩に思いを寄せる1年下の女子高校生。故郷を離れ、大学へ通うために東京へ向かう先輩に、将来結婚した2人の生活の夢まで語るが、先輩はその夢を共有することをためらう。季節の変り目であり、学生たちには生活の変り目である3月。家庭での生活、学校での生活を追いながら、女子高校生のロマンティックな夢をリアルな表情や会話などで描き出している。

1980年/8ミリ/カラー/45分
監督:松岡錠司
脚本:塚本勝利、松岡錠司 撮影:小沢敏彦
出演:西村むつみ、伊藤健志、桜井美貴子、松岡錠司

『しがらみ学園』

監督:黒沢 清

冒頭、ありふれたストーリーが提示される。ある学生組織の内ゲバの話だ。主人公がカバンを奪ってくると、組織が彼の女ともどもそのカバンを奪い返すという話がそのまま始まる。カバンを持ち帰った男が女と向かい合う。その部屋は何故か左右相称。しかも小津調そのままのローアングル、フィックス画面。左右相称のフスマに男と女の服が相称に掛けられている。深夜、部屋に踏み込まれてカバンを奪われた男が畳に落ちているハンガーを拾い、彼の視線がフスマを昇っていくと、何故か男の服だけがある。こうした臨場感を伴って展開する。ロジックに構築されたリアリズム描写で“状況”の連鎖状態をつくり、いつの間にかストーリーをはるかに陵駕していく。これが映画の構造である。あまりに巧みすぎて全く偉大なる冗談だと思えるほどだ。

1980年/8ミリ/カラー/63分
監督・脚本:黒沢 清
撮影:万田邦敏 協力:笠原幸一、本山俊也、浅野秀二 製作:パロディアスユニティ
出演:森 達也、久保田美佳

『上海航路』

監督:山下欣宏

いつの頃か戦争が始まっていた。荒れ果てた国境地区ファイヤーバードを守る警備兵テイクファイブは、毎日1人で無線機のそばに座っている。戦線がどうなろうと彼には関係がない。顔も知らぬ無線機の向こうの同僚と、無線ポーカーの勝負を楽しむことが毎日の日課だ。漠然と幻の都の幸福を信じる少女マリーナは、上海行きの難民船に乗るためにこの国境を訪れた。しかし、彼女の未来は非情な銃声で叩き潰されるのだった…。夢や希望、そして自由を渇望することが死につながる管理統制社会への恐怖と危機感。詠嘆することをテレるハードボイルド・タッチの語り口がシャレのめしていて実に素敵だ。

1980年/8ミリ/カラー/25分
監督・脚本:山下欣宏
台詞:大沼弘和 撮影:木内 裕 録音・効果:高橋博和、辻井義隆
出演:吉川廣志、鈴木美穂子

『送春記』

監督:宝保喜良

ホモだと言われるほど仲の良いTとK。TにはT女というステディがいるがうまくいかなくなっている。2人が公園で出会ったフォーク・グループのボーカルのY子。Y子とKはそれとなく魅かれ合う。一方、T女は昔のボーイフレンドとよりを戻そうとしている。そんなありふれた高校生たちの青春群像のなかで、Tの悪意とY子のふとしたあやまち。ある者はただ目の前の空白の猶予の時間を見つめる。ともすれば、みんなで楽しく映画を作りましたというだけで終りがちな、大集団による製作のこの作品は、徹底してハイ・センスなセリフによる、ハイ・センスなコメディ・タッチの仕上がりを見せている。

1980年/8ミリ/カラー/70分
監督:宝保喜良
脚本:宝保喜良、金子 功、高橋紀彦 撮影:佐藤義則 音楽:藤江隆男 製作:グループHOWとひょうこま連合
出演:岩満恭大、井上玲子

『東京白菜関K者』

監督:緒方 明

ある朝起きたら、白菜男になっていたK。街へ出たKは、疎外感や不条理に悩む暇もないくらい、モテてモテて、さまざまな事件や人々に追いかけ回される。そして、くたびれ果てたKは土に戻っていく…。明らかにカフカを下敷きにしながらも、全く心理描写や文学性とは無縁なところで、男の顔に白菜をかぶせたコスチューム、そして彼にただひたすらに街を迅走させる視覚的なアイデアだけで映画を成立させていく手腕は見事。走るKを追っていく手持ちのカメラ。一見乱暴な編集はバックグラウンドで鳴り響くロックのサウンドと心地よい対位法をかたちづくる。白菜が異常に高騰した時期の、街頭インタビューなども混じえながら、本来ならばKの内部の出来事として描かれるべきものを、すべて彼の外部の出来事に視覚的に置きかえていく手法は、すぐれて映画的であり、因果関係に縛られない新しいアクション映画の萌芽も見える。

1980年/8ミリ/カラー/62分
監督・脚本:緒方 明
撮影:石井聰亙 照明:手塚義治 製作:ダイナマイトプロ
出演:尾上克郎、保坂和志、日野繭子、室井 滋

『'79・11~'80・3』

監督:高見雅計

裸電球に照らされた友人の顔。朝の食卓。写真を撮る女。煙草を喫う女の表情。寝巻姿の女。夜の食卓。車窓の風景。鏡に向って髪を結う裸の女。海、はしゃぎまわる女。夜、酒を飲む女…。題名が示すとおり、この期間に、作者が折に触れてカメラを回した映像の断片をつなぎ合わせた作品。素材は作者の身の回りと周りの人々だけに限定され、人々は撮られていることを意識し、カメラを見たり、カメラに笑いかけたり…つまり、カメラの後ろにいる作者を見たり、作者に笑いかけたりしているのであり、この映画は作者の視線と同時に作者に向けられた視線をも記録しているのである。カメラを覗く作者の呼吸とカメラに笑いかける人々の声がサイレントの画面から聞こえてくるようだ。8ミリのホーム・ムービーとしての良さを100%生かした貴重な作品である。

1980年/8ミリ/カラー/40分
監督・制作・撮影:高見雅計
出演:周囲の人たち

『ねんねこりんりん』

監督:長谷川 久

高校卒業によって片や東京、片や名古屋と別れ別れになった愛し合う男女のカップルが、近親相姦、失業、天女との出会いなどさまざまな事件のなかで、お互いを探し合い、すれ違いを繰り返しながら、最後には再会し、2人で新しい星の生物になるまでのメロドラマ仕立てのラブメルヘン。セリフ、道具立て、アイディアのすべてがわざとらしく作り物めかしてあるこの作品は、全編それに徹しているためにかえって強い説得力を生んでいる。愛し合う2人を引き離し、男を手に入れることに失敗した天女が、大好きな地球を風船をふくらますようにふくらまして破裂させてしまい、2人は新しい星の生物となるというスペースファンタジー的な結末も楽しい。ラストの新しい星の風景にかぶさる2人のミュージカル風なデュエットによるオリジナルテーマソングが圧巻。

1980年/8ミリ/カラー/45分
監督・脚本・撮影・音楽:長谷川 久
協力:愛知医大映研
出演:牡鹿埜としあき、倉知三希子、すもももも

『HIGH-SCHOOL-TERROR』

監督:手塚 真

放課後の教室に2人の女子高生が残っている。やがて夜になると、1人がホラー映画のそこのけのいたずらをするが…。ラストのどんでん返しまで息をつかせずに見せる短編。ホラー映画ごっこがやがて本当のホラー映画になるという構造をもった本作は、ホラー映画への作者のオマージュであるとともにホラー映画の見事な習作となっている。ロングと寄り目をうまく混ぜた適切な切り返し。ホラー映画特有の仰角のショット。空間を漂うようなカメラの移動、人物のアクションを適切にフォローしていくカメラ。それらを程良いタイミングでつないでいく抑制の利いた演出力。照明も1灯か2灯の簡単な照明で雰囲気を出して頑張っている。

1979年/8ミリ/カラー/6分
監督・制作・撮影・編集・録音:手塚 真
協力:成蹊高校映画研究部
出演:吉岡妙子、坂井くみ子

『花咲くオトメ』

監督:石田 周

イントロのナレーションからガラッと変わって吉永小百合が“かわいいつぼみが花になり、花が散っても実は残り…”と唄うタイトルバック、そしてその延長かと思われた少女のドキッとする一言。雰囲気の全く異なる3者がピッタリと結ばれるイントロ。その後に続く何とも残虐で恐ろしく悲しいストーリーは湿っぽくなく、おどろおどろしくなくサラリと描かれている。少女はひまわりの種と人形の“私の赤ちゃん”を一緒に土に埋め、相手の青年に復讐する。その儀式の後の一言もゾッとさせる。そんな内容と裏腹に画面展開はまったく現実クサくもなければ悲壮感もない。それだけに童話と同じ残酷さが増幅していく。

1980年/8ミリ/カラー/15分
監督・脚本・撮影:石田 周
協力:和田英樹、芦川 圭
出演:霜田恵美子、高橋さやか、浜田裕次

『ブランキック公三』

監督:碓水 明

限定された風景と省略されたセリフによる、うだつのあがらぬ学生運動家の何気ない日常の繰り返しが、徐々にしかし新たなドラマを加えながら確かに変化していく。自分が見ている周囲の生活を自分の方法で自分のものにしようとしている主人公の気持ちが痛い程に伝わってくる。3人の女性の各々に異なる哀しさ、優しさ、強さが奥底で主人公と深く結びつき、一つの感情を貫き流れていく描写も胸を打つ。ラスト近くで仲間の元から、ある“実力者”の個人テロへ走る映像のパワーはそれまでの異質な両者の空間を一挙に重ねてしまい、ドラマの展開以上のものを見せてくれる。

1980年/8ミリ/カラー/80分
監督・脚本:碓水 明
助監督:三輪誠之、中島 孟 音楽:宮尾正信 製作:慟哭プロ
出演:碓水 明、石橋明子、折中敦子

『放課後』

監督:倉田恵子

女性特有のナイーブな感性のドラマが無理せず、形式に毒されずに伝わってくる。多様なイメージを合成する映画が多い中で、1つのイメージをポツンと置いただけのこの1分間は、かえって漂ってくるものを多様にしている。放課後、誰もいない廊下に女子高生たちのあのヒソヒソ話が聞こえてくる。多くの男性が苦手とする女子高生の群れが想起されるだろう。あの話の内容がよく理解できないのは男性だけだろうか?青緑を基調とした彼女のシルエットと指は美しく、ガラスのルージュを拭う仕草に喧嘩の後の空気が漂う。男も女も基本的には変わらないと思ってみても、女ってこういうのを平気で見せるからコワイのだ。

1980年/8ミリ/カラー/1分
監督:倉田恵子
出演:風野桂子

『まじかよ?』

監督:芹沢洋一郎

“自分の高校生活は最悪なわけだが、自分が最悪であるうちに、その感じを表現したかった”という監督の気持ちが、ダイレクトな映像でつづられていく。自分の部屋で何故か眼帯を着けながらアルバムを眺める主人公。全編にわたる鼻をすする音。公式のように繰り返される教室の風景。そんな静かな流れを見せる前半とは違い、後半はオートバイに乗った少年を殴り続けるなど、ドロドロとたぎる暴力衝動、視覚的サディズムのパワーが溢れている。

1980年/8ミリ/カラー/10分
監督・脚本・撮影:芹沢洋一郎
助監督:野田伸弘
出演:樋口南海、富沢卓男、高木雅明、古谷野俊一

『まほろば』

監督:小林浩道

学校帰りの雪道を2人の少女が歩いていく。彼女たちは山に抱かれて雪に籠る“まほろば”の住人。灰色のコートを着た少女・冬は、降りしきる雪に指を凍らせて冷たい白い塔を作っている。黄色いコートを着た少女・春は、少し離れたところでじっと見ている。雪に恋する冬少女は永遠にイノセント。閉ざされたままで、やがて死に向かう。春少女はそれを悲しんで冬少女の“まほろば”を打ち壊す。冬少女は移り行く季節に逆らえないことを知った。大人になる日が来るのだ。しかし冬少女の青春の潔癖は、死を賭して自らの堕落を阻もうとする。春少女は冬少女の肩を抱く。少女たちの頬に透けて見える赤い血の色。これは少女無惨の美しい神話である。雪に籠るまほろばは、やがていつの日か忘れられる。どこかで、春の鳥が鳴いている。

1980年/8ミリ/カラー/16分
監督・撮影・編集:小林浩道
助監督:北村勝弘 製作:あまぎらふファミリー
出演:柏崎由香利、石川ゆかり

『水の中のねこ』

監督:喜島克明

ピンホール・カメラの中に棲んでいるスナとミズ。彼らの語りにそって映画はあらゆる夢を見る。レンズを持たないカメラは貪欲に首を振って、世界のあらゆる光を集めようとする。スナは、ピンホールを抜けて来る光だけではあきたらず、自分の眼をピンホールにして、脳に直接焼き付くような風景が欲しいと願う。画面は、そんなスナの野望どうりに、いつも物の周囲を回り、パンし、フォローし、左に走り抜ける列車と右に駆けていく男を同じフレームの中に見ていたいという欲求にギラつく。天地左右を逆に写す虚像の風景からスナは脱出しようとする。ミズは動かない。彼女はカメラの中の暗闇に座っていても充分に自由だからだ。スナはとうとう、まぶしすぎる外界に出る。彼はやがて目がかゆくなり、すぐに実態の世界を疑うはずだ。“見る”という生理的機能を、メカニカルな記号に置き換えてみようとする実験的精神が息づいている作品。

1980年/8ミリ/カラー/29分
監督・脚本:喜島克明
撮影:高島健一 撮影補:中野民夫 製作:映酩亭プロダクション
出演:森 道子、石富由美子、南 晋一郎、喜島克明

『メキシカン・マウンテン』

監督:和田圭一

何故かサボテンに一目惚れして思わずガブリと一口かじった男が、みるみるサボテン・トリップ(?)して幻想世界を駆け回るというポップなアニメーション。魔女に追われて海に逃げれば虚空の目玉がギョロリ!気が付けば身体が縮んで石だたみの上を蟻みたいにチョコチョコ。菩薩さままで現れて大混戦となる。
まずキャラクターの動きを数百枚のスチル写真に分解して彩色し、今度はそれを1枚1枚コマ撮りで動かして現実にはあり得ないアクションを創造する手法に加えて、実写のコマ撮りをうまくつなぎ込み、トリップ感覚特有の遠近感のアンバランスやトロピカルな色彩設計、追っかけの強迫観念などをうまく表現している。

1980年/16ミリ/カラー/5分
監督・撮影:和田圭一
音楽:堀江欽也 スチール&アニメーション:藤田雅之、藤田愛子
出演:吉川優子、永井 卓

『夜明けの晩に』

監督:堤 章男

20歳の女性がラジオドラマ用に書いた生理的な文学世界が原作。終電に乗り遅れた少女が電話ボックスの中で一夜を過ごす間に、相手のいない受話器に向かって話す言葉には彼との別離の悲しさよりも身ごもった優しさが印象づけられる。そして徐々に彼女の隙間、幼い頃に双子の妹が死んだことや母親から自立しようと思っていること、本当は彼が恋しいこと、が見えるにつれ、映像の動きは感情の動きとなっていく。雨から彼女を守る筈の電話ボックスは子宮のようではあるが、実は寒々しいもの。そう気付いた時、朝がやって来るのだった。

1980年/16ミリ/カラー/27分
監督:堤 章男
制作:渡辺宏司 原作:赤木素子 撮影:榎本岳志 助監督:神田健一 録音:田中竜雄 照明:高橋良章 製作:多摩芸術学園
出演:森光順子

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