「PFFアワード入選監督に聞きました!―なぜ私は映画をつくるのか?―」第3回:草場尚也監督

映画祭ニュース

PffAward2021_interview.jpg 「PFFアワード2021」は、現在作品を募集中です!締め切りは3月23日。
そこで、近年のPFFアワード入選監督の生の声をお届けすべく、「映画づくり」や「PFF」に関するアンケートを行いました。

第3回は、『スーパーミキンコリニスタ』で「PFFアワード2019」ジェムストーン賞(日活賞)とエンタテインメント賞(ホリプロ賞)をダブル受賞した草場尚也監督です。

<更新予定>
第1回:工藤梨穂監督『オーファンズ・ブルース』
第2回:中尾広道監督『おばけ』
第3回:草場尚也監督『スーパーミキンコリニスタ』
第4回:城 真也監督『アボカドの固さ』 3/1(月)アップ予定
第5回:金子由里奈監督『散歩する植物』 3/8(月)アップ予定
第6回:石田智哉監督『へんしんっ!』 3/15(月)アップ予定

---------------------------

草場尚也監督(PFF入選作『スーパーミキンコリニスタ』)
1991年生まれ、長崎県出身。大学在学時、大分シネマ5に通い、映画の魅力に取り憑かれ、湯布院映画祭のスタッフを経て、映画美学校に入学。制作会社に勤務し、連続ドラマや商業映画の現場で活躍する傍ら、『スーパーミキンコリニスタ』を制作し「PFFアワード2019」でジェムストーン賞とエンタテインメント賞の2冠に輝いた。本作は東京・ポレポレ東中野を皮切りに神奈川、名古屋で劇場公開。今週26日(金)~3月11日(木)は別府ブルーバード劇場で上映が決定している。

20210222-1.jpg
Q1. 映画監督になりたいと思ったのは何歳の頃ですか?またきっかけは何ですか?

18歳の頃、志村正彦の死に大きな影響を受けました。人生を全うすることについて、深く考えるきっかけになったのです。その頃はぼんやり、何かを追い求めて生きることに憧れを抱いたに過ぎなかったのですが、それが映画だと信念を持てたのは21歳の頃です。当時大学3年生で、周りが就活を始めた頃、大分シネマ5で『桐島、部活やめるってよ』を観ました。トークショーに吉田大八監督が来るということもあり満席で迎えたその上映は、極上の映画体験でした。観客の笑いや涙、その強烈な熱気を同じ空間で共有し、映画館がLIVEだと気付いた瞬間で、フラフラとした頭で吉田監督との座談会に参加しました。
自分自身、まさに人生の岐路に立っていたのでそれとなく相談をしたのですが、監督にバッサリと斬られました。
「他人に辞めろと言われて辞めるくらいなら、所詮そんなもんでしかないよ」と。
その言葉は否定ではなく、背中を押してくれるものに感じたのです。
それから一年後に上京しました。


Q2. 初めて監督した現場での出来事や感じたことを教えてください

初めて監督したのは学生時代、自分が立ち上げた映画サークルで1本目の制作に取り組んだ時でした。右も左もわからない状態で、残念ながら完成には漕ぎ着けませんでした。金木犀を題材にしていたのに、金木犀が散ってしまったのです。気付けば秋は終わり、冬の寒さに士気は冷めていました。思えば、どんなカットがOKでどうしてもう一度テイクを重ねたいのか、自分でもわかっていなかったのだと思います。
そんな苦い思い出がありますが、初めて脚本を書き上げた時は達成感がありました。人生で初めて書いた脚本を誰かに見て欲しくて、当時付き合っていた恋人に読んでもらいました。感想をもらおうとしたのですが、その子が読み終わると涙ぐんでいて。良かったよ、と言われた時は初めてモノづくりで喜びを感じた瞬間でした。それなのに、その数ヶ月後にフラれたのはどうしてだったのだろう、これもまた苦い思い出。
ミキンコリニスタに出会う、まだ前のおはなし。


Q3. 映画制作でくじけそうなときの乗り切り方、気分転換の方法は何ですか?

ひたすら映画を観ることです。
素晴らしい映画に出会うと、自然と手に力が入り、撮りたいものを考えてしまいます。
何よりもモチベーションが上がります。
映画館に行くことが一番ですが、その帰り道に銭湯へ行くのも欠かせません。
交互浴で整うと、頭がスッキリするので気分転換にはもってこいです。
銭湯の熱い湯船に入って、ワンアイディア思い浮かぶまで出ちゃダメだってルールを自分に課すのですが、全然思い付かずに慌てて水風呂に飛び込んだ瞬間、何か閃くこともあります。


Q4. PFFに応募しようと思ったのはなぜですか?

学生時代からPFFに応募していました。地方の大学で、私はどうしようもなく無知だったのですが、当時はPFFくらいしか応募できる映画祭を知らなかったです。
今は他にも様々な映画祭があるのを知っているので、実際に出品したりもしています。
当時は自分の周りで映画を作っている人が皆無という環境だったので、本当に色々と疎かったなぁと。
初めて国立映画アーカイブ(まだフィルムセンターの頃)に行ったのは、上京してからですが、こんなに大きな劇場だったんだと驚いたのを覚えています。
でも、本当のところいうと、またチャンスがあったとしても、もう一度PFFに応募すると思います。
園子温・橋口亮輔・高橋泉、自分が心の底から夢中になった監督はみんなPFF出身だったからです。
今でもずっと、憧れの場所です。


Q5. PFFに入選して、一番印象に残っていることは何ですか?

入選後、初めましての合同オリエンテーションがあり、その場でPFFディレクターの荒木さんが『PFFは作った監督の為にこそある』と言ったことです。
それは、入選作の2回の上映にて、監督が舞台に上がってのトーク(挨拶)があるのですが、監督の話がちゃんと聞きたいという思いでの発言だったと思います。
作家不在と言われがちなこの時代。
私は監督である前に、イチ映画ファンとして、作家性の強い映画を好みます。
その人にしか作れない映画、自分の知らない世界を見せてくれる映画、感じたことのない気持ちを抱かせてくれる映画。
荒木さんの映画作家を育てようとしている姿勢に、やはりここに憧れて良かったと救われた気持ちになりました。
実際に行った舞台挨拶では、全然上手く喋れなかったのですが。
その年の入選作は全部観ましたが、多くの素晴らしい映画に出会った中でも
特に『おばけ』を観たときの感情も大事に取っておきたいと思います。


20210222-2.jpg
第41回ぴあフィルムフェスティバルで『スーパーミキンコリニスタ』が上映された後の1枚



20210222-3.jpg 『スーパーミキンコリニスタ』
【作品データベース】


第43回ぴあフィルムフェスティバル コンペティション
「PFFアワード2021」作品募集中!
2021年2月1日(月)~3月23日(火)
【作品募集ページ】