No.19:第13回ブエノスアイレスインディペンデント国際映画祭(前編)

海外レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

第20回PFFスカラシップ作品『家族X』in 第13回ブエノスアイレスインディペンデント国際映画祭 (アルゼンチン:2011年4月6日~17日)

『家族X』の吉田光希監督が参加した3つの海外映画祭の体験記を、全6回に渡って連載していくシリーズ企画第3弾。
今回は2箇所目の映画祭、日本の裏側アルゼンチンのブエノスアイレスからのレポートです。

映画祭のメインホール。左側にシネコンHoyts Abastoの入り口が写っている。

通称BAFICI(バフィスィ)と呼ばれるブエノスアイレスインディペンデント国映画祭。
日本で紹介されることは少ないですが、上映される作品数は、前回レポートしたベルリンに匹敵するぐらいの多さで、南アメリカでは大規模な映画祭のひとつです(上映作品数は438本)。毎年日本からの参加作品も多く、自分も過去にPFFアワード2008の入選作となった『症例X』が上映されました。
前作では作品のみの参加でしたが、今回の『家族X』では映画祭のメインとなる国際コンペティション部門での上映ということもあって、招待を頂くことが出来ました。

映画祭への参加が決まり、まずは現地の様子を調べることから始めたが、旅行ガイドでもブエノスアイレスに特化したものは少なく、なかなかイメージがしづらい。特に気になるのは治安についてだが、外務省のウェブページではアルゼンチンへの渡航に関して、首都ブエノスアイレス市の周辺都市に危険情報を出している(2011年9月現在も有効)。「首都は除く」とありながらも若干の不安を抱えたまま出発日を迎えた。

ブエノスアイレスまでは、まずカナダのトロントを経由することになる。
約12時間のフライトを終えてもまだ半分の距離…。加えて、トロントでは乗り継ぎ便の待ち時間が7時間もあるというハードな行程だった。トロントからは、一度チリのサンティアゴを経由する約13時間のフライトで、東京→トロント間よりも長い時間がかかる。アメリカ大陸の巨大さとブエノスアイレスの遠さを改めて実感した。

合計で30時間を超える長旅を経て、アルゼンチン・エセイサ国際空港に到着。
まずは手持ちの現金を現地通貨に変えようと、真っ先に目についた両替所に向かった。日本ではアルゼンチン・ペソの両替は出来ないので、レートの安定した米ドルを持って行くと便利。後で気が付くことになるが、この空港の両替所はレートがかなり悪い。市街地に入れば銀行や両替屋が沢山あるので、手荷物受取所のすぐ横にある両替は使わないことをおすすめする。

空港を出るとすぐに、えらく美人な映画祭スタッフがアルゼンチン流の挨拶で迎えてくれた(お互いのほっぺたを合わせてチュッっとする)。平静を装いながらも内心は小躍りしつつ、更に車で1時間ほどの距離を移動し、映画祭のメイン会場となるブエノスアイレス・パレルモ地区へと到着した。

メイン会場のある巨大なショッピングモールの外観。

Hoyts AbastoでのQ&Aの模様。右が吉田監督。

BAFICIのメイン会場は、巨大なショッピングモール内にあるHoyts Abasto(ホイストアバスト)というシネマコンプレックスで、映画祭が用意してくれるホテルもこのモールのすぐ横にあるのでとても便利である。

会期中『家族X』の上映は全部で3回。到着の翌日、さっそく最初の上映を迎えた。
会場は3分の2ぐらいの入り。上映後のQ&Aは、現地在住のモニカさんという日本人女性がスペイン語に通訳をしてくれた(彼女は日本から来るテレビ撮影などのコーディネート業務をされている方で、ブエノスアイレスで産まれ育ったそうだ。前年のBAFICIでも日本語通訳を担当していて、映画祭事情にも詳しい大変心強い人だった)。

Q&Aの質問は、手持ち撮影の意図や、「これは日本の家庭が抱える問題なのか?」など、ベルリンの時と同じものもある。「映画で扱う病がアルゼンチンだけでなく日本にもあるということを知った」という感想を頂き、海外でも通じる描写が出来ていたことに安心する。印象的な質問に「この映画に写っているのは日本のどこなのか?」というものがあり、「東京だけども市街から離れた郊外の住宅地。同じような収入、同じような核家族が隣り合って暮らす場所を舞台にすることで、どこにでも起きる家族の問題という印象を作りたかった」と答える。ブエノスアイレスの観客にとって、遠く地球の裏側にある東京のイメージはやはり限定されたもので、映画に映る新興住宅地は真新しいものだったのかもしれない。

翌日の2回目の上映も同じHoyts Abastoで行われ、2作目の長編作品として紹介されていたため、「前作はどのようなテーマを扱ったのか?」と聞いてくれた人もいて、『症例X』についての話をする機会もあった。

女性の観客からは、「この主婦はなぜ外へ働きに出ないのか?」という質問。
アルゼンチンでは“専業主婦”というものはほとんどないらしく、出産前後の期間を除けば、外での勤めに出ているのが一般的だという。孤独を抱えながらも外には出ず、家庭での主婦業のみに専念する登場人物を理解しづらく感じる人もいた様子だった。

BAFICIの会場はショッピングモールのメイン会場のほか、市街に12箇所点在していて広範囲で上映が行われている。移動手段としては地下鉄のほかにコレクティーボと呼ばれる路線バスがあるが、こちらは路線の数も多く、ルートが大変把握しにくい。停留所で手を挙げて停めなければいけなかったり、乗り慣れていないと非常に使いづらいものだったのでほとんど使うことはなかった。

3回目の上映g行われたAtlas Santa Feの外観。

ブエノスアイレス3回目の上映は、メイン会場から少し離れた場所にあるAtlas Santa Fe(アトラス サンタフェ)という、賑やかな商店が建ち並ぶ中にある映画館。スクリーンは巨大で座席数も多く、今回上映された中では最も大きな劇場だった(上映環境はあまり良くなくて、若干ピントの甘い映写であった…)。
Q&Aでは、使用した撮影機材についてや、「日本では映画製作時に公的な機関からの支援はあるのか?」等、ベルリンに続いてやはりここでも予算についての質問が出る。インディペンデントで映画製作を続けるアルゼンチンの若いフィルムメーカー達も、他国の製作事情に興味があるようだった。
映画と実社会の違いはどの回でも出てくる質問で、「この映画が扱う家族の問題は、現代的なものなのか、それとも昔からあるものなのか?」と聞かれ、「ある時代の象徴的な家族像を伝えるための映画ではなく、コミュニケーション不全がもたらす危機的な関係性を描こうとした」と回答する。

現地到着の翌日から、連続して3日間。あっという間にBAFICIでの上映を終える。残りの滞在は他の映画作品を鑑賞しながら、国際コンペの表彰式を待つことになる。

〈次回は街の様子を中心にレポート!後編につづく〉

文:『家族X』監督 吉田光希