No.20:『家族X』in 第13回ブエノスアイレスインディペンデント国際映画祭(後編)

海外レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

第20回PFFスカラシップ作品『家族X』in 第13回ブエノスアイレスインディペンデント国際映画祭 (アルゼンチン:2011年4月6日~17日)

『家族X』の吉田光希監督が参加した3つの海外映画祭の体験記を、全6回に渡って連載していくシリーズ企画第4弾。
前回に引き続き、日本の裏側アルゼンチンのブエノスアイレスからのレポートをお届します。

コンペティションの表彰式での吉田監督。

BAFICIでは、映画祭パスカードで取れる鑑賞チケットは一日2枚までとなっている。しかしIDチェックなどはされないため、一度2枚取ってから、時間を置いてもう一度チケットカウンターに行けば、また2枚発券することができる(カウンターの担当者に顔がバレなければ際限なく取れるのだ)。

この映画祭で最も人気があるのはやはり自国作品のようで、アルゼンチン映画は早い時間でチケットが完売となってしまうものが多かった。
上映終了が深夜になる回もあるが、会場からホテルが近くのため、割と安心して予定を組むことができる。安心といっても深夜の街には油断ならない雰囲気があって、夜間営業をする商店は、強盗防止のため店前に鉄格子があり、20時頃を過ぎると格子に付いた小窓から商品の受け渡しをしていた。この光景には気持ちが引き締まる。

ブエノスアイレスの街は碁盤の目状に区画が別れていて、大通りと細かい何本もの路地に別れている。外を歩く際の注意として、「裏通りは昼間でも危険なので必ず大通りを歩くように」と言われていた。少しだけ路地を歩いてみたが、1ブロック裏に入るだけでも雰囲気がガラっと変わる。何をするわけでもなく、ただ路上に立っている人もチラホラと居て、こちらを見ていたりする…。日本で得た情報では「首都は安全」というものだったが、近年、市街の治安は若干悪くなりつつあるという。若い十代の少年たちが麻薬や拳銃などを所有していて、彼らによる強盗などが起きているそうだ。
映画祭の会場とホテルは、いずれも大通り沿いにあるので比較的安全ではあるが、油断ならない街であることは間違いない(滞在期間中にも、メイン会場のショッピングモールから500mほどの場所で、日中に歩行者が強盗にあう事件が起きていた)。

表彰式会場。ライブハウスが会場になっている。

4月のアルゼンチンは初秋。昼間は観光、夜は映画鑑賞という日々を過ごす。昼はまだ暑いが、夜になると若干の涼しさがある。日本での9月の気候によく似ている。

観光名所となっているボカ地区はタンゴ発祥の地。有名なサッカークラブの本拠地にもなっていて、訪れた際は丁度試合の日だったので興奮したサポーター達で溢れかえっていた。サッカー好きならばアルゼンチンリーグの観戦なども良いかと思う。
ただしこのボカ地区、ブエノスアイレスの中でも最もデンジャラスなゾーンらしく、街の中でも経済的に厳しい状況にある人々が多く暮らす場所。
実際に通りを歩いてみたが、なんというか…生存本能に訴えかけるような「ここはヤバいぞ…」という雰囲気がある。旅慣れた人の言葉で「本当に危ない場所は雰囲気でわかる」と聞いたことがあったが、なるほどこういうことなのかと納得する。生物としての危険察知能力を確認したところで、そそくさと立ち去ることにした。

(上)(下)ブエノスアイレス市による東日本大震災復興のチャリティイベントの模様。

映画祭も終わりに近づき、表彰式を向かえる。『家族X』と同じ国際コンペ部門は全部で19本。会期中はなるべく同部門の映画を見るようにしていた。自分が選んで観た作品は、なぜか“主人公が唐突な死を向かえて終わる”という映画が多かった。プログラマーの好みなのだろうか?

表彰式は映画祭のメイン会場ではなく、すこし離れた街のライブハウスが会場となっていた。プレゼンターが壇上に上がると開口一番「ここに来る途中、ショックなことがあり、路上で頭に拳銃を突きつけられました…。」と話す。これにはこちらもショックであった…。

『家族X』は受賞には至らず、グランプリにはヨーロッパに暮らすアフリカ移民の厳しい状況を描いたフランスの作品が選ばれた。
監督が映画祭には不参加で、代わりにBAFICIのディレクターが登壇となったのは少し寂しい。

治安に関しては油断出来ない部分も多くあったが、南米のパリと称されるヨーロッパ的な街並みと、ラテンアメリカの空気が入り交じる独特な雰囲気は、“自分は今、異国にいるのだ”ということを終始体感させてくれる不思議な魅力がある。

滞在最終日、街の中心にある大統領府前ではブエノスアイレス市民による東日本大震災復興のチャリティイベントが大々的に開催されていた。ここアルゼンチンでも3.11以降、震災のニュースは連日報道されたていたそうで、映画祭の観客からも日本を心配する声を何度も聞いていた。遠い地球の裏側でも復興を願ってくれる市民の温かさを感じながら10日間の滞在は終わりを迎える。

映画祭という機会がなければ生涯行くことはなかったかもしれない場所、ブエノスアイレス。こんなに遠い場所でも自分の作品を観てくれる人がいる。
映画は自分と世界を繋いでくれるのだ、と改めて痛感出来る体験となった。

〈次回、『家族X』は韓国へ!全州編へつづく〉

文:『家族X』監督 吉田光希