【オフィシャルレポート】第42回ぴあフィルムフェスティバル オープニング作品『生きちゃった』アフタートーク

映画祭ニュース

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去る9月12日(土)、第42回ぴあフィルムフェスティバルのオープニング作品として、石井裕也監督の『生きちゃった』が世界最速上映され、上映後には石井監督と出演の仲野太賀さん、大島優子さん、若葉竜也さんが本作に込めた思いを熱く語り合いました。
そのトークの模様を、今回特別にご紹介します。

※『生きちゃった』は、10月3日(土)より東京・渋谷ユーロスペースほか全国公開。
【『生きちゃった』公式サイト】

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MC(PFFディレクター荒木啓子):アジアの俊英が集う国際プロジェクトBtoB(Back to Basic:映画の基本に返る)という企画で依頼があった時、即答で受けたとお聞きしました。その時点で本作のアイディアはお持ちだったのですか?

石井:そうですね。本来、僕が映画づくりを始めて、PFFに出品し始めた20代の頃に持っていた初期衝動、ひとつの作品にすべてを込めようとする姿勢、そういう映画づくりをもう一度やってみたい、やらないといけないなと思っていました。

いろんな問題がありますが、虚飾のようなものをすべて引っぺがして、そこに何が残るのか?本質を追及する――30代半ばになりましたがそんな映画づくりをもう一度やってみようと思いました。

映画界もまだその頃はコロナの影響はなかったのですが地殻変動が起こっている中で、自分はこれからどういう姿勢で世界と対峙し、映画をつくっていくか、いずれにせよ考えざるを得ない状況でした。今年になってあらゆる人がそれを自問しないといけなくなったと思いますが、僕の場合、偶然にも1年早くその機会が訪れたのだと思います。

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MC:ゲストの3人は石井監督の言葉でご紹介いただきたいと思いますが、キャストはどの段階で決められたんでしょうか?

石井:何せこの映画をやろうと決めてクランクインまで2か月しかなかったんですが、その間で電撃的に準備をして、普通はそんなスピード感では良いキャストは見つけられないんですが偶然に空いてて、しかもこんな無謀な試みに賛同してくれたのがこの3人です。

映画をご覧になって伝わっていればいいんですが、この映画の凄味は俳優の肉体の迫力と熱気と魂みたいなことでしかないし、それが唯一のこの映画の良さ、ストロングポイントだと思うし、この3人だからできた映画だと思います。

【若葉竜也さん登壇】
石井:この映画の屋台骨を俳優陣として支えているのは、まぎれもなくこの人で、仲野太賀がとてつもなく輝いているとしたら、その功績のほとんどはこの人にある――若葉竜也さんです。

【仲野太賀さん登壇】
石井:仲野太賀さんに関しては数多の20代の俳優の中で実力的には頭一つ抜けていましたが、この映画で仲野さんは熱い思いをもたらしてくれたと思います。実力の違いを見せつけてくれたと言っていいのではないでしょうか。仲野太賀さんです。

【大島優子さん登壇】
石井:大島優子さんに関しては日本中のだれもが知る存在ですが、ポテンシャルが計り知れないことは分かっていましたが、それが見事なまでに炸裂したんじゃないかと思います。大島優子さんです。

MC:今日は監督がキャストのみなさんに聞きたいことをお持ちだということですが、まずは大島さんに、最後の瞬間になぜ叫んだか? ということを...。

大島:それが一発目ですか?

石井:どうしても聞きたくて、この映画は3人それぞれのラストシーンのためにあると言っても過言ではないんですが、大島さんの最後のシーンは急に壮絶な叫びをしたんですよね。あれは何だったのか? 興味がありまして。「叫ばない」って言ってたんですよ、最初は。それが急に本番で叫びだしたんですね。あの表情で。

大島:台本上で、「叫ぶ」とあって、お話しして、こう書いてはあるけど、持っていく感情としてどうなるかわからない――「どういう感情になるかな?」と考えたとき、叫ばないかなと思って監督に「叫ばないかもしれないです」と言ったら「全然いいよ。自分の感情で大丈夫です」と。そのつもりで行ったんですがいざ、そのシーンになって高揚する気持ち、その瞬間に芽生えた思いは一番は恐怖――死に対する恐怖、大事なものをなくす恐怖を奈津美として感じました。人間は何かを訴える時、目や顔の表情、毛穴から出るもので訴えるものもあると思うけど、あの瞬間、腹の底からの叫びが自然と出てしまったんですね。それが「いきたい」という彼女の言葉にならない叫びになったのは台本通り、してやられたなと思います。ト書きの通りになりました。

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石井:台本通りというのはそうなんですが、大島さん自身がため込んできたもの、そういうものを含めて噴出したような気が現場で見てて感じたんですよ。

大島:今思うと、私は嫌なことがあったりすると、一人で部屋で叫ぶこともありますね(笑)。

石井:あんな叫び方を(笑)?

大島:自分で聞いたことないからわかんないですけど枕に顔をうずめたりして(笑)。

石井:あんな叫びを(笑)? どうでしたか?

仲野:奈津美の人生が全て見て取れるような叫びだったと思います。もし大島さんが家であんな叫び方をしてたらかなり心配になりますね。それくらい壮絶な、人の人生を見た瞬間だった気がします。

石井:叫ぶって芝居でいうと簡単じゃないですか? 解放するって簡単なんです。でも大島さんのは次元が違うというか引くくらいの叫びでした。あれは何だったんだろうって。

大島:人前で叫ぶことほど難しいことは私にはないです。私にとってはすごく難しいことなので...どういう叫びになったか、あの瞬間、意図もせず計算もせずに出たから。

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石井:演出側から見ると、嘘を超えて人間がタッチしてはいけない領域まで行ってしまう瞬間があって、その姿はものすごく神々しいんですよね。人知を超えたものを感じるんですよ。そういうものに到達してたので。

仲野:あのシーンを見て、見てはいけないものを見た感覚だし、人に見せちゃいけない領域を見せていたのかなって。事故のようなシーンだったと思います。

大島:役者って仕事、人に見せちゃいけないものがない仕事な気がしていて、見せ方とかはいろいろあると思うけど、自分自身、本人を通しての役となると、見せ方ってスタイルがなくなるので、わからないところに行ったんだなと思います。

仲野:作為とかではないものですよね。

大島:でも爆発するものを信じたというのはあります。それはそれまでの撮影で時間をつくり、一緒の空間をみんなでつくって、奈津美の背景を考えて、そうすると生まれるものがあるじゃないですか。信頼関係があると出していいものだと。だから爆発したものを出せて、それを信じられたんだと思います。

石井:そこで大島さんに聞きたいのが、もうひとつの大爆発と言える太賀くんと若葉くんの2人のラストシーンをどう見ましたか?

大島:愛のぶつけ合いだなって思いました。あそこには奈津美が生きてるんですよね。私があそこで見えて、それがすごく嬉しくて、2人の男性が友情とか、もっと違うところでつながっている絆、はっきりと言えないものがあって、そこに関わってくる奈津美や娘がいて、家族も...取り巻くすべての愛情で出来上がった人物たちがぶつかって起きたということで、気持ちのいい愛のぶつけ合いだなと思いました。

石井:いいか悪いかは別として正直、初めて現場でもらい泣きをしちゃいました。冷静ではいられなくなっちゃったんです。あれこそ映画の原点というか、魂なんじゃないかと。
太賀に聞きたいのは、クランクイン前から太賀は「僕の代表作になります」と言ってて、演出家としてはそこまでの確信は持てなかったんだけど、太賀は並々ならぬ気合いで、その確信はどこにあったんでしょうか?

仲野:僕の俳優として、人生として、自分が10代の時に出会った、石井監督の存在ってすごく大きくて、一人の男として大きな影響を受けて俳優としていろんな気付きを与えてくれた監督だと思ってます。

石井裕也という男に惚れこんでプライベートでもいろんな話をしてて、今回の話をいただいて、役者としていろんなことを思い、芸名を変えたりという節目で石井組への参加の機会が回ってきて、すごく大きな転換点になるなと感じました。

そのうえで脚本を読んで、これほど書いた人の温度が伝わってくるセリフの数々――これまでたくさんの脚本を読んできましたが、その中でもものすごい熱量を感じました。普段、監督が感じていること、表現したいと思っていることがしがらみや忖度なしで、情熱を注いでぶつけられていることがすぐにわかって、いままで僕が映画に対して抱いていた憧れや、映画だからこそ表現できる期待みたいなものがそこに宿っている気がして、それを望んでいた自分がこの脚本を前にして外すというのは考えられなかったですね。これでダメだったら、僕が俳優として望んでいること、こだわりみたいなものが揺らいでしまうような、そんなオファーだったと思います。そのうえで若葉竜也さんとご一緒できるというのは感慨深いものがあって、クランクイン前から「代表作になる」と確信していました。

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石井:仲野太賀と若葉竜也の個人的な繋がりについて、若葉くんの口から説明していただけますか?

若葉:僕と太賀は14年前に出会っていて、その関係性に嘘はないし、太賀が仕事で苦労したり、つらい時期を見てたし、その彼が石井さんの下であのラストを撮るとなった時、最初は自分が今までやって来たことを試される感覚があったんですが、そんな小手先で何かをつくろうとしても、「OKをもらおう」という感覚って邪念に近いような気がしてきて...。何も考えてなかったかもしれないですね、ラストシーンに関して。ただ太賀を見てその芝居を受けて...それだけだったと思います。作為的なことはなかったし。

試写で見て、あの距離感になってることも気づいてなくて「こんな近い距離で芝居してたんだ」と。あの瞬間は違和感なくやってたし、新しい領域に行けた気がしましたね。あれをゾーンというのかは知りませんが。それまでは石井さんがミットを持ってミット内をしていて、どんなストレートを撃つかって考えていたような...。

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石井:この脚本、3日間で描いたので正直、穴はたくさんあったんですよね。そんな顔は見せてないですが。その一番大きな穴は武田だと思ってて、武田だけ描き切れていないんですよね。それは僕の実体験の中で、武田の視点にいたことがあったので、多分、自分ではわかっているつもりだけど、脚本上では詰め切れてなかったんですよね。だからこの役をだれがやるかってすごく重要だったんですけど、そんな中、たまたま太賀と若葉くんが個人的な関係があると聞いてて、実際、若葉くんの太賀に対するまなざし、思いを見られたときに「これは大丈夫だな」と思えたんです。若葉くんはすごく負荷はかかってたと思うけど、武田の厚久への目線とか距離感は、個人的なものも出たんだろうし、並々ならぬこの映画への思いがそうさせた気がしてて、それがグルーヴとなってラストで爆発したんだなと感じています。

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若葉:そんな感じです。

MC:あのシーンは車に太賀さんと若葉さんと監督、カメラマンの4人だけだったとか?

若葉:地方で撮ったんですが、東京から太賀を助手席に乗せて、後ろに石井さんとカメラマンさんがいて、4人でロケ地までカメラを回しながら行きました。着いて、(撮る前に)石井さんが車の中で「もういま撮っちゃおう」と言い出して、僕は午後に撮ると聞いてたので、約束を破られたと思いつつ、あの衝動みたいなものがこの映画の本質のような気がするし、あの瞬間に取らなかったら、もしかしたら別のものになってたかもしれないなと思います。

石井:本当にそうだよね。それが映画のような気がして、その時に壮絶に生きた証ししか残らないし、だから面白いんだなと。操作できないところがあって、そういうものだけで今回、映画が成立した気がします。

いま監督と呼ばれる人の90%がモニター前に座ってると思うけど、僕はそれが信じられないんですよ。「もうちょっと上手に動いて」「3歩動いて」とかそういう演出が自分には無理なんですね。現場の気合いみたいなものを閉じ込めるのが演出なんじゃないかと思うんです。

佐藤浩市さんとかベテランの方と話すと「お前、映画やってんな」とか言われるんですけど、「映画」って何か? 僕もわかってないし、多分、浩市さんもわかってないと思うんですけど、でも「何か」があるんですよ。マジックのようなものが。そういうものをアイコンタクトで俳優と監督が現場でできるようになるとかなり面白いですね。

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MC:変な質問ですが、「俳優」として入っていくコツのようなものは? 脚本を読みながらスイッチが入って、日々準備されているものなんでしょうか?

若葉:僕はそのコツを教えてほしいくらいで...でもやりたいと思って映画に出てるんで、何でもかんでも出るんじゃなくてこの監督、役者さんとやりたいという感覚を常に持って出ているので、現場に行くときに、そのモチベーションは上がっているのかもしれないですね。役者だからふわっとその役に入れるわけでもないし、初日は委縮も緊張もするし、でもそういう瞬間を凌駕し続けないと仕事にならないのかなと僕は思いますね。

大島:映画の中で起きることって基本、映画の中で起きることなのなら、役者の仕事って自分の中をほじくることなのかなって思いますね。だから普段の生活はすごい普通ですけど、心のトレーニングというか、どう感情が湧き出るか? そのトレーニングの延長が役者なのかなと。だから日々生活してても何が幸せか? 何にイライラするかってのも感じながら生活してるし、それに触れて、どう表現するかが仕事になっているのかなと。

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仲野:十人いたら答えは全部違うと思うし定義はないし、日本は海外のようにメソッドで演技を構築する人も少ないですし、それぞれが役に人生を投影したり、投影しなかったりして演じてると思うけど...。僕自身は普段、たくさん心が動いているかと問うてみると、全然動いていなかったり何も感じなくなって過ぎていってしまったり、機能すべきことが機能しなくなっていることもあって、でもいざお芝居で一人の人生を生きるということを役としてやってみると、日常よりも気持ちを表現できたり、喜怒哀楽を表現できるってことはあると思います。もしかしたら実人生より演じているときの方は豊かだったりするときはあるなと思います。

MC:映画では言葉の足りない男たちが描かれていますが、この映画の後で考えたりしましたか?

仲野:僕は厚久を通して思ったのは、大事なことを言葉にできないって、演じる上では現代社会に生きている人の中で共感できる部分が大きいんじゃないかと。本当のことを言っちゃいけない空気、閉塞感みたいなものが漠然と漂っている気がするし、SNSで言葉が軽くなる一方で、いろんなことを呑んでいるようなことってたくさんあって、そういういみで 厚久って象徴的に描かれているんじゃないかなと。この映画を通して、大切なことは言わなきゃいけないってことは、改めて感じてもらえたらと思います。

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石井:愛情の表現の仕方において、日本人はなかなか上手にできないけど、本当の気持ちや愛情を胸の奥に潜ませる素晴らしさもあると思うし、西洋人に「日本人は愛情表現が足りない」と言われる筋合いもないというか、それも愛なんでね。そういうミクロな狭い世界の日本の愛の話を描いていると同時に、今太賀が言ったようなもう少し大きい日本社会そのものを忍び込ませるように描かれてもいて、正しいと思ったことをちゃんと自分の言葉で表明できている人はいるのか? 本当はこうだと思いつつ、口をつぐまないといけない状況は全世界的に起きていて、特に日本という社会は、そういう大きな問題をはらんでると思っています。そういう構造にこの物語がなっているのは大きな要素だと思います。

MC:オープニングから女子高生1人と男子高生2人のさわやかな構図で、それがこんな物語になるとは...。

石井:使い古された構図ですよね、男2人に女1人という。真ん中(※冒頭の高校時代と映画の中で描かれているその後の間の過程)が描かれていないというのは確かにこの映画のミソなのかもしれませんね。なぜかっていうのは自分では考えてはいなかったですね。

MC:監督の中では間の時間に何があったかははっきりとしてるんですか?

石井:でもそれは3人とは話してないですね。「任せます」という感じで雑な振り方だったと思います。

大島:奈津美に関しては高校生の頃から「(本当に好きなのは)厚久じゃない」という思いの方向性は見えてて、でも大人になったら厚久と一緒にいて...という状況で、心の方向性はこうだねって話はしましたね。でもそれを相手(厚久)がどう思っているかはわからないし、3人で話してはないですね。

仲野:それこそそこでも武田は描かれていないですよね。それを埋める作業はどうでしたか?

若葉:質問や疑問はありましたが、言葉にできない男たちの話をしているのに、それを石井さんに言葉で質問して言葉で帰ってきて、頭で理解してやっても、それは本末転倒かなと。とにかくそのシーンをやって、みてもらうのが最善かなという感覚はありました。

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石井:素晴らしい!


MC:最後にみなさんからひとことずつお願いします。

若葉:要領のいいつくりたかの映画じゃなかったし、あえてめんどくさいことを頭の中で、心で、体でやってつくり上げた映画です。今まで自分が映画の現場で培ってきた、経験してきたことを頼りにやったのではなく、純真にこの映画に向き合ったので、こんなこと言いづらいですが映画館に見に来てください。

大島:この役とこの作品と出会えたことを感謝しています。映画館に来てほしいです。つくる側としてはテイクをしてほしい――そうじゃないと「ギブ&テイク」にならないので。ちなみに私は『今日から俺は!』を映画館に見に行きました(笑)。初めて見たんですけど、(太賀と)共演して「太賀くんを見に行きたいな」と思って見に行きました。面白かったです(笑)。

仲野:こういう時代で暗いことが続く中で、日常を忘れるようなエンタメ作品も映画の力だと思っています。でもその一方で、いま自分たちが生きている社会、実感のようなものを感じさせてくれるのも映画の側面だと思っていて、この映画は悲しいことが連続で起こるような壮絶な映画ですが、見てくだされば生きることの力強さを感じてもらえるんじゃないかと思っています。

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石井:こういう世界全体がコロナ禍に見舞われて、いろんな人がいろんな言葉を言って、僕らはそれを聞いたと思いますが、それを批判するわけじゃないですが正直、胸に迫る言葉は何ひとつなかったと僕は思っています。結局、全部まやかしなんじゃないかってくらい、世の中に対する疑いを持たざるを得ない状況にいて、その中で映画はある意味、虚構でありフィクションで嘘ですけど、ご覧になってご理解いただけると思いますが、彼らは身体を使って体現した姿は紛れもなく真実で、本当の気迫だったと思います。こういうものこそ見たいと思うし、確かなものは実は映画にあるんじゃないかと思います。

コロナ以前はカッコつける言い方で「映画なんてどうせ重要じゃない仕事だからね」なんて言いながらつくってましたが、こういう状況になって考えが変わったというか、映画は本当に重要で、コロナの中、感染症対策でひいひい言いながらやってますけど、すごい喜びなんですよね。生きる実感を唯一、感じられるものが僕にとっては映画で、ここにいる3人もそうだと思うんですけど、そういう人間がつくる映画をぜひご覧いただきたいと思うし期待してもらいたいと思います。