No.44:海外で上映するために、必要だったいくつかのこと(3/3)

海外レポート

海外で上映するために、必要だったいくつかのこと

文:鶴岡慧子(PFFアワード2012『くじらのまち』監督)

英語圏以外の国での上映について
『くじらのまち』のワンシーン。片野 翠さん(左)が、エクアドル・クエンカ国際映画祭にて主演男優賞を受賞。

さてここで、再び話を<字幕>に戻し、英語圏以外の国での上映はどうだったのかをまとめます。
各国の映画祭は、基本的に、上映の際に自国語の字幕も必要になってきます。『くじらのまち』のような、英語字幕しかついていない映画を上映したい場合、大きな映画祭(例えば釜山やベルリンのような)は、映画祭側が、それぞれ自国語への字幕翻訳を請け負ってくれます。海外の映画祭へ出品する際は必ず、上映素材とともに、英語字幕翻訳のデータと日本語の決定台本、必要な場合は字幕が出るタイミングを一覧にしたタイムコード表を映画祭側に送ります(ちなみに『くじらのまち』の場合は、海外展開のこう言った行程を、全てPFFが請け負って下さいました)。それをもとに、映画祭側で自国の言葉に翻訳したのち、上映用の字幕データを作り、上映中にセリフのタイミングに合わせて同時映写してくれるのです。釜山国際映画祭へ出品した際は、英語字幕が画面下に、ハングルの字幕が画面右側に縦に映写されました。ベルリン映画祭で上映した際も、3回ある上映のうち1回はドイツ語字幕がついていました。また、このドイツ語字幕版『くじらのまち』は、ベルリン映画祭のフォーラム部門が運営する「アルセナール」という映画館に収蔵してもらいました。その他、ドゥービルアジアン映画祭へ出品した際はフランス語、ブエノスアイレス・インデペンデント映画祭へ出品した際はスペイン語、などなど、『くじらのまち』は幸運なことに映画祭の手で、様々な言語の字幕をつけてもらうことができました。
さらに幸運だったのは、ブエノスアイレスで、スペイン語字幕を付けてもらったおかげで、その後エクアドルの映画祭にも呼んで頂けたことです。映画祭側としても、もちろん新たに翻訳をして字幕を付けるのにはコストがかかってしまうため、極力字幕付きの作品を探したいものですが、一方で、邦画で既に南米のスペイン語字幕がついているものは数少ないのが現状です。そこは、やはり既に字幕が付いている作品が、ひとつ有利になってくるわけです。このつながりのおかげで、出演者である片野翠君が、地球の裏側の映画祭で主演男優賞を頂くという、素晴らしい出来事もありました。(⇒参照)

ベルリン国際映画祭に参加した鶴岡慧子監督。
最後に

およそ1年半の間、たくさん上映の機会を頂くことができ、『くじらのまち』は本当に幸せでしたが、その陰で、上映準備のために多くの方にご心配・ご迷惑をおかけしました。多くの方の力をお借りして、なんとか各上映を成功させることができました。自主映画は、経済面や技術面でいろいろ壁にぶつかることがありますが、まずは自分が持っている技術や知識の全てを駆使して、上映に向け、作品を最高の状態にすることが大切だと、この経験を通して痛感しました。そして、最高の状態で一本化されたマスターをしっかり持っておくこと、呼ばれたらすぐにこれらを取り出せるよう保管しておくことも、とても大事だと学びました。
作品の中身で勝負したい、と言いたくなる気持ちは非常に理解できますが、一方でハード面をしっかりさせることで、上映の機会を獲得できるチャンスが格段に広がることも事実です。こういった行程もクリアしていくと、映画は軽々と国境をも越えて、観て下さった方の内側まで伝わります。これは本当に綺麗ごとではなく素晴らしい事です。改めて、こんなダメダメ制作者を見捨てず、海外展開をサポートしてくれたPFFには心から感謝です。長ったらしいレポートになってしまいましたが、『くじらのまち』の経験が、自主映画を海外に持っていくにはどうしたら良いのだろう?と疑問に思われている方の、ヒントになればと願っております。最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

鶴岡慧子Keiko Tsuruoka

1988年生まれ、長野県出身。立教大学の卒業制作『くじらのまち』がPFFアワード2012にてグランプリ&ジェムストーン賞(日活賞)を受賞。同作は、ベルリン国際映画祭をはじめ世界10ヶ国以上で上映。また、最新作となる第23回PFFスカラシップ作品『過ぐる日のやまねこ』が、第36回PFFのクロージング作品として上映予定。⇒詳しくはこちらをご覧ください。