No.42:『山守クリップ工場の辺り』in 第43回ロッテルダム国際映画祭

海外レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

PFFアワード2013 審査員特別賞受賞『山守クリップ工場の辺り』in 第43回ロッテルダム国際映画祭 (開催:2014年1月22日~2月2日)

ロッテルダムで虎と天使

文:『山守クリップ工場の辺り』監督 池田 暁

ロッテルダムの街並み。映画祭のシンボルが描かれた旗が見える。

11泊分の滞在を用意しますという連絡がきた。今まで行ったバンクーバーや釜山などの国際映画祭は5日から6日ほどの滞在だったが、今回のロッテルダム国際映画祭は11泊も用意してくれるとの事だった。もちろんそれより短い滞在でも良かったが11泊も滞在できるなんてと浮かれてしまい、すぐに行こうと思った。しかし暇な奴だと思われるのもどうかと思い少し悩んだが、それでもやっぱり11泊滞在する事にした。11泊というのはロッテルダム国際映画祭の全日程である。オープニングからクロージングの隅々まで見てこようという思いでオランダにひとり向かった。

冬のロッテルダムはとても寒いからしっかり防寒していくようにと言われていた。しかし長いフライトを終えスキポール空港に降り立つと東京と変わらない寒さだった。今年の冬はなぜだか暖かいらしい。昨年の12月に行った韓国のソウルでの映画祭の時も僕が行った一週間だけは暖かかったのを思い出した。空港にはさっそく迎えが来てくれていて、そのまま車でロッテルダムに向かった。ホテルに到着するとロッテルダムに住んでいる日本人ボランティアのカイさんという男性が待っていてくれた。ロッテルダムでの映画祭や滞在など様々な事をサポートしてくれる存在である。他の映画祭でもこの様にお手伝いをしてくれるボランティアの方々がいたが、ロッテルダム国際映画祭では彼らのことをエンジェルと呼んでいた。スケジュール管理から上映前の打ち合わせ、取材の段取りや立ち会い、写真撮影などすべてでお手伝いしていただいた。本当に天使みたいな人たちである。聞いたところによるとロッテルダムでのボランティアの人数は850人以上になるという。それだけボランティアの方々に支えられているという事だろう。

写真中央が池田監督、右がトニー・レインズ氏。

映画祭の新聞「デイリータイガー」と『山守』のチラシ。

出演の西山啓介さん(写真左)と小野 修さん。後ろには『山守』のポスターが見える。

『山守クリップ工場の辺り』は今回のロッテルダムでの上映がヨーロッパプレミアになる。到着して4日後に最初の上映があった。それまではオープニング上映に行ったり取材を受けたり、ちょっとしたディナーやパーティーがあったり、また時間が空けばロッテルダムの街を散歩してみたり。ロッテルダムの街を歩くといたる所で映画祭のシンボルである虎のマークがついた旗やポスターを見かけた。ロッテルダムの街全体で映画祭をやっているという雰囲気が伝わってくる。今回の映画祭での上映は5回あり、3カ所の映画館で行われる事になっていた。最初の上映が行われる映画館が最も大きく400席ほどあった。さらに数日前から1回目と2回目の上映はチケットが完売しているという事を知らされていた。その通りに初日の上映は客席が埋まっていた。この日の上映前の挨拶と上映後のQ&Aの司会をしていただいたのはトニー・レインズさんだった。トニーさんはといえばバンクーバー国際映画祭のプログラマーでとてもお世話になった方であり、ロッテルダムで再会すると何だか安心した。違う国で様々な人に再会できるのは映画祭をまわっている人たちにとってのひとつの楽しみなのかもしれない。そういえば釜山で関係者がもらえるバッグを背負った人もよく見かけた。ちなみにロッテルダムに来ていた方々の多くが、その後にベルリン国際映画祭に行くとの事だった。そんな映画関係者の人の流れがあるみたいだった。初回上映の反応は良かったように思えた。笑うところは笑い驚くところは驚く。バンクーバーもそうであったが映画館で声に出して反応してもらえるとこちらとしては何だか嬉しい。Q&Aでは様々な質問をしてもらえた。文化や言葉の違いもあり、奇妙に感じたり分かりづらい部分もあったのか、質問は毎回多かった。印象に残った質問の一つは「この映画は日常の繰り返しを描いているが、あのクリップのループする様な形体はそれを表現しているのか?」と。おぉ、凄いな、深く考えてくれているんだなと関心し、思わず「はい、その通りです」と答えたかったが格好をつけて嘘をつくと後で困りそうなので「いいえ」と答えた。しかしその様に映画を観てくれているのは何だか嬉しい。とにかく満席で初回、2回と上映を終える事ができた。

3回目の上映日から出演者である小野修さんと西山啓介さんがロッテルダムにやってきた。背の低い丸っとしてるのと細身で長身な風貌はまるで有名なSF映画の2人組ロボットを思い起こさせる。そんな見慣れたふたりに会うと急に異国感がなくなってしまった様でもあったが、遠くオランダで会うと少し新鮮でもあった。ふたりがやってきた日の夜は10時15分からの上映であった。さすがに月曜の夜遅くでは観客も少ないだろうと思っていた。しかし上映前に今回もチケットが完売した事を知らされた。さらに木曜の午後2時半から行われた4回目の上映も完売した。さらにさらに5回目の上映も完売。つまり5回すべて完売したという事でこれには驚いた。今までまわったどの映画祭の上映でもそんな事はなかったからだ。

受賞後の一幕。左から、出演者の小野さん、池田監督、"エンジェル"のカイさん。

ロッテルダム国際映画祭は夜遊びの映画祭という印象を持った。それはこの映画祭は映画の上映だけでなく音楽のイベントやパーティーなどが街の様々な場所で夜中まで行われていたからだ。映画祭の隅々まで見て回ろうと思いやって来たが、それは不可能というくらいどこかで何かしらやっていた。出演者のお酒ばかり飲んでいる小野さんと食べ物ばかり探している西山さんもこの映画祭ではあまり困らない様子であった。他の参加者やボランティアスタッフも映画だけでなく他の様々なイベントを楽しんでいるという印象を受けた。そのような環境の中で様々な国の監督や映画関係者と話す機会ができたのはとても貴重な体験であった。そんな素敵な映画祭の後半にタイガーアワードの授賞式がある。そう、今さらではあるが『山守クリップ工場の辺り』はタイガーアワードにノミネートされていた。授賞式の前にタイガーアワードにノミネートされた作品の関係者はディナーに招待される。映画祭期間中、何かしらいつもどこかでご飯を食べさせてもらっていた印象だ。その時は出演者のふたりとも一緒になり、もしタイガーアワードとれるような事があったら一緒にステージに上がりましょうなんて話したりもした。ただ昨年、バンクーバー国際映画祭でグランプリをいただいていた事もあり今回は難しいかなとも思っていた。ディナーから場所を移り写真などを撮り授賞式が始まる。タイガーアワードというのは長編2本目までの監督作品がノミネートされ、その中から毎年3作品に贈られるロッテルダム国際映画祭の目玉というべき賞である。過去に受賞した監督を見てみると凄い人たちばかりだ。タイガーアワードの発表前にも様々な賞の発表がある。1時間ほどすると最後にタイガーアワードの発表が行われた。すると心の準備もできぬ間に『山守クリップ工場の辺り』が呼ばれてしまった。「あ、僕ですか?ステージ上がるんですか?」なんて通訳の方に聞いてしまった。ステージに上がると人の顔くらいの大きさもあるタイガーの顔をしたトロフィーをもらい、なんとなくその場で思いついた事を言ってみた。何だかんだで席に戻ると出演者ふたりをステージに呼び忘れた事に気づいた。ただふたりともとても喜び、やけに興奮していたので、まぁいいかと思い自分の中で呼び忘れた事はなかった事にした。その後、スウェーデンと韓国の作品がタイガーアワードを受賞した。オランダの人たちは背が高い。しかしオランダ人でもないスウェーデンと韓国の監督ふたりもとても背が高かった。何だか自分が子供みたいだったので、3人での写真撮影では真ん中に立つのだけは避ける事にした。まぁとにかくタイガーアワードを受賞してしまった。映画祭で知り合った人たちやエンジェルの方々も一緒になって喜んでくれた。映画祭期間中とてもお世話になっていた方々だったので皆で受賞を分かち合えた事はほんの少し恩返しできた気持ちになった。

  

左写真:タイガーアワード受賞者の3人、中央:受賞式翌日の上映風景、右写真:池田監督が取材を受けている様子。

ロッテルダム国際映画祭ではすべての上映でチケットが完売した。タイガーアワードにノミネートされた作品すべてを観る事は出来なかったが、どれも個性的で完成度が高かった。その中でグランプリをいただけたという事は僕にとって贅沢な映画祭であった様に思える。今回の5回の上映でおそらくこの映画を観ていただいた観客の数は日本よりも海外の方のほうが多くなったと思う。わがままを言えば、やはり今後は日本での上映機会を増やせたらという思いが強くなった。

Photo : © 2014 Alex Kai Yokojima