No.41:『山守クリップ工場の辺り』in 第18回釜山国際映画祭

海外レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

PFFアワード2013 審査員特別賞受賞『山守クリップ工場の辺り』in 第18回釜山国際映画祭 (開催:2013年10月3日~12日)

上映後のQ&A。中央が池田監督。

台風と映画祭

文:『山守クリップ工場の辺り』監督 池田 暁

バンクーバー国際映画祭から帰国して3日後、今回は近場ということで僕と4人の出演者と一人のスタッフと台風一つという団体で釜山国際映画祭へ向かった。成田ではまだ穏やかだった天気も釜山に近づくにつれて荒れてきてた。この飛行機落ちるのではと思えるくらい揺れた。落ちるなら海かあの柔らかそうな草木の所が良いなぁ、などと思いながら窓の外を眺めていたら、いつの間にか釜山到着。近いな釜山。家から成田までの時間と変わらない。しかしもうすでに釜山は大荒れの大嵐。9月のPFFでの上映でも台風がやってきて、雨風の中、渋谷の映画館シネクイントに向かったのを思い出した。その時は『山守クリップ工場の辺り』の上映が終わり外に出てみると台風は去り晴れていた。台風に好かれてる。2回も台風がついてくるなんて、きっと良い映画なんだなと勝手に思いながらも釜山の初日はほとんど外出できずホテルで過ごすことに。ちなみに釜山での初めての買い物は傘だった。

冊子「REVIEW DAILY」

2日目にやっと釜山国際映画祭の会場へ。台風は去っていたが小雨だった。買った傘が役にたち良かったのだが。とりあえず台風以外の出演者とスタッフを先導して映画祭のパスを手に入れることに。会場は海雲台にあるセンタムシティという大規模な百貨店や大きなビルが立ち並ぶ街にあった。会場周辺には歩道にレッドカーペットが敷かれていて、すぐに映画祭の雰囲気を感じとることができた。日本に帰ったらレッドカーペットを歩いたと自慢してみよう。きっと「すごいね」と言ってくれる。嘘ではないから。そしてそれ以上、詳しくレッドカーペットの話はしないでおこう。そう思いながらそんな誰でも歩けるレッドカーペットをつたって行き映画祭の受付で関係者パスを受け取ると今日のお仕事は終わり。さぁこの後は好き勝手にと、みんなそれぞれ映画を観たり遊びに行ったり釜山を楽しんだようだった。

誰でも歩けるレッドカーペットと会場。

Q&Aの様子。

そんな会場にREVIEW DAILYと書かれた冊子が置かれていた。今回の映画祭の作品をいくつか紹介する冊子みたいだった。すると同行した一人が「ちょっと見て見て」とそのREVIEW DAILYのNo.3と書かれたものを持ってやって来た。その背表紙に『山守クリップ工場の辺り』が載っていた。背表紙だけに主演の友松栄さんの広々とした背を向けたカットだった。さらにその冊子のページをめくると見開き一面に『山守クリップ工場の辺り』が取り上げられていた。それまでは釜山に来て『山守クリップ工場の辺り』の上映も観ておらず、映画のタイトルすらも見聞きしていなかったので、それを読んで初めて観光気分から映画祭に参加するんだなという気持ちを感じることができた。このような形で映画を取り上げてもらえたことに喜びつつ、その冊子をお土産にとみんなでこっそり詰め込めるだけ鞄に詰め込んだ。

さて釜山国際映画祭での『山守クリップ工場の辺り』の上映は3回予定されていた。本当ならばすべての上映に参加したかったのだが、バンクーバー国際映画祭の日程とかさなってしまい僕らが行けたのは1回だけとなってしまった。釜山に来て3日目の夜、やっと上映の時がやって来た。バンクーバーでもそうだったが海外での上映ではどうなるのかまったく分からないので多少不安になる。観てくれた方々がどのような反応をするのか、そもそもお客さん来るのかなんて。また前回2回の上映はどうだったのかなと。そんな事を考えながら上映の少し前に劇場へ行ってみると徐々にお客さんが入って行くのが見えた。とりあえず観に来てくれる方々がいて安心した。映画館に入ってみるとまず初めにスクリーンが大きいなという印象を持った。ここに映画が映るんだという喜びとともに、大きなスクリーンだと何か余計な粗が見えてしまわないかななんてどうでも良い事を考えたりもした。最終的に7割くらいの席が埋まり上映が始まった。上映中に直接、反応が伝わってくるのは笑いの部分だが韓国でも日本と同じような反応だったことに安心した。上映後には登壇しての挨拶とQ&A。PFFで2回、バンクーバーでは表彰式を含めて3回。ここらへんにきてやっと『山守クリップ工場の辺り』に関して話すのに慣れてきてるのを感じた。Q&Aを通して釜山の観客の皆さんは細かい所まで観てくれているんだなという印象を持った。その時に言われて初めて気づかされた事もあった。中には観にくるのが2回目という方もいた。2回観ても分からない部分はあったという事だったが、それでも映画を気に入ってくれてるようだった。あとやはり創作の方言や奇妙な飲食物に興味を持った方が多いようだった。あの言葉はどこの言葉なのかとか、あの飲み物は実在するのかとか。また笑いの部分や会話の間のとり方などに関しては一緒に登壇した出演者にも質問がされた。その出演者と僕に韓国のお土産を手渡してくれる方もいた。Q&Aは時間の限り続き多くの質問をもらった。この映画に多くの関心を持ってもらったことに感謝しつつQ&Aを終えると、僕と出演者のまわりに観客の方々が集まりサインを求められた。こんな無名の僕のサインなんて良いのかなぁと思いつつ、一言二言、観に来てくれた方々と言葉を交わせたことが釜山にやってきて最も素敵な時間だったかもしれない。釜山国際映画祭。戻ってきたいなと思える場所がまた一つ増えた。そう思いつつ上映の2日後には日本へ帰国した。