No.39:『山守クリップ工場の辺り』in 第32回バンクーバー国際映画祭

海外レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

PFFアワード2013 審査員特別賞受賞『山守クリップ工場の辺り』in 第32回バンクーバー国際映画祭 (開催:2013年9月26日~10月11日)

授賞式の風景。中央が池田監督。

街の思い出

文:『山守クリップ工場の辺り』監督 池田 暁

十数年前、バンクーバーへは家族とともに旅行で訪れたことがあった。その時は初めての海外とあってとても新鮮で刺激的だったのを憶えている。こんな所に住めたら良いなとさえ思った。その時はまたいつかカナダに行きたいとは思ったが、まさかこのようなかたちで再び訪れることが出来るとは思わなかった。自分の監督した映画がバンクーバーの国際映画祭で上映されるなんて。十数年前の自分に言ってやりたい。きっと驚くだろうなあいつ。そんなことを考えながら思い出の街バンクーバーに到着した。さて久しぶりのカナダ。空港を出て外を見回すもまったく見覚えがない。あれ?こんなだったかな?ほとんど憶えていなかった自分に失望しつつ、車に乗り映画祭のボランティアの方とドライバーさんに連れられてバンクーバーの街へ。今日は雨だし時間も経っているし、だから憶えていないのも仕方がない。そもそも街が変わったのかも。そう自分に言い訳分けしながら街に入ると、あぁこんな街だった気がすると思えるバンクーバーの風景が見えて来てホテルに到着。バンクーバー国際映画祭のことは来る前から話に聞いていた。とにかく参加者へのケアが素晴らしいと。常に日本語の話せるスタッフが気にかけてくれていて不自由することは何もなかった。また食事なども用意されていた。毎朝、目を覚ますと映画祭のラウンジに行くのが短い滞在期間での日課となった。そこでは朝食が用意されていて部屋に入ると必ずスタッフの女性が近づいて来て「Do you wanna waffle?」と尋ねてきた。それなのでこちらも必ずそのワッフルを食べることにしていた。食べ終わると再び「Do you wanna waffle?」2回目は遠慮した。カナダにやって来てもっとも耳にした英語の言葉が「ワッフル食べる?」だった。おかげでこの言葉はしっかり発音もおぼえた。「ワッフル食べる?」だけはきっとどの国に行っても完璧に通じるはずだ。今度、どこかで使ってみよう。もし僕がどこかの国で誰かにワッフルを提供する機会があればの話だが。

授賞式後にインタビューを受ける池田監督

以前訪れたことを思い出させたというギャスタウンにある蒸気時計。

『山守クリップ工場の辺り』の上映はバンクーバーへ来て3日目と4日目に予定されていた。初日と2日目は他の映画を観たり街をふらついてみたり。自分たちの映画が上映されることなんて忘れたかのようにバンクーバーと映画祭を楽しませてもらった。やっと3日目にそういえば映画上映されるんだなと思いなおし、それはそれで楽しみではあったが、はたして観に来てくれる人はどのくらいいるのかなと思ったりもした。この映画祭では340本以上の映画が上映されると聞いていた。その中でわざわざ無名なこの映画を選んで観に来てくれるのだろうか?そう考えると不安になった。最初の上映はVancity Theatreという映画館で夜7時からの上映。何だか慌てるように10分前くらいに到着した。もっと早めに来るんだったと後悔しつつ。とても居心地の良い映画館だったが、その時はその心地を楽しむ暇もなくバタバタと劇場の重い扉を開けた。劇場の後ろに立つとスクリーンを目にするよりもまず客席に座るおおぜいの頭が見えた。八割か九割くらい。嬉しさとともに「なぜこんなに?」と思ってしまったくらい大勢の方々が観に来てくれていた。後に「なんでこんなに観に来てくれたんですか?」と映画祭の方に聞いてみると「分からない」という答えが返ってきた。そうか、それでは誰も分からないんだなと納得することにした。とりあえず観に来てくれた方々はいる。その次の不安は「この映画どう思うのかな?」ということ。映画の上映が始まった。すぐに「あれ?そうなの?」と思えるくらいすぐに笑い声が聞こえてきた。日本では静かだった部分でも。99分の上映中、こんなに安心して自分の映画を観れたのは初めてだった。笑いだけではなく驚いたりため息ついたり色々な反応をしてくれた。きっとこんなことは二度とないかもと思えるくらい。確かにその後のいくつかの上映でもここまで反応してくれたことはないくらい。バンクーバーの方々は最初から映画を楽しもうとしているように思えてこちらも幸せになった。そして「昔、来ていたバンクーバーの記憶薄くてごめんなさい。もう忘れません」とこっそり心の中で謝った。

『ANATOMY OF A PAPER CLIP』これは『山守クリップ工場の辺り』の英語タイトルになる。この英語のタイトルは今回、バンクーバー国際映画祭に招いていただいたトニー・レインズさんにつけていただいたものだ。上映後のQ&Aはそのトニー・レインズさんの司会ですすめられた。上映後も多くの方が残って時間になるまで質問をしてくれた。この映画は多少、分かりづらい部分もあるので聞きたくなることが多いのかもしれない。方言、食べ物、さなぎなどの質問とさらに各々の感想なども付け加えてくれたりもした。人前に立つのは得意ではないが映画について皆さんと話せたのはとても楽しかった。2回目の上映も劇場は変わったが同じように素敵な時間を過ごせた。2回目の上映後、映画館のあるギャスタウンという街を散策した。そこの通りの一つに蒸気時計というものがあった。それを見たとき初めて「あぁここ来た」と思えた。その古めかしい建物や通りは憶えていた。やっと「やっぱりこの街だ」と思えて少し懐かしさも感じた。

授賞式後の記念撮影。

2回目の上映後、『山守クリップ工場の辺り』がノミネートされていた「Dragons&Tigers Award」の授賞式があった。そこまできて僕の中では国際映画祭での上映という素晴らしい機会にかなり満足してしまっていたのか、この授賞式が終わり、次の日の朝、ワッフル食べたら日本に帰らなくてはいけないのか、もう何日か何週間でもしばらく滞在していたいななんて思っていた。それなので授賞式のことは一つの楽しいイベントくらいに考えていた。それが後で後悔することに。授賞式は最前列に隣にずっと通訳でお世話になったキムさんと唯一同行してくれた映画のスタッフの3人で並んで座った。そしてグランプリの発表。『ANATOMY OF…』そう呼ばれてはっと目が覚めたのと同時に隣に座っていた二人が「キャァッ」と喜びの声を上げてくれた。僕の方は「あ、山守か」と驚く前にその二人の声に驚いた。いやそこまで喜んでくれて何よりもそれが嬉しかったのだが。しかしそうかスピーチかと。何も考えていなかった。ちゃんと考えておくべきだったと後悔しつつ当たり障りないことを喋っていた。帰国して出演者の一人に「スピーチは普通だったね」と言われてしまった。それでもグランプリ。この映画が受け入れてもらえたのかなと思えた。それはやっぱり幸せだった。また映画に関わってくれたスタッフや出演者やすべての人に良い報告ができる。それもまた嬉しかった。この報告は日本に帰ったら直接みんなに伝えようと。やっぱり驚き喜ぶ声が聞きたい。しかし後日、成田に着き携帯を開くとたくさんのメールが。何故だかもうすでにみんな知っていたようで。結局、僕からの直接の報告でグランプリを知る人は誰一人いなかった。

僕にとってのバンクーバー国際映画祭は、初めての海外での映画祭、ドラゴンとタイガー、素敵な観客と映画祭スタッフの皆さん、そして毎朝出される焼きたてワッフルだった。日本に帰国してふとワッフルを見かけた時、バンクーバー国際映画祭を思い出した。またバンクーバーで食べたいなと。

『山守クリップ工場の辺り」はカナダで3回上映された。外国で上映され様々な国の人に観てもらえる事はとてもありがたく、また刺激的だった。それでも日本国内で上映される機会はまだまだ少ない。もっと日本での上映を増やせればというのがバンクーバーに行ってきて強く思ったことでもあった。今後、PFFが日本をまわることになる。11月17日には名古屋。その後も京都、神戸、福岡で上映される予定がある。この機会に多くの方にこの映画を観てもらえたらと願っている。