No.10:『無防備』in第13回釜山国際映画祭

海外レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

PFFアワード2008 グランプリ&技術賞&GyaO賞受賞『無防備』in 第13回釜山国際映画祭 (韓国:2008年10月2日~10日)

『無防備』の大看板と市井監督

『無防備』の大看板と市井監督。

ボランティアスタッフの皆さんと。

ボランティアスタッフの皆さんと。

10月6日深夜。
住まいのある富山を出発し成田へ。
午後の便に乗り込み、妻と息子、出演者の2人と共に釜山に降り立つ。映画祭側が用意してくれた送迎車で、ゲスト用のメインホテルへ。
ホテル前の歩道には、上映される映画の巨大看板が立ち並び、電燈には映画祭の旗が掲げてある。あちらこちらにポスターが貼られ、街全体が映画祭一色に染まっていた。

10月7日『無防備』上映と舞台挨拶。
平日だったのでどれくらいの方が来場されるか、不安だったが、予想に反してほぼ劇場が埋まった。
まず感激したのは、上映中、誰一人として席を立たなかったこと。
上映後も半数以上のお客様が残って下さり、僕らのへたくそ過ぎる韓国語での挨拶にも笑顔で拍手をして下さった。Q&Aでは、「どうして男性監督でありながら、女性のデリケートな部分を題材に選んだのか?」「出産を撮影することに抵抗や不安は無かったのか?」「泥だらけになったり、下着姿だったり、ノーメイクで撮られることに女優として抵抗は無かったか?」など、監督の僕に対しての質問も然ることながら、メインを務めた主演女優たちにも多くの質問が飛んだ。
それらの僕らの答えに真剣に頷きながら、時には笑顔で聞き入ってくれる姿がとても印象的だった。劇場の関係でQ&Aが時間切れになっても、会場の外で沢山の方々が待っていてくれた。皆さん、情熱的でとても暖かかったが、中でも「この映画に出会えて幸せです。釜山に来てくれて本当に有難う」と声を掛けて下さったのには、とりわけ感動した。

10月9日 授賞式(閉会式)前日。
ニューカレンツ受賞の報告は突拍子もなく訪れた。
映画祭ならでは?ともいえる連日の睡眠不足を解消すべく、ベッドに入ろうとしていた矢先、釜山の新聞記者からアポなしの突撃取材を受けたのだ。時刻は深夜2時。
「ニューカレンツアワードおめでとうございます」
無防備一行、ぼーっとした頭のまま取材に答え「…取ったの?そうか…じゃあおやすみ」と全く実感のないまま、其々の部屋に戻って眠りについた。

ベビーカーでレッドカーペット!

ベビーカーでレッドカーペット!

アンナ・カリーナ氏から賞状を頂きスピーチ。

アンナ・カリーナ氏から賞状を頂きスピーチ。

10月10日 野外劇場での閉会式。
すごい!会場に着いて驚いた。車を降りてゲスト用入り口に向かうまでになんとレッドカーペットが敷いてあり、目の前には報道陣がカメラを構え、無数にフラッシュをたいているではないか、人生初のレッドカーペット。動揺しながらも何とか入り口まで進み「あぁ…早く座席に着いて落ち着きたい…」と思った矢先、さらに度肝を抜かれた。
なんと入り口からメインステージまでは両脇にお客さんを見下ろす形でレッドカーペットの花道が伸びており、ステージ上の巨大スクリーンに、花道を歩くゲストが映し出されている。
聞いてない。レッドカーペットを歩くことなど。一切合切聞いてない。
「スーツ着てきて良かった」などと小さな安心をしつつも、完全に動揺しまくりの僕。
隣を見ると、妻は息子をベビーカーにのせたまま花道に上がっているではないか。

後から聞いた話だが、レッドカーペットをベビーカーで闊歩したゲストは前代未聞だそう。
そりゃそうだ。

授賞式。
審査委員長のアンナ・カリーナ氏に名前を呼ばれ、壇上に向かう。レッドカーペットの階段を一段一段上る。なんとなく最後は二段でと足を伸ばしたが、ここでコケたらマジでやばいと瞬時に思い、最後も慎重に一段ずつ上る。
正面を向けば目の前には5000人の観客。張り詰めた空気の中、何とか挨拶。あぁ…緊張した。

滞在中も、そして帰国後も受賞の喜びを聞かれるが、正直なところ未だに実感がない。というよりも、そこに浸りきれない自分がいる。
ニューカレンツを自主映画が受賞することは異例であるとも伺ったし、勿論、賞を頂いたことは大変に名誉なことなのだが…
それでも喜び切れないのは、僕が目の前に伸びる果てしなく険しい道を見つめているからであり、この道を選び取ったことへの覚悟と怖さが同居しているからに違いない。
どんな賞を頂こうが、それはすでに過去の産物への評価であって、問題はこれからなのである。
あぁ、でも本心を言えば、一度くらいは爆発的に浮かれきってみたい…
そうなれないのは、やはり歳だからか?

さて、それはさておき、映画祭にはその土地の特性が色濃く反映される。
僕らのお腹を満たしてくれた韓国料理の数々は、何をとっても最高に旨かったし、様々なトラブルに見舞われながらも、充実した日々を送れたのは、ひとえに釜山で出会った人情深く、暖かく、思いやりに溢れた人々のお陰である。
大阪にも似た人との距離感の近さは、異国から来た事を忘れてしまいそうになるほど。
子供にも滅法優しく、親切なので、日本のように子連れであることに不便を感じることが一瞬たりともなかった。そして、海外の映画祭に参加する度に心から思うことは、映画は人種を越え、言葉の壁を越え、文化を越えることができるという事。
その可能性たるや無限であると、僕は実感している。

文:『無防備』監督 市井昌秀