No.6:『隼』in バンクーバー国際映画祭

海外レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

PFFアワード2006 準グランプリ&技術賞受賞作品『隼』in バンクーバー国際映画祭 (カナダ:2006年9月28~10月13日)

映画祭のポスター前で、通訳のポールさんと一緒に記念撮影

映画祭のポスター前で、通訳のポールさんと一緒に記念撮影。

『隼』(英題「Dog Days Dream」)がバンクーバー国際映画祭のドラゴン&タイガーアワードのコンペ部門に出品された。

10月3日夕方。成田を飛び立つ。
8時間半後、ようやくサンフランシスコに到着。格安航空券のため、サンフランシスコにてトランジット。怖い顔をしたゴツイ外人にビクビクしながら、バンクーバー行きの飛行機に乗るためのチェックを受ける。
テロ警戒のため、アメリカのセキュリティチェックは異常に厳しく、靴も上着も脱がなければならない。
後ろが詰まっているので、急いで上着を脱ぐ。
すると突然、僕は数人の警備員に囲まれた。

警備員「お前、マリファナやるのか?」
僕「は?」

僕の着ているTシャツを指差す警備員。
Tシャツには、ウサギがご機嫌に「marijuana(マリファナ)」を吸っているイラストが…。

「やらない!やらない!やってない!!NONONO―!!」

必死に首を横に振る僕。よりによってこんな日にとんでもなく場違いのTシャツを着てきてしまった!
本当に僕はバンクーバーに行けるのか?映画祭なんて、全くの夢なんじゃないのか?バンクーバーってどこだ?
パニックに陥った僕を見て、警備員たちは豪快に笑う。
一通り笑われて何とか開放。助かった…。

『隼』を観ようと、列をつくる観客たち

『隼』を観ようと、列をつくる観客たち。

10月3日夕方、無事にバンクーバーに到着。日付変更線を越えたため、出発時間と到着時間がさほど変わらない。ひどい時差ボケに悩まされながら、宿泊先となる“Crowne Plaza Hotel Georgia”に到着。かつてエリザベス女王やプレスリーが泊まったという由緒正しいホテル。素敵だ。同ホテルには映画祭事務局が入っているので、関係者に挨拶をする。言葉もままならない僕に、「ようこそ!バンクーバーへ!」と、笑顔で暖かく迎えてくれた。

10月7日夜。1回目の上映。『隼』にとっても、僕にとっても初の海外上映。緊張の中、ファーストカットが流れる。すると、すぐにお客さんの笑い声が。ほっと胸を撫で下ろす。
「僕はお客さんの笑い声を聞いて、安心したいんだな」と、心底思う。
でも、ほんとにそれでいいのか?自問自答する。ん~、わからん。
僕の感情はさておき、反応がとてもストレートなところがあまりに日本と違うので印象に残った。好感触のまま無事に終映。
その後、トニー・レインズ氏の司会の元、Q&Aが行われた。客席からは積極的に手が挙がり、次々に質問が飛び出す。僕の一言一言に真剣に耳を傾けてくれるお客さん。できるだけ丁寧に答えようと、考えすぎて妙に長い沈黙も生まれてしまったのだが、それでもじっくり待ってくれたお客さんに感謝。

感謝と言えばカナダ在住の日本人の映画祭ボランティアの方がたで、通訳だけでなく滞在中の全てにおいて助けてくれる。バンクーバー映画祭はまさにホスピタリティの充実にあると実感。
彼らと想像以上に仲良くなった僕は、ご自宅にもお邪魔した。立地条件も抜群で部屋も広いアパート。二人で住んで家賃6万円だという。激安だ。マジで引越しを考える。

上映後に行ったQ&Aの模様

上映後に行ったQ&Aの模様。

授賞式後のパーティーにて。『single』中江監督(右)と一緒に。右から2人目が市井監督

授賞式後のパーティーにて。『single』中江監督(右)と一緒に。右から2人目が市井監督。

10月8日昼。2回目の上映。「映画は想いを爆発させる場所だと思っています」と、意気揚々と挨拶をしたが、プロジェクターが壊れたという理由で、25分ほど上映が遅れる。こちらではよくあることらしいが、怒りを爆発させずに根気強く待ってくれたバンクーバーの方々に只々感謝。

同日夜、表彰式が行われた。満席の会場の中、ドラゴン&タイガーアワードが発表される。『隼』が呼ばれることはなかった。受賞者が取材やカメラ撮影を受ける中、そそくさと退場する僕。
会場を出て、とぼとぼと歩いていると、見知らぬカナダ人男性が僕に声を掛けてきた。エキサイティングにハイテンションで「映画、観たよ!面白かった!心を衝き動かされた!」
嬉しかった。凹んだ心に彼の言葉がじんわりと染み渡り、自然に笑みが漏れた。

ドラゴン&タイガーアワードは“初めての長編作品”だけがノミネートされる賞である。僕はもうこの資格はないけれど、いつかまたバンクーバー国際映画祭に戻ってきたい。そのためには映画を撮らなければならない。撮り続けなければならない。さあ、撮ろうと改めて強く心に誓う。

僕に大切なことを気付かせてくれたバンクーバーは、とても閑静な街だった。そして人々の心は豊かで暖かかった。「環境が人を作る」まさにそれを体現化したこの街で、僕は沢山の幸福な時間を与えてもらった。この地に連れてきてくれた『隼』の出演者やスタッフ、協力者に心から感謝している。

文・写真:『隼』監督 市井昌秀