No.12:『無防備』inドゥーヴィル・アジア映画祭 海外映画祭レポート

海外レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

PFFアワード2008 グランプリ&技術賞&GyaO賞受賞『無防備』in ドゥーヴィル・アジア映画祭 (フランス:2009年3月11日~15日)

ベルリン国際映画祭にて。スタッフ&出演者と市井監督。

ベルリン国際映画祭にて。スタッフ&出演者と市井監督(左から2人目)。

出演者でもある奥様の早苗さんと愛息の颯君とともに市井ファミリーが揃って登壇したドゥーヴィル・アジア映画祭の舞台挨拶風景。

出演者でもある奥様の早苗さんと愛息の颯君とともに市井ファミリーが揃って登壇したドゥーヴィル・アジア映画祭の舞台挨拶風景。

僕が、そして製作に関わってくれたキャスト・スタッフが命がけで作り上げた映画『無防備』は、日本を飛び出て、これまでに世界8カ国で上映の機会を頂いた。
その中で、今年、僕自身が訪れることが出来たのは、2009年2月のベルリン(ドイツ)、3月のドーヴィル(フランス)、アルバ(イタリア)、香港。1ヶ月と半月の間に4カ国を駆け巡ったことになる。

世界各国の映画を思う存分堪能できるのも、映画祭の大きな魅力だが、やはり一番の醍醐味は、観に来てくれたお客さんと直接、触れ合えるということ。
お客様の反応は、とてもストレートだ。つまらなければ問答無用で席を立たれてしまうし、面白ければ、最後は暖かい拍手の嵐。幸いにも、僕が訪れた映画祭では皆様が最後まで残っていてくれ、沢山の感想を頂くことができた。

特に印象に残っているのは、ドーヴィル・アジア映画祭(フランス)である。
地元の漁師さんや、リッチそうな観光客(高級リゾート地なので)、老若男女問わず客層は幅広い。上映後のQ&Aが無いという珍しい映画祭だったが、帰り際、大勢のお客様が僕に声を掛けてくれた。

「素晴らしかった!この映画を私たちに届けてくれてありがとう!」

映画を観て頂いたことを感謝すべきなのは僕の方なのに、手を握って涙を浮かべながら言って下さる沢山のお客様。心が震えた。
後を絶たない質問の中には、文化や習慣の違いでどうしても理解できないという意見もあったりする。象徴的だったのは、「主人公の旦那の気持ちがわからない。どうして妻にあんなにも冷たく接するのか」という意見。一慨には言えないが、日本の、特に田舎では、子供が産めない女性に対しては冷たい。家族を第一に考えるヨーロッパでは、考えられない状況だそうだ。他人の考えに准じて映画を作ろうという気は無いが、その「違い」を気付けたことが、その国を知ることにも繋がる。映画を通して、人種も言葉の壁も越えると思っているが、「違い」が浮き彫りになることも今回の映画祭を通してよくわかった。

勿論、映画祭は楽しいことばかりではない。

賞レースに交じっていれば、その結果次第では一喜一憂する。昨年の釜山国際映画祭で『無防備』は運良く最高賞を頂いた。しかし、ドーヴィル・アジア映画祭、香港国際映画祭は共にコンペ部門での出品ではあったが、受賞には至らなかった。
賞を目的に作品を作っている訳ではないが、評価が目に見えて分かるその「賞」という存在の大きさを意識する度に、欲というものは尽きないもので、次も行けるんじゃないかとつい期待する。期待した分、撃沈する度に、世界の壁の高さを思い知らされ、また欲に塗れた自分を恥ずかしく思う。つまりは自分のちっぽけさを嫌と云うほど思い知らされる。ただ、そういったことを意識できるだけでも、僕にとっては大きな収穫である。

アルバ国際映画祭ポスターの前にて。

アルバ国際映画祭ポスターの前にて。

また、映画祭で海外を訪れるのと、旅行で海外に行くのとは趣がまるで違う。

映画祭を支えている現地スタッフには、ただの旅行では中々訪れることが出来ないディープな場所に連れて行って頂くことが多い。そこで生活する人々の息遣いを感じられることは、刺激に満ちていて、想像力を掻き立てられる。例えばそれは、その国の格差社会の現状であったり、貧富の差が目に見えて今、そこに存在していることだったり、自然に逆らわない生き方や、深い歴史の重みや、痛々しい紛争の傷跡だったり…。一言では言い表せないが、狭い日本の中で、平和ボケしている頭を、毎秒、かなづちで殴られるような感覚だ。

特にそれを感じたのは、イタリアのアルバに滞在している時。
古代ローマの要塞に囲まれたアルバはとても小さな街だが、郊外には広大な葡萄畑が広がっている。遠くには古城が聳え建ち、そこを吹き抜ける風は優しく、数百年前にタイムスリップして、かつてここで生活していた人々の息遣いや足音が聞こえてくるようだ。

イタリアの他の都市と比べ、アルバは決して裕福な街ではない。けれども皆、心がとても豊かだ。治安もすこぶる良い。
「鳥のさえずりで目を覚まし、暗くなったら眠る」「自分の時間、そして家族と過ごす時間を大切に生きる」という、ありのままの生き方がそこにはあった。とても自然に。揺るぎ無く。
24時間営業しているコンビニやスーパーなどは勿論無い。日本のような便利さは皆無だ。しかし、その異常とも云える便利さというものは、実は生きていくうえで不要な物であるように思える。自然に逆らった生き方は人間のバランスを崩すことを身を持って実感した。

人間として自分に足りないことは何なのか?日本という国に足りないことは何なのか?
勿論、文化や習慣が違う国と比較してどうこうではないのだが、この国のこういった部分を活かせたら色々なことが広がっていくかもしれない、と常に考えされられる。そして、生き方の新たなスタイルを学ぶことが出来る。

凝り固まった頭や心やつまらない価値観を、ぶっ壊せるのも海外映画祭に参加する大きな醍醐味と云えるだろう。

文:『無防備』監督 市井昌秀