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PFFディレクターBLOGRSS

2013/04/26 02:45:10

カンヌではなく、福岡であり、北九州であり、

「カンヌ出発前でご多忙でしょうが」のひとことから始まる連絡の増える昨今ですが、カンヌには行かないので、ぼやーと「ああ、そんな季節だな~、また一挙に人が捉まらなくなるな~、やれやれ・・・」とぼやいてる私です。

「カンヌ前に終われ交渉事!」というのが合言葉のこの時期。
そのうえ、日本のGWも重なり、仕事にはとても困った季節。逆に、カンヌにいけば、一挙に世界中の方々に会うことが可能なので、「営業上は行くといいよ・・・」と心で呟きながら、通常時は一泊7,000円の安宿が、「最低1週間分支払で1泊30,000円の210,000円(一例です)」とかの高騰となる、宿の確保に苦労するカンヌには、いやはや、よういけません・・・(小声で言うとね、映画祭パスもね高い~のです・・・・窓口のお姉さんはむっちゃきれいなんですけどね・・・)
てなわけで、もう長くご無沙汰しておりますカンヌ。

そんなとき、河瀬直美監督が、カンヌ・コンペティション部門の審査員になるというお知らせが届きました。
審査委員長がスティーブン・スピルバーグ監督で、他にニコール・キッドマンとか、アン・リー監督とか・・・・余談ですが、アン・リー監督って愛されています。台湾で。『ライフオブパイ』(3D映画の至宝!)で、大型プロジェクトを台湾撮影にして、地元の経済効果や技術伝達が大きかった功績だけでなく、そのラブリーな人柄にみんな夢中。お兄様も、台湾の若手監督サポートに熱心なプロデューサーですね!
・・・・で、話を戻すと、
思わず聞いてしまいました、河瀬さんの事務所の方に「映画祭会場から離れた豪華リゾートホテルに泊まり、ファーストクラスで移動ってほんと?」と。(ファーストクラスチケットより、その分製作費もらう方がうれしいよね・・・というニュアンスも込め)そして、恐縮なことに、そんな下らない質問に答えてくださいました!「ビジネスクラスで、眺めはちょっといいけど普通のホテル、だそうですよ~」ということでした。
誠に、ありがとうございます。

プライベートジェット、あるいは、豪華プライベート客船以外では移動しない人も沢山集まるカンヌです(最寄のニース空港には、プライベートジェットが沢山停まっていて、結構驚きます)。「高級リゾート地で開催される映画祭」ってことを、ふと思い出すのでした。
ともかく、河瀬監督の体験談楽しみです!!
日本映画2本がコンペの審査対象に入ってるということも思い出しました。審査には作品の国籍関係ないですけどね。

そして私は、カンヌより九州です。
この週末、「PFFin福岡」が始まります!!
数ある公共の映像施設の中でも、会場となる福岡市総合図書館は、東京のフィルムセンターと同じく、アーカイブ連盟に認可されている、フィルム保存も行う施設。
字幕投影システムを持ち、映画に対する知識や、上映の技術、音の装備も素晴らしい、日本のベスト3に入る公共の会場です。
が、しかし、市内の中心地(天神や大名や博多や中洲)からいささか離れているので、なかなか集客に苦労する場所。
PFFの開場である、福岡市総合図書館の映像ホール「シネラ」の認知向上も、私たちの悲願であったりします。

それはともかく、4/27,28,29と、初のゴールデンウィーク開催となる「PFFin福岡」。
28日には、『故郷の詩』で嶺豪一監督が来場し、熊本弁でガンガントークします。出演者や制作スタッフも大勢お越しになるという噂もあり、当日どんなことになるか、予測不可能でございます。
また、各地で評判が高まるばかりのPFFアワード2012グランプリ受賞作品『くじらのまち』、審査員特別賞受賞作品『魅力の人間』、劇場公開の決定した『賢い狗は吠えずに笑う』、人気爆発の山戸結希監督の『Her Res~』など、「PFFアワード2012」16作品がハイクオリティで大スクリーンに踊ります。
そして、最終日、29日には、公開を8月に控えるPFFスカラシップ最新作『HOMEICK』上映に、廣原暁監督が来場します。
新作のロケハンをここにあわせての急な来場決定。国内上映では、昨秋の第34回PFF会場でのお披露目に次ぐ、2度目の監督来場です。

はたまた、全く同じときに、この廣原監督が敬愛する青山真治監督が企画に関わっておられる、お隣、北九州市での「第3回北九州映画祭」が開催されます。
北九州出身の映画人は多彩です。北九州映画祭運営メンバーであり、過去にPFFin北九州を実施くださっていた吉武あゆみさんによると、今回の映画祭ゲストとなる青山真治、タナダユキ、福岡芳穂、平山秀行の4監督以外に、古海卓二、足立正生、川原圭敬、松尾スズキ、竹清仁、松居大悟、と合計10名出身監督がおられるそうです。更に今回は、俳優の光石研さん、国村隼さんもご来場で、曽根中生監督もお客様としてご来場という噂も。
・・・と書いていると、北九州映画祭の宣伝が高まってしまいますのでこの辺で・・・
個人的には『任侠外伝 玄界灘』をみたくてたまりませんし、会場は昭和の香る「小倉昭和館」ということですし、期待が高まります。

自分自身は転勤族に生まれ、既に転居20回に近づく人生ですので、故郷を殆ど動くことのない生活、故郷を愛する暮らし、といったことが、いまひとつ想像できていませんが、映画の豊かに息づく九州の誇り、輝きに、ノックダウンされそうなGWのPFF開催です。

2013/04/18 14:51:31

群青いろ作品を大量にみすぎて他の映画が物足りなくかんじられ真っ青に・・・

「ルネッサンスPFF」も、残すところあと2夜となりました。
今夜は、「群青いろのすべて」最終夜の特別上映作品として、高橋さんが撮影で、廣末さんが主演で、そして、群青いろ映画に参加しておられる俳優さんたちもたくさん協力している、南部充俊監督の『パッション』が登場です。
廣末さんの旧友である南部さんが「人生で一度は映画を撮りたい」というご自身の夢を実現させた本作『パッション』は、群青いろ作品同様の、高い熱気を孕む、緊張感の高い作品です。監督はじめ、高橋さん、廣末さんもご来場です。

この『パッション』を、PFFアワード2011の審査員特別賞に強く推したのが、近年のメガヒット作品『Limit of Love 海猿』や『Always 三丁目の夕日』、過去には『Love Letter』のプロデューサーでもある阿部秀司さんであり、そのコメントが「これこそエンターテインメント」であったことが、大変印象に残っています。つまるところ、「人間が描けているか」それがエンターテインメント映画の永遠の神髄である、と言われているような推薦理由なのです。
(阿部さんに、群青いろ作品を是非ご覧いただきたいとそのとき思ったことも、今思い出しました・・)

さて、私ごとですが、「ルネッサンスPFF」で、群青いろ作品を全てスクリーンで再見して(『ある朝スウプは』『さよならさようなら』『14歳』は、職業上数度拝見しておりますが)全て驚く程新鮮で、加えて、初見時には逃れ難く包まれる緊張感が、今回は無いことにより、楽しめて楽しめて、困りました。
そして一番困ったことは、「普通に公開している映画がみられない体になってしまう・・・」という、職業上の大きな問題です。
奇しくも、昨夜『あたしは世界なんかじゃないから』の上映後の質疑応答で、客席にいらした相田冬二さんが、まるでインタビューのような質問をくださいましたが、そのときに相田さんも、昼にみたある高名な監督の作品が、一昨日の『むすんでひらいて』を観たあとにはゆるく感じられたという発言をしておられましたが、そう、その「ゆるく感じられる」という感じが困るのです。「なぜこれでOKなの?」と、心で呟くかんじ・・・
私も、昼間に別の映画を観たときにかんじました・・・「本気か?」と・・・

つまり、
「群青いろ作品は、たまにみることにしろ」
という教えを得た私です。
幸い、彼らの作品をみることができるのは、年に1度か2度。
そういえば、日本人の平均的な劇場での映画鑑賞数が、ひとり1本を切ると言われて久しいですが、その1本が彼らの作品になると、世の中、今とは随分違うだろうと想像します。

今回は、レイトショー枠での企画ということもあり、上映が終われば終電間近。
加えて、群青いろのおふたりをフィーチャーする企画でしたので、その映画を支える俳優の皆様を紹介することを割愛せざるを得ませんでしたが、毎回熱心に参加いただく方も多く、強いつながりを感じました。
今夜上映する南部さんもそうですが、群青いろに関係する皆さんの中から、監督を体験してみる方々が生まれてくるといいのに、と、日を追うごとに、無責任なことをだんだん考えるようになってしまいました。
「自分の中にあるもの・誰かの中にあるもの・人間の中にあるもの」それをきちんとみつめて、対象化していく作業から、ギミック無くドラマが生まれ、リアルな登場人物が生まれる。
「見つめ、想像し、具体化し、俯瞰し、息づかせ、映像におさめる」。この一連の作業(勝手な想像ですが)を体験した方々が、それぞれの視点で、独自に作品をつくっていけば、映画は更に豊かになるでしょう。あるいは、思わぬ進化を遂げていくのではないか、と感じます。

また、今回「群青いろのすべて」という企画を通し、彼らの歴史をみた感じを持ち、整理してみました。
第一期 『ある朝スウプは』以前の「映画」を生む実験を重ねていた時期
第二期 『ある朝スウプは』及び『さよならさようなら』で映画を掴み、積極的に制作を続けていた時期。『14歳』まで。
第三期 高橋、廣末、それぞれの「映画」を探し、別々の道に別れる気配もあった時期
第四期 「群青いろ」の原点を確認し、『あたしは世界なんかじゃないから』で新たなスタートを切る。この第四期は、今までとは違う何かが生まれそうな予感がします。

ふたりの原点の確認が、『あたしは世界なんかじゃないから』に具体的に示されていると昨夜伺いました。
原点。「迷ったとき、困ったとき、辛いときは原点にもどる」この作業は効果があると、私もたびたび実感します。

さて、映画を仕事とする私は、多彩な映画がこの世界にあることを推奨する者です。
つまり、「〇〇の作品しかみない」という状況は、なくしたい者です。
1億の人間がいれば、1億の「自分の映画」を持ってほしい者です。ですので、1億にそれぞれの映画を発見してもらう工夫をするのを仕事とする者です。
前提として、山のような映画をみてほしいと願う、違う場所の、違う言葉の、違う世代の、違う人種の、あらゆる映画をみて欲しい者です。
ですので、言わずもがなですが、群青色の作品だけを観てほしいということはありません。
ただ、彼らの作品にみる、数々のうまく生きられない人たちをみていると、映画をたくさんみることで、楽になる方法をみつけることができる可能性は高いよ、と改めて思うのです。その1本は、群青いろの映画だろうな、とも思うのです。

が、その前に、あらゆる映画にみる生き辛さを解決するひとつの方法として、「自分が嫌だと思っていることをやめる」という選択肢がひとつ大きくあるのでは、とも思うのです。
大人である私の視点から言うと「辛い」という前提で語られる代表である「仕事」は、やり方次第で辛くない。
「仕事」は、日常生活の延長線上です。日常生活で行っていることを導入する、自分なりのやり方で、片づけて行くしか、やり方はない。朝起きて顔洗って、歯を磨いて、身支度して、戸締りして、ごみ出しして、みたいな作業と同じで、自分の力で進めるのです。そこに「特別な何か」が必要だと思うのは、幻想であり、同時に、「特別に見せたがる人」「ルールを作りたがる人」などは、実は「何をしていいのかわからなくて困っている人」であると思って、まず間違いないでしょう。

だんだんなんだか話があらぬほうにそれてきてしまいました・・・
とりあえず終わらせます。
辛いときには映画をみる、映画をつくる。
そこから始めていただいても、私は嬉しいのでした。

2013/04/16 02:53:47

VHSをブラウン管でみることを諦めなければよかったと悔やむとき

狭い部屋を使いやすくするために、先日、遂に、スペースをたくさんとるブラウン管のモニターを手放したのですが、今、深く後悔の念に襲われています・・・
というのは、名作のレンタルが、意外にVHSしかないことを知ったから。そして、VHSを美しく観るには、ブランウン管がベストだから。

今月末に模様替えするTSUTAYA渋谷4階にあるPFFコーナー。
毎回、映画監督をはじめとするクリエイターに、今、映画を志す人に是非みてほしい映画を、テーマに沿って推薦いただいているこのコーナーの、次回のセレクターは、ワン・ビン監督と、市井昌秀監督です。
両監督からの推薦リストが届き、TSUTAYA渋谷店の在庫を調べていただいたところ、ワン・ビン監督の選んだ作品は大半が、VHSでの在庫のみでした。そして、その作品は、全て、映画史に輝く名作なのです。

つまり、BOXやセルでは発売されても、レンタルになっているDVDは存在しない名作たちが、厳然としてある、という現実を改めて突き付けられたのでした。
ああ、VHSの再生機は残しているのですが、それに適したモニターが私にはない・・・失敗でした。
そのうえ、はっと気づくと、一番これら推薦作品をみていただきたい方々で、VHS再生の不可能な環境の方の割合はとても高いのではないかという現実もあるのでした。
困った困った。

というわけで、ワン・ビン監督の推薦された作品を、是非チェックしにいってほしい今月末からのTSUTAYA渋谷4階PFFコーナーです。そして、もしVHS再生が不可能な方は、その作品の劇場上映(名画座、映画祭、特集上映などになるでしょう)を見つけていただくという、これからの新たな楽しみを持ったと思っていただければ・・・と願う次第です。

が、更に、そのコーナーでは、推薦者の作品も紹介しているのですが、ワン・ビン監督の過去作でDVDレンタルされているものがない!
が、しかし、5/25に公開される新作『三姉妹~雲南の子』にあわせ、過去作『鉄西区』と『鳳鳴~中国の記憶』が特別公開されるとのことで、そちらのチェックを是非この機会に!なのです。
14歳から10年間働いた後に映画を撮り始めたワン・ビン監督。現在のところ、スクリーンで体験するしかない監督です。

「簡単にみたい作品を観ることが出来る時代になった」という気分にどこかでなっていた迂闊な私ですが、まだまだ困難なことは多いな・・と改めて気づかされる「映画は一期一会」を噛みしめる出来事でした。

そして昨夜「ルネッサンスPFF」で上映した『むすんでひらいて』も一期一会でした。
群青いろの作品は、あまりに緊張感が高いので、2度目で初めて"楽しめる"という感を強くする毎日ですが、本日の客席からは『ゲームの規則』を思い出したという声や、「人生の失敗者になるほうが幸せなのではないかと思わされる俯瞰した視線を感じた(意訳)」「透明なものを感じた」という感想なども出て、自分たちのつくった作品に対する評論をまだ充分得ていない群青いろのおふたりは、大変喜んでおられました。

作品を生んだ本人たちも、その作品を完全に掴むこと、わかることは難しい。
それほど「作品」というものは、多面的で、隠された何かを孕む。
その、本人たちにも不明な「何か」の力こそが、作品を普遍的なものにする力ではないか。
その「何か」を見つけることができるのが、観客であり、評論家であり、全ての「観るひと」であり、「観るひと」による発見を通して、つくる人は、更に普遍的で強い大きい何かを生み出す自信と力を持つのではないかと、質疑応答の際に、よくそんなことを考えます。

ところで、お箸の持ち方、使い方を考えてしまった『むすんでひらいて』。
日本の箸は、横で持つ。つまり、口と箸は、"水平"に並んだあと、わずかに口に向かって手前斜めに動かされることで、食べるという行為になる。
口の前に手首を回し、口に対して"直角"に箸を入れるのは、西洋のカトラリーの作法で、大きな間違いである。
と、かつて私は市川準さんに教わり、暫くは箸使いを注意していたのですが、最近油断してるなと、『むすんでひらいて』をみながら反省したのでした。
そういえば、高橋さんの作品は、食事のシーンが多いかもしれませんね。


2013/04/14 02:51:34

後髪引かれながらオールナイトから帰宅し、村上春樹について考えてみる

ただいまテアトル新宿では、「PFFルネッサンス」オールナイトプログラムの2夜め「グランプリ!グランプリ!」にて、グランプリ6作品の上映中です。
実は別の仕事の締切を一夜過ぎてしまった私は、後ろ髪引かれながら帰宅しました。
観はじめると止まらない6作品なのです。映写状態を確認、という理由で場内に入り、ついつい見入ってしまい、必死に離れたのです。

『電柱小僧の冒険』の創意工夫の塊!塚本監督がご来場くださり、お話をしてくださいましたが、新作も長い長い構想の果ての実現だそうで、塚本監督の頭の中には、いったいどれだけの映画の萌芽が詰まっているのだろうかと、思わずビジュアルで想像してしまい慌てました。
『夕辺の秘密』の、俗と聖のコントラスト。橋口監督ならではの漲る緊張感。
スタッフに、斎藤久志さん、鈴木卓爾さん、成島出さんがおられることを再認識し息をのみます。
『雨女』の先の読めない展開。電柱に昇っての撮影中に転落して骨折した矢口監督の回復を待って再開されたものの、製作は丸2年を費やし、生活費を削るために農家の作業小屋を借りて暮らし、トイレは駅や公園で借り、食事は冗談抜きでパンの耳だったという話などを、くっきり思い出しました。
その『雨女』の途中で帰宅してきたのですが、後に続く『5月2日茶をつくる』も、『青~chong~』も、『モル』も、最終審査員全員一致のグランプリだったことを思い出しました。
『5月2日茶をつくる』は、ぼーと口を開けて茶畑にいる気分になっている自分に驚いたことを、『青~chong~』は、「4賞も独占する?」とむっとしたことを、『モル』は、故・筑紫哲也さんが大変感動しておられたことを、思い出します。個人的には、『モル』のあと「ろくでなし」が入ったCDを買いに行ったことが懐かしい・・・

それはともかく、先週末のオールナイトをみてから、しみじみと実感したのですが、時代順に自主映画をみることが、これほど映画制作の変容をみることにも繋がること、驚くほどです。
意外に変化のないのが、服装。
大きく変化があるのが、電話と、俳優陣。
身の回りの人を配役するのではなく、キャスティングをすることが普通になっていきます。

明日日曜は、「21世紀のPFF」企画として、近年のオリジナリティ溢れる作品3本を上映します。
その後、月、火、水、木、と4日間再び「群青いろのすべて」企画が続き、
金曜の「21世紀のPFF」で、「PFFルネッサンス」が終了します。

「群青いろのすべて」トークでは、来週はどこかで、村上春樹についてお話を伺いたいと考えています。というのも、高橋泉監督は、海外で、何度か「あなたは村上春樹を映画化すべきだ」と言われたというのです。
何が海外の観客にそう言わせるのでしょう。

その高橋さんは、リアルタイム読破は「ノルウェーの森」からだそうです。
村上春樹。その影響力は計り知れない。
今この地球の全域に、村上春樹ファンがいますし、書かれた言語のままで読める幸せを享受する日本では、勿論更に濃く影響はあるでしょう。
個人的には、先週のオールナイトで上映した、奥原浩志監督の『ピクニック』には、村上春樹的なものを色濃く感じたのを覚えています。
そういえば、15年くらい前に香港に仕事で行ったときに、現地の春樹ファンのスタッフと春樹世界について話が盛り上がり、帰国に際し、春樹作品に出てくるジャズを集めた香港製のCDを貰いました。ジャスファンを増やす貢献もしているのは間違いない気がします。

「原語で読める」幸せ。
改めて考えると、すごいことです。
原語で読んでみたくても叶わず、翻訳を待つしかないことは多い。
しかし、私たちには、世界が愛する「日本語で表現活動をする」作家や映画監督、芸術家が多々いることに気づきます。
小津安二郎監督もそのひとりです。
年々歳々、世界に小津ファンが生まれています。
先日も、韓国の監督から、その熱い想いを聞きました。
死後半世紀以上を経ても尚、新しいファンを生む小津映画。
すごいですね。

もしも最愛の映画作家が、同じ言語を使う人であれば、そのニュアンスは理解しやすく、そのロケーションは空気を想像しやすい。それは、実にありがたいことだと突然実感するのでした。

2013/04/12 14:24:10

理不尽と 悪意の巷に 傷だらけで それでも 生きていく

タイトルは、円朝全集第3巻のキャッチコピーです。
第2巻は、
「大事な人を 犬死に させて たまるかってんだ」
第3巻は
「幽霊はなぜ 現れるのか 人はなぜ 懸命に 生きるのか」

全13巻刊行予定の「円朝全集」。岩波書店100周年記念刊行だそうです。
これまで、数冊の文庫収録作品しか読んだことがなく、「生涯全作品を読むことは叶わないだろうなあ・・・」と思っていたので、この刊行には驚きました。「全集で書架の埋まった大人になりたいものだ・・・」という子供の頃の理想はとっくのとうに忘れることにした私ですが、夏目漱石も高座に通ったという円朝を、現代の物語の祖とも言える円朝を、じっくり読んでみたいという誘惑に心が乱れております。

しかし、このコピーをみてると、「人って、かわらないのね・・・」と改めて思うのでした。
「"人類の進歩と調和"って、いつ成し遂げられるのかしら~」と言いたくなると「日々の暮らしを大切に」というこれまた永遠に変わらないキャッチフレーズが思い浮かびますし、「人間って、なにもかもわかって生まれてきて、だんだんばかになっていくのかしら・・・」という長年の疑惑が再燃すると、ばかになってない人の作品をひっぱりだし心を静めますし、まあ兎に角、やっかいなことが多いですが「ああ、生きててよかった」という瞬間もあります。

私の仕事は「映画」に特化しておりますので、力ある映画が生まれること、その映画をより多くの方に観ていただくこと、を続けます。その中で、映画を通して出会う「人」からの刺激が生きる力に一番大きくなるのだなあ・・・と、イヴェントのたびに感じています。
力ある映画(あるいは、他の多くの創作物も同様ですが)は、そこにそれを生み出した人たちの"何か"が強烈に詰まっている。それを、「才能」と呼ぶのか、「本気度」と呼ぶのか、「奇跡」と呼ぶのか、何にしろ、「人」が生み出すものは、限界がないなとしみじみするイヴェントの日々なのです。

ただ今開催中の「ルネッサンスPFF」。本日で1週目が終了し、残すところあと1週間となります。
明日、土曜日はまたまたオールナイトでお贈りし、コンペティション形式となった1988年の初グランプリ作品『電柱小僧の冒険』(塚本晋也監督が来場します)を皮切りに、さまざまなグランプリ6作品で朝を迎えます。前売りも当日も同じ2,500円というお得なプライスでお届けするのですが、会場で私も久しぶりに作品を拝見していると、当時は気づかなかったことが沢山みえてきます。同時に、力ある作品は永遠に新しいことも再確認します。

「古びない」そんな映画が生まれてくる。
「はからずも未来を予見している」つまりその力が創造力なのだと思わされる監督たちが登場してくる。
会場でエンドロールをみながら「私にとって、才能とは、永遠の今をうつす映画を生み出す人たちをあらわすのかなあ・・」と考えていたりする、折り返し地点のPFFルネッサンス。
なんだか曖昧なことばかり言ってて恐縮ですが、とにかく、いろいろと楽しい発見がありますので、是非一度ご参加いただければ嬉しいなあと思うのでした。

そして、PFFルネッサンスが終われば、あっというまにゴールデンウィーク。
福岡でのPFF開催のあと、恒例の関西爆音映画祭滞在をする計画です。(何故行かないのか吉祥寺に!という感じですが、都内で時間をやりくりするのがちょっと大変・・・・)そこで、勇気を出して『汚れた血』を再見します。
昔感動した映画を再見するのはいつも少し怖い。しかし、昨年は爆音で『ポーラX』を再見し更に感動したので、思い切って実行なのでした。
ただいま公開中のカラックス最新作『ホーリーモーターズ』、しつこいですが、すごいですよ。


2013/04/10 03:34:54

諏訪さんの式辞が素晴らしい

友人から送られてきた東京造形大学諏訪学長の式辞。
読むことができて、しみじみと幸せを感じる夜です。

映画について語ること、映画監督が語ること、時々遭遇する、世界が変わるような素晴らしい言葉にあいたくて、上映後のトーク及び質疑応答というものを設けるのですが(現在進行中のイベント「ルネッサンスPFF」でもその時間を設けているのですが)まだまだ修行が足りずになかなかうまく進行ができません。

そのことを、改めて考えさせられたのが、本年の「世界が注目する日本映画たち」でした。
最終日最終回の『サウダーヂ』上映後、随分沢山の映画を観続けてこられたのであろうご高齢の男性から、非常に刺激的な質問がありました。
とても乱暴に、かいつまんで記しますと、「何かがあるのはわかるのだが、何を言いたい映画なのかよくわからなかった。上映後に監督に質問しなければわからない映画というのはいかがなものか。あるいは、このような、解釈を観客に委ねる映画がこれから主流になり、旧来の物語が貫かれる映画はなくなっていくのか」といったことを、非常に熱く、真摯に伝えてくださり、監督の富田さん、脚本の相澤さんとも、とても丁寧に答えておられました。
その脇で、私が気になったポイントは、上映後のトークが、監督にその作品の内容、あるいは、創作の意図を確認するためのものと思われている場合がある、ということでした。
ここに、自分の力不足を痛切に感じた次第です。

トークは、映画監督あるいは創作者が、どれだけ面白い存在であるか、どんな風に世界をみているのか、感じているのか、切り取っているのか、を紹介する場所でありたいと考えています。
映画は、観た人が自由に自分のものにすればいい「作品」ですが、つくった人は、その作品に留まらない魅力を持つもの。その魅力の一端でもご紹介できる時間になればと考えているのですが・・・

そんなことを思い出しながら、諏訪さんの式辞を読んでいました。
期待と不安とで胸膨らむ新入生にとって、「学ぶ」ということの震えるような喜びと自由が伝わる言葉に胸が躍るのですが、今、この東京で大量に生まれた新入生が、「ルネッサンスPFF」をみにきて、「なんでもありなんだ創作って!」と、いろんな不安や恐怖や不自由さから、少しでも抜け出してくれたらいいのになあ・・と夢想もしたのでした。
同時に、人生の新たな一歩を踏み出すのに、勇気をもらえる映画が揃っていることを、企画側からうまく伝ることが出来ていないこと、具体的な作品紹介が不足していることを思うのでした。
なんでしょうか、反省文ブログになってきてしまいました・・・・

昨日から、連夜「群青いろ」のおふたりとのトークが続いています。
今回特別に作成したパンフレットには入っていない話をしてもらうべく、司会進行しています。つまり、「映画+パンフ+トーク」で、「現実を描きそこを超え美へと昇華する」というふたりの姿がくっきり見えてくる構成を目指しております。

上映イベントを重ねるごとに、「こうあってほしい」という世界を具体化する方法として、映画というのはやはり無限の力があるなあと、しみじみ実感しています。
同時に、会場のテアトル新宿の映写やロビーのスタッフの皆様の働く様子に「映画館スタッフという職につく方は、ほんとうに映画が好きでやってらっしゃるのだなあ」と感服しています。
更に、会場に集まった、多種多彩なチラシをみながら、「ぴあがなくなったのは痛手だなあ・・」とも思うのでした。
ほんとうに、便利でした。紙のぴあ。それを言っちゃおしまいよ、ですが、会員制の特別配布制度でもいいので、また欲しいなあ・・・とよく思います。作品の回転が速い現代に、紙媒体では遅すぎるのかもしれませんが、ひとめで都内全部の上映作品を把握できるということが、いかに便利だったかと実感します。
作品検索に足る情報を、あらゆる人に届けるのは、並大抵の苦労ではない現在の宣伝です。
最後はぼやきブログでしょうか・・・

明日(今日)はPFFのメルマガを発行し、PFFアワードの応募本数や、第35回の会期会場を発表します!ニュースアップも致しますのでお楽しみに!


2013/04/09 02:23:55

火事で燃えなかったのは『さよならさようなら』でした

PFFルネッサンスでの特集「群青いろのすべて」初日を迎え、『ある朝スウプは』を久しぶりに拝見しました。
高橋泉監督も、私と同じく、約10年ぶり「ロッテルダム国際映画祭以来にみた」ということでしたが、しかし、群青いろの「すべて」が詰まっている1作だなとしみじみしました。

上映後のトークでわかったのですが、廣末さんの住んでいたアパート(『ある朝スウプは』の舞台になった部屋)が火災にあい、8ミリビデオカメラの中に残っていた作品だけが焼けずに残っていた、というその作品は、私が聞いていた『ある朝スウプは』ではなく、本日上映する『さよならさようなら』だったのでした!
ああ、早く訂正してほしかった、私の聞いた誤った情報・・・・すいません。

その火事で、『さよならさようなら』以外すべてのものが焼けて溶けてしまったという廣末監督の体験もすごいなあとしみじみしておりましたら、高橋監督が「火災保険ぶとり」だったという衝撃の事実をポツリと・・・・10キロ太ったそうです、廣末さん。
聞かなければよかった話でした。

ところで、『ある朝スウプは』『さよならさようなら』は、「PFFアワード2004」での受賞作品です。その年の最終審査員のおひとりが、若松孝二監督です。*後に、並木愛枝さんが永田洋子を演じるご縁もここに始まったと言えましょう。
ただいまテアトル新宿では、その若松監督の遺作となった『千年の愉楽』を公開中です。
ロビーには、在りし日の若松監督の姿が随所に展示され、黒田征太郎さんの手による貴重な生ポスターが掲示され、数々の取材記事も読むことができます。
そこに、若松監督が大切にしていた4つのことという記事があります。
・群れない
・頼らない
・ぶれない
・ほめられようとしない
この4つをノートに記して毎朝みていたというお話です。
インディペンデントスピリッツを忘れぬための言葉として、しみじみと、誰もが大切にしたい4つです。

「群青いろのすべて」=「群青いろ12」
上映には、高橋さん廣末さんのトークを毎回設けます。
会場で販売する特製パンフ「群青いろ」は、おふたりのロングインタビューや、作品コメントを含め、これまでの群青いろを総括する濃い内容を、美術品のようなデザインに納めた他にはない貴重な文字記録。
是非一冊お手許に置いてください!

本日の上映作品の1本『阿佐ヶ谷ベルボーイズ』は、大変上映回数の少なかった作品。レアなチャンスになります。
明日の『鼻歌泥棒』は実は『ある朝スウプは』に迫る海外人気の高かった作品です。しかし、国内での上映は、これまた少ない作品です。
この機会に、スクリーンで観る得難い群青いろ体験を!
お待ちしております。

2013/04/07 12:25:57

2か月分の長さ?海外で考える日本映画のことなど・・・

「ルネッサンスPFF」初日オールナイト終了し、痛む頭に眩しい青空の日曜日。
8mm,16mm,35mmのフィルム作品上映は、大変に困難が増すことを実感する夜でした。
全国各地の映画館やホールが、フィルム映写機を撤収してDCPはじめデジタル上映機器の設置に切り替わっています。その機材でいっぱいになった映写室に、フィルム映写機の入る余地はない・・・・オリジナルフォーマットで作品を鑑賞するには、今後客席に映写機を設置するしかない・・・という現実を確認しつつ、思わぬアクシデントが史上最高頻発した一夜を終え、改めてご来場の皆様、ゲストの皆様に御礼申し上げます。
ありがとうございました。

そして、映写の皆様の苦労を再確認させていただきました。
&テストで起きないことが、本番で起きる、という経験を数年分積ませていただきました。
一方で、昨夜上映した6作品は、製作の過程で、完成後の上映会で、きっとあんな風に鑑賞者の脇で映写機が廻っていたのだなあ・・・という、不思議なデジャヴにも似た瞬間も感じました。
「自主上映会」の原点なようなものが、ふと実感された個人体験にもなりました。

東京国立近代美術館フィルムセンター始め、いくつかの、映写室を贅沢な広さで確保している施設以外では、「映写室」は大変にコンパクトな設計なのが普通です。
*ちなみに私がこれまでの人生で最も感動した映写室は、NYのMOMAでした。広さと機能と、度外れていました。もっと凄いのではないかと勝手に想像しているフランスのシネマテークの映写室もいつか訪ねてみたいと思っています*
効率的な空間使用の目的からも、現在、多くの劇場がデジタルとフィルムの二者択一を進めています。勿論、デジタルに大きく変わっているのです。テアトル新宿での「PFFルネッサンス」も、本日から完全にデジタル上映になり、映写室での上映となります。13日のオールナイト上映「グランプリ!グランプリ!」もフィルム作品は、デジタルコピーのあるものを集めています。
デジタル上映の場合、「だましだまし上映する」というフィルム上映に伴う技(?)は通用せず、映らないときはパキッと映らず、お手上げになります。映画祭の世界で最も心臓に悪い出来事です。この出来事が起きないように、数種類の上映フォーマットをバックアップするのが重要な準備事項です。

という裏方の仕事の話はこのくらいにしまして、昨夜、6作品を長い年月の後に拝見して、当時は見えなかったことがたくさんあったことを実感していました。
同時に、つくる側も、みる側も、その場では説明できない「勘」としか言えないものをもとに、つくり、みるのではないかということを新たにしました。
言葉では説明できない「何か」。
それは、多分、日常生活でも折々に感じている「何か」。その何かが絶えることなく湧くあるいは湧かせることが出来る人たちが続けていけるのか、映画。と(こんな書き方をしていてはちっとも伝わらないかもしれませんが)6作品をみながら再確認していました。
もしかして、図らずも、PFFルネッサンスは、そんな人たちの紹介の場か?と、発見してみたり。

そして、香港で考えたことに戻ります。
お伝えしたように、Young Cinema Competitionには日本の作品がラインナップされていなかったのですが、それはなぜ?としみじみ考えました。
Youngという名称のコンペティションながら、最年少は32歳、最年長は47歳、ということにも"あれ?"
過去の作品が高く評価されている人、既に数本のキャリアのある人の作品も多く、もしそのラインナップを説明するとすれば、「海外で学んだ経験があり、高い教養を持ち、ロジカルに強靭に映画をつくる力のある人たちの作品」が多かった、ということかと、今、考えています。つまり、それが日本の映画にない部分なのか、と。
奇しくも8作品中6作品が女性監督でもありました。

私が「Youngというからには、初監督作品とか、20代とかの作品が多いかと予想してました」と大人数での雑談で話した際に、ある外国人から「映画監督で20代は若すぎるでしょ!日本は20代の映画監督が山ほどいるけど才能のある人は少ないよね~」と笑顔で言われ、「今度日本にたっぷり映画見に来てね」とむっとしつつ(海外ではなんだかその国の代表団な気持ちになるのは否めず)笑顔で返しましたが、あれ?そういうことなの?と思いました。

現在、もう、自主時代とか、プロ時代とか、垣根がない。
そのことを端的に、極端に言葉にするとそういうことなのか?と、改めてこの会話からみてしまいました。
今、映画で食べて行こうと思っている人たちのガッツはかなり強烈です。映画祭を通しての助成金の獲得や、コンペでの賞金の獲得、世界ネットワークの拡大など、「プロデューサーとしての才能のほうが明らかに高いな・・・」という人の増加も感じます。
以前、「アメリカでは、映画製作という仕事の税制上の見直しが始まり、ドキュメンタリー制作者の間に震撼が走っている」という話を小耳にはさみました。つまり、(特にドキュメンタリーは)長い年月映画製作への支出が続くが、その後の収入が少ない場合が多い。償却期間が長いが支出と収入の差が激しい。では、その赤字ばかりの「映画制作」とは、つまるところ「趣味」というカテゴリーではないか?という話が湧いているというのです。
「趣味」とされるとどうなるかというと、税制上の控除がなくなるということです。趣味だから申告できない。
つまり、趣味にされたら、おしまい、です。

趣味でも道楽でもなく、映画をつくりつづけるために、自覚的な人たちの時代が始まっている。そこに日本の状況が取り残され始めている。のかもしれません。
プロデューサーと組む、会社組織をつくる、海外のネットワークをつくる、などなどの、いわゆる、収入を上げる、チャンスを増やすための活動を、作品の大小問わず行うことが「才能」のひとつでもあることが常識になっている現在。映画のみならずあらゆる場面で、日本があらぬ方向をみていることを突き付けられている、近年の海外映画祭滞在でもあったなあと、今思い返しています。

年明けから、ロッテルダム、ベルリン、香港と3つの映画祭に参加してきました。
そこで外国人から多く質問されたことを簡単に並べます。(結構質問数順)
何故こんな選挙結果になるの?
何故こんなに投票率が低いの?
何故政治の話をしないの?
何故反原発デモに映画人が参加しないの?
何故チャンバラ映画は確実に世界マーケットがあるのにもっとつくらないの?
何故極端な日本ならではの映画(日本映画の血と暴力とセックスは自由レベルが高い)というものがあるのに、それをもっとつくらないの?
何故折角雪もあり灼熱の夏もある四季があって、映画の長い歴史があるのに、海外に向けてのロケ誘致を積極的にしないの?
何故世界的に著名な日本の監督とうまくコラボして海外との共同制作資金をもっと導入しないの?
何故海外の共同制作チャンスにもっと参加しないの?
・・・・日本代表として答えることは難しい質問が多いのであります・・・
同時に、「自分はあくまでも、若く無名の映画を志すひとたちのために働く立場。しかし、あらゆることを知っておかなくてはならないな」とも思わされます・・・・苦しい・・・
更に、今回、香港のドキュメンタリーのコンペティションで池谷薫監督の『先祖になる』がグランプリを獲得すると、その審査員たちとの食事会で、「この映画、日本ではめっちゃくちゃ多くの人がみたんじゃない?」「みんなすごい感動したんじゃない?」と言われました。
「すいません」という感じでした。

何だかちょっとずれてる日本の感覚。
どこにいっても、ホテルの部屋のテレビはサムソン一色。携帯電話も世界的に急速にサムソンに。パナソニックやソニーの時代はとっくに終わっています。海外赴任の経費が削減され、いいアパートに住める日本人はもういません。更に香港では、あらゆるショップの店員が中国語を使い、かつてのように日本語で話しかけられることは皆無。
長年安くてキッチュな食器を見に通った中国製品デパート「裕華国貨」では、骨董品コーナーが劇的に拡大し、数万円の値札が普通に・・・
あれやこれやと「これが現実だな」と知る海外滞在。
「変わらない」という夢の中に生きるより、現実の中で何かを生み出していくほうが楽しいな。特に映画はそうだなということを、再認識できる貴重な日々となるのでした。

今夜のルネッサンスPFFは、昨秋から海外への旅が続く『くじらのまち』と異色SFの『101』のカップリングです。『くじらのまち』監督の鶴岡慧子さんも来場します。海外体験を是非いろいろ聞いてみてください。
明日からは、「群青いろのすべて」が始まります。

ここで話は突然変わります。
書店で平積みされていた「和菓子のアン」という文庫本のタイトルにひかれ読み始めたら坂木司さんにはまりました(ひきこもり探偵シリーズの帯に"テレビドラマ化"とあり、監督が中島良さんだったことを今頃知り恐縮しております・・・)。「まとも」がここにある。入院中の友人へのプレゼントシリーズ、「みをつくし料理帖」シリーズ、「海街Diary」シリーズ、に新たな本が加わりました。
「困ってるひと」が話題になった大野更紗さんの新刊「さらさらさん」の数々の対談も面白く読みました。「困ってるひと」を糸井重里さんは「一家に一冊」とおっしゃってますが、同じく山本譲司さんの「累犯障害者」も、一家に一冊本(文庫にもなってるし)だなと、改めて思います。
これらの本を思う時、群青いろのことを思い出します。
現代の「優しさ」「まともさ」。
優しさを惜しみなく使う、愛を惜しみなく使う、その技術の向上に効く映画がまだまだ日本から沢山生まれていると、私は思いたい。

なんというか、あまりに長いブログ。
たまにしか書かないブログ。
自分のfacebookやtwitterには全く手がまわりません・・・
では、ともかく、また今夜もテアトル新宿で!

2013/04/06 12:16:56

4月6日 ルネッサンスPFF初日に思う

今日から毎夜、「ルネッサンスPFF」がテアトル新宿を会場に2週間続きます。
土曜日の夜は、オールナイト上映をやろうと決め、そのうち1日は、8mmと16mmのフィルムをほんとうに上映しようと決め、今夜がその、8mm&16mm映写機持ち込み上映を実行する夜となりました。
映写さんも緊張、私たちも緊張、予算は破裂(映写機のオーバーホールがなかなかすごいことになりましたが、これで安心です)、という商業的視点で言えば失格な夜になりました。
事務局一同、たくさん働いて、赤字予算を回収したいので、是非お仕事ください!
とここで叫びます。「映画祭運営はお任せください!!!!」いい仕事しますよ!

それはともかく、3日まで香港国際映画祭で「Young Cinema Competeition」の審査員を務めていました。以前ちょっとお話したように、PFF作品がラインナップされていなかったからの依頼でしたが、日本映画そのものがランナップされていませんでした。
不思議・・・
審査員としてご一緒したのは、韓国の映画監督+映画プロデューサー+映画大学教授のパク・キヨンさんと、香港ニューウェーヴの監督、イム・ホーさん。ほかにも5つのセクションがあり、それぞれの審査員といろいろな話をしました。
日本と同じく、天候の大荒れな香港で、日本映画のことを改めて考えさせられました。

そして本日、テアトル新宿で「ルネッサンスPFF」
テアトル新宿は、私が初めてPFFの仕事に参加した1990年の開催会場でした。矢口史靖監督の『雨女』がグランプリを受賞した表彰式にも会場にいました。矢口監督の態度があまりにも子供なので、審査委員長の篠田監督に「君はもっと社会性を持たなくてはいけない」と、厳しくも優しいアドヴァイスをもらっている姿を覚えています。
*その『雨女』は13日のオールナイト上映「グランプリ!グランプリ!」企画で上映します。
その後、1992年のPFF(会場は日比谷シャンテでした)から、ディレクターの仕事に就くのですが、その年のグランプリが、今夜最初に上映する『灼熱のドッジボール』です。
拝見したときのものすごい驚きと、会場でのものすごい人気が忘れられません。
・・・という昔話をしたいのではなく、80年代、90年代、0年代と、確実に映画の何かに変化があることを、日本をちょっと離れると、一層実感することを、皆さんにお伝えできればと思うのです。
「ルネッサンスPFF」企画、「世界映画地図」企画、所沢での「世界が注目する日本映画たち」企画、シネパトスでの樋口監督の8mmオールナイト上映参加を経て参加した、香港での体験は、一層日本の状況を考えさせられました。

日本がだんだん鎖国状況に置かれています。
映画も鎖国してしまったら、経済的に立ちいかない状況が加速し、私たちは映画という喜びを失ってしまう。その危機感もお伝えできればと思う次第です。
と、今ここで漠然とした話をしている場合ではありません。
本日はいささかイヴェント準備で慌ただしくしております。明日ゆっくり書きたいと思います。

「ルネッサンスPFF」。
なんと今週は、レイトの時間帯に都内でイヴェントが目白押し!
お客の奪い合いという状況になっていることを実感していますが(『まほろ駅前番外地』のスクリーン上映もあるし!)ルネッサンスPFFは、日本の誇る「自分の映画」を「自分でつくる」独自のクリエイティブを一挙に実感できるお得で貴重な時間になること確実です。是非ご参加いただけることを願っています。
ではまた明日!


プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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