1. ホーム
  2. PFFディレクターBLOG
  3. 風邪をこじらせきって玄米菜食を試しながら10月を振り返る

PFFディレクターBLOGRSS

2012/11/03 14:15:55

風邪をこじらせきって玄米菜食を試しながら10月を振り返る

9月のPFF会期中にひいた風邪を、有名な「ジキニン子供シロップ一気飲み」療法(ものすごく胃に悪いらしいですが)で抑え込み、その後、釜山へ行く前後も、これまたそんなこんなで、一気飲みに加え、色々と無茶な方法で不調を抑え込み、帰国後も、やっぱりやることが色々あるので、あれやこれやで爆発しそうな風邪をたたき続けながら、人を迎えて暴飲暴食もてんこ盛りの、どう考えても無謀な毎日を続けておりましたら、やっぱり、ダウンしました。
集中力も思考力も落ち、熱が出たかと思うと、すごい低温になったり、ティッシュひと箱鼻をかんでも、まだ続く。痛いとこだらけ、起き上がる力もないときもある「ああ、健康になりたい」という日々に突入したのでした。
つまり、仕事にならない日がきた!

これはいかん!と、ひそかなバイブル「自然療法」を取り出し(宣伝なし、口コミだけで900刷に迫る静かに有名な本であります)再びの熟読。
久しぶりに、肝臓、腎臓、脾臓をいたわる食生活を取り戻して5日めの本日、なんだか元気になってきた感が湧いてきました。
「体は、飲食物でつくられる」ことを、しみじみ再確認する10月でした。
ちなみに、体調不良の際の私の定番復活食は、玄米に小豆や大豆、こんぶやひじきやわかめを炊き込んで、ごまとじゃこと梅干を混ぜて海苔をまいて食べること。
効きます。
根菜たっぷりの味噌汁と、こんにゃくを使った料理、そして薬草茶を合わせられれば、更にばっちりです。

・・・なんだか、映画から遥かに離れた話題になってきました。
しかし、こんな食べ物が出てくる映画って、ないんだなあ・・・人々が共通に認識する「おいしそう」というものから、遥かに遠い食事なんだろうなあ・・・と客観的に判断するのです。
でもね、美味しいんですよ。玄米菜食。大分の友人が取り寄せてくださる、合鴨農法のお米が素晴らしいことも関係あるんですけどね。

そして話は釜山に戻ります。
5年ぶりに出掛けた釜山。行ってよかった。
どんどん改革されています。
噂に聞いた センタムシティBusan Cinema Centerの威容も確認しました。
向かいの世界最大のデパート、新世界百貨店の屋上庭園から見下ろすと、Busan Cinema Center屋根には「BIFF」のロゴが、ソーラーパネルで構成され、建物の発電に一役買っています。(最初、屋上のロゴをBIFFとすることに市の抵抗があり、大変な苦労をしたと映画祭の人の話でした)

今回は、急に参加を決めため、普通のホテルは全くとれず、噂の「ラブホテル」に泊まりました。韓国では「motel」と表示されたホテルですが、ラブホテルで通じるのでした。
「立地位置や写真から推測して、どうもmotelっぽいなあ」と思いながら、インターネットで予約した、一応hotelという名のつくそれは、行ってみると、やはり立派にmotelだったのです。一年前に、motelをhotelとしてリニューアルオープンしたらしい。
hotelとの違いは、長期滞在を前提としてませんので、ランドリーサービスやビジネスサービスがない。(以前は、motelは、長期滞在者も一泊ごとに荷物をまとめてフロントに預ける厳しい規則だったそうです)。部屋の照明が仕事を前提としていない=暗い。仕事用デスクがない。クローゼットがない。スタッフが外国語を使わない=コミュニケーションにひと苦労。
しかし、ホテルと違って、いいこともあります。
韓国のhotelは、歯ブラシやシャンプー、かみそりなど、日本ではどこでも置いてあるアメニティーが衛生上の規則で禁じられているのですが(なので、近所のコンビニには必ずアメニティーセットを置いてある)、motelには、シャンプー、リンス、整髪剤、化粧品、ヘアブラシなど、あらゆるものの大型ボトルが置いてあるうえに、チェックイン時に、「サービスです」と、歯ブラシ、かみそり、いろんなアメニティーに加え、コンドームまで入ったパックをくださる。これは、ホテルでは絶対にない。更に、部屋の防音は、安いホテルより遥かによく、隣の部屋が気にならない。そのうえ、お風呂はほぼどこでもジャグジー!部屋のテレビは「壁?」と思ったくらい大型。更に、ロビーには、必ず無料のソフトドリンクやコーヒー、軽食のサービスがある。
数日の観光旅行なら、迷わずmotel=ラブホテルをお勧めしたい私ですが、仕事には、ちょっと苦労しまして、かなり目にきました。

さて、映画祭は、今や、センタムシティの劇場を中心に構成され、南浦洞や海雲台のかつてのメイン会場は、今や、建物もすっかり古びた感じで、ゲストでにぎわうことも少なく、それ故にマイペースに運営されている雰囲気です。
5年前に、映画祭メイン会場のひとつ海雲台のメガボックスで、ヴォランティアの人たちが、いろんな抽選会などを企画して、楽しくやってるなあという雰囲気を覚えていたのですが、今回も、建物は急速に寂れてましたが、へんてこなプレゼント会に遭遇し、なんだかおかしくなりました。来年からは、海雲台のホテルに泊まって海雲台のメガボックスに通うのが、結構賢い過ごし方かも・・・と思ったり。「映画をみる」ためには、に限定の滞在であれば、ですが。

観客は、今も変わらず見事に若く、活気があります。ボランティアも、さすが過酷な競争を潜り抜けてきた、容姿端麗英語のできる人で揃えられています。満席でチケットのとれない映画も多く、でも、満席でも空席があるのは、以前と変わらず勿体ない感じ。スポンサー用に確保する席が必要との話もあり、映画祭共通の悩みの一つではと思います。

さて、今回は、『くじらのまち』のコンペ出品にあわせての参加でしたので、久しぶりに、コンペのための行事の数々に鶴岡監督と参加しました。
まず、劇的な変化を感じたのは、通訳の用意。
完璧な通訳の方が、記者会見も舞台挨拶もついてくださり、驚きました。チェさん(もしかしたら、私のお名前の聞とりが間違っているかもしれません)とおっしゃり、昨年から日本に住んでいらっしゃるのですが、変わらず映画祭から頼まれ、日本からお越しです。(映画祭の人から後で聞いたところ、昔、子役として有名だった方で、業界や映画に詳しく、舞台度胸もあるので完璧ということでした)
チェさんによると、4年前から、映画祭は各国語の通訳をそろえることに本腰を入れはじめ、現在、日本のゲストのためには、2名の通訳を招へいしているそうです。通訳チームはスタッフ用のホテルで合宿しているとのことで、中国語、タイ語、英語、と、記者会見で、コンペ監督とその通訳の揃った様子は迫力がありました。
ペルシャ語だけは、まだ適任者が韓国内で見つかっていないのか、日本からショーレさんが英語とペルシャ語の通訳に参加しておられたので、驚きの再会でした。
通訳の心配がない映画祭は、いい映画祭のひとつの基準。どの映画祭も苦労する部分です。

韓国では、携帯電話のレンタルが手軽なので、空港で借ります。
そこでiphoneデビューした私。慣れるまでひと苦労でしたが、携帯のない時代の映画祭でのアポイントメントはどうしていたのか、すっかり忘れてしまいました・・・
外国からのゲストは、「○○のペーティーで会いましょう」ということが多い。毎晩2つも3つもパーティーがあるから。しかし、多くのパーティーが人でごった返していて(毎晩「滞在ゲスト全員集合!」な感じと思われます)、「会う」という感じではありませんので、パーティーが苦手なこともあり、必ず別の約束をするのですが、「携帯がないと難しかったなあ」と、しみじみ今、思います。

パーティーといえば、キム・キドクのヴェネチア受賞を祝うパーティーがあったのですが(参加してないんですけど)、もう大変。その日は、寄ると触ると「キム・キドクのパーティーよ」と話されていて、本人が通りかかると、あらゆる人が話しかけて、もう「いきなり大スター」なんです。
ちょっと、ぽかーんとしてしまいました。
願わくば、皆さん彼の作品をご覧になっていることを・・・

さて、釜山で一番感動した映画は?
と聞かれるのですが、すいません。レオス・カラックスです。
日本で公開するじゃん!!です。
とほほ。
つい、みてしまいました。(こっそり行ったのに、いろんな人に会っちゃいました。)
そして、爆発的に感動しました。
「こんなアホなことを真剣にやる人のために仕事していきたいなあ・・」
としみじみ思いました。
そして、あらゆるスケジュールを無茶苦茶調整して閉幕前に滑り込んだ現代美術館の「特撮博物館」を、カラックスにみせたかった・・・と涙しました。(いや、ぜんぜん友人じゃないですけど・・・)

「特撮博物館」行かなきゃ人生の損失です。断言しますけど。
来年から、地方開催が始まるという噂を聞き、万難を排してまた行くぞ・・・と心に誓う私。またオキシジンデストロイヤーの前でうっとりしたいです。
あ、行かれるときは、イヤホンガイドを借りることをお勧めします。

バカなことを寝食を忘れ真剣にやることほど、崇高なことはない。
この秋はそのことを再確認することが多く、それは、釜山の宿で乏しい灯のもと読んだ本のショックにも関係するかもしれません。

その本のこと、釜山国際映画祭での新体験、そのすぐあとの若松監督のご葬儀のこと、SNSのこと、もう少しご紹介したいことがありますが、約束があり出掛けなくてはなりません。続きを明日、書けたらと思います。

そしてもう11月3日。
たくさんの映画が初日を迎えます。
昨日、夜の銀座を歩いていましたら、松屋のルイ・ヴィトンのディスプレイがリニューアル作業していました。
まるで美術館の草間弥生展のようで、暫くみていました。
バカなことを一生続ける素晴らしさ。芸術は、その側面を必ず持つなと、再認識です。芸術のみならず、人に作品を提示するとき、バカなことを貫くことは、最も力を持つと、そのことも改めて思う秋です。

・・・・長すぎましたね・・・


プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

最新記事

アーカイブ

ページ上部へ