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石井裕也監督に聞く「不安は克服できるのか?」

昨年、2014年9月23日(火・祝)東京国立近代美術館フィルムセンター・大ホールにて、第36回PFFの特別企画「映画監督への道」として、『舟を編む』、『バンクーバーの朝日』で大注目の若手監督・石井裕也監督に登壇いただきました。
当時の最新作『ぼくたちの家族』の上映と、「不安は克服できるのか?」をテーマにトークイベントをおこないました。

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『ぼくたちの家族』© 2013「ぼくたちの家族」製作委員会

荒木D:今回、上映作品に『ぼくたちの家族』を選んだのはどんな理由からですか。

石井監督:『ぼくたちの家族』は僕が大学の頃から志向してきた、「こういう映画が作りたい」と思っていたものをやりきった手応えのある作品なんです。目指していたのは、簡潔で分かりやすくて、でも人によって色々な解釈ができる余白のあるもの。すごく狭い世界の話でも観客の想像力によってどんどん大きく深くなっていく作品が理想です。

荒木D:その前の作品『舟を編む』から『ぼくたちの家族』では、どう成長されていると感じますか。

石井監督:『舟を編む』は、それまでの映画とは予算規模がかなり違いましたし、現場はベテランスタッフばかりでしたし、初めて僕以外の脚本家を立てました。そこでいろいろな勉強をさせてもらったし、驚くような発見がいくつもありました。特に感じたのは、スタッフの力です。ここまで人を信用して映画を作ったのは初めてかもしれません。自分が敢えてコントロールしない部分を作ることで作品が面白くなっていく、ということを理解しました。一方でそういう映画の可能性を自覚して作ることができたのが『ぼくたちの家族』です。

荒木D:『ぼくたちの家族』は自分でコントロールできたということですが、『舟を編む』でスタッフの力によって最も驚かされたシーンはどこですか。

石井監督:主人公が悪夢から目覚める、というシーンがあります。ありがちなシーンなので、ありがちには撮りたくなかったんです。カメラマンの藤澤順一さんに相談したら、役者が仰向けに寝ている頭上からロープで吊るしたカメラを落としてみましょう、って。しかもリモコンでズームバックしながら、ヒッチコックみたいに画角を変えずにカメラを落としてみましょうって。「え、そんなことやっていいんですか?」という感じでした。自分より技術もキャリアもある人が自由にチャレンジするというのが衝撃で。実際やってみたら結局リモコンが効かなくてできなかったんですが。でもカメラを落下させること自体は面白かったので、結局カメラを回転させながら落とすことにしました。そこで、じゃあカメラを落とすのに誰がロープを操るんだって話になったんですよ。35mmのカメラなので、落として止めるのを失敗したら役者が死んじゃうし。そう言ってたらプロデューサーが僕が責任持ってやりますって言って、深夜なのに練習を始めて。それで現場に一体感が生まれたし、そういうことを試して楽しんで良いということは僕の中で新しい発見でした。

荒木D:映画って本来自由で楽しいから作られて、その楽しさが伝わるから続いてきたものなんですけど、今の映画界ではどんどん窮屈なものになっている雰囲気を感じますね。それが壊れる「現場の醍醐味」みたいなものを石井さんは体験されたのだと思いますが、『ぼくたちの家族』で石井さんが意識的にこれまでやっていたことを壊している部分はあるのでしょうか。

石井監督:逆にずっと続けていることに確信を持てたということはありましたね。大事なところはカットを割らないとか。 例えば手術後のクライマックスシーンでもアップショットは撮りませんでした。「なんでもやって良いんだ」と改めて気づくことで、勇気を得られたということはありました。

『舟を編む』© 2013「舟を編む」製作委員会

荒木D:『舟を編む』では意図せずベテランと組むことになったそうですが、スタッフィングには希望を出すんですか。

石井監督:基本的には僕から提案します。プロデューサーから推薦されることもありますが。何度も同じ人と組む面白さもありますし、新しい人と組む刺激もあるので、作品のカラーによってその都度考えています。

荒木D:37歳で亡くなったお母さんのこともあり、監督自身の経験からも『ぼくたちの家族』はセンシティブな題材だったと思いますが、話を受けた時はどう思いましたか。

石井監督:まるで自分のことが小説に書かれているような気分になりましたし、だからこそ自分がやらなければいけない、と思いました。僕は次男なので、やはり池松壮亮君が演じる次男のことは分かりすぎるほど分かるんです。でも原作を読んだ時、何故か妻夫木聡さん演じる長男のじっと歯を食いしばって引き受けるという姿勢にむしろ感情移入しましたね。

荒木D:長男が物事を引き受けすぎて心配になりましたが、最後は素晴らしいラストでしたね。私は初めて試写を見たときに「監督誰だっけ?」という感じでした。石井さん初期の自主映画は「こういう映画を作る人だ」ってイメージがあったんですが、それがもう完全になくなってどうなっていくのかわからない監督になったなぁという感じです。

石井監督:感覚ですけど、映画1本作るのって、その作品のために生まれてそれが終わったら死ぬ、みたいなイメージなんです。この作品のために生きて死ぬ、で、次は次。だから、さっきの『舟を編む』で得た経験のように次に生かせる引き出しならいいんですが、余計なものは、むしろ殺すというか。ある意味での自己否定は続けなければいけないとは思っています。

荒木D:次のことしか見てないということでしょうね。ならば過去の作品について人前で話をすることはとてもつらいことなのではないですか。

石井監督:そうですね。でも、今回この映画を選んだ理由の1つでもありますが、この「『ぼくたちの家族』という作品は何だったのか」という話を、未だに原作者の早見和真さんとメールでやり取りしています。映画についても、この物語についても、引き受けるということについても。早見さんが、辺野古である青年に会ったそうなんです。デモ隊を警備する警備会社の人で、自分も辺野古の埋め立てに反対している、にも関わらず、仕事として真逆のことをしなければいけない、という。その人が『ぼくたちの家族』を観て、「この映画は、上の世代の負の遺産を引き受けなければいけない自分たちの話だ」と言っていたらしくて。それはひとつ解釈として正しいとは思いますが、負の遺産を引き受けていくだけの映画でもないし。もちろん家族って何だ、というだけの映画でもないし。それでもこの作品は、僕たちの世代の気分を表しているように思うんです。それって何だ、ということを未だに早見さんと話し続けています。

荒木D:どうしたって考えていかなければいけないことに、この映画を通して改めて向き合わされたということでしょうか。

『沖縄/大和』監督:比嘉賢多

石井監督:そうですね。本当は、普段特殊な理由でもなければ家族に向き合いたくないじゃないですか、面倒だから。見て見ぬふりをすることは可能で。それは家族だけではなくて、あらゆる物事にも同じことが言えると思います。現代は、そうやって棚上げにされていた物事、隠していた物事が山のようにあることが次々に発覚して、「どうするんだ。逃げるのか、引き受けるのか」って突き付けられている、そんな時代だと思います。

荒木D:PFFアワード2014入選作品に『沖縄/大和』というドキュメンタリーがあって、責任のある立場の人があまりにもやるべきことをやっていないので、沖縄がめちゃくちゃな状態になっているということが浮き彫りになった作品なんです。今後は、引き受けなければいけない事の膨大さに気がつき始めた20-30代の監督が増えて、映画はどんどん変わっていくんだろうなという気配を感じています。社会的なこと考える、を話すのがタブーになっている世の中は終わっていき、それぞれが社会や政治に対して何らかの考えを持つことは、恐ろしいことではないという世の中になると思うんですね。すべてが白日の下にさらされて、怖いものは何もないということが共感になるのでは。

石井監督:観察していきましょう。世界を。

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