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橋口亮輔監督スペシャルインタビュー

'92年のデビュー作、第6回PFFスカラシップ作品『二十才の微熱』から、日本映画界を圧倒した昨年の『ぐるりのこと。』まで、一貫として人との繋がり、人と社会の関係性を繊細に描いてきた橋口亮輔監督。そんな橋口ワールドの過去、現在、未来とは?

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[2] 何を優先的に伝えたいのか? そこからスタイルが出来上がった

―― それが『ヒュルル‥1985』になってくるともっと切実になってきますね。

切実になってきますよね。だから、ちゃんと自覚して、自分というものを表現しようと思った最初が『ヒュルル‥1985』(’85)かもしれないですね。『ララ‥1979~1981』なんかはまだ映画への憧れみたいなものがあって。クロード・ルルーシュ、いいなぁとか、ブライアン・デ・パルマ、カッコいいなーとか、あの撮り方をマネしてみたいとか、そういうこともないまぜになっているところがあるので、より自分というものを見つめたのが『ヒュルル‥1985』なんでしょうかね。

―― PFFに応募するってことは最初から考えていたんですか?

いやいや。全然。ただ、作ったものを友だちに見せても寝てたり、「分かんなかった」って言われるわけですよね。それで、なんでだろう? こんなに頑張って、自分にとっていちばん痛くて辛い実際にあったことを同じ場所で撮って、自分の中ではものすごく気持ちが動いているのに、それをただ撮っても伝わらないんだなっていうことを自覚し始めたんです。だから、他の人はどう観るんだろう?ってことを知りたくてPFFに応募したんだと思います。でも、半分無自覚でしたね。

―― じゃあ、『ヒュルル‥1985』で入選したときはやっぱり嬉しかったでしょうね。

嬉しかったですね。自分にも個性があったんだ、自分というものを本当に認めてもらえたんだって。でも、その前に応募した『ララ‥1979~1981』が一次審査だけ通過したのも大きかったかもしれない。次への希望ができたから。あれがダメだったら、自分の映画は思い出作りみたいな感じになって、そこで終わっていたかもしれないですね。周りはみんなそうでしたから。

―― 『ヒュルル‥1985』では、何を描こうとしたんですか?

『ララ‥1979~1981』で高校時代の自分を撮ったから『ヒュルル‥1985』では大学時代の自分を撮ろうと思ったんだけど、ほとんどフィクションみたいな感じなんですよね。自分の住んでいるところ、自分の友人を撮ってはいるんだけど、本当の自分とはちょっと違うって感じがある。
『ララ‥1979~1981』もそうだけど、自分がゲイということをないことにして、ない分を別のもので作り足しているからちょっとそういう感じがするんでしょうね。でも、そのときは人にどう伝えるか、『ララ‥1979~1981』で感じたなぜ伝わらないんだって部分をものすごく考えてましたね。
その中で伝わらないことは伝わらなくてもいい、全部を伝えるのではなく、何を優先的に伝えるのか?って考えるようになって、そこから自然に(登場人物たちの気持ちを掬い取る)長廻しの撮影スタイルが出来ていったんです。だから『ララ‥1979~1981』のときのルルーシュをやりたいとか、そういうことから一歩も二歩も先へ行ったような感じがあります。そのときは、やっぱり何かが撮れたっていう手応えみたいなものはありましたね。

―― 前は伝わらなかったものが、長廻しという手法を身につけ、今度は伝えられたということを実感したんですね。

自分が出演していたのも大きかったですね。自分で出ているから、『ララ‥1979~1981』みたいに細かくカットを割ってテクニックで見せていくより、演じることで自分の中のいろんな問題が消化されて次への希望のようなものが見えたりすることの方が大切になって、自然とそういう長い間尺の中に自分を置くことになったんですね。

―― 続く『夕辺の秘密』は『ヒュルル‥1985』の進化系ですね。

そうですね。

―― 今観ても、普通の劇場映画のように観られるというか、観入っちゃいますね。

僕も久しぶりに観て、『夕辺の秘密』('89)は最高傑作だなと思いました(笑)。あんな演出、もうできない。コタツの周りで四人の会話が何度も交錯するでしょ。細かっ! スゴい演出するな、橋口くんって思いましたよ(笑)。

―― 『夕辺の秘密』は上京してから撮ったんですよね?

そうですね。『ヒュルル‥1985』で入選して、池袋の文芸坐地下で開催されたPFFに参加したんですけど、園子温や今はアダルトでやってる平野勝之もいて、成島出も岩井(俊二)くんもいて本当に楽しかったんですよ。それと同時に、大学に入ったときに感じた、いろんな映画があっていいんだってことももっと強く感じて。この先映画を続けていくんだったら、大阪にいるよりPFFで出会ったそういう友だちもいる東京に出た方がいいんじゃないかなと思って上京したんです。で、東京に出て1年ぐらいアルバイトをして撮った『夕辺の秘密』でPFFのグランプリを受賞したんです。

『ファ』
(1981年/8ミリ作品)

『ファ』
(1981年/8ミリ作品)

『ファ』
(1981年/8ミリ作品)

『少年の口笛』
(1984年/8ミリ作品)

『少年の口笛』
(1984年/8ミリ作品)

『ヒュルル…1985』
(1985年/8ミリ作品)
※1986年PFF入選作品

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