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  3. No.16:『不灯港』in ハンブルグ映画祭

海外映画祭レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

第18回PFFスカラシップ作品『不灯港』in ハンブルグ映画祭 (ドイツ:2009年9月21日~28日)

海外映画祭レポート特別編として、『不灯港』と内藤隆嗣監督のワールドツアーの模様を4回に分けてお送りします。
いよいよ今回のハンブルグ映画祭で、内藤監督のレポートも最終回。長い旅を終えて、内藤監督の得たものとは!?

ミラノ映画祭が終わると、続けて次の映画祭へ出席するべく私はハンブルグ(ドイツ)へ移動した。

ここハンブルグは、ヨーロッパ最大の貿易港を持つエルベ川下流域に位置する港町で、海と川の違い有れど同じく港町を舞台にした映画『不灯港』を、この地で開催されるハンブルグ映画祭が呼んでくれた。

直前のミラノとどうしても比べてしまうが、宿泊するホテルは5つ星、そしてリムジンのお出迎えと、この待遇の差には時差ボケならぬG差ボケ(GDPのG)を感じずにはいられない…は、ちょっと言い過ぎか。

コンペ部門としての『不灯港』の上映は1回だったのだが、これがまた特筆に値する映画館での上映だった。
名前はメトロポリスという映画館で、実はヨーロッパで最古の映画館とされ、スクリーンの大きさはドイツで2番目に大きいという飛び切りスペシャルな映画館。だが誠に残念なことに、丁度その時メトロポリスは老朽化による改修工事中で、中身を別の場所へ一時的に移した臨時の“仮設メトロポリス”にての上映となった。それでも関係者は、「ここで上映されるのはラッキーなことだよ」と教えてくれた。

そして上映がやってきた。

客席の埋まりは3分の2程だろうか。客層は年齢が比較的高く、インディペンデントな作り手っぽい人はあまり見かけられず、現地のお客さんといったかんじ。ドイツ人は映画では笑わない、ということを予め聞いていた私は、上映前の挨拶で会場の空気を温めようという、いつもながらのセコい作戦に出ようと最良の一言を探していた。上映前にどうでもいいことを考える、実に贅沢な時間の使い方。

以前ならお客の反応はどうなのか?とドキドキしながらそればかり気にしていた上映前だったが、これがかえって終わってみると、「予想してたよりも…」や「思ったより…」などのように自分の中で用意していた物差しからどれだけズレがあったか、という観点に陥りやすいことを経験し、最近ではなるべく考えないようにしていた。
これもある種の度胸ができてきたと思いたいが、あれこれその場で気にしても仕方がないだろう、と自分に言い聞かせているだけなのかも知れない。

そしてマイクが渡された。

「日本人の私がドイツに来ていつも驚くことは、ビールの値段の方がミネラルウォーターよりも安く、国民的であること。我が国では、ミネラルウォーターと麻生太郎饅頭1個が同じくらいです。が、最近めっきり安くなりました…」

通訳の方が完璧に訳してくれたおかげで一先ず掴みはOK。
そして終わってからの質疑応答がとても活発で1時間程続いて今までで一番長かった。いくつか紹介してみると、

Q:「結婚のための男女が出会うあのようなイベントは、日本ではポピュラーなのか?ドイツでは見たことが無い」
A:「日本では結婚相手を探す際かつて、いや、今ももちろん行われているのだが、人の紹介によって男女1対1で行う“お見合い”と呼ばれる行事が一般的だった。しかし最近ではそれが1対多のカジュアルイベントと化し、またそれは今現在ファッションにもなっている風潮がある。映画に出てきたような過疎地域では嫁不足が深刻で、その土地の産業を続けていく上での人手不足が死活問題となっているケースは稀ではない」

謹厳実直なドイツ人にとって、日本のいわゆる婚活行事が奇異に映ったらしい。

Q:「お前は数学をやってきて、今映画を作っている。不利だと感じているか?それとも有利だと感じているか?」
A:「有利だと思っている。なぜなら、まず、サイエンスは対象を一般化する作業だとすれば、アートは対象を個人化する作業と言える。だが数学は数式1つとっても、ある現象を数式化したり、逆に与えられた数式の背景に潜む現象を探ったりという双方向のアプローチがあることから、そういう意味では、数学は本質的なところでのアートへのリンケージが認められる唯一のサイエンスだと思うので」

数学大国のドイツらしい質問だと思った。老夫婦で見に来ていたという男性から出た質問で、彼も若いころ数学を専攻していたそうだ。

港の好きな私は、最終日にハンブルグの港を延々散歩した。
どこまで歩いても港は続いていた。時折、セーラー服姿の水夫さんが僕に手を振ってくれた。私はロッテルダムへ行ったころ考えていた、「海外映画祭へ参加することって、一体何だろう?」を、もう一度歩きながら考えてみた。今まで何箇所か巡ってきた中で、何かしらの答えが現時点で出せるかも知れないと思ったからだ。

それを、私が海外映画祭参加から得られた重要な2つの無形財産を挙げることで説明してみたいと思う。

まず1つ目はローカルな視点で得られた意識改革だ。
映画祭に於いて、作品とその作者とどっちが主役だろう?当然のことながらそれは作品、映画だ。映画が無ければ映画祭は成り立たない。当たり前だ。よってその作者である監督は、極論を言えばオマケである。だが何故そのオマケである監督が映画祭にこうも呼ばれなくてはならないのか?映画祭のパーティーへ出席していつも思うのだが、そこにいる監督たちが皆一様どこかよそよそしくワイングラスを持つ手には遠慮が見られ、誰も「俺が、俺が」していない。これは自分が自分の作品以上に主役になり得ないことを知っているからなのだろう。このテンションはどこか、嫁の出産に立ち会うため病院に来て、空き時間に喫煙所に集まってきた“同業者たち”に似ている。自分の嫁について話したがらないのもどことなく近い。
話がずれてしまったが、監督、作り手にとっての映画祭に参加する重大な使命は、その主役である自分の作品についての第一の解説者になることだ。映画を観た観客が、「これを撮ったやつの顔が見たい。そいつにいろいろ聞いてみたい」という思いが当然起こり得るので、上映後のQ&Aなんかには映画に於ける消費者と生産者の間に敷かれた一種のトレーサビリティーのような役割がある。従ってこの時に観客から聞こえてくる意見や関心事は作り手にとって新たな発見の詰まった貴重な情報となる。映画を観にきた観客の、作り手の頭の中にあるものを覗き見してみたいという欲求。それに応えるには自分の言葉でちゃんと伝えなければならない。それは、その映画祭のその時のその場所でその人からしか聞けないイメージやアイデアであると思われているからだ。これを達成することは自分にとって中々難しいことだったが、それに気付けただけでもかなり意識を高めることができた。

もう1つは、ものを作る上でグローバルな視点を忘れてはならないという思いだ。
海外映画祭にはその名の通り世界中から作り手が集まってくる。彼らがそれぞれの国のそれぞれの状況下で映画を作っているというのは勿論そうだが、特に印象に残ったのが、多国籍による合作がとても多く作られているということ。人、モノ、金が国家間を自由に行き来しているように、映画の企画もいろんな国のいろんな人を巻き込んでスタッフやスポンサーが集められて作られているものもあるようだ。企画の発起人、その実行者、それに必要なお金、などなど、すべてが同一国である必要など全く無いということだろう。
台湾映画祭へ参加した時のこと。ロッテルダムのコンペで一緒だった中国のペン・タオ氏と台湾のレオン・ダイ氏とパーティーで再会した。
「今度お互いの国のスタッフやお金を持ち寄って、我々3ヶ国にまつわる映画を1本ずつお互いの視点で作れると素晴らしいね。我々の国はお互い歴史的にも政治的にもごちゃごちゃとしている。ごちゃごちゃとしているからこそやる価値がある」と、パーティーが終わって会場の外に放り出されてからも朝まで熱く語り合った。

世の中も今その流れにある。

さらに、今やテレビ局が赤字に転落する時代。既存のマスメディアの存在価値がインターネットやケータイに食い潰されようとしている。人は映画館に行かなくなった。テレビの前にも座らなくなった。人はパソコンの前から動かなくなった。ケータイを手から離さなくなった。なぜならそれらがあらゆるエンターテインメント、インフォメーション、インテリジェンスを、自分が好きなものを好きな分だけ好きな時に引き出せる超便利な総合複合型ライブラリーだからだろう。映画がそれを超える面白さを含んでいなければ、パソコンの前から人をドアの外へ連れ出し映画館へ来させ、財布の紐まで解かせることは至極困難なことではないだろうか?映画を作っていく上で、これが意味するところは大きいと思う。それが世界レベルでも同じことが言えるのではないだろうか?

私はまだ駆け出したばかりだが、これから映画をやっていく上でいつの時代も変わらぬ人間の本来持っている心を見つめるローカルな視点と、急速に変化し続けるマスメディアのパラダイムシフトを意識するグローバルな視点の両方で描ける力を養っていかなければならない、と強く思った。それは、巷でよく繰り広げられる、映画が持つべきは表現性?(アート)、商業性?(サイエンス)という議論にも繋がっていくということに気がつくことができたのも、海外映画祭に参加して自分なりに感じとってきた結果だと思っている。

だがなんだかんだ言って、私はやっぱり自分でドキドキ、観た人もドキドキ、するようなドキドキのある映画をつくっていきたい。

私は洗面台の前に立ち、ポマードを頭に擦り込んでいる。入念に、入念に。
そしてドアのベルが鳴る。僕を呼びに来た香港アジア映画祭のボランティアスタッフだ。

「アイムレディー」

私はクローゼットの中から、これ見よがしの一張羅ジャケットを手に取りながら、カードキーを抜き取っていそいそと部屋を出て行った。
重厚なドアが静かに閉まった。

文:『不灯港』監督 内藤隆嗣

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