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PFFディレクターBLOGRSS

2016/03/25 10:17:02

助け合いたいなあ、映画祭や映画製作。ありえないと言われても・・・

一昨夜、こんなニュースをネットみて、一体、何がどうなったらこうなったのだろうかと呆然としつつ、ここでは当事者の言葉は見えないので、追っての報道を待とうと思いつつ、奇しくも、PFFの公募締め切り日に重なるニュースで、なんだか胸が痛かったのですが、
【東京アニメアワードが世界からの応募357作を審査せず 混乱のまま終了】
偶然昨夜、このことについてテレビニュースへのコメントを求められました。
PFFアワードの予備審査員を体験くださった方が、TV局の方に「映画祭の審査について話せる人を紹介してほしい」という相談を受け、私を推してくださったのです。「PFFはみんな必死で審査していますよ」という言葉を添えて。

お電話いただいての取材では、「映画祭ではこんなことはよく起こるのでしょうか?ないとは思いますが」という素朴な確認質問から始まり、こちらから、いろいろと"審査"というものについてお話し差し上げた結果、「TVニュースで言葉を使うことができるか」というご相談をいただき、何とか言葉を連ねてみたのですが、やはり、何が起きたのかきちんと知らないのに、そのことに対してのお話しをすることは不可能でした。
それで
●映画祭は、高名なカンヌでもベネチアでもベルリンでも、そして私たちのPFFでも、寄せられた映画をどうやって漏らすことなく見尽くして、どうやって、世界を驚かせる作品や作家を紹介できるか、に命がけですよ
●映画祭の仕事で、「映画祭上映」は実は仕事のごく一部、氷山の海に見えている先っぽの部分のようなもので、そこに至るまでの準備と、その根本を支えるセレクションが、「映画祭の仕事」ですよ。地味でこつこつとした仕事です。そこ、かなり理解されていないかもしれない・・・
といった、常識についての話しをすることしかできませんでした。
あら?今思うと、この例えは、氷山ではなく、大根とか人参とかの根菜類にしたほうがよかったかもしれないですね!

実は、そもそも長くテレビなしで暮らしており、テレビに不慣れな私。今回の取材は、「東京都の予算」についてのコメントも期待されていたようで、ますます困ったなと。
というのも、公的資金が映画祭含む文化に使われること=国民が、例えば、映画をみたり、本を読んだり、音楽をきいたり、文楽をはじめとする伝統芸能を体験したりすることに使うこと、そんな"あってもなくてもいい"と言われがちなことに、私たちが時間や収入を使うゆとりが生まれる為に、公の補助が使われることは「世界平和に繋がる」と信じている私としては、公的資金が使われる映画祭あるいは文化をネガティブに扱われたくないのです。
世界平和、という言葉を使うのは、誤解を生じがちですが、つまり、映画や書籍や演劇や音楽などなど、人間が語り、記録し、自らの肉体を動かすもの、これらレンジの広い体験には、その作品に現れる人々の個々の差異を知る力が大きく、また、そこにある多彩な国や時代を超えて迫る普遍的な人間の営みは、個人では実際に体験できない様々な世界の事象を知ることを可能とし、同時にそれは受け取った側の膨大な知識となり、そして、それがひいては、心のゆとりと平和に繋がると信じるからです。つまり「何があっても冷静に目の前の現象を受け止め、対処するという態度への準備」そして、更には「多様で多彩な世界を楽しむ準備」そして、「穏やかで平和な心の持ちように繋がる」と益々思うのです。
つまり、大変効率のいい公的予算の使用方法のひとつが、文化に向けたものだと思っております。外交にも、大変役立つスキルです。

話は戻りますが、冒頭のニュースを見たときに、最初に湧いた疑問は「なぜ誰もなんとかしようとしなかったのだろうか?この映画祭に関わる人全員が放置をよしとしたわけはないだろうに」ということでした。そして、次に「ちょっと相談してくれればよかったのに・・」ということでした。審査に意欲のあるかたがたをご紹介できると思いました。余計なお世話ですが・・・でも、余計なお世話は必要な時代ではないかとも思うのです。言い換えれば「困ったときはお互い様」の精神。それは映画祭や映画製作で、今こそ活発に発揮したい精神ではないかと思えてなりません。映画製作の規模が縮小し、雇用が縮小し、専門的な学校を出れば就職先があるという常識の通用しない映画界。そこでは自ら映画を製作する自主制作は殆ど常識となってもいます。実は現在、商業映画も自主映画も、映画を支えようという志の人たちが必死で様々な現場を走り回っています。すでに、対抗ではなく、共存の時代に突入している映画世界。もっともっと気楽に力を貸しあえる世界になりたいなあと、しみじみ思うのです。

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本年のPFFビジュアルに変身してもらう、渡部満画伯
の新作「眠れるボヘミアンを訪れる奈緒子」が
届きました!サイズはS100号。海外で益々人気の
渡部画伯の奈緒子シリーズ。ただいまデザイナーさん
の手で、映画祭ポスターへと変身中です。
ともあれ、「第38回PFF」は、9月10日(土)から23日(金)京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターでの開催が決定しました。
世界で一番丁寧に作品を拝見するシステム「PFFアワード2016」のセレクションも始まりました。「1作品を最低3名が、途中で切ることなく完全にみる」というPFFの"非効率"なセレクション方法は、他の映画祭が呆れる、世界でも類のない時間の使い方です。が、世界が求めるのは、「みたことのない映画たち」「驚愕の新人監督」。効率がいいと言われる"最初の10分だけでわかる"という観賞方法では、新しい映画との出会いは難しいのではないかな?との心配から、毎年改良を重ねてこの方法に行き着きました。
本年「PFFアワード2016」の入選発表は7月を予定しております。
どうぞお楽しみに!

もうひとつお知らせです。
このブログの国際映画祭の使い方 その④として、カンヌについての回を準備中です。少々お待ちください。

2016/03/17 16:17:41

今週末、ミューズ シネマ・セレクション「世界が注目する日本映画たち」ではこんなことが

PFFが企画制作に参加する「ミューズ シネマ・セレクション 世界が注目する日本映画たち」の開催まであと2日と迫り、最終準備に追われています。
会場は、西武新宿線の航空公園駅が最寄りとなる、所沢市の総合文化センター「ミューズ」にある3つのホールのひとつ「マーキーホール」。もしかすると日本大学芸術学部に通っておられる皆様には馴染み深い場所でしょうか?国際的なオペラやクラシックのコンサートも行われる奥行きの深い舞台に、この日の為に大きなスクリーンが張られるのです。

イベントタイトルに"世界が注目する"日本映画たちとあるように、国内のみならず海外でも人気の映画を紹介します。海外の人気とは、例えば映画祭での評判や、劇場公開の成功など。そして、インディペンデント映画の紹介も大きなポイントです。
大量の公開告知をすることの難しいインディペンデント映画は、映画館へ足を運ぶ際の選択肢から漏れがちな厳しい現実がありますが、一方、映画祭や映画イベント、自主上映で多くの観客に長く紹介される映画ともなります。ミューズ シネマ・セレクション「世界が注目する日本映画たち」の3日間は、参加くださった方々に、もしかしたらこれまで注目してこなかった映画たちへの興味を高めていただける機会になるかも、と願い続ける企画でもあります。
そして、この3日間8作品は、上映後に、映画を生み出す側の方々、主に監督をお迎えし、客席からの質問も交えながら、お話しを伺う時間を設けます。
・・・・実はこのイベントのスタート時の2001年には、まだまだ日本映画の世界的人気は実感されていませんでした。映画が「世界への扉」になっている、ということも、知っていただきたいなあと始まったイベントでもあります。

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『あん』
さて本年のオープニング作品、東村山市の全生園が舞台ともなる『あん』は、川越の高校がモデルであったことも相まって本企画の最高動員記録だった『ウォーターボーイズ』(矢口史靖監督)を破る様子です。
  ★というわけで『あん』のみ前売券完売で当日券の
  発売がなくなりました。どうぞご了解ください。
河瀨直美監督作品中、最も世界セールスの拡がった、最も愛される作品と呼ばれることになった『あん』の上映後には、原作者であり、河瀨監督作品『朱花の月』の出演者でもあるドリアン助川さんが上映後のトークゲストとしてご来場下さいます。原作者がゲスト来場されるのは初めてとなるこの回。進行役の私、かなり緊張しております。

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『ぼくたちの家族』
初日2作目の上映は、石井裕也監督『ぼくたちの家族』。こちらも早見和真さんの原作小説を映画化した作品で、文庫版あとがきには石井監督がとても親密な文章を寄せておられます。石井監督は、『舟を編む』のスタッフと見事なチームワークで『ぼくたちの家族』に挑み、新たな境地を開きました。余命一週間と宣告された母(原田美枝子)。その現実を前に父(長塚京三)、兄(妻夫木聡)、弟(池松壮亮)はどう行動するのか、「家族」とは何なのか・・・上映後には石井監督をお迎えし、お話しを伺います。

2日目の20日日曜日は、

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『滝を見にいく』
地元所沢出身の沖田修一監督のオリジナル作品『滝を見に行く』から始まります。"おばちゃん"であることが条件のオーディションで選ばれた出演者たちは、演技初体験者も多いとてもアバンギャルドな状況に加え、舞台は紅葉の山のみ。そこに沖田マジック全開!のスリリングで魅惑の映画が生まれました!!上映後は沖田監督をお迎えし、この映画をヒントに更に創作された絵本(?)「おんなのかぶ」のお話しも交え、色々と伺っていきます。
そして、『滝を見に行く』の撮影は、本年、芸術選奨を受賞された名キャメラマン芦澤明子さん。この日3本目に上映する『岸辺の旅』も芦澤さんの撮影です。キャメラマンに注目しての映画鑑賞もお薦めです。

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『夢は牛のお医者さん』
続いてTVドキュメンタリーから始まり劇場公開ドキュメンタリー作品となった『夢は牛のお医者さん』の上映です。時田美昭監督が新潟からお越しくださいます。
小学生時代の子牛の学級飼育体験からずっと「牛のお医者さん」を目指してきた新潟県松代町(現・十日町市)の高橋知美さんを追い続けたこのドキュメンタリー。ひとりの少女の成長に、観客である私たちも一喜一憂する時間が流れます。子供から大人まで、ぜひご家族揃って目撃してほしい映画です。
*余談ですが、九州、大分市にあるミニシアター「シネマ5」で昨年最も人気の高かった作品はこの『夢は牛のお医者さん』だったそうで、アンコール上映もなさったそうです。

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『岸辺の旅』
そしてこの日のトリは、『岸辺の旅』です。原作は、相米慎二監督の『夏の庭』の原作などでも映画ファンにお馴染みの湯本香樹実さん。浅野忠信さん、深津絵里さんという透明感溢れるおふたりが夫婦役で共演する、ファンタジーというかホラーというか午後のまどろみの夢のような物語を紡ぐ黒沢清監督は、カンヌ映画祭「ある視点部門」で日本人初の監督賞を受賞されました。上映後は、間もなく『クリーピー』が、秋にはフランスで制作された『ダゲレオタイプの女』の公開、と新作の続く黒沢清監督をお迎えしお話しを伺います。

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『トイレのピエタ』
最終日21日は、新人・松永大司監督のオリジナル企画となる『トイレのピエタ』から始まります。天才漫画家手塚治虫さんの残した日記の一節にインスパイアされ生まれたという『トイレのピエタ』。RADWIMPSの野田洋次郎さんが映画初主演で突然胃がんを宣告された青年を見事な存在感で演じておられます。この映画の深い主題である「創作」と「生」には心を打たれずにはいられません。上映後は、松永監督とプロデューサーの小川真二さんにご登壇いただきます。

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『ジヌよさらば~かむろば村へ~』
2作目は、『ジヌよさらば~かむろば村へ~』。いがらしみきおさんの漫画を「大人計画」の松尾スズキさんが映画化する、と聞いただけで期待が爆発の一作。お金恐怖症になった元銀行員(松田龍平)がお金=ジヌを全く使わずに生きていこうと移住してきた東北の村。防寒に用意した大量のヒートテックでは歯がたたない底冷えを知るところから始まり、個性的な村の住人に囲まれながら自立していく物語。本作が長編映画監督2作目となる松尾スズキ監督がお越しくださいます。

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『野火』
そして本年の最後を飾るのは、現在も全国で公開の続く、大岡昇平原作・塚本晋也監督『野火』です。中学生時代の原作との出会いからずっと抱き続けてきた映画化の構想を、今、この時代の空気から、やむにやまれず、完全な自主製作作品として着手し完成させた塚本監督。30代後半の家庭のある教師であった大岡昇平氏に届いた招集令状。第二次世界大戦末期の南方戦線は、アメリカの戦争映画に出てくるような食料補給体制も救助体制もない地獄。他人ごとではない日本の過去が迫ります。上映後には塚本監督をお招きしてお話しを伺います。

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各作品のパンフレットを販売します
そして、本イベントでは、映画の上映&ゲストトークのあとに、もうひとつ、ロビーでの映画パンフレット販売と、そちらへのサイン会も企画されています。
今回は、「あん」「ぼくたちの家族」「夢は牛のお医者さん」「岸辺の旅」「トイレのピエタ」「ジヌよさらば~かむろば村へ~」「野火」のパンフレットの販売が実現しました!
更に、「野火」では、興味深いインタビューや完成台本も収録された「塚本晋也×野火」と題する書籍の販売もございます。
ただ、残念ながら、「滝を見に行く」のパンフレットは在庫がなく、かわりに、この映画の発展形である沖田修一監督のオリジナル書籍「おんなのかぶ」の販売を行います。
「おんなのかぶ」は、そうです、あの古典的名作「おおきなかぶ」を思い起こす名作です。

明後日からの「第16回ミューズ シネマ・セレクション 世界が注目する日本映画たち」ご来場をお待ちしております。

2016/03/16 13:04:04

国際映画祭の使い方 その③ともかく体験してみましょう

ベルリンから始まる日本の8ミリ映画特集【Hachimiri Madness:Japanese Indies from the Punk Years】
本企画はPFFとも縁の深いフォーラム部門での上映を皮切りに、今月末からは香港国際映画祭での上映へと続きます。

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上映会場のひとつ、Arsenalの様子
ベルリンでは11作品を7プログラムにわけて、それぞれ3回の上映が行われました。
3会場で1度ずつの上映となるその会場は、フォーラム部門が恒常的に運営する会員制シネマテーク「Arsenal」(およそ300席)での夜10時30分からの上映、フォーラム部門の本来のメイン会場である旧西ドイツ側ZOO駅近くの伝統ある劇場「Delphi」(およそ700席)で連日午後2時から。そして、少し離れた旧東側のアレキサンダー広場のシネコン「Cubix」(およそ300席)でも、連日午後2時から。Cubixはいわゆる"映画祭パスホルダー"が少なく、一般観客の比率が最も高い会場です。

実は私が映画祭や映画館の上映で最も楽しみにしているのは、上映中のリアクションのみならず、上映後に、ロビーやトイレで観客のお喋りに耳をそばだてること。意外な感想を聞くことが出来、ときめきます。と言っても、残念ながらドイツ語はわかりませんので、ベルリンではその楽しみはほぼ奪われています・・・が、上映中の観客の反応は、とてもビビットで、終わると拍手が起き、「流石ベルリン~好奇心の高い観客が多いなあ」と、感無量です。ベルリンに集う観客の「何でも観たい!」という熱の高さと、客層の多彩さには、毎回胸が熱くなります。

立ち会えた中で一番心臓に悪かったのは、『愛の街角2丁目3番地』のCubixでの日曜日午後2時からの上映でした。Happiness Avenueという英語タイトルを持つこの作品。明らかに、「休日の午後を楽しそうな日本映画をみて過ごそう」と期待していらしたらしい、ご家族、老夫婦、友達同時のグループ、の姿が・・・・最後列の端でこっそり様子を伺っていたのですが、多分人生で初めての自主映画体験であろう方々の、戸惑いがひしひしと伝わり、「最後までみてね!」と祈りつつ、終わるまで手に汗握り途中退場のないことを願い、終了すると、戸惑うような拍手が起きた時には、ふ~と息を吐きました。流石『愛の街角2丁目3番地』です!

塚本晋也監督の『電柱小僧の冒険』(The Adventure of Denchu-Kozo)、園子温監督の『俺は園子温だ!!』(I Am Sion Sono!!)、『男の花道』(A Man's Flower Road)、山本政志監督の『聖テロリズム』(Saint Terrorism)では、明らかにそれぞれの監督の熱心なファンがワクワク感満開でそわそわと上映開始を待つ姿にこちらもそわそわし、手塚眞監督の『UNK』『High-School-Terror』矢口史靖監督の『雨女』(The Rain Women)、諏訪敦彦監督の『はなされるGANG』(Hanasareru Gang)では、観客のあまりに真剣な雰囲気に襟を正し、緒方明監督の『東京白菜関K者』(Tokyo Cabbageman K)の大うけにはこちらが戸惑うくらいで、石井聰亙監督の『1/880000の孤独』(Isolation of 1/880000)のエンディングでのどよめきと熱狂にたじろぎ、そして、改めて、今回の東京現像所による2Kデジタル映像の、美しいこと!特にDelphiの天井の高い古式豊かな巨大なスクリーンでみる8mm作品は、夢のようでした。また、英語字幕がついていることによる、聞き取りにくい科白の理解の高まりといったら・・・なんとも素敵な体験となりました。
8ミリという小さなフィルムが40年という歳月を重ねても生き残り、デジタルの最新技術で新たな輝きを纏う。フィルムの強さとデジタルの力とを実感する時間です。
映画祭関係の知人友人も多く来場くださり、「すごいパワー!」「ヌーベルバーグの作品たちを思い出す」といった言葉を貰いました。

ヌーベルバーグ、と言われて思い出すのは、ロッテルダムで聞いたジャック・リヴェット監督の訃報です。多くの映画人が伝説の『OUT 1』のブルーレイ発売を喜んだ直後でもあり、オランダの夜に熱く語る友人の話を聞きながら、むくむくと湧いてきた追悼企画案のあれこれを心に抱いてベルリンに飛んできたらばこのような言葉をかけられ、ますますリヴェット監督のことを、ヌーベルバーグを考えるのでした。

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映画祭会場での杉本大地監督
そして、私の帰国直前となったベルリン開催終盤に到着した、PFFアワード2015グランプリ作品『あるみち』(A Road)の杉本大地監督は今年22歳。フランスのヌーベルバーグも、日本の8mm自主映画も、全く知らない世代です。パスポートもこの渡航の為に取得した初の海外体験で、私も初のヨーロッパ渡航の際に犯した過ちだ~と懐かしく思い出す「一番安いチケット=南回り」を購入しておられ、30時間にならんとするフライトの末に到着です・・・・お疲れさま!
おや?映画の歴史が120年となった今、1世紀分は後体験になるのか杉本監督・・・と、今しみじみしましたが、『あるみち』の作品と監督のフレッシュさはベルリンでも大人気!世界は新人を待っていることを改めて確認です。
とは言え、4回の上映ちゅう1回だけしか滞在が重ならず残念でしたが(先に自分の滞在を決めてしまい、そのあとに『あるみち』の出品が決まったのです)今回、杉本監督がひとりで日々を過ごしたことで、逆に現地の方との交流が深まり、得難い体験に繋がったことを聞きました。「ひとり旅」だからこそ味わえること、起きること、は、やはりある。旅はいい。と思い出させてもらいました。

話は突然飛びますが、実は私、人生で初めて「特典映像」を目的にブルーレイを買いました。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でございます。ああ、映画の原点が胸迫る、心躍り、同時に心洗われる撮影風景の数々よ!!そのチームがオスカーを多数受賞したと聞き、こちらも生まれて初めて、テレビ中継の録画を見せてもらいました。ああ、各チームの受賞コメントのすがすがしさよ!益々輝く『マッドマックス 怒りのデス・ロード』。これまで「遠い・・・」というイメージばかりで興味のなかったオーストラリアにも行きたくなるほどに・・・
で、今回のアカデミー賞授賞式の進行テーマにある「肌の色」と、その演出や映像をみていると、ベルリンのテーマを思い出したのです。こちらは「難民」。何世紀にも渡る欧米の覇権争いの果てに大量に生まれている難民=過去のツケを背負わされる人々。各所に設けられたboxへの寄付をオープニングセレモニーはじめ、随所で呼び掛ける今年のベルリン。
映画に関わる人間が、何らかの形で世界の多様さを表明し、その共生に挑戦すること。どちらも、そのことを根底においたプロデュースであることに、心打たれました。

寄付の概念や税制が違うことから、日本ではなかなか起こり得ないことですが、そういえば、ロッテルダムでは、ネットでのチケット申し込みの際に、映画祭運営に対する寄付金額を記入するコーナーがあります。気軽に寄付できるシステムですね。

えー、「国際映画祭の使い方」、というタイトルで3回綴ってきたものの、ロッテルダムとベルリンという"大きい"系の映画祭体験となりました。
大きな映画祭にともかく参加してみて、自分の興味や立ち位置を確認し、自分にあった映画祭を探していく、というのもひとつの方法なのではないかと考えます。なんといっても、世界には1000を超える映画祭があると言われていますから。
PFFがPFFアワード入選作品や、PFFスカラシップ作品を出品してきた海外の映画祭を数えただけでも、これまで47か国、269箇所になります。そこでの監督たちの体験談で、実践的に役立つ情報に特化したものをふたつ、ここにリンクしますので、参考にしてください。

『くじらのまち』や『過ぐる日のやまねこ』の鶴岡慧子監督には、初めての海外上映に際して、上映素材の準備などについて書いていただいています。
【海外映画祭レポート:海外で上映するために、必要だったいくつかのこと 鶴岡慧子】

『ダムライフ』の北川仁監督は、企画マーケットへの出品体験を語って下さいました。
【海外映画祭レポート:香港アジア映画投資フォーラム 北川仁】

そして、先日ご本人から少し伺ったところによると、現在『キオリ』公開中の古本恭一監督は、PFFアワード2000入選作品『アンゴウ』をドイツでみたドイツ人の監督から出演のオファーを受け、ドイツ映画に主演したり、その後、六か国の監督によるオムニバス映画の製作に参加したり、と、思わぬ体験をなさったそうです。

思わぬ未来が待っている。
それが映画をつくる、あるいは何かを"創る"という行為にはついてくる。
映画祭は、"つくる"行為の集積所。参加する誰にでも、何かが起きる可能性が待っています。
是非、つくり手として、観客として、映画祭体験をたくさん重ねて欲しいと願っています。

2016/03/15 13:24:20

国際映画祭の使い方 その②大きな映画祭で学べること

ベルリンです。
本年、初めて前日に現地に入り、オープニング上映に参加してみました。
同じフライトに配給会社の方々が多数乗っていたことで、映画祭参加のパターンが、映画の職種によって全く違うことを改めて知ります。

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第6回PFFスカラシップ作品『二十才の微熱』
ベルリンには、壁の崩壊の空気がまだ色濃く残るときに通い始めたのですが、壁=90年あたりから参加していると思い込んでいた私。考えてみると『二十才の微熱』が招待された93年には橋口監督はおひとりで行かれたので、私の初体験は、そのあとだと今気づいてびっくり。とはいえ、既に20回は参加をしてきましたが、殆ど出品する側を兼ねており、観客数の多い映画祭中盤から参加し最後までいたことはあれど、最初から準備万端参加のようなことは一度もなかったので、新鮮な体験です。

オープニング上映は、コーエン兄弟の『へイル、シーザー!』。まずは、ジョージ・クルーニー、ティルダ・スウィントンはじめ大騒ぎの出演者レッド・カーペットウォーク、全員が着席すると、市長や文化相の挨拶、自然とスタンディング・オベーションとなるメリル・ストリープ審査員長、審査員紹介などのオープニングセレモニーが延々と続きます。
テレビでの同時中継をしているので、進行役がいるのですが(彼女のことを誰かに教えてもらおうと思いつつそのまま帰国してしまった)ドイツ語を自分で英語に訳しながら時々政治的発言も交え(トランプがアメリカの大統領になったらどうする!というのは、ここだけでなく各所で話題になりました)ものすごいパワーで進行していきます。日本ではちょっとあり得ない雰囲気で、楽しめます。
それにしても、ベルリンの「国際映画祭なので英語で行く」という方針の徹底にはいささか驚きです。字幕も上映後の質疑応答も全部英語なので、日本人監督の通訳も英語と日本語の人を見つける必要があり、ドイツ語から日本語の通訳はいるけれど、英語通訳探しに苦労しているという話が、興味深いのです。

さて、私がこのオープニングで最も驚いたのは、映像。最初から最後まで溢れる映像。会場外のレッドカーペットを歩く俳優たちを会場内のスクリーンに映すのは、どこでもやっていることですが、そのクオリティにびっくり。カメラはどこまで高性能になっているのか、カメラの数は一体どれだけあるのか・・・そして、生で登壇する人間より、映像のほうに眼が行く怖さ。
最も興味深かったのは、審査員紹介です。推定、その日に個別にインタビューしながら撮影したであろう滑らかなモノクロのイメージ映像が、素晴らしい。まずその映像が流され、続いて登場する本人より魅力的、と申しましょうか、映像のマジックをまざまざと感じたのです。(この監督の名前も確認しようと思いながら、忘れてました・・・)
そして始まった、コーエン兄弟の映画は50年代ハリウッド大スタジオの人間模様。このモデルはあの人?あのモデルはこの人?みたいな想像が楽しい。映画界を描く映画を見るたびに「ろくでもない奴しかいないなあ」と思うのですが、もしかして、本当にろくでもない奴しかいないのかも・・・といきなり不安に・・・そしてこちらは、徹底的にデジタルカメラの性能を試しているような、衣装や小道具のテスチャーまでもわかるような映像でびっくり!アンチ"フィルム風映像"映画、かもしれない・・・
そんなこんなで、目的の違う3種類の映像の嵐に揉まれたようなオープニングでありました。はー疲れた。
が、人々のイメージの中で「映画祭」というのは、これだろうなとこのオープニングを観ながら再確認です。

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ベルリンのマーケットの様子
ベルリンに参加したら、何をするか?
「作品を売る」なら規模の大きいヨーロピアン・フィルム・マーケットがあります。
「作品をみせる」なら映画祭出品。マーケット出品上映も可能です。どちらにしても、経済的に余裕があれば宣伝スタッフをつけると効果が高まります。事前の試写の活用や、監督やキャストのインタビューの仕込みなど、やれることは沢山あります。
「次作を各国のプロデューサーへ売り込み」上映作品の監督だけでなく、プロデューサーも同行しているケースは多いです。作品を出品している場合、他の作品のスタッフや監督との交流チャンスはいくつか設定されていますので、その場所で親しくなるのは必須です。
「映画をみる」450作品ほど上映されていますので、何をみるか決めるのに一日かかるかも。
最新作品以外に、必ず行われるレトロスペクティブや特集も充実。今回もし私が縛りなく参加したなら、きっと、パノラマ部門の特別企画「30 JAHRE TEDDY AWARD(テディ賞30回記念)」と、レトロスペクティブ部門の特集のひとつ「Germany 1966 - Redefining Cinema(ドイツ1966-映画を再定義する)」という、ある年に特化した特集に通ったと思います。テディ賞の歴史はLGBTの歴史をうつしているでしょうし、昔の東ドイツ映画は、まずここでしか観ることができないでしょうから。(ああ通えなくて残念・・・)

ベルリンのような巨大な映画祭は、一種細分化された、色々な立場の「映画を生業にする人たち」が集う場所です。クリエイター、バイヤー、セラー、批評家、マスコミ、プロデューサー、フィルムコミッション、映画祭関係者、などなどなど。それぞれの役割によって、滞在の仕方が驚くほど違ってきます。自分の仕事を明確にして参加すると、活用度が高まっていく場所だと、毎回感じます。

そしてもうひとつ、「勉強や観光」
ドイツは美術館や映画博物館、戦争博物館が充実しています。特にベルリンは、その土地柄、戦争に関しての施設は多いと思います。

先日『ブリッジ・オブ・スパイ』(もう一回みたい)をやっと観たのですが、ベルリンに行く前にみればよかったなと後悔しました。というのも、今、ベルリン映画祭のメイン会場は、この映画の舞台にもなったチェック・ポイント・チャーリーに近いポツダム・プラッツ。かつてベルリンの壁が連なっていた荒野を、映画祭拠点にする前提で、シネコンや劇場、ホテルなど、お台場のような近代建築群を置いたのです。
歴史的な場所に映画祭を持ってくるという新たな都市開発計画。この、ベルリン映画祭の社会的存在の大きさは、日本ではなかなか想像が難しいのですが、50万人が参加するベルリン市最大の収入源である映画祭。映画祭ディレクターの給与は市長より高いといわれています。

と書きながら思い出すのは、既に皆さま耳にされているでしょうが、釜山国際映画祭の騒ぎです。映画祭への国の理不尽な介入に抵抗するために、年末に韓国から日本及び香港台湾などアジア各国へ釜山映画祭へのメッセージを収録するスタッフが急きょ飛んできましたが、ロッテルダムとベルリンでも世界各地から集まった映画人からの支援メッセージ収録が続けられました。
釜山の立ち上がりから参加してきたトニー・レインズさんのメッセージがわかり易く状況を伝えていることもあり、先月、日本語訳されて拡散されましたが、未読の方は、ここをご覧ください。
【釜山国際映画祭への行政介入は許されない 映画評論家トニー・レインズの公開書簡全文】
ある種の影響がある故に、ある種のひとびとから利用する道具として認識される映画祭。その認識が「誇り」や「敬意」「喜び」というもの、更には「映画」を伴わない故に、今回の釜山の出来事は哀しい。

あら?肝心の8mmプログラムや『あるみち』の上映から話がどんどん遠ざかっております。
その③として、次回は8mmプログラムと『あるみち』のご報告を差し上げます。

2016/03/14 17:31:18

国際映画祭の使い方 その①映画祭出品の注意点

昨年11月の「PFFin神戸」にて、世界の映画状況という鼎談付き上映を行った際に、
国際映画祭への参加についてお話しできる時間がもっとあったらと残念な気持ちが残り、追ってこのブログでフォローできればと考えてきました。
そこからはや4か月・・・あっというまに時が経ち、1月のロッテルダム、2月のベルリンという恒例の国際映画祭参加体験を交え、海外の映画祭に参加することについて~色々な脱線も起きそうですが~、数度に分けて書いてまいります。

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PFFアワード2014『丸』鈴木洋平監督
ロッテルダム映画祭 International Film Festival Rotterdam には、20年ほど通っています。実は本年は、参加をやめようと考えていました。2月のベルリン映画祭 Berlinale / Berlin International Film Festival で共同企画の8mm映画特集 Hachimiri Madness: Japanese Indies from the Punk Years を行うため、ベルリンに長めの滞在を計画しており、ホテル暮らしの日々を逡巡したからです。しかしロッテルダムの映画祭ディレクターがオランダ人プロデューサーのベロ・ベイアー氏に交代し新たな試みの数々を行うらしいこと、急きょ決定した「日本のネオノアール特集」の中で、PFFアワード2014入選の『丸』が上映されることなどから、ぎりぎりで参加を決めました。

ロッテルダムは、初体験者に向けていくつかあるお薦め映画祭のひとつです。
映画祭を楽しむ、という部分では、街と映画祭のほどよい規模、上映作品の多彩さ、会場スクリーンの日本では体験の難しい大きさ、最先端システムによる入場チケット入手の気軽さ、多少の遅延やトラブルをゆったり受け止める観客とスタッフのリラックス感、上映会場や映画祭事務局ビルに漂う、一日中酔っぱらっている感じの高揚感&パーティー感。エッジの効いたいろいろなデザインワークも、高揚感に貢献しています。全体的にindependentをバックアップする空気と楽しさに満ちているのです。
また、映画祭を足場に、自分のプロジェクトを売り込む場所としての機能も充実していますので、映画祭を「体験」や「息抜き」あるいは「ご褒美」というものではなく、「営業」の場所として使いたい人にも、多くのチャンスが待っています。出会いの場である企画マーケットの「シネマート」もありますし、巨大な映画祭に比して、アポイントメントをとるのも容易です。

私が海外の映画祭に参加する際は、その目的や活動が、大きく3つのケースに分かれます。
この3つが、重なっていたり、個別だったり、時と場合によって変わります。
1:PFFアワード作品やPFFスカラシップ作品の出品者として参加
2:PFFのプログラマーとして参加
3:審査員あるいは何らかの講演など、ゲストとして招かれる。

1の場合、各映画祭の作品や監督の扱いについて学ぶことになります。通訳やゲストケアの篤い映画祭はどこか?その監督の次作へのチャンスに繋がりやすい映画祭はどこか?私の場合「ノーバジェットと言っていいインディペンデント映画にとって"良い映画祭"とは?」という視点で映画祭をみることになります。
そして、21世紀に入り、「プレミア」の縛りが苛烈になってきたことは、出品映画祭を決めるに際し要注意です。

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第10回PFFスカラシップ作品『空の穴』熊切和嘉監督
20世紀は、緩かった。ロッテルダムで上映される映画も、ベルリンのコンペ部門でなければ出すことができました。
PFF作品でも、『空の穴』は、両方の映画祭に出品されています。
インターナショナル、あるいはワールドプレミアに対する厳しい掟がコンペ以外でも聞こえてきたのは、カンヌくらいで(それでも、河瀬直美監督の『萌の朱雀』は、ロッテルダム出品のあとカンヌの監督週間に招かれています)、今のようにキリキリしていなかった映画祭世界。
現在では、どんなケースであろうと、A級映画祭を標榜する映画祭は何かとプレミア合戦です。インターネットでの検索が容易になったことで、隠し事ができないので、誤魔化しも出来ません。
では、何故プレミア合戦がヒートアップしているのか?色々な映画祭で聞いてみました。
答えは驚くほど同じ「スポンサー」に向けて、です。
スポンサー営業で保障すること。それはプレミアと豪華なスターの歩くレッドカーペットとニュースになる告知効果。わかりやすい3つの項目です。映画のプレミアとは、つまり、映画祭の力の象徴、と、そういう論理になっているようです。
というわけで、出品の際は「その映画祭に出すことで出せなくなる映画祭」について注意が必要です。また、英語はできることが前提に益々なっている映画祭世界ですから、通訳の有無を確認することも重要です。自分で用意しなくてはならない映画祭も珍しくありません。
「映画祭はほとんど何もしてくれない」という前提での準備が必要なケースのほうが多い、くらいの認識をしたほうがいい昨今です。

2の場合、プログラマーとしての参加の場合は、その場でプロデューサーやエージェントに会える映画祭は便利です。いえ、その前に、最新映画を大量にみることができる映画祭が重要です。
具体的には、マーケットを運営しているベルリンやカンヌ。マーケットではないですが、ほぼそういう位置づけの、ベネチア出品映画含め大量の最新映画を上映するトロントなど。
プログラマーとして映画をみるときは、配給会社など映画の買い付けの為に参加する人たちに近いのかもしれません。映画祭の登録と、マーケットの登録をどちらもして、一日に7作品くらいをはしごしている映画祭プログラマーたち。加えてプレスの登録もして(映画祭上映で最優先扱いになるケースが多い)、3枚のパスを下げて回っている人も珍しくありません。
PFFはいささか方向が違うので、そこまでの映画探しは必要ないと、数度体験して学んだ私ですが「ひたすら映画を観る」という場所の機能が追及できます。
更に、プレス向けに、見逃した作品をみることのできるビデオブースが用意されており、そこで一日中みることや、映画祭出品作品を業界の登録者向けに配信するサービス会社も存在していますので、映画祭終了後も果てしなく最新映画をみる方法は拡がっています。
そうです。映画をスクリーンでみない、PC画面でみる、という行為は、一般よりも業界で先に定着しているのではないか、と。ここでもスクリーンで観ることに拘る人間は、マイノリティになりつつありますが、PFFはやはりスクリーン上映に拘ります。映画は個人的な体験を多くの人と同時に行うところが、そのメディアとしての面白さ、強さだからです。

長くなってしまいました。明日、その②としてベルリンのことをお伝えします。

プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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