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PFFディレクターBLOGRSS

2013/04/12 14:24:10

理不尽と 悪意の巷に 傷だらけで それでも 生きていく

タイトルは、円朝全集第3巻のキャッチコピーです。
第2巻は、
「大事な人を 犬死に させて たまるかってんだ」
第3巻は
「幽霊はなぜ 現れるのか 人はなぜ 懸命に 生きるのか」

全13巻刊行予定の「円朝全集」。岩波書店100周年記念刊行だそうです。
これまで、数冊の文庫収録作品しか読んだことがなく、「生涯全作品を読むことは叶わないだろうなあ・・・」と思っていたので、この刊行には驚きました。「全集で書架の埋まった大人になりたいものだ・・・」という子供の頃の理想はとっくのとうに忘れることにした私ですが、夏目漱石も高座に通ったという円朝を、現代の物語の祖とも言える円朝を、じっくり読んでみたいという誘惑に心が乱れております。

しかし、このコピーをみてると、「人って、かわらないのね・・・」と改めて思うのでした。
「"人類の進歩と調和"って、いつ成し遂げられるのかしら~」と言いたくなると「日々の暮らしを大切に」というこれまた永遠に変わらないキャッチフレーズが思い浮かびますし、「人間って、なにもかもわかって生まれてきて、だんだんばかになっていくのかしら・・・」という長年の疑惑が再燃すると、ばかになってない人の作品をひっぱりだし心を静めますし、まあ兎に角、やっかいなことが多いですが「ああ、生きててよかった」という瞬間もあります。

私の仕事は「映画」に特化しておりますので、力ある映画が生まれること、その映画をより多くの方に観ていただくこと、を続けます。その中で、映画を通して出会う「人」からの刺激が生きる力に一番大きくなるのだなあ・・・と、イヴェントのたびに感じています。
力ある映画(あるいは、他の多くの創作物も同様ですが)は、そこにそれを生み出した人たちの"何か"が強烈に詰まっている。それを、「才能」と呼ぶのか、「本気度」と呼ぶのか、「奇跡」と呼ぶのか、何にしろ、「人」が生み出すものは、限界がないなとしみじみするイヴェントの日々なのです。

ただ今開催中の「ルネッサンスPFF」。本日で1週目が終了し、残すところあと1週間となります。
明日、土曜日はまたまたオールナイトでお贈りし、コンペティション形式となった1988年の初グランプリ作品『電柱小僧の冒険』(塚本晋也監督が来場します)を皮切りに、さまざまなグランプリ6作品で朝を迎えます。前売りも当日も同じ2,500円というお得なプライスでお届けするのですが、会場で私も久しぶりに作品を拝見していると、当時は気づかなかったことが沢山みえてきます。同時に、力ある作品は永遠に新しいことも再確認します。

「古びない」そんな映画が生まれてくる。
「はからずも未来を予見している」つまりその力が創造力なのだと思わされる監督たちが登場してくる。
会場でエンドロールをみながら「私にとって、才能とは、永遠の今をうつす映画を生み出す人たちをあらわすのかなあ・・」と考えていたりする、折り返し地点のPFFルネッサンス。
なんだか曖昧なことばかり言ってて恐縮ですが、とにかく、いろいろと楽しい発見がありますので、是非一度ご参加いただければ嬉しいなあと思うのでした。

そして、PFFルネッサンスが終われば、あっというまにゴールデンウィーク。
福岡でのPFF開催のあと、恒例の関西爆音映画祭滞在をする計画です。(何故行かないのか吉祥寺に!という感じですが、都内で時間をやりくりするのがちょっと大変・・・・)そこで、勇気を出して『汚れた血』を再見します。
昔感動した映画を再見するのはいつも少し怖い。しかし、昨年は爆音で『ポーラX』を再見し更に感動したので、思い切って実行なのでした。
ただいま公開中のカラックス最新作『ホーリーモーターズ』、しつこいですが、すごいですよ。


プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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