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PFFディレクターBLOGRSS

2013/04/07 12:25:57

2か月分の長さ?海外で考える日本映画のことなど・・・

「ルネッサンスPFF」初日オールナイト終了し、痛む頭に眩しい青空の日曜日。
8mm,16mm,35mmのフィルム作品上映は、大変に困難が増すことを実感する夜でした。
全国各地の映画館やホールが、フィルム映写機を撤収してDCPはじめデジタル上映機器の設置に切り替わっています。その機材でいっぱいになった映写室に、フィルム映写機の入る余地はない・・・・オリジナルフォーマットで作品を鑑賞するには、今後客席に映写機を設置するしかない・・・という現実を確認しつつ、思わぬアクシデントが史上最高頻発した一夜を終え、改めてご来場の皆様、ゲストの皆様に御礼申し上げます。
ありがとうございました。

そして、映写の皆様の苦労を再確認させていただきました。
&テストで起きないことが、本番で起きる、という経験を数年分積ませていただきました。
一方で、昨夜上映した6作品は、製作の過程で、完成後の上映会で、きっとあんな風に鑑賞者の脇で映写機が廻っていたのだなあ・・・という、不思議なデジャヴにも似た瞬間も感じました。
「自主上映会」の原点なようなものが、ふと実感された個人体験にもなりました。

東京国立近代美術館フィルムセンター始め、いくつかの、映写室を贅沢な広さで確保している施設以外では、「映写室」は大変にコンパクトな設計なのが普通です。
*ちなみに私がこれまでの人生で最も感動した映写室は、NYのMOMAでした。広さと機能と、度外れていました。もっと凄いのではないかと勝手に想像しているフランスのシネマテークの映写室もいつか訪ねてみたいと思っています*
効率的な空間使用の目的からも、現在、多くの劇場がデジタルとフィルムの二者択一を進めています。勿論、デジタルに大きく変わっているのです。テアトル新宿での「PFFルネッサンス」も、本日から完全にデジタル上映になり、映写室での上映となります。13日のオールナイト上映「グランプリ!グランプリ!」もフィルム作品は、デジタルコピーのあるものを集めています。
デジタル上映の場合、「だましだまし上映する」というフィルム上映に伴う技(?)は通用せず、映らないときはパキッと映らず、お手上げになります。映画祭の世界で最も心臓に悪い出来事です。この出来事が起きないように、数種類の上映フォーマットをバックアップするのが重要な準備事項です。

という裏方の仕事の話はこのくらいにしまして、昨夜、6作品を長い年月の後に拝見して、当時は見えなかったことがたくさんあったことを実感していました。
同時に、つくる側も、みる側も、その場では説明できない「勘」としか言えないものをもとに、つくり、みるのではないかということを新たにしました。
言葉では説明できない「何か」。
それは、多分、日常生活でも折々に感じている「何か」。その何かが絶えることなく湧くあるいは湧かせることが出来る人たちが続けていけるのか、映画。と(こんな書き方をしていてはちっとも伝わらないかもしれませんが)6作品をみながら再確認していました。
もしかして、図らずも、PFFルネッサンスは、そんな人たちの紹介の場か?と、発見してみたり。

そして、香港で考えたことに戻ります。
お伝えしたように、Young Cinema Competitionには日本の作品がラインナップされていなかったのですが、それはなぜ?としみじみ考えました。
Youngという名称のコンペティションながら、最年少は32歳、最年長は47歳、ということにも"あれ?"
過去の作品が高く評価されている人、既に数本のキャリアのある人の作品も多く、もしそのラインナップを説明するとすれば、「海外で学んだ経験があり、高い教養を持ち、ロジカルに強靭に映画をつくる力のある人たちの作品」が多かった、ということかと、今、考えています。つまり、それが日本の映画にない部分なのか、と。
奇しくも8作品中6作品が女性監督でもありました。

私が「Youngというからには、初監督作品とか、20代とかの作品が多いかと予想してました」と大人数での雑談で話した際に、ある外国人から「映画監督で20代は若すぎるでしょ!日本は20代の映画監督が山ほどいるけど才能のある人は少ないよね~」と笑顔で言われ、「今度日本にたっぷり映画見に来てね」とむっとしつつ(海外ではなんだかその国の代表団な気持ちになるのは否めず)笑顔で返しましたが、あれ?そういうことなの?と思いました。

現在、もう、自主時代とか、プロ時代とか、垣根がない。
そのことを端的に、極端に言葉にするとそういうことなのか?と、改めてこの会話からみてしまいました。
今、映画で食べて行こうと思っている人たちのガッツはかなり強烈です。映画祭を通しての助成金の獲得や、コンペでの賞金の獲得、世界ネットワークの拡大など、「プロデューサーとしての才能のほうが明らかに高いな・・・」という人の増加も感じます。
以前、「アメリカでは、映画製作という仕事の税制上の見直しが始まり、ドキュメンタリー制作者の間に震撼が走っている」という話を小耳にはさみました。つまり、(特にドキュメンタリーは)長い年月映画製作への支出が続くが、その後の収入が少ない場合が多い。償却期間が長いが支出と収入の差が激しい。では、その赤字ばかりの「映画制作」とは、つまるところ「趣味」というカテゴリーではないか?という話が湧いているというのです。
「趣味」とされるとどうなるかというと、税制上の控除がなくなるということです。趣味だから申告できない。
つまり、趣味にされたら、おしまい、です。

趣味でも道楽でもなく、映画をつくりつづけるために、自覚的な人たちの時代が始まっている。そこに日本の状況が取り残され始めている。のかもしれません。
プロデューサーと組む、会社組織をつくる、海外のネットワークをつくる、などなどの、いわゆる、収入を上げる、チャンスを増やすための活動を、作品の大小問わず行うことが「才能」のひとつでもあることが常識になっている現在。映画のみならずあらゆる場面で、日本があらぬ方向をみていることを突き付けられている、近年の海外映画祭滞在でもあったなあと、今思い返しています。

年明けから、ロッテルダム、ベルリン、香港と3つの映画祭に参加してきました。
そこで外国人から多く質問されたことを簡単に並べます。(結構質問数順)
何故こんな選挙結果になるの?
何故こんなに投票率が低いの?
何故政治の話をしないの?
何故反原発デモに映画人が参加しないの?
何故チャンバラ映画は確実に世界マーケットがあるのにもっとつくらないの?
何故極端な日本ならではの映画(日本映画の血と暴力とセックスは自由レベルが高い)というものがあるのに、それをもっとつくらないの?
何故折角雪もあり灼熱の夏もある四季があって、映画の長い歴史があるのに、海外に向けてのロケ誘致を積極的にしないの?
何故世界的に著名な日本の監督とうまくコラボして海外との共同制作資金をもっと導入しないの?
何故海外の共同制作チャンスにもっと参加しないの?
・・・・日本代表として答えることは難しい質問が多いのであります・・・
同時に、「自分はあくまでも、若く無名の映画を志すひとたちのために働く立場。しかし、あらゆることを知っておかなくてはならないな」とも思わされます・・・・苦しい・・・
更に、今回、香港のドキュメンタリーのコンペティションで池谷薫監督の『先祖になる』がグランプリを獲得すると、その審査員たちとの食事会で、「この映画、日本ではめっちゃくちゃ多くの人がみたんじゃない?」「みんなすごい感動したんじゃない?」と言われました。
「すいません」という感じでした。

何だかちょっとずれてる日本の感覚。
どこにいっても、ホテルの部屋のテレビはサムソン一色。携帯電話も世界的に急速にサムソンに。パナソニックやソニーの時代はとっくに終わっています。海外赴任の経費が削減され、いいアパートに住める日本人はもういません。更に香港では、あらゆるショップの店員が中国語を使い、かつてのように日本語で話しかけられることは皆無。
長年安くてキッチュな食器を見に通った中国製品デパート「裕華国貨」では、骨董品コーナーが劇的に拡大し、数万円の値札が普通に・・・
あれやこれやと「これが現実だな」と知る海外滞在。
「変わらない」という夢の中に生きるより、現実の中で何かを生み出していくほうが楽しいな。特に映画はそうだなということを、再認識できる貴重な日々となるのでした。

今夜のルネッサンスPFFは、昨秋から海外への旅が続く『くじらのまち』と異色SFの『101』のカップリングです。『くじらのまち』監督の鶴岡慧子さんも来場します。海外体験を是非いろいろ聞いてみてください。
明日からは、「群青いろのすべて」が始まります。

ここで話は突然変わります。
書店で平積みされていた「和菓子のアン」という文庫本のタイトルにひかれ読み始めたら坂木司さんにはまりました(ひきこもり探偵シリーズの帯に"テレビドラマ化"とあり、監督が中島良さんだったことを今頃知り恐縮しております・・・)。「まとも」がここにある。入院中の友人へのプレゼントシリーズ、「みをつくし料理帖」シリーズ、「海街Diary」シリーズ、に新たな本が加わりました。
「困ってるひと」が話題になった大野更紗さんの新刊「さらさらさん」の数々の対談も面白く読みました。「困ってるひと」を糸井重里さんは「一家に一冊」とおっしゃってますが、同じく山本譲司さんの「累犯障害者」も、一家に一冊本(文庫にもなってるし)だなと、改めて思います。
これらの本を思う時、群青いろのことを思い出します。
現代の「優しさ」「まともさ」。
優しさを惜しみなく使う、愛を惜しみなく使う、その技術の向上に効く映画がまだまだ日本から沢山生まれていると、私は思いたい。

なんというか、あまりに長いブログ。
たまにしか書かないブログ。
自分のfacebookやtwitterには全く手がまわりません・・・
では、ともかく、また今夜もテアトル新宿で!

プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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