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PFFディレクターBLOGRSS

2012/05/24 02:42:05

とても古い話題になってしまいましたが

ゴールデンウィーク後半は、爆音Go Westツアー開催地(広島、神戸、名古屋、京都)のひとつ、神戸アートビレッジセンターで過ごしていました。
「何故東京の爆音に行かないのか?」と、幾人もの方から指摘を受けましたが、東京にいると仕事優先で、諦めることが重なるのであります。(実際、東京で開催される7月の爆音は、ばっちりPFFの名古屋福岡と重なりました・・・)

「東京の映画祭に参加するのは、驚くほど難しい・・・・」これが、しみじみと悲しい私の実感です。出掛けようと思っても、「あ!このままでは、ギリギリ!あるいは遅れる!」となったら、すっぱりその映画を諦めるのが東京での暮らし。「仕事の合間にちょっと」出かけるのは、往復時間がかなりかかることもあり、意外に困難。「行くなら、一日中その会場に。できれば歩いて行ける場所から」といきたいところ。
そこで、今年から決めたのです。「東京から通えない」場所の映画祭に積極的に参加しよう!と。それが私の休暇としよう。と。

え~前置きが長くなりましたが、爆音漬けなGWは、関西のおいしいもの体験とも重なるうれしさです。たとえば、神戸アートビレッジセンターでのPFF開催は既に10年を超えているのに、初めて知った近所の店「はとや」。平清盛のドラマの舞台である福原にあります。福原は、東京で言えば吉原のような歓楽街。「ようこそ平清盛の舞台へ!」みたいな大河ドラマ宣伝がひらめくこともなく、男性一人で歩けば客引きがありそうな感じですが、おいしい店との出会いに平清盛にも興味が湧く感じ。
宿は神戸で一番賑やかな三宮にとったのですが、こちらも遅くまで営業するおいしそうなお店が増えていて、訪問時間のなさを残念に思いました。
しかし、神戸は深夜まで開いてるケーキ屋の多いこと。甘いものに妥協しない県民性がある気がします。そして、若者のおしゃれなこと。
中高年のおしゃれなことに感嘆するのは福岡市ですが、若者は神戸かなと。

ぜんぜん映画の話にならずすいません。
上映作品では『エレファント』が別の映画にみえ驚愕。『AKIRA』が、ものすごい満席で、大友さんの再ブームを実感しました。『シガーロス』が、ライブに行くよりいいんじゃないかと、陶酔しました。『ポーラX』の揺るぎなさに、新作が楽しみになりました。とか、いろいろあるのですが、一番の感動は「連日満席の神戸アートビレッジセンター」。
満席の会場ほど、幸せを与えてくれるものはないなあ・・・と、涙。

音のミキシングを入念に行うこの爆音映画祭。耳への負担は驚くほどない。「爆音」という言葉から連想するものとは、ちょっと違うのです。
逆に、日常生活のほうが、耳に負担の激しいものが多いかもです。
近年、一番気になっているのが、シーバーで店内案内をしている飲食店や量販店。私たちの仕事も、多くのスタッフは映画祭開催中はシーバーで連絡をとりあいます。「イベント」という限られた期間ですら、毎日イヤホーンをつけて働く耳への負担は、耳の痛みに加え、全身の疲労を呼ぶのに、365日その状態が続く職場は、将来的に新たな職業病の発生につながるのではないかと、ハラハラします。
騒音の中で働く職場とはまた別の、音の問題。実は広範囲にあるのかもしれません。

てなことを思っていたら、すごい場面が。
一日だけ参加できそうな爆音吉祥寺バウスシアター開催のチケットを買いついでに、渋谷ヒカリエを初めて通ってみたのです。ヒカリエ内の「チケットぴあ」は、4階の小さなコーナーにあり、通常の売り場とは離れた独立空間でした。
ここのドアを開けた途端に、ものすごい音量の音楽が!
店内に流れるのと同じ音楽が同じ音量で鳴っているそうなのですが、広大な売り場と違い、小さなコンクリートの箱のようなチケットぴあ。まるで、片やデパートのBGM程度、片やスタジオで大音量で聞いてるような差があり、仰天。スタッフの説明の声も聞こえ辛い。何より、5分も滞在しなかったのに、耳鳴りが・・・・スタッフの耳が心配になり、夜中に忍び込んで天井スピーカーをはずしてあげたいと妄想。

人間の体で、筋肉とか脳とかは鍛えることができそうですが、耳も目も鼻も喉も内蔵も、働きっぱなしで鍛え方が不明。できるだけ負担のない環境を求めていかなくてはなあ・・・といろいろ考えていたら、昨年の東京国際映画祭「日本映画ある視点」で上映された、岡山でトマト農家を営む"兼業監督"である山崎樹一郎監督の初長編映画『ひかりのおと』は、「高速道路の騒音」をきれいに拾っていたなあと思いだしました。
山間部の高速を走っていると、「どこまでこの騒音は響いているのだろうか・・・」と考える、その答えがあの映画にあるのでした。

さて、GWの神戸アートビレッジセンターで遭遇した、もうひとつの感動。それは、逃亡者マイティの登場です。『SR3 ロードサイドの逃亡者』のマイティが神戸に!公開の迫る地方各地に逃亡中のマイティ(奥野瑛太さん)が現れているのです。
東京ではヒットしたSRシリーズ。しかし、地方では同様の動員が達成されていないため、3では、スタッフ&キャストが公開各地を自発的に廻ってキャンペインを展開しているとのこと。
こちらも、涙の感動です。たくさんのチラシにサインしてらっしゃいました。

そして、実はただいまカンヌ真っ最中。
私は東京におりますので、若松監督の三島にちなみ、新橋演舞場の「椿説弓張月」(曲亭馬琴原作 三島由紀夫作・演出)をみてきました。
耳の負担が大きい記憶があり避けていたイヤホンガイドをふと借りてみましたら、なんと、幕間に三島由紀夫さんが歌舞伎について語った貴重な録音が紹介されます。更に、解説のおくだ健太郎さんの愛もそくそくと伝わり、得難い体験に「もっと積極的に使わなくてはイヤホンガイド・・・」と新たな発見です。

ほかの映画祭の話に終始してしまいました・・・
PFFin名古屋&福岡開催目前です!
PFFアワード2012審査は順調に進行中。第34回PFF開催詳細は、来月から少しづつでも発表していけたらと考えています。
そして、耳の鍛え方、ちょっと研究してみたいと思います。


2012/05/01 03:49:37

自立は幸せな人生への早道であると再認識した4月

晴天の29日は、東銀座のシネパトスでの、今井正生誕百年特集で過ごしました。
去る4月8日には、『青い山脈』『続青い山脈』上映と杉葉子さんのアメリカからの来場があり、行かねば!とはりきっていたのですが、前夜素敵な『利き酒会』に参加して断念・・・・
大変後悔しました。
今回は、53年版の『ひめゆりの塔』と、有志によるニュープリント作成で上映が実現した、オムニバス映画『愛すればこそ』の二本立てに加え、香川京子さんのご来場。
今回は逃しません。

香川京子さんといえば、小津、溝口、黒沢、成瀬という、並み居る巨匠の映画全てで重要な役を演じておられるのみならず、ご出演なさった作品の記憶が、現場を、まるで俯瞰で見ているように、あるいは、まるで、取材記者かプロデューサーかのように、鮮明に記憶あるいは観察されておられることで有名です。香川さんを取材なさった方幾人かから、その驚きを聞いたことがあります。「監督よりその映画をよく知っているかも」と。また、どこにでも、おひとりで静かに現れることも有名です。
今回のトークも、さりげなく、しかし、映画への熱い情熱の伝わる、貴重な体験になりました。

当時爆発的なヒットを記録し、現在でも知る人の多い『ひめゆりの塔』ですが、私は実は今回初見でした。沖縄に行った折に、ひめゆり部隊の記念館や、保存されている塹壕をみて、あまりの戦争の狂気に唖然としたまま、今日まで映画を観る勇気がなかったのです。そして、映画は、やはり必見映画の1本でした。これが、東映の大泉撮影所で撮影されたとは、到底信じられない、戦場としかみえない、入魂の作品です。
『愛すればこそ』は、独立映画プロダクションの経営を救うために、スタッフとキャストが手弁当で集ってつくりあげた作品。思想や哲学が強く伝わる、戦う映画人たちの映画、でした。

香川さんが、他の女優と違うキャリアを積むことを可能にしたのは、早い時期からフリーランスの道を選んだことだという話が、非常に印象に残っています。フリーだから、声がかかって、ご自身も興味があれば、どの会社の作品にも出演が出来た。(かつては、映画会社専属契約の俳優が大多数で、簡単には他社の作品に出演できなかったのです。)
変な言い方ですが、若くして、自立した女性だったのだなあ・・・と感慨が湧いた私です。

自立。それは人生で一番、楽しさへの早道だなあと、最近改めて感じています。
ロングランヒットを続ける『Pina 踊り続けるいのち』をやっと拝見したのですが、これをみると、同じく公開中の『ピナ・バウシュ 夢の教室』をみずにはいられなくなります。
両作品とも、しみじみと、「自立する」ための「表現」というものを考えさせられずにはいられませんでした。

ピナ・バウシュを初めてみたのは、83年のフェリーニ『そして船は行く』。誰もがひれ伏す圧倒的な存在感の皇女としてスクリーンにいるこの人は、誰?・・とその名前を記憶しました。
そして、86年のヴッパタール舞踏団初来日。大野一雄さんの製作の方に、来日公演が実現すると教えられ、予備知識なしで国立劇場に行きました。驚きました。舞台では、これまでみたことのない緊張感漲るダンスが展開されていきました。そして、ダンサーたちが、自己について舞台で語る・・・「ダンサーは人間である。人間だから踊る」と、人間宣言をされたようでした。それは、まるで、ロックを初めて聞いた時のような衝撃でした。
が、それ以来、一度も生の舞台を体験していません。私には、一度で充分だったのだと、映画をみながらおもいました。

緊張と弛緩で見事に鍛えあげられたダンサーの肉体。(これって、流行りの加圧と同じこと?とかつい考えた私・・・)かなりの危険が伴う構成、相手に自分を全面的に「委ねる」ことの出来る信頼関係(そこで突然、ふと、バナナ学園純情乙女組のステージを思い出しました。ちょっと同じ感じをうけたのを発見)
「個々の目指す高みに向かって責任ある仕事をする」という、そのことを肉体で示されているなあと、しみじみしました。

劇場を出ると、1600円のパンフが飛ぶように売れていました。職業柄、羨ましい風景でした。同じく職業柄、ヴッパタール舞踏団の新芸術監督になる方は、大変なプレッシャーで気の毒だな~と、つい気になってしまうのでした。
それにしても、もし、最初の企画通りに、ピナの存命時に撮影されていたら、この映画はどんなものになっていたのでしょうか。何はともあれ、この映画がきっかけで、ピナ・バウシュを知る人が増えている。映画ってすごいなと嬉しくなります。
そして、3Dって凄いな、ともおもうのでした。

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