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PFFディレクターBLOGRSS

2011/11/29 01:37:17

デジタル化による日本における映画文化の未来について

と題されたシンポジウムが、フィルメックスの会期中に朝日ホール10階で開催されていました。が、迂闊にも逃した私。
その日、11階での上映が終わったあと、ロビーにアップリンクの浅井さんを囲む熱い熱気を発する人々の輪が・・・・「これは一体何?」と思いましたらば、階下で開催されたシンポジウム「デジタル化による日本における映画文化の未来について」の流れで、浅井さんがご自身の体験から、とりあえず試す価値ある、低予算で実現できる劇場のデジタル化のノウハウを引き続き伝授しておられるのだと、居合わせた利重剛監督に教えていただいた(あわわ)更に迂闊を恥じる午後でした。このシンポジウム、映像で観ることができるそうなので、これから検索してみます。
考えてみれば、PFFは現在、イベント開催会場の方々と映写技師の方々に頼ることばかり。昨年までの事務局は試写室を持っていましたので、8ミリ、16ミリ、35ミリ、デジタルと、全てのフォーマットに対応できること、スタッフも映写できること、が目標でしたが、それがなくなってから、一挙に弛緩してるのか自分?と深く反省しました。
それにしても、ノウハウを伝授する浅井さんの姿、頼もしかった。いつも「インディペンデント」という言葉が浮かんでくる方ですが、アップリンクの紹介する映画のように、ニッチなマーケットがとても重要だと改めて思う会話を、先日海外からのお客としたことを思い出します。
フィルメックスに合わせて来日した方々がいます。メイルでしかPFFとの交流のなかった方々と、そんな来日チャンスに直接お会いできるわけですが、今回は、PFF作品を頻繁に上映してくださるカナダの新しい、しかし熱心で誠実な映画祭、「新世代映画祭」のクリスさんと、『川の底からこんにちは』『ハラがコレなんで』を配給してくださるイギリスのthird window filmsの、アダムさん。「日本映画にこだわる西欧の映画人はみな友達!」という側面がありますので、やはり二人はお友達。別々のアポイントメントで始まったのに、いっしょくたになってしまいました。
アダムさんは、惚れた監督の作品をずっと紹介していくことに情熱を注いでおり、石井裕也、園子温、中島哲也、藤田容介、三木聡、といった監督を、可能な限り紹介し続けたいのだそうです。「海外で三木聡BOXを出したのはうちだけ!」と威張っていましたが、もっといろいろな監督と出会い、たくさんイギリスに紹介したいのです。
イギリスは、日本のようなレンタルビデオショップマーケットはなく、セル主流。それも、セルで一本数百円からというのですから、感覚が違います。ただし、セルの本数は、日本と同じく、メジャー系でなければ、数百本・・・それで公開とDVD販売で商売が成り立つのか?と不思議なのですが、ニッチなマーケットは手堅いとおっしゃる。『おくりびと』がめちゃコケるイギリスでは、癖の強い映画が強いのだそうです。
ただ、日本の制作会社、配給会社は、Celluloiddreams とFortissimoという、アジア系作品のセールスに強いと言われる2大エージェントはじめ、大きなところに作品を預け、高額で売ろうと狙うことが近年常識になってしまったので、彼らの商売では値段が上がりすぎて、時間をかけても、結局売れない=買えないということが起こりすぎていて、ほんとうに残念なのだと。小さいけれども、情熱ある会社に個別に対応してくれるほうが、結局はずっと得なはずなのに・・・と嘆いておられました。
とてもよくわかります。
日本映画、近年海外セールス苦戦。いえ、日本映画に限らず、小さい映画は世界中で冷えてます。
私が、出会う映画人(いや、映画祭人とか映画監督ですね、正確には)に近年よくする2つの質問があります。
Q:お国で有名な日本の監督は? A:ほぼ間違いなく、北野武と宮崎駿です。
Q:あなたが個人的に会いたい監督や、好きな映画は?A:非常に高い確率で、黒沢清と是枝裕和です。
これらBIG4の作品がどのくらいセールスに成功しているのか?となると、宮崎駿以外、楽観的な数字ではないのではないかと思われます。が、小さい売り買いをコツコツやることを覚悟すれば、意外にまだまだ開拓できる顧客がいるのではないかと、ビジネスに積極的にタッチしない私でも感じるのです。
それにしても、「好き」とか「会いたい」とかに挙がる黒沢監督と是枝監督。近年ますます、その技術の冴えにほれぼれするお二人です。黒沢監督のWOWOW作品、楽しみです。
*文中敬称略・五十音順で失礼しました

2011/11/28 05:22:33

愛?

東京フィルメックスが終了し、チケット3枚を使えず終わりました。が、これでも私にとっては成績がよい。以前、某映画祭で買い込んだ前売りを1枚しか使えずに終わったときもあったのを思い出し今更がっかりしたり、何度「当日券主義になろう」と誓ったのかも思い出したり・・・・今回はかなり慎重にスケジューリングしたつもりだったのですが、東京で仕事をしていると、どうしても仕事優先にせざるを得ない時があることを改めて痛感です。
それはともかく、一日に5作品観ることが可能なフィルメックスですが、今回は一日4作品参加が最多な日となり残念ではあるものの、多彩な映画をまとめて観ると、色々と刺激されます。
しみじみと思ったのは、「愛」。
正体の知れない、なんらかの映画への愛、映画製作への愛、が心を揺さぶるのだなあと、久方ぶりに初心に戻るようなことを感じてしまいました。そのきかっけとなったのは、『これは映画ではない』。「愛」としか言いようのないものが、そこにありました。
そこから、「愛」にも多種多彩なものがあるなあと折々考えています。たとえば、「映画愛」はたまた「自己愛」で映画は成り立つか?ということなどなど。と、頭ぐるぐるしてるときに、立川談志さんの訃報。
ご自身が落語というか、落語とイコールな存在というか、そんな稀有な方が死ぬということがあるもんか、と、多くの方がお感じになるように、私も呆然としています。そこから、ぐるぐると「では、映画監督における、映画とイコールな存在って?」と考えています。映画は、ひとりではできない創造だから、そんな存在は有り得ない、という結論も含め、ですが、それでも、そのポイントは?と。映画の技術?才能?映画への愛?敬意?畏怖?本人のチャーム?情熱?。簡単に答えが出るとも思えませんが、とにかく数日で必死にみた9作品を通して、不調な思考回路のメンテナンスも始まった感じの充実感があります。
そして、仕事と関係なく映画を観る喜び。この快感を感じることが、映画を仕事にする不幸とも言えましょう。

この週末は、随分以前にお伝えした「映画屋とその仲間たち」の4回目のボランティアバス出発でもありました。木曜夜から土曜夜までを使い、被災地で映画上映とフリーマーケットを行うのです。前回9月はPFF開催と重なり、さすがに誰も参加できなかったPFF事務局ですが、今回は3名参加です。私は東京で入稿間際の印刷物との格闘が必要で離れられませんでしたが、毎回同じ場所を訪問するこの活動、継続の力を発揮していることを参加者のお話しを伺うたびに感じています。
次回は1月、そして3月と、極寒の時期。寒さの想像がいまひとつできていないことに気づく今日この頃です。

2011/11/19 16:20:45

群青いろ作品とかエンディング・ノートとか

「群青いろ」は脚本家で監督の高橋泉さんと、俳優で監督の廣末哲万さんで構成される映像制作ユニット。2004年のPFFアワードで、それぞれの監督作品『ある朝スウプは』『さよなら さようなら』が、グランプリと準グランプリとなり、その後『ある朝スウプは』が劇場公開ヒットと同時に海外でも多くの受賞をし、一躍注目を集めました。その前もその後も、多くの作品を生むふたり。高校中退後完全に独学で映画をつくってきた二人は、最初、録音の方法がわからずサイレント映画を撮っていたとか。近年の長編作品は、PFF、東京フィルメックス、東京国際映画祭などでお披露目されてきました。ただし、「群青いろ」の作品でDVDで観ることができるのは、『ある朝スウプは』『さよなら さようなら』『14歳』のみ。他は上映の機会を逃さず観るしかありません。
そんな彼らの久方ぶりの自主上映会が決定という連絡をいただきました。12月18日午後5時から渋谷オーディトリウムにて。(最近頻繁にこのブログに登場する渋谷オーディトリウム。ものすごい数のイヴェントが行われていて、スタッフの気力体力に感服するばかりです。)昨年、東京国際映画祭でお披露目された最新作『FIT』の上映と、これまでの制作作品のダイジェスト紹介、トークショーなどで構成されるそうです。
『FIT』の東京国際映画祭上映に参加なさった方はお気づきでしょうが、あの会場で使用された英語字幕版は製作上の不備でいささか完璧な状態とは言えませんでした。が、その後ダビングをやり直し、素晴らしい状態のものが完成。ベルリンや香港での上映は大変美しい画面でした。この機会を逃すと次はいつ上映されるかみえない『FIT』。監督の廣末さんの作品を観続けている方には、驚きの新境地をみせられる渾身の力作です。

廣末さんのことを紹介していると、どうしても思い出すエピソードがあります。それは、2003年就寝中にアパートが火事にあった話。着のみ着のままで部屋を飛び出し難を逃れたものの、部屋には『ある朝スウプは』のビデオテープ(懐かしの8ミリビデオ)が入ったままのカメラが・・・・諦めるしかないと煩悶するなか、鎮火後の瓦礫の中から出てきたカメラの中身が奇跡的に無事で、PFFアワード2004に応募できた。と。嘘のような本当の話です。
そして、その火事は、階下にひとり暮らしの老婆が、電気代が払えず蝋燭の灯で暮らしていたことが発火原因でした。夜中に起きたときに灯がなければ不安です。そのために灯していたのでしょう。アパートは、『ある朝スウプは』の舞台にもなっている、一部屋と台所にトイレのみついた造り。かつては学生や新婚夫婦の生活場所として活躍していたタイプのアパートですが、1980年代後半からは、独居老人の入居が増え続けている、先日新宿で火災にあい多くの被害者を出したアパートと同じ系列の、"風呂なし低家賃"のアパートです。
1980年代からと書いたのは、橋口亮輔監督が90年代中盤まで同様のアパートで暮らしており「新規には一人暮らしの老人しか入ってこない」という話に驚いた記憶があるからです。すでにその頃から、老人の居住可能な住宅問題は始まっていたことを、改めて思い出しました。
かつては社員として生活を保障されていた「映画監督」という職業。現在ではフリーランスとして生きていくわけで、新たな立場での老後生活のサンプルケースがまだありません。ひとごとではない課題です。
また、かつては「社員」だったと同時に、「スタジオ」という職場に出勤していた映画監督。こちらも遥か昔の夢のような暮らしです。が、しかし、たまにスタジオで撮ることの出来る映画もあります。内田けんじ監督の新作は、フルセットでスタジオ撮影、35ミリ2キャメと聞き、いにしえの映画製作の日々を体験できるというだけでも感嘆しました。完成が大変楽しみです。

話がまたそれてきました。やっと拝見できた「エンディング・ノート」です。
一流大学を卒業して、一流企業に入り、役員まで務め退職し、専業主婦の妻としっかりした3人の子供と、仲のいい会話のある家庭を築き、これからゆっくりしようという矢先に末期がんが発見された父の死の準備を、末娘である砂田麻美監督が追う作品です。この一家を観ていると、とても懐かしい感じがするのです。多分、ここに「想定される日本の家庭」の象徴のような一家が登場するからではないかなと。あらゆる日本の家族のイメージ、消費者としてメーカーやメディアから想定される家庭、学校で語られる「家族」、そんな姿がここにあるなと思いました。日本では6000万人位という就労者のうち、大企業と申しますか、上場企業と申しますか、そんな職場にいるのは1200万人位だとか。この1200万人余りを前提に社会「イメージ」がつくられているのだなあと、妙に納得したのでした。「現実」は勿論違うのですが。
そして、もうひとつ、この映画ではっと気づかされたのが、「カメラを向けられることに慣れている主人公」です。監督のお父様、砂田知昭さんは、若いときは8mmカメラで、監督の麻美さんが成長されてからは彼女が常に持ち歩くビデオカメラで、膨大な映像を記録されています。記録されることが日常になっていることも、その発言が整理され、明確で、他者に向かう態度もオープンであることに繋がるのではないか?と感じられてならなくなりました。砂田知昭さんの世代では珍しい「記録される」暮らしですが、現在ではもっと頻繁に生まれています。今後の人々のメンタルが、撮られることで変化する=しているのではないかと、改めて考えはじめています。


2011/11/18 10:37:48

完売・・・それは甘美な響き

ぼやぼやしていたので、東京フィルメックスのチケット購入が駆け込みになってしまいました。平日昼間3回券の販売は一足先に終了していて、あわわわ~と涙。チケット販売の注意事項はちゃんと読まなくちゃね!と自分に注意。そして、購入中、完売回が次々告げられ、ひゃ~!と嬉しくなりました。イベントをやっていると、「完売」とか「売り切れ」ほどゾクゾクする言葉はありません。「いいな~」とうっとりしてしまいます。
完売、それは、①公開されるかどうかわからない作品。あるいは、②公開決定しているけれども、少しでも早くみたい作品。に生じがちです。PFFの場合、「PFFアワード」作品はあきらかに①なのですが、いわゆる一般映画のように完売が難しいのが現実で、毎年告知に工夫を重ねて改良を目指しています。いつか、軒並み完売!となりたい。
と「いつか」という言葉を使いながら、自分が結構長く映画祭に関わっているなあ、結構長く生きてるなあと思うことが最近ちらほらあります。
たとえば、佐藤雅子さんという方の料理本が復刻されました。「私の保存食ノート」「私の西洋料理ノート」の二冊。これは、私が少ないお小遣いをやりくりして人生で最初に買った料理の本でした。当時1,000円。復刻版は2,500円。その差に、なんだかものすごく長生きしてる感じがしてしまいました。確かロッキンオンでどなたかがこの本に触れていたので買った記憶があります。久しぶりにみてみると、当時、スパイスやら食材やらが今より遥かに入手困難だったことを思い出しました。そのあと、山のような料理本を試してきましたが、子供時代に本屋で悩んで一所懸命やりくりして買った本や物は、何度の引っ越しでも手放さないものだなあと、改めて確認したのでした。一方で、現在では料理本を読めば、おおよそその味がわかるかも・・・という料理本読み(ちょっと自慢かも)。何でも数を重ねれば、見識が生まれると信じたい、年月を重ねるほど賢く鋭くなると思いたい今日この頃。映画もたくさんみなくちゃね、と映画祭をおすすめする次第でございます。
神戸近郊の皆様、「PFFin神戸」チラシ配布が始まりました。神戸は座席指定制ではないので「パスポート」があります。毎日KAVCに通うことの可能な方には、お薦めしたいお得なチケットです。

2011/11/15 15:37:39

ベルリン・香港来日中

ベルリン国際映画祭のフォーラム部門ディレクター、クリストフ・テルへヒト氏は先月来日しましたが、今月は、パノラマ部門のディレクター、ウィーランド・シュペック氏がコンペ部門や他のセクションの候補作品ピックアップも兼ね来日です。近年、韓国、日本、台湾、中国と、アジアプログラミングの旅に同行する香港国際映画祭のプログラマー、ジェイコブ・ウォン氏も同時に作品を選びます。
PFFはベルリン国際映画祭ではフォーラム部門との縁が深く、パノラマ部門やジェネレーション部門への出品は数度しかありませんが、現在、ベルリン国際映画祭で最も長くディレクター職に就いていることになるこのパノラマ部門のウィーランド氏とは、最も長いおつきあい、と言えるかもしれません。
映画監督への道を探して、俳優としてスタートし、ミュージシャンでもあったといウィーランド氏は、自身が運営するパノラマ部門の「テディアワード」に象徴されるように、セクシャルマイノリティーの映画紹介にも力を入れています。ご本人もゲイで、パートナーと落ち着いた暮らしをしておられます。と書いていたら、10年ほど前まで、映画祭運営に携わる人には、セクシャルマイノリティーな人々が今よりずっと多かったなと、思い出しました。
ディレクターも、プログラマーも、映画祭スタッフも、配給や宣伝の方も、評論家も、マジョリティーがセクシャルマイノリティーで、マイノリティーが、ヘテロという感じですらあったような・・・ちょっとオーバーかなあ・・・いや、ほんとにそんな感じだったのですが、昨今、逆転している気がします。近年、さまざまな職業に就くチャンスが拡がっているのだと理解していますが、どうなのでしょうか。
と、そんなことを考えたのは、本年のPFFアワード入選作品『僕らの未来』の上映が、21日に精神科医の針間さんをお迎えして監督の飯塚さんとの対談つきでアップリンクファクトリーで行われると聞いたからです。
かつて、飯塚さん自身が「性同一性障害」の専門家である針間先生のカウンセリングを受けておられたということですが、今回は、針間先生から飯塚さんが作品の感想を聞く初めての時間になるかもしれないという話も企画者から伺いました。飯塚さんが映画監督としてこれからどんな作品をつくっていくのか、第一作である『僕らの未来』を目撃して、その先も多くの方が見続けてくれるきっかけになるといいなあと思っています。ひとりのつくり手の変化を見続ける人が増えること、が映画祭運営の喜びでもあり、つくり手自身の励みにもなるのではと思うのです。

話は戻りますが、ベルリンと香港のおふたりと話をしていて、劇的に増加したデジタル作品、減少した35ミリフィルム作品の話になりました。
本年は世界的に急速にデジタル化がすすみ、日本でも、待っていた約30本の候補作品中、1本しかフィルム作品がない、と。メジャー系劇場のデジタル化驀進中ですので、それに合わせて世界で一斉に起きていることなのですが、これは同時に、デジタル装備を導入できない(予算がない)アート系小劇場にとっての危機的状況にも繋がっているという話になりました。ドイツでは、既に切実な課題になっているそうです。
そして、話はどんどん飛んで行ったのですが、今、ヨーロッパでは「イタリアの若者と日本の若者が怒りを表明する日」が期待されていると。両国とも同じような経済的苦境に陥り、同じような歴史を持ち、どちらも若者がじっと黙っている。と。60年代&70年代の学生運動が激しかった日本とイタリア。どちらもその時期に公務員(機動隊とか警官とか公安とか)を大幅に雇用拡大し、昨今、その人たちの退職時期が重なりいわゆる"天下り"先創造のために、むちゃくちゃなことが展開されている。つまり「公務員最優先社会の肥大化に伴う未来ある若者への顧慮のなさ」が同じ状況だと。そういえば、イタリアと日本、うつ病患者の多さや、母親依存の高さも共通と言えないこともないか・・・など、思わずイタリアについて考えた、ドイツ・香港・日本の会話でした。
もうひとつ話が飛びますが、今回、311関係のドキュメンタリーが、少なくとも12作品完成しているということです。まだ制作中の作品もあるでしょうし、テレビ作品もあるでしょうから、きっと膨大な数生まれているのです。これらの作品を一挙上映というだけでも、1週間でも足りない企画になるのだあなあと、つい映画祭モードでカウントして驚いたのでした。


2011/11/14 00:05:30

自分のことより他人のこと

ただ今公開中の『ハラがコレなんで』(略称ハラコレ)は、言葉足らずな映画だなと、いろんな人たちの反応に触れて改めて感じています。
おしなべて、うまく自分のことを伝えることのできない人が、映画の主人公には多い。つくり手もそんな人が多い(?!)ので、おのずと言葉で語るのみではなく「伝える」工夫をしていきます。映画には、画があり、音があり、時間があり、語らずとも語るところが、他の表現との差異となるわけです。つまり、映画が「総合芸術」と呼ばれる所以でもあります。
ハラコレは9月の第33回PFFで特別上映をさせていただいたように、今、多くの方にお薦めしたい映画です。何故なら、主人公は「自分のことより他人のこと」だから。今、21世紀のキーワードは、そこにあると思うからです。
が、あまりうまく伝わらないようで、もどかしく感じているところです。未見の方も多数おられるでしょうから、漠然とした言い方になってしまいますが、常に他人のことを考えることが、ひいては自分の人生を豊かな未来に向かわせる、という単純かつ明快なこれからの世界の行方を描くことに挑戦した映画です。
この映画のエンディングから10年後、あるいは20年後、主人公は間違いなく、新たなコミュニティで、いわゆる"幸福"な日々を送っている、少しづつ、世界は豊かになっていく、と思います。が、その姿を想像できる人は、能天気な楽天家だけなのかもしれません。しかし、見えない未来の不安に脅かされ日々疲れて行くよりは、見えない未来の希望を具体化する日々のほうが、何かを生むことは間違いないでしょう。映画は、見えない何かを見せる道具。映画祭は、そこに向かう映画を、より多く紹介していける場所でありたいと思っています。
(見えない未来の不安に脅かされる日々、とは、たとえば、柔らかな脅しと化した宣伝で煽られる、将来への不安や健康への不安などが、とてもわかり易いかと。あるいは、他人と比較して自分を劣っている、遅れている、損している、と思わされる広告を浴びる、とか。ここ1,2か月でまた増えてきたような。そんなことやってる場合ではないのではいかなーという人が、映画をつくっていると思います)
ともかく、公開中のハラコレをご一見いただければ嬉しいです。幸福への近道、結構簡単だな~と。
そんなことを考えながら、今、来春の所沢での映画イベント「世界が注目する日本映画たち」ラインアップの大詰めにかかっています。対象になるのは、この1,2年、国内のみならず海外でも話題の日本映画です。チラシの制作も目前ですので、再見できるものは再見してと務めているのですが、なかなかこの時期にスクリーンでみることは難しく、DVDでの再見となる作品もあります。
数日前には、『奇跡』のDVDが発売されたので再見しておりました。ふと気づくと、この作品と『ハラコレ』の制作時期は近いのです。どちらも震災前に撮影され、その後の社会を予見しています。そして、『奇跡』も、自分のことより他人のこと。と、ちょっと強引に言ってしまえば、そんな映画です。
来春の「世界が注目する日本映画たち」は、3月16,17,18日の三日間。都内に映画を観に行くのはなかなか難しいという方々のために、一挙に必見の国際的話題作をお届けしようという企画で12回を数えます。今回からは、デジタル作品の上映も可能になり、プログラム対象作品の幅が広がったことで、傑作の山に悩む日々です。11月中にラインナップを発表し、年内にチラシを完成です。
こうして、仕事柄年々邦画を観る割合があがり続けています。今の目標は、週に最低一度は欧米作品をみに行く!アジア映画は映画祭でまとめてみる!と、中学生の目標日記みたいなブログで失礼しました。

この週末からはTOKYO FILMeX。監督自作自演の『ムサン日記』自主映画作家の皆様是非みて欲しいです。そして、特集される相米監督作品のラインナップをみていると、プロデューサーとの幸せな共犯関係をしみじみ感じます。プロデューサー志望者に是非通っていただきたいです。
と、よその映画祭宣伝してみました。
(相米作品、海外に紹介される機会少なく来ていますので、これをきっかけに変わってくるかもですね!)

2011/11/06 03:26:51

不覚にも行けなかった山形

山形国際ドキュメンタリー映画祭。前回は多忙で伺えなかったので、本年こそ!と意気込んでおりましたら、まさにそのとき風邪でダウンしたので「・・・寒いところはやめておこう・・・」とまたまた断念。そんな私に、親切にもカタログを一式送ってくださった事務局。感動して早速拝見しましたら、もう、涙、涙。悔し涙に暮れる日々です。
最大の涙は、市岡康子さんが審査員を務められると伺ったときから予想できたのに、改めてすごいテレビドキュメンタリーの特集!!!!のけぞりました。観たかったもののオンパレードです。勿論牛山さんの作品の数々.そして、実は、高倉健が壇一雄の愛したポルトガルの村を訪ねる「むかし、男ありけり」をみたかった!と、チラシを見ながら泣く土曜日。「這ってでも行け!映画祭」という声がはっきり聞こえました。
実は東京国際映画祭も、夢見た何割かしか通えていません。コンペなんて、一作品のみ、『デタッチメント』しか拝見していません。とほほ。ジェームズ・カーンが出ていること、トニー・ケイ監督がデジタルについて熱く語っていたこと、主演のエイドリアン・ブロディがエグゼクティブ・プロデューサーのひとりでもあること、などに興味を惹かれたのです。この作品、崩壊する公立高校が舞台なのですが、現役の高校教師の方はどのように捉えるのかなと思いました。早晩来るであろう日本の姿?そうではなくあって欲しいけど。
(唐突ですが、PFFが製作した『家族X』は、東京上映の際に高校生の映画鑑賞授業となる幸運に恵まれました。この作品をご覧になった高校生が、「親とちゃんと話してみよう」と思ってくれれば無茶苦茶幸せですが、まあ、それは置いといて、高校生が映画を映画館で観るチャンスは、もっと増えてほしいなと思います。)
高校生ではありませんが、大学生のつくった映画の話で(PFF関連の話ではないです)『西安の娘』『蟻の兵隊』の池谷監督が今立教大学で教えておられ、その教え子である赤崎正和さんの、『ちづる』というドキュメンタリーが話題です。監督の赤崎さんは、長く、重度の障害を持つ妹ちづるさんのことを人に話すことができなかった。が、この映画製作を通して、ご本人が変化した。これが、学校の課題を含む自主制作の存在価値でもあるなと思わされます。『ちづる』は、母という存在の奇跡に気づくことなく甘える子供の記録の部分もあるのですが、「人に話せない」という状況がなければないだけ、人生ラクだよ~ん!と、早く多くの人が開き直って欲しいなあと、しみじみ思う作品でもあります。
(「人に話せないことなんてないのだと気付くと人生ラクだよ」と大人は言おうキャンペーン!を繰り広げたいですね)
あ~、だんだん何言ってんだか~になってきましたが、別の話として、多くの映画監督が多彩な学校で教えておられることが、PFFにとって苦しくなってきています。と言うのも、応募作品のある学校で教えておられる方に、審査員を頼むことは出来ないからです。これ、予想以上に厳しい現実です。すごく困っているのですが、ふと自分を振り返って考えてみました。
海外の映画祭の審査員をお願いされたとき、そのラインナップにPFF関連の作品が入っている場合は、お断りしてきました。フェアではないから、と。が、もし、引き受けていたとして、「自分の知っている作品に、何らかの特別配慮をしたであろうか?」と問うと、「有り得ない」と即答できます。作品を作品として観る訓練は十分に出来ているからです。では、何故断るのか。それは、「そのことを理解しない人たちがいることがわかるから」としか言えないのかな.....と。つまり「あらぬ憶測をされたくない」という面倒回避の判断かと思った次第です。.同じく、PFFで審査をお願いしたい監督たちも、自分の教え子の作品がラインナップにあったとしても、そこに惑わされず審査に向かわれると思います。しかし、そこに疑いを持つ人をどうするか?これが映画祭に問われているなと、しみじみ思うのでした。
え~、どんどん話が飛んでますが、「審査は厳正。そこに裏取引はありえない」このことが映画祭世界は常識なのですが、そのことをしっかり理解してもらう努力が必要なのかと、また新たな課題です。

話は戻りまして、行けなかった山形ですが、実は審査に参加なさったアトム・エゴヤン監督とは監督が日本を去る前日に東京で、山形の東京ディレクター藤岡さんのお誘いで楽しい時間を共有できました。(監督の初期長編であり、海外への展開のきっかけともなった『ファミリー・ビューイング』の上映にかつてPFFが関係したいたことも効果あり?)奥様で監督の映画にも多数主演なさるアルシネ・カーンジャンさんも勿論ご一緒。二人合わせて何か国語喋れるの?というお二人ですから、日本語への興味、日本文化への興味も並大抵ではありません。
そんなお二人の一番印象に残るお話しは、ある国際映画祭でのエゴヤン監督のハラハラした体験。
某、超アートな映画作家の回顧展を成功させた某小さくない映画祭の話。クロージングのスピーチに登場したそのアート監督。気難しい彼にしては珍しく喜びもあらわに感謝のスピーチをなさって、それを受けて、その映画祭開催国の首相登場。締めの言葉を言うわけですが、そこで「○○監督の特集が成功して誠に嬉しく誇りに思う。○○監督には近い将来ハリウッドで大成功して大監督としてまたここに戻って来てほしい」と言ったそうな。
しーーーーーん。としちゃいますね。
エゴヤン監督は言葉がわかったので、優秀な通訳に眼で一所懸命にサインを送ったら、勿論優秀な通訳、うまくすっとばして話をまとめて「めでたしめでたし」だったと。
通訳。ほんとうに大切です。
それはともかく、少なくとも、スピーチするなら特集監督の作品を観ておくとか、資料で知識を入れとくとか、最低のマナーでは?
しかし、世界中の政治家、官僚、エスタブリッシュメントのアメリカ崇拝、度が過ぎているというかナイーブですね。呆れて誰も注意しないのが世界の衰退につながったのかなあと、大人として反省しました。
ともあれ、「一方的な片思いは未来なし。相手に追いかけてもらえる魅力をつける。」これが恋愛のテキストブックでは常識ではないでしょうか?
がんばれ恋愛道!・・・・って、そんな世界ですかね?

年内最後の都内で開催される映画祭「東京フィルメックス」開催も間近。
今度こそ、這ってでも行きます。

2011/11/04 14:22:25

お金持ちはドリーマー?

東京国際映画祭会期中は、同時に世界の映画人が東京に集合していた時期でもありました。
海外に作品を紹介する仕事の山が大きくなる日々も一段落し、今は一番胃の痛い「年明けの各国映画祭からの結果連絡待ち」の日々に入ってます。明るいニュースを近日中に発表したいものです!!
同時に、神戸のPFF開催の詳細が決定し、ただ今発表の準備中です。
今回、第33回のPFFは東京開催時期の変更に伴い、各地の開催時期も再検討。神戸12月、京都は年明け、福岡と名古屋は春になる見込みです。公共の施設は予算削減が、映画館は動員の低下が変わらず重い話題という、映画に関連する会話に、お金の苦労が入らないことは皆無な現代。「お金」ってとても大切だと思います。それを使ってできること、沢山ある。勿論PFFも資金の苦労なく運営してみたい・・・でも、「今この現実でできることをやる」のが仕事です。
映画祭の資金集めについて、海外の方法を伝授くださる方々もいます。アメリカでは「寄付」、ヨーロッパでは「公的援助」が大きいのですが、自分で昔から感じていたことを相談したりもします。たとえば、ロッテルダム映画祭の行っている「ヒューバート・バルスファンド」。サードワールドの映画作家の製作援助ファンドです。ここに、日本の監督も対象として入れてもらえないかな~という相談。無理だと知りつつですけれども。勿論、海外の映画人は、日本が驚異的に平等な国で、誰でも映画監督になるチャンスを持ち、映画人たちが世界でも珍しい生活のすべてを映画に費やし経済的に不安定な状態を続けている人たちであることを知っています。精選された一種のエリートで、それなりに経済的に恵まれている人たちが監督になるケースの高い欧州及びサードワールドの監督たちより、はるかに経済的に苦しいことを知ってます。が、国家の経済で言えば、日本はやはり高水準で援助の対象にならないのです。サードワールドは貧富の差が激しすぎて、たとえ映画に関わる人が日本の映画人より遥かに高収入でも"平均値"でぐっと下がる訳です。別の側面からみると、日本の監督はそこそこ食べて行けるから、映画に関われるという見方もされているということですが・・・国家と個人は"国際的"にはいっしょくたなのを粉砕できない無力さを感じる瞬間です。
とはいえ、別の見方をすれば、内需でそこそこ生きていける基盤を持つ日本であるとも言える訳です。
そして、世の中「お金」のために変になっていくとことに無自覚でいるのはもっと怖い。
目的があってお金が欲しいのと、「お金」それ自体が目的になるのでは、ちょっと事情が違うのは、こつこつ働いている人たちには当然わかっていること。お金を集めること、回すこと、増やすことしか興味のない世界の大金持ちの皆様は、世界が、未来が、自分たちの為のお金回収マシンだと思っているのだなあと、何度も何度もため息の出るニュースが続く毎日。少なくとも日本に於いては「大切なこととそうでないこと」がくっきりと明確になった3月のあの日からの体験があるはずなのに、まだまだ夢見る人の数は減らず、どこまで現実逃避するのかな~金持ち!(ここで"お金"から"お"をとってみる)、と心から驚愕する日々です。例えば期限の迫るTPP。一瞬PFFと紛らわしい(そんなことないか・・・)ところが更に気になるわけですが、世界経済とかグローバルとかいう言葉の元に世界を一括してコントロールしたいって、漫画か映画の中だけにしてください!です。考えれば考えるほど、『ダイハード4』か、『ターミネーター』か、が現実にやって来てますが、しかし、現実の世界に、超人ジョン・マクレーンも、ジョン・コナーも、無敵のターミネーターもいない。オソロシイ。「資産について考える合間に週に一本は映画をみて、夢想と現実の堺をちゃんとできる大人になってくれ!」という気分です。
TPPが具体的な恐怖として迫ってきたのは、昨年小さな報道がされた「ミツバチが消えている。原因不明」が気になってからです。ミツバチ。それは映画を観る人には甘美な響き。タイトルに「蜂」がある映画で忘れ難いのものは数ありますが、エリセの『ミツバチのささやき』アンゲロプロスの『蜂の旅人』は誰でも思い出すのでは?そして、花を追って旅する養蜂家の暮らしにイマジネーションの刺激されないクエイターはいないでしょう。(昔の漫画でちばてつやの名作「風のように」もありますね)その蜂が消える。なにごとか?とニュースを追っていましたら、ヴェトナムで使用された枯葉剤でも有名なモンサント社の殺虫剤ネオニコチノイドにより蜂の免疫不全が起こり、中枢神経と方向感覚の麻痺した蜂が帰巣できなくなった結果だと。そして、モンサント社はTPPをとってもとっても推進運動中とか。と、具体的な会社名を挙げる性格ではないこのブログなのに、なんという場違いなことをしている私。でも、こんな話って、『ターミネーター』を思い起こさせませんか?
まあ、現実が映画よりすごいので、映画産業衰退中でもあるわけですね。がっくし。
そういえば、先日の「ディズニーワールドに行きたかったので資金づくりに子供を100万円で売った」というアメリカの母親の話も仰天でしたね~。ぱ~っと『ミリオンダラーベイビー』のヒラリー・スワンク扮するマギーの母を思い出しました。(マーゴ・マーティンデイル。すごい女優です。)と言いながら、「ディズニーワールドってそんなに素晴らしいところなの?初体験しなくちゃ~」と思わされるところもあり、危険です。「あれ?なんだこれうまい宣伝だったの?」とかね。
『トゥモローワールド』『ソイレントグリーン』『日本沈没』『ターミネーター』『ダイハード4』思い出しすぎて気持ち悪いくらいの毎日です。
で、今週末公開作品では『ハラがコレなんで』お薦めです。いろんなことから解放される話。監督はまだ20代。これからの時代は1980年代生まれに委ねたほうが賢くない?密かにそう感じる人たち多くないですか?いやま~「ハリウッドチャンネル」とか読んでいると、とほほな20代も山盛りではありますが・・・

*有名なブログですが一応ご紹介です。
「サルでもわかるTPP」

プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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