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PFFディレクターBLOGRSS

2010/03/30 01:41:41

映画監督業の家業化?

B&W.jpg香港には、シュウケイという、映画監督であり、プロデューサーであり、映画学校設立の推進者であり、香港のインディペンデント映画を支えている人物のひとりである方がいます。
彼が最近、ある学生から「先生、授業で昔の白黒の映画を見せるのはやめて貰えませんか。あんな色のない画面を延々みせられると、頭痛がしてきて耐えられないのです」と研究室で切々と訴えられたと聞きました。
映画を見慣れていると、白黒の映像が特に奇異には思えなくなっているだけで、実のところ、それは非常に理解の難しいものとなっているのかと、考えてしまいます。
慣れ、というか、人それぞれの体験や環境や教育による差異が、映画を観ることにも大きく影響してくることを改めて感じることの多い昨今ですが、映画監督業に携わる人々も、映画が、他の家庭環境に比して日常にある"親から代々"という人が、これからもっと増えるのかなとも感じています。

世界中を綿密にリサーチすると、非常にたくさんいらっしゃるのでしょうが、ちょっと思いつくだけでも、親子や家族で映画監督業に携わるのは、例えば日本では、マキノ家、伊丹家、野村家、今村家、深作家、新藤家、佐藤家、奥田家、イランではマフマルバフ家、アメリカでは、近年ではカサヴェテス家、コッポラ家、フォアマン家、スピルバーグ家などですが、昔はもっとおられますし、いやはや、アメリカ、ヨーロッパ、ロシアと、世界にはもう多分、星の数ほどある話だと思います。そういえば、ちょっと違いますが、昨日は、女優シャーロット・ランプリングの息子の監督作品について聞きました。

フィリピンのインディペンデント映画のリーダーの一人だった監督に、レイモンド・レッドがいます。
raymond02.jpg80年代の彼の実験的で天才的な8ミリの自主短編映画(写真:MISTULA)の数々を、PFFでは頻繁に紹介していました。
今回の香港映画祭では、最近の長編映画(東京フィルメックスなどで紹介されています)と、過去の8ミリ短編で構成されたレイモンド・レッドの特集があるのですが、このレイモンドの息子ミクハイル・レッドの5本目の短編映画が短編コンペで上映されています。18歳です。
あらゆる芸術芸能文化の分野で、映画はまだ歴史の浅い表現分野ですが、その始まりである19世紀の先祖から数えると、すでに4代目世代には入っているなあと実感します。

ところで、今、アメリカでは、香港カンフー映画の3Dリメイクプロジェクトが始動していると、ツイ・ハークのプロデューサーから聞きました。ブルース・リー特集も映画祭で行われていますし、カンフー映画よ永遠にと思う夜です。
香港滞在も、もうあとわずか。例年より涼しい毎日です。


(写真 ※白黒映画、東京では年中上映中です。例えば、こんな会場で遭遇できます。 上から順に、東京国立近代美術館フィルムセンター / 池袋 新文芸坐 / シネマ・ヴェーラ / 神保町シアター)

2010/03/28 23:00:19

香港国際映画祭に来ています

sawako_poster_e.jpgただいま香港国際映画祭に参加しています。
石井裕也監督の『川の底からこんにちは』と『君と歩こう』の上映にあわせて滞在日程を決めたものの、到着してから、4月に入ってからのほうが上映作品数も多く、上映劇場の立地も移動に便利・・・なことを発見し、迂闊さを噛み締めています。
石井監督にとっては、2年前のアジアン・アワード授賞式と特集上映に続く2度目の滞在。今回は学生時代からの映画仲間で、主演作品もある内堀さんと一緒の参加です。

hong-kong01.jpg香港国際映画祭は、私にとって一番長く通っている映画祭だということに気づきました。
1990年からですから、丸20年。街の変化も、改めて感じている滞在です。
特に、飲酒者の増加と、尾篭な話で申し訳ありませんが、飲酒の果ての嘔吐の増加。
これは一番の驚きです。日本食や日本商品の定着など、日本に近い感覚がこの現象を生んだりして・・・などと無責任なことを考えてしまいました。というのも、世界で日本人が一番この癖が強いと言われているからです。

そんなことはともかく、映画祭上映劇場は、かつての公営のホールを中心にしたものから、近年は一般劇場に拡大を続け、会場も大きなショッピングモールの中のシネコンに分散しはじめているので、映画のはしご計画が難しくなっています。一方で、デジタル作品上映を前提で造られた新しい劇場での上映で行われた、『君と歩こう』(デジタル作品)上映は、これまでのどの会場よりも画も音も巣晴らしく、感動しました。

香港国際映画祭は、基本的に英語字幕のみで作品上映をします。
このことが大量の作品上映を可能にさせていることを毎回実感させられます。
日本映画とフランス映画の人気が高く、最初に売り切れるそうで、『川の底からこんにちは』も早々のsold outとなりました。観客層は、韓国の釜山映画祭、台湾の台北映画祭に次いで非常に若く、日本や欧米の映画祭とはいささか雰囲気が違います。
また、日本映画の観客に日本旅行体験者も多い為か、街についての興味が高いようです。今回も、2作品とも作品での「東京」という街の扱いについて質問が続きました。

3月は、PFF事務局にとって、コンペティション部門「PFFアワード」入選作品決定プロセスの大詰めであり、同時に招待作品決定をはじめる時期でもあります。また、10回を数えた所沢での『ミューズシネマセレクション 世界が注目する日本映画たち』の開催と、それに伴う監督の来場と、あっと言う間に時間が過ぎていきます。
それに加えて、本年は毎年7月にパリで開催されるPARIS CINEMAという映画祭が日本特集を計画していて訪ねてきたり、ニューヨークアジア映画祭の方が、夕張のオフシアターコンペの審査員として来日した帰途訪ねて来たりしました。
hk_ishii005.jpg余談ですが、このところ気づくのは、日本映画を上映するに際し、間に日本人のコーディネイターを置く映画祭が増える傾向にあることです。海外の映画祭の立場で想像してみると、日本には以前に比して、海外に出品する意欲のある製作者が増加し、コンタクト先が多様になってきたと同時に、まだ言葉で不自由のある窓口が多いのかなと。旅行に際して添乗員を置きたい気持ちと似ているのかもしれませんが、日本の製作者の方々には、是非一度直接の交渉を体験してみてほしいなと感じることがあります。

さて、話を香港に戻します。
今回上映に行くことが出来ず、一番残念だったのは『Oxhide II(牛皮 弍)』です。Liu Jiayinという高校生みたいな雰囲気の中国の女性監督の作品で、前作『OXhide(牛皮)』が、『ある朝スウプは』と、2005年の世界中の映画祭でグランプリを競ったのです。新作である『Oxhide II』は昨年のカンヌ国際映画祭の監督週間で上映された後、さまざまな映画祭を旅していましたが、一度も見ることが出来ないまま日が過ぎ、今回がラストチャンスかと思われたので、がっくりきています。
去る1月のロッテルダム映画祭で監督と会った際は、『Oxhide III』の出資者を探していおり、「ある朝スウプはの高橋さんと廣末さんはあれからどんな映画をつくってるの?私は永遠にOxhideを創っているような感じなんだけど・・・」と言っていました。
また、一昨年から北京に留学している奥原浩志監督(スカラシップ作品『タイムレスメロディ』監督)にも香港で再会しました。北京でインディペンデント映画の製作にさまざまに参加しているそうで、その中の一作品『After All These Years』が今回香港で上映されるに際し、監督Lim Kah-waiさんと、北京から汽車で移動してきたそうです。そして、このLimさん、マレーシア系の中国人なのですが、日本語はじめ6ヶ国語を操り(本人によると、どれも適当ということですが)、奥原監督との出会いは、香港国際映画祭に『青い車』が招待された際に、奥原監督のアテンド担当だったことからなのだそうです。そして本年も、自作の出品の傍ら、映画祭事務局の仕事も手伝って、宿泊をもらったり、と、マレーシア、香港、北京、日本と、めまぐるしく移動しながら暮らす、華僑の逞しさを感じるのでした。
しみじみ、「"生き抜く力"を鍛えるのが、インディペンデント映画に関わる人々の必須条件だなあ・・・」と思わされる体験の多い、国際映画祭の滞在です。

そして今、中国語圏では、上海万博にあわせての映画製作企画が盛んなようです。
ジャジャンクー監督による上海人の歴史を題材にしたドキュメンタリーもほぼ完成したようで、英語字幕監修のトニー・レインズさんが、香港映画祭滞在の合間に北京でチェックしてきたとおっしゃています。かいつまんだ内容を伺うだけで、ときめきました。香港でも、香港パビリオンでの「香港紹介」のための短編映画4本『香港四重奏(QUATRO HONG KONG)』が製作され、今年の短編コンペ4プログラムのおまけ上映として、ひとあし早く1本づつばらしてくっつけて上映されています。

日本映画は、4月に入ると、島津保次郎監督の特集に伴い、島津監督のお孫さん一家がお越しになったり、若松孝二監督、大森立嗣監督、中村義洋監督が参加したりするそうです。映画祭は、VIPのために東京から山形国際ドキュメンタリーのアジアプログラマーである藤岡朝子さんを通訳&アテンドに招くとのことで、びっくり仰天しています。藤岡さんに通訳してもらえるのは、ほんとうに幸せです。

2010/03/08 12:30:32

新生活におすすめの映画たち

渋谷TSUTAYAに、PFFのコーナーがあります。通常はPFF関連の作品が集められているのですが、先週からちょっといつもとは違うラインナップが展開されています。
3月&4月というコーナー展開にあわせて、新しい生活、新しい出会いの始まる季節が一層楽しくなるような映画を、新しい監督たちに推薦してもらうという、初の試みが行われているのです。

選んだのは、2007年、2008年、2009年のPFFアワードグランプリ受賞監督たち(3人の名前が全部"い"で始まっていることに驚きました)と、『川の底からこんにちは』主演の満島ひかりさんです。

それぞれの選んだ作品をご紹介します。
何故この作品なのか?は、各人がコメントを書きました。是非渋谷TSUTAYAで確認してください。

mitsushima.jpg満島ひかりさん 推薦作品
 『乙女の祈り』 監督:ピーター・ジャクソン
 『サマリア』 監督:キム・キドク
 『ロリータ』 監督:スタンリー・キューブリック
 『ローズマリーの赤ちゃん』 監督:ロマン・ポランスキー
 『恋する惑星』 監督:ウォン・カーウァイ

ishii.jpg石井裕也監督 推薦作品
 『オリーブの林をぬけて』 監督:アッバス・キアロスタミ
 『イエロー・サブマリン』 監督:ジョージ・ダニング
 『河』 監督:ツァイ・ミンリャン
 『カッコーの巣の上で』 監督:ミロス・フォアマン
 『黄金狂時代』 監督:チャールズ・チャップリン

ichii.jpg市井昌秀監督 推薦作品
 『聴かれた女』 監督:山本政志
 『ヴァイブレータ』 監督:廣木隆一
 『タンポポ』 監督:伊丹十三

inoue.jpg井上真行監督 推薦作品
 『飛べ!フェニックス』 監督:ロバート・アルドリッチ
 『グランド・イン・ブルー』 監督:ジェームズ・ウィリアム・ガルシオ
 『街の灯』 監督:チャールズ・チャップリン

2010/03/03 11:38:57

塚本晋也監督+川原伸一プロデューサー+石井岳龍(聰亙)監督

昨日ご報告した蔡明亮&李康生MASTER CLASSに引き続き、26&27日には同じく「JAPAN国際コンテンツフェスティバルにおける国際人材育成事業及び交際人材交流事業」の一環として、ワークショップ『自主でできる音創りの可能性に挑戦する』を開催しました。
会場は、渋谷のとある会議室。受講者は、今回も実作者に限り17名という、濃密で贅沢なワークショップです。
昨秋10月24&25日、塚本監督と川原プロデューサーには、実際に短編映画を完成するというワークショップを行っていただきました。その際、最後の仕上げを駆け足で終わったことにいささか悔いが残ったこともあり、今回は「音」という映画で最も大切なもののひとつに集中してのワークショップとなった次第です。が、しかし、題材がこと「音」ですから、ここで文字で紹介するのは非常に困難ですので、ざっとした内容をご紹介します。

tsukamotows01.JPG初日26日は、まず、おふたりがどういう方法で音を仕上げているのか、という話と、塚本監督自身が、中学生で8ミリフィルムを廻し始めたとき、別出しでカセットテープに入れた音をあわせていた体験を皮切りに、映画の音をどのように工夫し、創ってきたのかの歴史を教えていただくことから始まりました。
塚本作品は、アフレコでの製作が多いのが特徴です。アフレコでの製作をするか、同録での製作をするか、その判断も映画製作では必要です。そういった話も交え、公開を5月に控えた『鉄男 tsukamotows02.JPGTHE BULLET MAN』の一部を教材にして、科白、環境音、効果音、音楽、などをどうやってミックスしていくかについて、実際に素材と、その作業の過程をみせて下さいました。
今回は、タイトルにあるように"自主でできる"=自分のPCで映画をどこまで創れるか、がテーマです。川原プロデューサーは、そのために入手したPro Tools LE(3万円程度)などの機能を具体的に紹介してくれます。
その後、受講者の質問に、おふたりに丁寧に答えていただきました。
印象的だったのは、デジタル機器が一般化してきた頃の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(米・1999年)をご覧になった体験です。画は家庭用の小型カメラで撮られた誰でも可能なクオリティでも、音は非常によく計算され構築された立派なものだということに感嘆し、「音がしっかりしていれば、劇場公開において非常に強力な武器になる」ことを痛感したというお話です。

tsukamotows03.JPG二日目、27日は、石井監督がゲストとして登場し、「デジタルは貧乏人の味方だ」というキャッチフレーズのもとに、自分で整音ができるソフトSound BoothやFinal Cut Proでの簡単なミキシング方法について紹介してくださり、塚本監督もメモに余念がありません。
また、アフレコ、同録、そしてその二つをあわせたような岩波映画出身の監督たちが多用したという(具体的には黒木和雄監督の『竜馬暗殺』など)「撮影したその直後、役者さんたちがまだそのテンションの中にいる間に、科白を録ってしまう」という方法についても検討されました。

tsukamotows04.JPGそして、ご自身の作品『シャッフル』(1981)の一部を題材に、アフレコのシーン、同録のシーンなど、具体的に、なぜその方法を選択したか、どう撮ったかについて説明下さいました。
ただ、二日間とも、何度も出たのは、「科白がきちんと聞こえることが最も重要」です。また「現場で環境音を沢山録っておくこと」も繰り返し語られました。

今回は、自分で音も徹底的に創ってみることを選択した場合、その作業は、緻密で膨大であろうことが実感できた二日間であり、また、音も、結局は「自分は何を創りたいのか」という根本的な課題の元にあるものであり、それだけ特化したものではないということを、再度確認させられる時間となったと思います。

こうして、23&24日のマスタークラスと、今回のワークショップと、4日間の濃密な時間を過ごしてみると、映画を一本つくりあげるまでの、精神的、経済的、肉体的なテンションの継続と、イメージ=自分の欲しいもののキープという、映画監督に求められるものの重さ、そして映画を創るということの困難さ、それと同時に、その創造的な深み、を、改めて確認する体験となりました。

『鉄男 THE BULLET MAN』
>>公式サイト

石井岳龍(聰亙)監督
>>公式サイト

2010/03/02 16:34:27

蔡明亮&李康生によるマスタークラスを行いました

「JAPAN国際コンテンツフェスティバルにおける国際人材育成事業及び国際人材交流事業」(主催:ぴあ株式会社・共催:NPO法人映像産業振興機構(VIPO))の一環として、ふたつのワークショップを企画したことは以前にもお伝えしましたが、まず、去る2月23日&24日の二日間で展開した「MASTER CLASS」をご報告します。

tuxaiws02.JPG講師は、台湾からお招きした蔡明亮(ツァイ・ミン・リャン)監督と、蔡監督作品の主演俳優であり、監督としても活躍する李康生(リー・カンション)さんの2名。映画製作状況の大変厳しい台湾で、自身の創作を自力で追及する蔡監督の知恵と体験を、同じく厳しい状況で悩みを抱える日本の若い映画を志す方々に分けていただければと、「実作者」に限り30名を招待しました。
会場は、東京国立近代美術館フィルムセンターの小ホール。蔡監督が自身で公開も手がけるきっかけとなった作品『ふたつの時、ふたりの時間』(2001)をはじめ、フランスとの合作である最新作『顔』製作に繋がった作品の上映もフィルムで行うという贅沢な時間となりました。

初日23日は蔡監督おひとりで、二日目の24日は、蔡監督と李氏おふたりで、受講者の質問に答えて行くという方法ですすみました。通訳として、台湾をはじめ中国語圏の監督たちに絶大な信頼を受ける小坂史子さんに来日いただきました。
まず、蔡さんの非常に丁寧な答えに感動。質問者の意を汲み、具体的な体験を交えながら、時に30分も答えが続きます。
初日の印象的な言葉をいくつか挙げます。

・「感動させる」ことを目的とした映画製作がつくり手を観客をおかしくさせている。自分はつくらなければと思うものをつくるだけだ。
・映画を目標にしてはならない。映画は"到達目標があり、そこに至るプロセスをひとつひとつ潰して行けば完成する"というものではなく、映画は人生であると受け入れることである。
・映画が映画館で上映されるのではなく、美術館に作品として収蔵されるということがこれからもっと始まってよい。私は今映画の新しい上映のされ方について挑戦している。

そして、一部では大変有名な話なのですが、蔡監督たちは、自分たちの映画を、自分たちでチケットを手売りして動員を図ります。その活動についても、詳しくお話くださいました。

tuxaiws01.jpg・『ふたつの時、ふたりの時間』は初めて自分たちで製作した作品だったので、公開も初めて手がけてみて、劇場のブッキングが難しいことに直面した。それで、映画館を一週間単位で安くない値段で借りることになった。次にチケットを売り出すと、最初の一週間で5枚しか売れないことに仰天した。それまでの作品も動員は振るわなかったが、今度は自分たちの死活問題なので、本腰で取り組もうと思った。まず、出演者も一緒にゲリラで人の集まるところでチケットの手売りをした。一緒に写真を撮ったりサインをしたりもどんどんやった。次に、映画や演劇、芸術系の学校に連絡して、講演や時には上映をさせてもらった。そこで、特別に許可を貰ってチケットを売った。1000人集まっても、30人でも、同じ労力をかけた。今は、大体、公開が決まってからの1~2ヶ月でこういった講演に70箇所は廻るのが習慣になっている。また、映画館のない街や、島に、映写機とプリントを持って巡回興行も行っている。そうやって、現在はまず、1万枚のチケットを売ることが出来るようになっている。
tuxaiws03.jpgしかし、何度かの体験でわかったのは、この1万人は、増え続けないということだ。最初の1万人が何千人か増え続け、2万人になるということは起きず、人は入れ替わってもずっと1万人のままであることが最近よくわかってきた。ただ、自分で自分の映画をみせる活動をして、色々な発見や出会いがあった。演劇学校で上映と講演をやったときに、そこの教師から「あなたの映画は全く演技というものを否定していると思っていたので、学生には絶対に観てはならないと話していたのだが、それが大きな間違いであるとわかった」と謝罪されたりした。自分の作品を観たことがなくても、勝手に想像している人が多いのを、変えていけているという実感がある。

さて、人口二千万人の台湾に比して日本はその六倍の人口一億二千万人。
その日本でも、一万人の動員は、非常に困難な昨今です。それを、単純に人口比で言えば日本での六万人くらいに当たる数を動かす蔡監督たちの活動は、確実に台湾の何か「創作」に対する理解を少しづつ変えていくのではないかと思います。

すいません。長くなってしまいましたので、二日目を駆け足で紹介します。
24日は、主演の李康生、(愛称シャオカン)を迎えたこともあり、演出に関する質問も多く、前日の経験から、答えも短めに進みました。
以下、すごくおおざっぱにまとめます。

・李康生が、最初の数作品は一生懸命脚本を読んで参加したが、近年では全く読まず、やってくれと言われることをその場でやっていること
・監督が、『楽日』での陳湘琪の役を、まわりがどんなに絶賛しても納得できず、それが何故か悩みながらラッシュをみたら、「かなしすぎる」からだと気付き、それ以降彼女もリラックスしてよい演技になったこと
・撮影に際しては、現場を何度も何度も訪ね、よく観察し続けること。『顔』の製作前には、3年間ルーブルに通い続けたこと。日常的に場所と人をとにかくよく観続けることが大切なこと
・多くの人に自分の作品を気に入ってもらおうと思わないこと。見知らぬ何万もの人を想定して映画をつくることは不可能であり、自分の周りの20人に理解してもらうためにつくることが、非常に大切であること。

などをお話くださいましたが、トータル通訳入れてですが5時間以上お話いただきましたので、とてもここに全部は紹介できません。出来れば第32回ぴあフィルムフェスティバルのカタログに採録したいと考えています。
終始笑顔で熱く語る「昔は嫌だったけど、最近はアーティストと言われるとちょっと嬉しい」蔡監督と、物静かで言葉数も少ないけれどしっかりした李さん。李さんの最新短編映画には、蔡監督が主演しており「時間はかかるけど悪くない演技をする」と李監督に評されていました。
もう家族と言っていい、キャストとスタッフで生み出される蔡明亮映画。新作がますます楽しみになる二日間でした。

tsaiws06.jpg*珈琲をこよなく愛する蔡監督は、李さんと女優の陸奔静さんと3人で、コーヒーショップ「TSAI LEE LU 蔡李陸」を開店しました。最後の写真は、お土産にいただいたショップオリジナルの珈琲と、監督オリジナルレシピのクッキーです。


2010/03/02 14:58:16

ベルリン国際映画祭で語られていたこと

第60回ベルリン国際映画祭終了から10日ほど経ちました。
寺島しのぶさんの主演女優賞受賞や山田洋次監督の特別功労賞、そして『パレード』の国際批評家連盟賞という大きなニュースとともに終了して、とても嬉しく思いました。
今年は、映画祭60歳のバースデイと銘打たれ、過去の話題作受賞作を上映するプログラムが展開され、同時に恒例の「レトロスペクティブ」部門や「オマージュ」部門もあり、新旧作品が大量に上映される映画祭となりました。
60回を機に、映画祭全体の有機的な連動を図ろうと、チケットシステムも改変し、これまではチケット入手の難しかったフォーラム部門が運営する会員制の映画館「ARSENAL1&2」の上映も入場が出来るようになったり、そこでマーケット上映がされるようになったり、"大きな映画祭"という印象が更に強まる今年のベルリンでした。

今回『川の底からこんにちは』が上映された「フォーラム」部門でも、島津保次郎の3作品や、『愛のコリーダ』はじめ歴史を彩る作品が上映されました。
gregor.jpgもともと、フォーラム部門は、40年以上前、自主上映活動を展開していたウールリッチ&エリカ・グレゴール夫妻(右写真)が中心となって、権威主義的なベルリン映画祭に対抗する、自由で革命的な映画のための上映場所として立ち上げたセクションで、「コンペティション」部門や「パノラマ」部門と、極端に言ってしまえば"敵対"するポジションに、長い間ありました。
しかし、グレゴール夫妻がフォーラムのディレクターを退いた10年前あたりは、映画祭の社会的ポジションも、映画そのもののポジションも変化を始め、運営する人々も様変わりして、現在のベルリン国際映画祭は、ベルリン市の収入を支える、世界で最も大きな映画祭として、運営されています。

グレゴールご夫妻は、誰も知らなかった日本のインディペンデント監督を世界に紹介した最初の数人のひとり(というかふたり)で、若松孝二、小川紳介、山本政志、園子温、橋口亮輔監督など、ここから世界に旅立ったと言えるかと思います。その膨大な知識と映画への情熱には、PFFの試写室にお越しになる度に驚かされていました。現在も東京フィルメックスには毎年お越しになっておられますが、お会いできる機会がなく、ベルリンで久しぶりにお話しました。
ainokorida02.jpgそこで大島渚監督の話が出て、かつて『愛のコリーダ』がベルリン映画祭史上初の警察介入の上映中止騒ぎになったことは聞いていましたが、実際、グレゴール氏に裁判で3ヶ月の拘留が決まりそうだという状況になり、「そんなに静かな時間が持てるなら、映画の本を一冊書けるわ」とご夫婦で励ましあったというお話をはじめて伺いました。
そういえば、いつもはフォーラムでの上映が多いPFFの作品が、珍しくパノラマで上映された時には、会場の外で救急車を待機させておかれて、驚いたことを思い出しました。
kichikudaienkai.jpgその作品は『鬼畜大宴会』ですが。
この体験を通して、ベルリンの各部門のカラーの違いを身をもって学んだのですが、それも今は昔です。当時のディレクターは、もういません。

さて、今年のベルリンで一番気になった言葉。映画関係者からも、一般の映画ファンからも漏れ聞いた言葉。それは、「昔の映画のほうが面白い」「昔の映画のほうが新しい」「昔の映画のほうが刺激的」です。
これは、映画に関わる人間にとって、ものすごく重い言葉です。
ずっとそのことを考えています。
ベルリンでは、先述した会員制の劇場「ARSENAL」(通常は、名作の上映や、監督の特集、そしてフォーラムで上映された作品のドイツ語字幕版を収蔵して定期的に上映する)の活動や、映画祭の「ジェネレーション」部門での、17歳までの子供たちの学校動員や、子供審査員システム、子供だけによる質疑応答タイム(その様子がすごくかわいい)など、映画を観ることを体験させる活動や、映画ファンを育て育むための環境の充実にも力を入れています。

tsaiws05.jpgこの写真は、映画祭事務局の近くにあるチケットブースでの行列ですが、夜になると、徹夜で翌朝の販売開始を待つ人がいます。外は吹雪なのに・・・・また、今回『川の底からこんにちは』は、地元の学生さんたちに、上映の記録をお願いしたのですが、彼らの入手できる「学生パス」は、60ユーロでいくらでも映画を観ることができますが、条件は、朝8時半に学生パス専用のチケットブースに来てチケットをとること。それでも朝から長蛇の列です。
泣けます。

こんなに映画に情熱を持つ観客のためにも、映画を提供する側は、「昔のほうが」と言われない作品を生み出したいと、改めて現在の映画について考えさせられた今年のベルリンです。

え~念の為ですが、『川の底からこんにちは』は、大変な人気でした。


プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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