未来を担う映画作家の育成プロジェクトとして、園子温、橋口亮輔、荻上直子、石井裕也らの商業長編監督デビュー作を製作してきた“PFF(ぴあフィルムフェスティバル)スカラシップ”が2013年、満を持して放つのは、武蔵野美術大学の卒業制作『世界グッドモーニング!!』(09)でポン・ジュノ監督やジャ・ジャンクー監督から「革命的でクリエイティブ。真に有望な映画監督」と激賞された廣原暁監督の最新作。
孤独な男子高校生の思いがけない旅を描いてPFFアワード2010審査員特別賞やバンクーバー国際映画祭新人賞グランプリに輝いた『世界グッドモーニング!!』、20代前半の男女の同棲生活と逃避行を描いた『返事はいらない』(11/東京藝術大学修了作品)に続いて、等身大の若者の成長を一寸のブレもなく精密に鮮やかに切り取った本作『HOMESICK』は、フランソワ・トリュフォー監督の“アントワーヌ・ドワネルもの”に通じる永遠の青春映画の系譜につらなりながらも、日本映画の新たな季節を予感させる。

長引く不況の中、堅実で身の丈に合った暮らしを望む“さとり世代”と呼ばれる現代の若者たち。物質的豊かさを求めて疲弊した大人を見て育った彼らは、多くを求めず、浪費もせず、遠くに出かけるよりも自宅のまわりで楽しみを見つける名人だ。本作の主人公もそんな若者のひとり。じきに再開発で取り壊される実家で出ていった家族を想いながら、そこに留まることしかできない主人公は、かつての自分のような子どもたちと真剣に遊ぶ中で、自らの進むべき道を見つめ直していく。不確かな明日に向かってひたむきに生きるその姿は、世代を超えて共感を呼ぶだろう。

今どきの若者を象徴する主人公を演じるのは、『花とアリス』の憧れの先輩役や『家族X』のフリーター息子役で注目を集めた若手実力派の郭智博(かく・ともひろ)。世間では大人と呼ばれる年齢ながらまだ自覚のない30歳をみずみずしく体現し、観る者を惹きつける。一方、好奇心とエネルギーの塊のようなちびっこ3人組を演じるのは、オーディションで100人以上の中から選ばれた少年たち。彼らの演技を超えた奔放な佇まいも必見だ。そして主人公たちの夏休みを遊び心たっぷりに彩る音楽を手がけたのは、イマジネーション豊かな作風で国際的に活躍するトクマルシューゴ。トクマルの長年のファンである廣原監督たっての願いで、豪華かつポップなコラボレーションが実現した。

郊外の古びた一軒家。地域の再開発によってもうすぐ取り壊されるその家で沢北健二(郭 智博)は育ち、30歳になった今も暮らしている。家族は皆出て行き、母は何年も行方知れず、父は辺鄙な土地でペンションを経営し、妹は世界各地を放浪中。一人残された健二は、これといった将来の展望がないまま、家と職場を往復する生活を送っている。
家の明け渡しが迫ったある日、勤め先の塗装会社の社長が夜逃げし、健二は仕事を失う。行くべき場所もやるべきこともなくなった健二は、不動産会社に家の鍵を渡した後も家に居続けることにする。
そんな中、沢北家を水風船で攻撃する者が現れる。犯人は以前からピンポンダッシュや塀の落書きなどのいたずらを繰り返していた近所の小学生三人組、ヤタロー(舩﨑 飛翼)、オッチ(本間 翔)、ころ助(金田 悠希)。
ヒマをもてあました健二はホースの水で応戦。それ以来、三人組は健二を水魔人と名付け、毎日のようにやって来ては家の中にまで上がり込むようになる。いつしか彼らと遊ぶことが健二の日課のようになり、家中の床を水浸しにしたり、庭で段ボールのトリケラトプスを作ったり、かつての職場から盗み出したペンキをトリケラトプスに塗ったりと、無邪気でにぎやかな夏の日々が過ぎていく。そして健二は母親のいないころ助に、いつか水族館に連れて行くと約束する。
ある午後、いつまでも家から出ていかない健二を、不動産会社に勤める昔の同級生・のぞみ(奥田 恵梨華)が訪ねてくる。「ここにいなきゃいけない理由なんてどこにもないはずでしょ?」というのぞみの問いに、健二は答えられない。疲れ果てた健二はその晩、一人で遊びに来たころ助を邪険に追い払ってしまう。