審査講評

2023年9月22日(金)の「PFFアワード2023」表彰式にて述べられた、各賞授与理由および、最終審査員による総評をご紹介します。[人名敬称略]

授与理由

グランプリ

【受賞作品】

リテイク
監督:中野晃太

【プレゼンター】

石井裕也 (映画監督)

映画との戯れ方というのがすごく面白かったです。時間とも青春とも戯れていて、それが不思議な魅力につながったのかなと思います。その面白さがずっと続いて、僕は「次どうなるのかな」と本当にドキドキしながらワクワクしながら最後まで観ることができました。虚実入り乱れる物語構造の面白さもさることながら、一番の僕のポイントは俳優の人たちの躍動、魅力だったと思います。これはたぶんプロが狙ってもできない配役のバランスで、そういう奇跡も自主映画の大きな魅力だと思って、この作品を推しました。

[副賞:賞金100万円]

準グランプリ

【受賞作品】

ふれる
監督:髙田恭輔

【プレゼンター】

國實瑞恵 (プロデューサー)

この作品を観た時、監督はある程度の年齢を重ねた人生経験のある方かなと思い、履歴を見たら21歳とあって驚きました。コロナ禍のなかで本作のような繊細な人間関係を、しかも台本もなく撮るのは大変だったのではと想像しますが、主演の鈴木唯ちゃんを発見したことが大勝利につながったと思います。母の食器をさりげなく置くシーンや、提灯行列の最後に母と会うシーン、泣きました。お姉さんが墓前で東京行きを告げるシーンも素晴らしかったです。最後に教室で一つ一つ陶器を叩いていくシーンも、とても好きです。何かを確認するような、クラスメイトとの別れを惜しむような、"ふれる"ことによって主人公が成長していく、心が戻っていくということがとても丁寧に描かれていると感じました。車の窓から手を出して、陶器を作る仕草をするところも、本当に素敵でした。これで彼女はお母さんのことを思いながらも心を回復して生きていくだろうなと思わせるシーンでした。準グランプリというよりも監督賞です。これからも人間の機微を大事に、私たちの琴線にふれるような作品をつくり続けてください。

[副賞:賞金20万円]

審査員特別賞

【受賞作品】

うらぼんえ
監督:寺西 涼

【プレゼンター】

岸田奈美 (作家)

今回、審査をするうえで審査員のなかからいくつか評価の軸みたいな言葉が出てきました。新しいことをやっているか、ドキドキするか、監督の「絶対に伝えたい」という思いが込められているか...。色んな軸があるなかで特に私の印象に残ったのが、「人間の感情がクライマックスに描かれている時に、その感情が記号的でないか」ということでした。それは私が作品をつくる時にずっと大事にしてきたことで、今までに誰も描いたことがない、誰も気づいていない人間の感情、そういうものを描けた時、その作品を観る前と観たあとでは、観た人は世界の見え方が変わったり、自分の行動が変わったりすると思います。『うらぼんえ』は全体の構成やストーリー、役者さんの演技もすごくお上手なんですけど、私はとても細かいところで誰も表現したことがない、けど確かにあるよねという感情を描けていると思いました。例えば、亡くなったお母さんやお父さんが目の前に現れた時、記号的な感情だとビックリして喜ぶと思います。だけど、『うらぼんえ』に出てくる息子さんは結構ビビっている。嬉しいでも悲しいでもなく、むちゃくちゃ驚いているのがすごくリアルで、亡くなった愛する人と再会したいとみんな願うけど、実際に目の前にしたら...というところをとても細かく描けていると感じました。その他にも、メインで喋っている人たちの後ろにいる人の動きや表情など、人間の動きを立体的に捉えていて、すごく生き生きしていると感じました。また、私はユーモアの力がすごく大事だと思っているのですが、ストーリーや演技を邪魔しない程度にテンポのよいユーモアを入れていて、切実な状況でも楽しめたのがよかったです。もう一つ、死後の世界に入っちゃったと思いきや亡くなっているのは実は自分だったという話は結構あると思いますが、どんでん返しのためだけにテーマを使っていないのもいいと思いました。「うらぼんえ」は仏教の言葉でお盆の正式名称で、お盆に亡くなった家族があの世で寂しい思いをしないために結婚相手を選んであげるというのは、この世の人からあの世の人への贈り物とされていたと思いますが、今回その見方がどんでん返しでぐるっと変わり、あの世の人がこの世に残した大切な人にこんな人と結ばれてほしいと願うという縁起を呼び起こしてくれました。私はここで自分が変わったと感じました。日々偶然に出会えたことや出会った人、何気なく通り過ぎていたけれど、実はまだ見ぬ大切な人や亡くなった家族が願ってくれた結果なのかもしれません。この作品を観たあとに、当たり前のことだけど、人を大事にしようと思いました。映画で仏教が扱われるとホラーであったり、どんでん返しの仕掛けのために使われることが多い印象があるのですが、本作では「うらぼんえ」というテーマが持っているものを監督さんが自分なりにストーリーに落とし込んで表現していて、新しい視点をくれたことに感謝の気持ちを覚えました。

[副賞:賞金10万円]

【受賞作品】

リバーシブル/リバーシブル
監督:石田忍道

【プレゼンター】

石川 慶 (映画監督)

今回、本当にたくさんの素晴らしい映画を観ているなかでもイチ押しの作品でした。何に一番惹かれたかというと、キャラクターや役者がとても魅力的に描かれていて、最初から最後まで彼らに寄り添って映画を観ることができたところだと思います。自主映画は、どうしても自己主張というか監督の主張が強くなって、そのために変なキャラクターが出てきたり、物語の都合でキャラクターが動いたりすることもありますが、『リバーシブル/リバーシブル』は本当にキャラクターに寄り添っていて、監督の誠実さを感じました。それは僕が映画をつくるなかで大事にしていることでもあります。また、精神を病んだ主人公というのは自主映画の一つのジャンルとしてある気がしますが、本作は外から、遠くからの目線ではなく、監督が自分事として"見えないもの"をすくい取ろうとしている、フィルムメーカーとしてキャラクターに寄り添ってつくっている感じがしました。だからこそエンディングについてはちょっと言いたいことがあるんですが(笑)。受賞、本当におめでとうございます。

[副賞:賞金10万円]

【受賞作品】

鳥籠
監督:立花 遼

【プレゼンター】

五月女ケイ子 (イラストレーター)

この映画を観始めた時、こういう人が公園にいたら目を合わさないように通り過ぎるだろうなというような人がラップでノリ始めて、「どうしよう」とまず思いました(笑)。でもキャラクターが本当に一人一人丹念に描かれているので、気づけば感情移入していて、愛おしく思い、観終わったあとには「また会いたい」という感情が沸き起こりました。技術的な面では粗さも見えましたが、私の好きな映画というのは、映像の美しさなど技術的なところを飛び越えて、何だか分からないけど心を奪われてしまうような映画で、『鳥籠』はまさにそういう作品でした。また、映画というのは監督の心が透けて見える、ちょっと恐ろしいものでもあると思うのですが、カタログのQ&Aを読むと、立花監督は地元の友達に伝えなきゃと思ってこの映画をつくったと書いてあって、その誠実さ、温かさ、伝えたいという思いが映画に魔法をかけ、私たちの心を動かしたのではないかと思いました。「伝えたい」という、ものをつくる時の初期衝動を強く感じた作品でもありました。同じQ&Aに、いつかお金持ちになりたい、「大金を持った上で人生はお金だけじゃないと言いたい」ともあって、参りました。その気持ちを忘れないで素敵な大人に、人の心を動かす大人になってほしいと思います。

[副賞:賞金10万円]

エンタテインメント賞(ホリプロ賞)

【受賞作品】

完璧な若い女性
監督:渡邉龍平

【プレゼンター】

堀 義貴 (ホリプログループ会長)

エンタテインメント賞はここ数年、グランプリは取らないだろうけど面白いなとか、着眼点がいいなと感じた作品を選ぼうとしています。私たちは事前にそれぞれの賞がどの作品になるのか知らされていないので、できる一つの作品に賞が被らないようにやっています。今回も、とても面白い、こういう作品を撮る若い人がいるんだなというところで選ばせていただきました。『完璧な若い女性』は音楽映画という体裁もそうですが、冒頭のシーンから昭和への憧れみたいなものが詰まっていて、昭和を象徴するような場所や小道具の一つ一つ、よくこんなロケ地を探してきたな、よくこんな物があったな、というようなものが全編に散らばっていました。と同時に、監督はperfect young ladyというアーティストが本当に大好きなんだな、と愛情を感じた作品でもありました。なんでそんなに昭和が好きなのかな、と気になり、エンタテインメント賞に選ばせていただきました。

[副賞:Amazon商品券]

映画ファン賞(ぴあニスト賞)

【受賞作品】

じゃ、また。
監督:石川泰地

【プレゼンター】

岡 政人 (ぴあ株式会社 DMS事業推進室 室長)

映画ファン賞は、ぴあ株式会社が運営しているエンタテインメント情報アプリ「ぴあ」の一般公募で選ばれた審査員によって選出されました。アプリではユーザーをぴあニストと呼んでいて、ぴあニスト審査員3名の方には会期中、すべての作品を会場で観てもらい、すべての作品について審査会議で語り合いました。3名の方のコメントを紹介します。
「ホラー的な恐怖とコメディ的な面白さのバランスが絶妙な作品。登場人物2人のセリフのチョイスやテンポ、テンションや間が素晴らしくて、先の展開を期待させらせました。違和感とワクワク感が混ざったような演出で、作品のなかに引き込まれるものがありました。ぜひスカラシップを獲得していただき、部屋を出たらどんな映画をつくってくれるんだろうと期待しています」。
実は3名が最初から推していて、最後の最後まで議論になった作品に『うらぼんえ』と『鳥籠』があります。受賞作も含め3作品共通して、「次回作を撮っている姿を想像すると、期待したい方々ばかり」とのコメントもいただいています。その他、『ふれる』、『不在の出来事』、『リテイク』、『サッドカラー』についてもかなりの時間を割いて語り合いました。 映画とは、観て、そのあとに語り合うのも含めて映画だなと改めて感じた審査会議でした。

[副賞:映画館ギフトカード]

観客賞

【受賞作品】

移動する記憶装置展
監督:たかはしそうた

【プレゼンター】

入江良郎 (国立映画アーカイブ 学芸課長)

アーティスト・イン・レジデンスを題材に、過疎化・高齢化が進む団地を描いた作品。僕自身の地元も全く同じですが、首都圏近郊のベッドタウンのような所には、そういう町がたくさんあって、多くの人にとって身近なテーマだと思います。しかし、そこにやってくる芸術家と地元の人たちの微妙な距離感や、芸術活動を通して町の過去と現在、未来が浮かび上がってくる部分に独自性を感じました。非常に独特な時間が流れていると思いました。

[副賞:国立映画アーカイブ優待券]

最終審査員による総評

石井裕也
映画監督

昨年、映画監督の中島貞夫さんが亡くなりました。僕の学生時代の先生でした。卒業制作として長編映画をつくろうとしていた僕たち学生を前にして、中島先生がおっしゃっていたことを今でも覚えています。伝わるか分かりませんが、大事な話だと思うので、今日お話しします。中島先生はこうおっしゃいました。「卒業制作とは、世界に対する最初の所信表明です」と。卒業制作を自主映画という言葉に置き換えてもいいですし、最初じゃなくてもいいですが、自主映画は世界に対する所信表明です。中島先生からこの言葉を聞いた時に、ハタチの僕は本当に武者震いしました。何の後ろ盾もなく、人生経験も乏しい、そんな丸腰の自分という人間が個として世界に向かって全力で叫ぶというのは、途方もなく無謀で危険な行為ですが、一方でものすごく重い意味を持つんだと当時の僕は直感的に理解しました。今回の映画祭には557作品の応募があったと聞きました。もしかしたらそのなかには意味のよく分からない珍品もあったのではないかと想像しています。でも、それでいいんです。感動の大量生産工場でつくられたような映画しか存在しない社会はかなりマズいです。ほとんどの人が理解できない自主映画があってもいいし、作家の切実な問題意識や表現欲求があるならば、たとえ誰にも理解されないとしてもその映画が存在すべきだと僕は思います。監督や表現者の皆さんには、自分が面白いと思う感性を信じてほしいです。そうやって世界に向かって叫び続けていれば、いつか必ず誰かと繋がります。感動の大量生産工場でつくられたような映画に疑いを持ち、自主映画にも興味を持つ人がこの社会で増えることを願っています。どちらが優れているとか劣っているとか、そういう話ではないんです。どちらも必要だと思います。ただ、小さな個の叫び、これは絶対に必要で、断言できますけど、これからの時代さらに重要になってくると思っています。45年もの間、一貫して自主映画の魅力を発信してきたぴあフィルムフェスティバルは、だからこそとても価値があるものだと僕は思います。最後になります。今回の22本の入選作品は本当にどれも素晴らしいものでした。映画祭に関わったすべての皆さん、ご苦労さまでした。

國實瑞恵
プロデューサー

この場で不謹慎なことを申し上げると、わたくしは本来この審査員にふさわしくない人間なんです。と言うのは、わたくし、四畳半とか100メートル圏内の映画ってあまり好きじゃないんです。それでぴあの審査員か、困ったなと思ったんですが、今回引き受けさせていただき、石井監督や石川監督と賞の会議をしました時に、本当に勉強になりました。色んな事を教わりました。それで改めて四畳半の映画を観たところ、『不在の出来事』、本当に素晴らしい作品でした。でも、わたくしはやはり、もう少し世界を広く見て、もう少し社会問題とかを考えてつくってほしいなといつも思っています。そういう意味で『ハーフタイム』は大好きな作品でした。今我々が直面しなければいけない、海外の労働者の方たちの問題をよく描けていたと思います。阿部力さんの演技力もすごくよかった。欲を言えば、もう少し長尺にしていただきたかったなと思いました。本当に今回、審査員をやらせていただいて、自分が間違っていたと思いますし、色々勉強させていただいて、もう一度全作品を見直し始めております。それから最後に、私は今村昌平監督と多くの作品をつくってまいりましたが、映画を制作する時にいつも自分に問い直す監督の言葉があります。日本映画学校という学校をつくった時の言葉なんですが、紹介します。「人間の尊厳、公平、自由と個性を尊重する。個々の人間に相対し、人間とはかくも汚濁にまみれているものか、人間とはかくもピュアなるものか、何とうさんくさいものか、何と助平なものか、何と優しいものか、何と弱々しいものか、人間とは何と滑稽なものなのかを、真剣に問い、総じて人間とは何と面白いものかを知ってほしい。そしてこれを問う己は一体何なのかと反問してほしい」。若い皆さん、これからも頑張って映画を撮り続けてください。

岸田奈美
作家

今回審査員をさせていただくまで映画に自主映画というジャンルがあるのを知らなくて、自分は今まで気づかずに自主映画を観ていたんだと思います。なので、私は自主映画についてノウハウや知見があるわけじゃなく、自分ならどうつくるか、どうやって表現するか、とそういう目線で観させていただきました。審査をさせてもらってよかったなと思うのが、映画を一緒につくりたいという思いがものすごく湧いてきたことです。これまで映画監督さんに対しては、次の作品が楽しみだなという風にどこか距離を置いた感じがあったんですけど、今回の審査を経て「この監督さんの目を借りて自分の作品を表現してもらいたい」とか、その監督さんの人生を見せてもらい、「あなたなら今これをどう撮りますか?」と聞いてみたいとか、そんな風に「つくりたい」という思いを刺激されたのは本当に初めてでした。そして、私みたいに自主映画に慣れていない人間でも、全作品どれも最後まで観ることができました。作品をつくり切ったこと、それだけでもうすごいことだし、さらに最後まで人が退屈せずに観られる水準までたどり着いているということも素晴らしいと改めて思いました。
そんななかで、私が好きだった作品を4つ挙げたいと思います。一つが石川真衣監督の『肉にまつわる日常の話』。SNSの台頭で今、物語よりもエッセイが求められるシーンが少しずつ増えてきていると思います。物語の素晴らしさは変わらずありつつも、強烈な実話に人が心を動かされるという場面を何度も目撃してきました。でも、人の目を引こうとすると、実話をどんどん極端にしないといけない、攻撃的な極論を言わないといけない、そんな時代にもなってきたなと思っているなかで、この作品のように気持ちのいい映像のつなぎ方と、おそらく石川監督ご自身による声----この声の高さとスピード感は才能だと思いますが、この作品はいったん観始めると、「どんな話なんだろう?」とぐいぐい引き込まれました。自分の思いを伝えるための"観るエッセイ"のような魅力を感じて、とても新しいことをされているとエッセイを書く人間として希望を感じました。私は2016年にPFFの審査員をされた、編集者の佐渡島庸平さんにSNSで見つけてもらって作家になった経緯があるんですが、当時「こんな風に軽く自分の話をSNSで発表していても続かない、文壇には行けないですよ」と言ったら、佐渡島さんに「違う」と返されたんです。「SNSであったりアニメであったり、そういうポップで気軽な入口から入ってどんどん深いところまで連れて行かれる、そういう作品が素晴らしいんだ」と。そう言われて、ものすごく勇気をもらったことを思い出しました。『肉にまつわる日常の話』をスクリーンで観られるのは映画としてすごくいいことなんですけど、私個人の勝手な願望から言うと、もっとみんなが気軽に観られる場所、SNSやインターネットでも公開してほしいな、そういう場を舞台に作品をつくり続けてほしいなと思いました。そうすれば、たぶん誰もやったことがないところに行けるんじゃないかなと思っています。次に、山口真凛監督の『逃避』。実は私は、最後に主人公が自殺しちゃうんじゃないかとハラハラしていました。ところが、そうじゃなくて、彼は淡々と家事をする。追い詰められて何も手に付かなくなり、パニックで色んなことをやってしまうというのは想像がつくんですが、追い詰められた状況で家事をする、手放したくない日常に戻ろうとする、そういうことがあるんだと、ハッとさせられました。誰も描いたことのない感情を描ける、それに気づけるのが映画をつくる/観る幸せの一つだと思いますが、よくぞこのシーンを書かれたなと思いました。印象に残っているあと2つは『ハーフタイム』と『リバーシブル/リバーシブル』です。監督さんが近くで精神障害のある方や外国から働きに来ている方を見ているからこそ描けるリアルな痛みや生々しい感情に、これを世の中に伝えたいんだという意志を強く感じました。すごく胸を打つものがあったと思います。ただ、そこがリアルだからこそもう一歩踏み込んで、監督の視点というか、"新しい偏見"を入れてほしかった。社会問題を描く時に、孤独だとか暴力だとか、そういうことで終わらない、世の中の誰もまだ見出だしていない、ここまで描き切った監督だからこそ伝えられるような、「僕はこの問題をこう見る」とか「こういう世の中であってほしい」とか、それは救いなのか絶望なのか分からないですけど、そういう視点を最後に入れてくださったら、もっと推せる作品になったと思いました。私からは以上です。皆さんありがとうございました。

石川 慶
映画監督

僕は1977年生まれなので、ぴあフィルムフェスティバルとほぼ同い年です。ぴあと一緒に映画を観てきたようなところがあって、僕は"ぴあ的な監督"と"ぴあ的でない監督"というのが何となくいるような気がしているんですが、自分は最も遠いところにいると思っていたなか、今回審査員として呼んでいただいき、とても嬉しく思います。僕も大学の時に自主映画を何本か撮りましたが、当時は長編デビューするにはぴあでスカラシップを取るのが唯一の道だったことをよく覚えています。映研のみんなもそこを目指してつくっていました。でも、僕は作品をつくっても、ぴあに応募しませんでした。人に観られて色々言われるのが怖かったんです。作品を送れなかったことが自分のなかでずっとコンプレックスになっていて、だから自虐的に「自分はぴあ的でない」と言っていた面もあるんですけど、今回入選した皆さんの作品を観て、うらやましいなと尊敬しました。映画って、反応がなぜかものすごくラジカルと言うか、観た人から心無い批判をされることもあると思うんですが、それはそれだけ作品に入り込んでくれた証拠だと思いますし、映画は鉄を鍛えるように、人に観てもらってこそ強くなっていくものだと思っているので、皆さんにはこれからもどんどん作品をつくって、どんどん人に観せていってほしいなと思います。
受賞しなかったものを中心に、自分の感想を順不同で一言ずつ。『ハーフタイム』、すごくよかったです。ショット構築も見事でしたし、短いなかにも映画的なものが詰まっていて、好きな作品でした。『USE BY YOUTH』は「これぞぴあ的な作品だ、いいぞいいぞ」と思いながら観ていました。役者のみずみずしさもよかったし、主演の2人、すごく好きでした。『逃避』はシンプルなプロットですが、しっかり設計されていて、この物語を最後まで描き切るというのは、すごい力を持っていると感じました。『ちょっと吐くね』は自分から最も遠いところにある映画だと思いながらも、何か新しい価値観でつくられている気がしました。可愛いおじさんのラブストーリーみたいな『ホモ・アミークス』、おっさんがおっさんの指をしゃぶるというのがこんなに官能的に見えるのかと驚きながら、新しい分野の映画だと感じ、非常に面白く観ました。アニメーションはちょっと疎いんですが、『Sewing Love』にはのっぴきならない愛というものをアニメで描くという点にすごく惹かれました。『Flip-Up Tonic』は、何か大きなものを語っていると思いつつ、自分が完全に理解できたかというとちょっと自信がありません。『不在の出来事』、本当に面白く観ました。1人だけで撮影するアイデアもいいし、自分が不在の時に世界はどういう風に息づいているかというテーマには僕も興味があって、どこかでやりたいと思っていたものだったので面白く観ました。『また来週』に関しては、朝ドラという着眼点がとにかく面白い。この監督が次にどういう作品をつくるのかなと気になっています。『こころざしと東京の街』、すごく好きな作品でした。シンプルながらすごく映画的なことをやっていて、一本道の場面は本当に好きなカットでした。「ここで曲がるんかい!」と思いながら観ていましたけど(笑)。とにかく一つ一つの画が非常に強かったと思います。『肉にまつわる日常の話』、すごく面白く観ました。ただ、もういくつか連作で観たいなという風にも感じました。『ただいまはいまだ』は、最初どうやって観たらいいんだろうと戸惑いましたが、ボクシングのショットになって急に動き出す、躍動感に惹かれました。『ParkingArea』は審査員のなかでも評価が高く、表現として新しいアニメーションというだけじゃなく、ファーストカットから惹きつける何かがあり、この手法でもう少し長い尺になるとどういうものができるんだろう? と好奇心を刺激されました。『サッドカラー』は物語をきっちりと描き切るという、シンプルだけど難しいことをやっている気がして、この監督の作品とまたどこかで出会えるといいなと思いました。審査員みんなで一つ一つの作品を本当にじっくりと観させてもらいました。

五月女ケイ子
イラストレーター

私は大学で映画研究部に入っていまして、5分ぐらいの映画を1本だけ撮りました。当時は頑張ってお金をかけて8ミリ映画を撮るのが流行っていたのですが、8ミリを現像するには1回3万円ぐらいかかり、フィルムは1本で3分ぐらいしか撮れません。だから、長編を撮る場合はみんな怪しい新薬のアルバイトをしたりして、「入院してくる」とバイトに出かけ、命を削って映画を撮るみたいな生活でした。そうまでして映画を撮る人たちが集まっていた映研は、色んなジャンルの映画オタクたちの巣窟で、私はあらゆる文化をそこで学んだと言えるほど素敵な日々を過ごしました。
当時を振り返って思うのは、映画を撮るか撮らないかというのはすごく重要な第一歩で、作品を撮り、その作品がこの映画祭に選ばれた入選監督の皆さんは、まず作品を撮ったという時点で本当にすごいと思います。自主映画を久しぶりに観ましたが、新しい部分もあれば変わらない部分も結構あって、例えば『じゃ、また。』の四畳半の暮らしは自分が見ていた10年ぐらい前と全く同じ光景が広がっていて、観ていて懐かしい気持ちになったりもしました。どの作品も皆さんの想いがすごく伝わってきて、22本の作品はどれも光る部分がありました。それも色んなジャンルの光で、一つの土俵の上で優劣を決めるのは本当に難しく、審査を放棄したくなるぐらい悩みました。
イラストレーターという職業柄、画面を観て印象に残ったものを挙げると、『Sewing Love』『肉にまつわる日常の話』『ParkingArea』のアニメーション3作品はそれぞれの世界観がとてもよかったと思います。実写では、『サッドカラー』のヨーロッパ映画のような画面の中の全てが物いう感じが素敵でした。『ハーフタイム』は画面から飛び出してくるような衝撃を受けて素晴らしかったです。『ホモ・アミークス』の、すっごいおじさんなのに可愛く感じさせてしまう監督の手腕は圧巻でした。『USE BY YOUTH』の漫画っぽい二次元的な画づくりはとても面白く感じました。『移動する記憶装置展』は、同じ言葉なのにイタコのように言う人が変わると画面に変化が生まれるところに心を奪われました。『ただいまはいまだ』の、ボクシングをしているだけのシーンにも関わらず何かが変わっていくという時間の変化が心地よかったです。
私はイラストを描く時、実は映画をつくるように描いていて、どんな表情にしよう、どんな動きにしよう、背景にはどんな人を配置しよう、どうやったらインパクトが出るんだろう、どうやったら人に伝わるだろう、とよく考えています。自分の伝えたいことと人に伝わることが一致する場所をいつも模索して絵を描いている気がします。自主映画というのはお金や時間、ロケ地、演者と色んな制限があるなかでつくるので、どうしても妥協しなきゃいけない面が出てきたり、本当にやりたいことから離れていくこともあると思います。でも、想像したり感じたり考えたりするのはとても楽しいことです。ものづくりをする上で大事なことは根拠のない自信だと思っていますが、ここに選ばれたということ、根拠のある自信を糧にしてたくさん想像して感じて考えて、自分にしかつくれない映画をこれからもつくってほしいなと思います。