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塚本晋也監督×橋口亮輔監督「つくりたい映画を追求する力、それが自主映画」

朝日新聞紙面に掲載された第37回PFF特別企画、塚本晋也監督×橋口亮輔監督×PFFディレクター荒木啓子による鼎談「つくりたい映画を追求する力、それが自主映画」。今回のPICK UPでは、スペースの都合上、紙面では掲載できなかったエピソードも含め、完全版でご紹介します。PFFアワード1988で『電柱小僧の冒険』がグランプリを獲得した塚本晋也監督と、『ヒュルル…1985』が入選し『夕辺の秘密』がグランプリを受賞した橋口亮輔監督が、今だから語る「映画づくり」とは?

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どうしても、今伝えておきたい

『ハッシュ!』

『ぐるりのこと。』

塚本監督:橋口さんのこれまでの作品はすべて素晴らしいですが、今回は7年ぶりの長編ですよね。映画ってじっくりつくると5年ぐらいかかってしまうものです。自分も寡作ですが、生活の方は? とよけいなことですか参考にさせてもらいたいと思いました(笑)。

橋口監督:いえ、「何年かに1本、自分の好きなものだけ撮っていて、いいよね」と思われているところがあるのですが、そんなことはない。僕は、撮るたびに不幸になるんですよ。『ハッシュ!』を撮ったときは40歳でしたから、未来に燃えていました。この先どんな映画を撮っていくか、自分で楽しみにしていました。でも、鬱になったんです。引きこもっていた期間に思ったことが『ぐるりのこと。』に反映されています。『ぐるりのこと。』も高く評価していただいて、本当はすぐに次を撮りたかったのです。でも、完成後に、金銭も含めた大きなトラブルに巻き込まれてしまい、ダメージを受けました。そのときの自分の気持ちを、『恋人たち』の主人公のひとり、アツシに盛り込んだんです。アツシは奥さんを殺した犯人を「俺、ほんとに殺したいっすよ」と言いますが、あれは僕の気持ちです。

塚本監督:そんな大変なことがあったとは…。

荒木D:塚本監督が『野火』を今どうしてもつくらねばと思ったのはなぜでしょうか。

塚本監督:もともと僕は社会問題に対して無頓着でした。でも、十数年前からきな臭さを感じ、東日本大震災が起きたときに仰天したんです。小学生みたいな言い方になってしまいますが、それまでは、世の中の大人たちは未来のことをきっちり見据えて計画を立てているものと思っていたんです。でも使用済み核燃料の処分方法すら見つかっていないことはもちろん様々な問題が露呈しました。そして、僕が『野火』の映画化に動き始めた20年ほど前は、戦争は絶対悪というのは自明の理でしたが、だんだんと戦争もあり得る風潮が数年前から感じられてきました。10年ほど前、戦争体験者の方々にインタビューをして、その悲惨な体験のことも頭にずっとあったんです。早くつくらないと、そのうちこんな映画はつくれなくなるという不安と、そんな世の中にしないようにしなければという切羽詰まった気持ちが高まったんです。

自主映画の意義

橋口監督:今、自主規制が強いですよね。誰からもクレームが来ない話をつくろうという流れがある。このままだと日本映画はダメになる危機感があります。そのなかで『野火』をつくられた塚本さんは希望の星だと思います。晩年の若松孝二監督(*注8)も、「今伝えなくては」と、旺盛に撮られていました。

塚本監督:若松監督といえば、僕は『野火』を持って、全国の劇場を40か所ぐらい回っていますが、若松監督のお話を各地で聞きます。若松監督は自分で劇場に電話して細かい指示までしていたそうです。すごいですよね。若松さんは自分の作品は自分で権利を持つことが重要と思っていたそうですが、僕も自分の作品の権利は大概の場合必ず持つようにしています。

荒木D:権利を持つ、ということは大きな課題ですね。PFFでは、自主映画のコンペティション「PFFアワード」に加え、つくることの刺激になることを願う「招待作品部門」を設けています。今回はサミュエル・フラーの特集があるのですが、彼は50年代のスタジオ全盛時代に大プロデューサーのもとで、自分で作品の権利を持つことに自覚的で、自由に自分自身の映画をつくった監督です。

橋口監督:今回の『恋人たち』は、ワークショップで出会ったアマチュアに近い俳優たちを起用して長編を撮ってくれという企画から出発しました。それまでの長編作品はすべて百パーセント僕の企画でしたが、今回はそこが違います。最初はワークショップで生まれたエチュードを繋げていく手法を考えましたが、それだと長編としてはもたない。そこで、今の日本を覆う「ねじれた感じ」を出そうと思い、自分に引き寄せて、僕の魔の7年間の一部を入れて脚本を書きました。つまり、百パーセント自分が撮りたくて出発した映画ではない。むしろ、俳優たちに過度な負担を与えないよう、あまり自分の思いをこめすぎずに、軽く軽くしようと思いながら作りました。

塚本監督:でも、結果的には百パーセント橋口さんがむき出しになった自由な映画に感じました。

橋口監督:そうですか。でも、好きにやらせてもらいながらも、やはりある程度の制約はあったわけです。だから、自主映画しかないと思うんですよ、本当に自分の伝えたい映画をつくるには。

塚本監督:いやあ、福岡の劇場に行ったとき、そこの支配人の方が「橋口監督の『恋人たち』は、もうほんとにすごい映画ですよ。こんなすごいもの撮って、このあと橋口監督、どうするのかな」と言っていましたよ。

自作に出演すること

橋口監督:『野火』で主演なさったのは、自分でなくてはダメだと思ったからですか?

塚本監督:いえ。これまで僕が自分の作品に自分で出てきたのは、出たくて出てきたんです。絶対に自分でなきゃダメだっていう気持ちで。でも今回は、もともとは大きな作品にするつもりで、多くの人に観てもらいたかったので、誰もが知っている有名な俳優さんに主演してもらうことしか考えていませんでした。でも、俳優を連れてフィリピンに行く予算的余裕がまったくなかったんです。自分が主演することになったのは本当に残念なことで、自分が出るぐらいなら手描きのアニメにしようかと思って実際に準備したこともありました。でもそれだと10年ぐらいかかりますから。途中で救いの神が現れたり、今までのスタッフが腕まくりして来てくれたり、リリーさん、中村(達也)さんたちにも出ていただけましたが、でも、結果的には、自分が演じた田村一等兵役はほかの俳優さんにお願いするのは無理でした。拘束日数が半端でないし、森林のなかを何度も走ったりハエがぶんぶんたかったり、そういう過酷なシーンを撮っているときは、ほんとうに自分でよかった、と思いました。

荒木D:橋口監督は、自分で演じること、最近はないですね。

橋口監督:出ようかなって思うときもありますけど、『野火』を観て、やっぱり無理だと思いました。塚本さんほどのエネルギーは、今の僕にはないです。

荒木D:でも、演出していて、自分がやったほうがいいと思うときはないですか?

橋口監督:役柄によります。自分自身の役であれば、出ますね。

『二十才の微熱』

塚本監督:あ、わかった! 僕は、橋口監督は俳優さんの演出にものすごいエネルギーを注ぐイメージを持っていますが、『二十才の微熱』(92年)で橋口さんが演じた男の印象が強いからなんだと、今、気づきました。若者にねちっこく説教してイジメ倒す男の役でしたよね? きっとあんな風に俳優を演出するんだろうとずっと思っていました。

橋口監督:違います。そのイメージがあるとよく言われますけど、俳優をいじめるなんて、やったことないです。

塚本監督:いじめるは言い過ぎですが、極限的に追い込む。追い込みまくる。

橋口監督:1度、僕の映画に出てくださいよ。

*注8:若松孝二 (わかまつ・こうじ)
1936年生まれ。宮城県出身。『甘い罠』(63年)で映画監督デビュー。2012年10月、自動車事故により急逝。『千年の愉楽』(12年)が遺作になった。
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