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山下敦弘監督に聞く「自分の得意分野をどう見つけるか?」

昨年、2014年9月21日(日)東京国立近代美術館フィルムセンター・大ホールにて、第36回PFFの特別企画「映画監督への道」として、『味園ユニバース』、『もらとりあむタマ子』など人気作を発表し続ける俊英・山下敦弘監督に登壇いただきました。
山下監督が魅かれてやまない市川準作品のひとつである『BU・SU』の上映と、「自分の得意分野をどう見つけるか?」をテーマにトークイベントをおこないました。

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ゲスト:山下敦弘監督(以下、山下監督) / 進行:荒木啓子PFFディレクター(以下、荒木D)

『もらとりあむタマ子』
© 2013『もらとりあむタマ子』製作委員会

山下監督:2013年『もらとりあむタマ子』という映画をつくりまして、改めて僕らの世代というのは凄く市川準監督の影響を受けてるんだなぁと感じました。今回その中で、市川監督のデビュー作『BU・SU』を上映作品に選びました。市川監督作品の中で、僕が一番みているのはたぶん『トキワ荘の青春』だと思うんですけど、その次くらいに何度もみ返してる作品です。

荒木D:『トキワ荘の青春』はこちらより何度もみていると?

山下監督:はい。ちょうど、大学時代に公開されて。当時は何度もみていました。

荒木D:大学入学以前から市川準監督の作品は追いかけていたのですか?

山下監督:一番追いかけていたのはやっぱり大学時代ですね。『東京夜曲』とか『東京マリーゴールド』とか『たどんとちくわ』とか。

荒木D:なるほど。脚本の向井さんもよく市川監督の話を?

山下監督:自分たちの作品に取り入れようとか、そういう話は向井とはしていませんでしたが、直接的にすごく影響を受けていたんだなって後から気が付きました。意識はしていなかったんですけれど、『BU・SU』に凄く影響を受けてますね(笑)。そうだ、学園祭で最後終わるんです。『リンダ リンダ リンダ』で『BU・SU』をやりたかったんですよ。『リンダ リンダ リンダ』の最後で、学園祭の終わりにギリギリ間に合ってステージでブルーハーツを演奏するのですが、最初に思いついたのは、演奏できないラストだったんです。彼女たちが遅刻をして、学校に着いたらもう学園祭が終わっていて、キャンプファイヤーの準備をしている。キャンプファイヤーも『BU・SU』と一緒だな(笑)。それで、自分たちで勝手に盛り上がって、ゲリラライブみたいに演奏する。他の子たちがキャンプファイヤーで盛り上がっているところに遠くから微かにブルーハーツが聞こえてきて「どこで演奏してるんだろう?」っていうラストをまず思いついて。それをプロデューサーに提案したら「やめてくれ」と(笑)。最後はちゃんとみんなの前で演奏するラストにしてくれ、と。まあ、自信がなかったんでしょうね。女子高生たちがコピーバンドをして、たかだか3、4日間練習して、それをみんなの前で披露する場面を、映画のクライマックスに持っていく自信がなくて。だけどチャレンジしてやってみて、それはそれで凄く良かったなと思うんですけど。当時は明確には意識していませんでしたが、やりたかったことは『BU・SU』の作品の中で最後に「八百屋お七」が失敗するっていうのからきています。『リンダ リンダ リンダ』はプロデューサーがいて、企画がもともとあり、自分はそういう作品を作れるタイプではないと思いながらも挑戦しました。

荒木D:では、最初『リンダ リンダ リンダ』の企画を頂いたときにはどう思いましたか。

山下監督:途方に暮れましたね。どうしようかとすごく悩んで…。僕が映画をつくり始めた初期の『どんてん生活』とかの頃は、自分を主人公にした「サエない男」を撮っていました。当時は、そんな自分の半径5メートルくらいの世界を描いていたわけですけど、『リンダ リンダ リンダ』以降、女の子を主人公にした映画をつくるようなりました。『もらとりあむタマ子』はもともと映画用の企画ではなくて、短編のTVシリーズから始まったのですが、前田敦子さんがだらしない女の子というか、今で言うニートみたいなキャラクター設定なんです。『BU・SU』と共通するのは「不機嫌な女の子」が出てくるところなんです。学園生活を謳歌している女の子よりも不機嫌な顔をしている子。『BU・SU』を見ていて影響された部分ですね、最初から最後まで。

荒木D:『リンダ リンダ リンダ』では途方に暮れたとおっしゃっていましたが、取り組むうちに女性を演出することは面白いと意識は変わっていきましたか?

山下監督:そうですね。『リンダ リンダ リンダ』の時が28歳で、大学を出て世間一般だと社会人なんですが、まだ学生気分が抜けていないというか。10歳下の子たちもそんなに離れていないという感覚で、自分の延長の世界を描いている気持ちでした。けど『もらとりあむタマ子』はある種の距離感があって、意識的に「少女」を撮るという感覚がありました。

荒木D:「演出」ということを意識的にみることができるようになった。

山下監督:まあ、おじさんになったんですけど。「少女」を生き物としてとらえていましたね。

荒木D:現場では自分は何をしなくてはと考えていますか?

山下監督:昔は、僕は自主映画から出てきた監督だからか、全部自分ができなきゃいけない、と思っていました。自主制作って脚本も自分で作る監督が多かったりしますけど。でも、思えば僕は演出しかしてこなかったんです。各役者を見るっていうのが現場の役割だなって思います。

荒木D:自分は演出家だと思ったきっかけはありますか。

山下監督:最初のころの『リアリズムの宿』と『ばかのハコ船』はさっき言った等身大の自分タイプの映画なのですが、それを撮っていた時が一番指示出しが細かかったし、演出家の役割を明確にイメージできていましたね。役者にも自分が演じて見せていました。「このタイミングでこう振り返ってください」みたいな。ただそれに飽きちゃったんですよね。全部自分だし、出来上がってしまっているので。その時に企画があったのが『リンダ リンダ リンダ』です。不安だったんですが、完成した時、あんなに自分が楽しめた映画は初めてでした。女の子もいるし。

荒木D:演じてみせようにも、あまりにも違う存在だったからできなかったということでしょうか。

山下監督:そうですね。

荒木D:演出をしなくてはいけないというイメージはどうやってできたのでしょうか。

山下監督:大阪芸術大学に入って、初めて映画を撮って、その時に監督の役割ってこんな感じかなと手さぐりで。自分はもともと役者志向で出たがりなんですよね。本当は人の力を引き出すっていうやり方があったんですけど、その時は言葉が足りなかったので自分でやってしまいました。

荒木D:OKとNG、何が面白くて何がだめかの判断基準はどう設定していますか。

山下監督:最終的には時間だろうと思います。ある程度の締切があるから、限りある時間の中で最良を選ぼうとする。僕は基本的にリテイクはあまりしないです。明確なコマ割や構図のイメージがあればそうするかもしれないですが、突き詰めて決めちゃうとアニメーションになっちゃうので。時間の中で、できたものをつなげていくっていうのが実写映画だなと。

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