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  3. No.36:『くじらのまち』in 第15回ドゥーヴィル・アジア映画祭

海外映画祭レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

PFFアワード2012 グランプリ&ジェムストーン賞受賞『くじらのまち』in第15回ドゥーヴィル・アジア映画祭 (開催:2013年3月6日~10日)

他の参加監督達との記念撮影。中央が鶴岡監督。

はじめての海外ひとり映画旅

文:『くじらのまち』監督 鶴岡慧子

2月15日にベルリン映画祭から帰国した直後、「3月の頭からフランスのドゥーヴィル・アジア映画祭へ行きませんか」という連絡を頂き、「行かせてください」と即答しました。しかし、まず思ったのが、「ドゥーヴィルって…どこだろう?」でした。調べてみると、パリから少し離れた、ノルマンディーの海岸沿いにあるリゾート地だそう。なんだか素敵な街みたい、わくわく、と、例のごとく呑気に構えて特に下調べもせず、大学院の長編撮影を終えて2週間ほど経った3月6日、フランスへ旅立ちました。

しかし、今回のドゥーヴィルの旅は、今までの映画祭行きとは違い、完全なる一人旅。そのヤバさに、出発直前になって気づき始め、あれ、わたし大丈夫かしら、あれれ、、、フランス語はもちろん、英語も喋れませんけど…、と、ぎりぎりになって焦りだしました。

「シャルル・ド・ゴール空港に到着すると、送迎係が待ってます」と連絡を受けていたのですが、いざ出口を出てみると、"Keiko Tsuruoka"の札を持った人がいない…。そこでわたしの焦りはMAXに達しました。デカいスーツケースを転がしながら、出口付近に立っている人全員の顔と持っている札を凝視して歩き、携帯でメールを確認し、どうしようどうしようと、落ち着き無くうろうろし続けました。しかし10分くらい経ったところで送迎係のセバスチャンが笑顔で現れました。何事も焦ってはいけません。

セバスチャンが運転する車に乗り込み、空港からドゥーヴィルまでおよそ2時間、高速道路を走り続けました。こういう時、言葉が喋れない、というのが大変痛い。セバスチャンは、ただただニコニコするばかりで押し黙っているわたしに気を遣い、持っていた紙を渡して「折り紙を作って」と気さくに話しかけてくれたので、「オーケー!」と元気よく答え黙々と鶴を3羽折りました。セバスチャンは出来上がった3羽を車内に飾ってくれました。鶴を折り終わってしまってからは、ただひたすら流れるフランスの田舎風景を眺めて過ごしました。次なる目標は、送迎の方と会話を弾ませることと、もう少し気の利いた折り紙の技を身につけることだわ、と心に誓いました。

映画祭のメイン会場CIDホールの門。

通訳のマリウス君と鶴岡監督。

だんだんと外が暗くなり始めた頃、ドゥーヴィルに到着しました。ホテルはRoyal Barriereというホテルで、ヨーロピアンな雰囲気溢れる素敵な入り口を入っていくと、映画祭スタッフの方々が出迎えてくれました。通訳のマリウス君は、背が高くとても若い好青年で(のちのち、彼が18歳のドイツ人青年だと言うことを知る)、彼の紹介で映画祭プログラマーのラセールさん始め、プレスの方々と挨拶をしました。皆非常ににこやかで、優しいのですっかり安心しました。その後ホテルの部屋に案内してもらいました。天井が高く、とっても大きな窓には分厚いビロードのゴージャスなカーテンがかかっていて、ベッドは横に寝ても余るくらい大きく、目の前にはビーチが広がっている…これはもしや…、と、後々ネットで調べてみると、Royal Barriereは5つ星ホテルでした。こんな良いホテル、自分じゃ一生泊まれないんじゃなかろうか、こんな素敵な部屋を独り占めしたら罰が当たるんじゃなかろうか、と、田舎者はすっかり興奮してしまいました。

1日目の夜から早速、オープニングセレモニーと、オープニング作品の上映に出席しました。メイン会場のCIDシアターは、とても大きなホールで驚きました。オープニングセレモニーは、ドゥーヴィルの市長が挨拶をしたり、コンペティションの審査員の紹介があったりで、とても華々しい映画祭の幕開けでした。オープニング作品は、韓国の有名な俳優であるユ・ジテさんの長編監督デビュー作品である『MAI RATIMA』を鑑賞しました。

2日目からは、朝早く起き、ホテルの周辺を散歩するのが私の日課になりました。2月に訪れたベルリンはとても寒かったですが、3月のフランスは早い春が訪れていて、とても過ごしやすい気温でした。初めて散歩に出た朝、道で乗馬をしている人々に出くわし、その集団が行った方向へついていってみると、誰もいないまだ薄暗いビーチで、馬達が駆け回っている、という何とも幻想的な風景を目撃しました。あぁ地球上には私が今まで見たことも無いような美しい景色がたくさんあるのだなぁ、と、しばらくその夢のような風景に釘付けになっていると、一頭の暴れ馬がこっちにむかって疾走して来たので、逃げました。

ホテルに帰ってからは、美しい食堂で、ものすごくゴージャスなビュッフェ式の朝食を頂きました。どれもこれも、美味。毎朝の朝食が(1番の?)楽しみになったのは言うまでもありません。

2日目は、映画祭スポンサーであるマツダの車を紹介するテレビ番組の取材を受けたり、他のコンペティション作品を鑑賞したりして過ごし、3日目はずっとフリーだったので、ドゥーヴィルの街を散策して過ごしました。

鶴岡監督が滞在したホテル。

ホテル周辺散策中に立ち寄ったレストランにて。右下に写るのが映画祭パンフレット。

海岸を散歩する馬たちには、たびたび遭遇したそうです。

そして滞在4日目の3月9日、いよいよ『くじらのまち』の上映が行われました。前日までずっと雨が降ったり止んだりしていた天候も、その日だけとても良く晴れて、週末ということもありドゥーヴィルの街はたくさんの観光客に溢れていました。『くじら~』の上映も、朝早い回だったにも関わらず、たくさんのお客さんが観に来てくださいました。上映前に簡単な舞台挨拶をし、上映が終わってからは温かい拍手を頂きました。私はコンペティション部門で唯一の日本人、なおかつ唯一の女性だったというのもあってか、会場を出てからも、たくさんのお客さんが私に気づいてくださり、良かったよ、良かったよと、声をかけてくださいました。また、同じコンペティション部門に出品されていたイランの監督さんが、『くじら~』をとても気に入ってくださり、「今回の僕のベストでした」と、声をかけてくださいました。本当に温かい方達に迎えられて、幸せな上映でした。

その日のうちにクロージングセレモニーが行われ、賞の発表もありました。グランプリを獲ったインドの監督さんは、挨拶で、「今回の賞は本当に光栄だが、作品に賞の優劣はつけず、全ての作品を讃えたい」とコメントしていて、同じアジアで映画をつくっている者として、本当に誇らしい気持ちになりました。今回コンペティションで一緒になった監督の皆さんは本当に素晴らしい映画人ばかりで、そんな方々と作品を並べて頂けたことが、一番光栄でした。他の作品やつくり手をリスペクトすること、たとえライバル同士でも、感動したら心からそれを相手に伝えること、そういったことの大切さを、アジア各国から集まった映画の先輩方が身を以て教えてくれました。今回は、アジア映画祭という特色ある場所だからこそ、ある種の一体感を持って素晴らしい映画と映画人に出会うことができた、貴重な旅になりました。

10日の滞在最終日は、朝早くから、滞在中ずっとわたしのお世話をしてくれ、すっかり良い友人になったマリウス君が見送りに来てくれました。そして、再びセバスチャンが運転する車に乗り込みました。セバスチャンは、行きに私が作った3羽の鶴を、ずっと車の中に飾っていてくれました。

始めは一人でどうなることかと思ったドゥーヴィルの旅でしたが、帰りの飛行機では、ずっと幸せな余韻に浸っていました。言葉が喋れないながらもなんとかコミュニケーションをとり、素敵な人々と出会い、良い刺激をもらえた旅でした。

さてさて、ドゥーヴィルに出発する前に、BAFICI(ブエノスアイレスインディペンデント映画祭)へ行くことも決まっていたのでした。いよいよ最長距離、地球の裏側へ、くじらと田舎者が旅に出ます。そして、ブエノスアイレスへは、満を持して、鶴岡家からある人が同行します。次回BAFICIレポートもお読み頂けると幸いです。お楽しみに。

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