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  3. No.21:第12回全州国際映画祭(前編)

海外映画祭レポート

日本国内のみならず、海外の映画祭でも上映される機会が多くなったPFFアワード入選作品&PFFスカラシップ作品。このページでは、そんないろいろな映画祭に招待された監督たちにも執筆していただいた体験記を掲載します。

第20回PFFスカラシップ作品『家族X』in 第12回全州国際映画祭 (韓国:2011年4月28日~5月6日)

『家族X』の吉田光希監督が参加した3つの海外映画祭の体験記を、全6回に渡って連載していくシリーズもいよいよ今回を含めてあと2回。
最後のレポートとなる韓国・全州映画祭では、これまでと違った映画祭の過ごし方をされたようです。

メイン会場となる映画館通りの入り口。

全州(チョンジュ)映画祭に参加経験のある日本の監督達からは「ホスピタリティも高く素敵な映画祭だった」と聞いていたので、参加が決定してからは出発を楽しみにしていました。実は、ブエノスアイレスよりも前に招待を頂いていて、チョンジュは『家族X』を初めて国際コンペティションに選んでくれた映画祭です。
ブエノスアイレスから帰国して一週間後、韓国へと旅立ちました。

全州(チョンジュ)映画祭から招待を頂いてまず驚いたのが、‘映画祭の全日程招待’ということ。他の映画祭では、3~4泊の招待がほとんどで、自費で延泊をする滞在だったので、以前に聞いていた‘ホスピタリティの高さ’を出発前からいきなり実感することになった。

南米への途方もなく長いフライトに比べると、とても近い韓国。成田空港からはあっという間の2時間半で仁川国際空港に到着。到着出口にはまたしてもえらく美人な映画祭スタッフが待っていて、思わずアルゼンチン流の挨拶をしそうになってしまった(詳しくはブエノスアイレス編をご覧下さい)。
そして、彼女は日本語で出迎えてくれた。全州(チョンジュ)映画祭のスタッフは韓国の大学生がボランティア参加していて、語学が堪能な学生たちばかり。みんなとても親切で熱心である。
空港からチョンジュ市内までは高速バスで約4時間ほどかかる。距離で言うと東京から浜松あたりを目指す感じだろうか。フライトは短かったが、陸路は長くチョンジュはまだ遠かった。

ほかの映画祭では到着翌日から自分の上映が続くことが多く、現地入りしてからの数日は忙しく過ごしていたが、チョンジュでの『家族X』上映は会期中に2回。全日程9日間の参加なので、自分の上映以外の時間がとても多い。

国際コンペ部門の監督はオフスクリーンという野外ステージのイベントで紹介される。右から二人目が吉田監督。

『家族X(Household X)』は韓国語でも「カヂョクX」と読む。

チョンジュ入りした翌日はスケジュールが空いていたので、過去の映画祭経験で得た‘まずは歩いて地理を把握’を実践するためにさっそく映画祭会場に向かった。
全州(チョンジュ)映画祭は映画館通りと呼ばれるシネコンの集まる一帯がメイン会場となっていて、通りにはストリートパフォーマーが溢れ、広場に作られた野外ステージではバンド演奏が行われている。若いボランティアスタッフたちが、とにかく映画祭を盛り上げようと熱気で溢れていてる。
良い意味で学園祭のような感じ。これは他の映画祭では無かった雰囲気である。

チョンジュ最初の上映は映画館通りにあるシネコンCGVで行われた。
チケットは完売となっていて多くの観客に迎えられる。
Q&Aでは「これは監督自身の家族をモデルにしたのか?」という他の映画祭では聞かれなかった質問があった。
自分は映画を作ろうとするとき、身近にある悩みや不安をきっかけにすることはあるが、私小説的に自分自身を直接描くことはしていない。ドキュメンタリーではなく、フィクションとして創作した物語を発信したいといつも思っている。ただし、いつか自分も直面するかもしれない問題を選ぶ。未来の自分を想像してみることは自分自身を救うことになると思うし、きっと誰の映画にもなると信じている。

翌日、日本人監督が集まる昼食会が開かれ、自分もその中に参加させて頂く。
チョンジュに参加している監督は自分のほかに、東 陽一監督、瀬々敬久監督、熊切和嘉監督、冨永昌敬監督、松永大司監督がいた。同じ日本にいても監督同士がここまで集まれることはほとんどない。決して普段は出会えないような交流が出来るのも海外映画祭ならではの体験だと思う。瀬々監督とはベルリンで会えることを楽しみにしていたが、自分の現地入りと同時に帰国してしまい、入れ違いになってしまったのでやっと挨拶が出来て嬉しい。そういえば、初めてPFFの存在を知った高校生の頃、最初に観た作品は熊切監督の『鬼畜大宴会』で、その年の審査員は東監督だった。自分はPFFスカラシップ作品で映画祭に参加している。こうして出会えたのはただの偶然とは思いたくない時間だった。やはり映画と人生は続いている。

チョンジュでも、‘上映される作品をとにかく沢山観る’ということを目標にやってきていた。どこの映画祭でもそうしてきたのは、浴びるように映画を観ると、どこかにあるたった1カットが自分にとてつもなく大きなインスピレーションを与えてくれることがあるからで、とにかくその1カットに出会いたかったのだ。しかしながら、ここチョンジュでは1本の電話がその後の滞在を激変させる。

自分の上映がない滞在3日目は丸一日映画館で過ごしていた。夜の11時近くに映画祭会場から徒歩でホテルまで向かっている途中、携帯が鳴る。電話は熊切和嘉監督からだった。

〈次回、電話の内容が明らかに!? 後編につづく〉

文:『家族X』監督 吉田光希

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