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PFFディレクターBLOGRSS

2011/05/27 01:13:38

まさか我が身にこれが・・

起きるとは予想もしてなかったことが起きました。
国民年金支払いの確認書が届きましたら、見事にこれまで支払った年月の三分の一しか記録されていませんでした。かつて加入していた厚生年金に至っては、全く記録されていませんでした。
「これか~」とため息が出ちゃいました。
追い打ちをかけるように、クレジットカードの請求書が来たら、日本にいた日に、海外での買い物が記録されていました。
「出た~」と声が出てしまいました。
どちらも、解決までにどのくらい時間がかるのやら、やれやれです。
引っ越しも控え、仕事との両立に人生で二番目くらいに慌しい数か月が予想される昨今の私ですから、そんなときのいつもの妄想「家事をしてくれる人がほしい・・・」が湧いてきます。「執事いたらいいな~、『バットマン』シリーズのマイケル・ケインみたいな、夢のような執事~」とかね。そういえば、執事映画のベストの一本と言える『日の名残り』をモチーフにしたという最近の舞台『鎌塚氏、放り投げる』面白かったです。

が、まさか我が身にこんなことが起きるなんて・・・と茫然とする、なんて言葉じゃ全然足りない、そんなことを言う余裕もない、今回の震災と原発事故。3か月近くを経ても、正確に現実を把握して、対処方法を決めて、長期的な展望を構築して、ということにすら困難を極めている政府の様子をみると、年金問題と同じく、長い長い自民党政権時代に仕事の仕方を忘れてしまったんだなあ・・・硬直してしまったんだなあ心も体も・・・という現実を知らされます。そのうち仕事のカンを取り戻すことができる人もいるのでしょうが、そもそも仕事したことがない人の層のほうが厚い=取り戻すカンもない状態なのかもしれない~と笑うに笑えず、泣くに泣けません。とりあえず、議事録のない会議も多いことがわかってきましたし、震災と原発に関するすべての会議は、生中継いかがでしょうか?

今夜、「映画屋とその仲間たち」のボランティアバスが出発しました。
これから隔月で一年間、映画関係の有志がそれぞれ被災地で行いたい活動を持ってこのバスに乗り合い、それぞれ、現地との関係を結んでいくのです。発起人は二人の映画プロデューサー。ボランティア活動には団体名が必要なため、上記の名称です。PFF事務局からは、今回は1名参加しています。来週その体験報告を受け、次回7月から、この先長く続くことになるであろうPFFにとっての被災地訪問計画を固め、実行していく予定です。


2011/05/25 01:26:11

食い倒れが趣味です

無趣味な人間だと自分を思うのですが、もし"趣味"というのが「どんなに時間やお金をかけても惜しいと思わないこと」だとしたら、食べることが一番"趣味"に近いかな?とふと思うときがあります。
すごく健康に悪いですが、「食い倒れツアー」とか組んでしまって、国内外で「地元の人より詳しい!」という驚嘆の言葉をいただくことも度々あります。外食の機会には、つい店を選ぶ役を引き受けることが多いです。身を以て申し上げることができますが、健康にはよくない趣味です。バランスをとろうとか考えてしまい、自炊はとっても健康的なものをつくるんですが、まあ、根本的に食べ過ぎ飲み過ぎで、役にたちゃしません。

そんな私ですから、住むところ、旅するところには、美味しいものがあってほしいと願うので、美味しいもの率の高いアジアの映画祭に行くチャンスには、心が弾みます。一方、映画祭のメッカ、ヨーロッパは、あまり食指の動かない街が多いのが正直なところです。
しかし、流石にパリは美味しい店の多いこと多いこと。その期待でフランスの他の都市に行くと、美味しい店の少ないこと少ないこと。が、フランスと言えばやはり映画祭はカンヌ。「毎年PFF作品の出る映画祭がパリにあれば、少しは行く機会もあるのにな~」と、ちょっと残念であったりします。が、既に思い出になってしまったパリの美味しかった店の数々を思い出させた店が、人形町にありました。美味しい店の多い人形町(住もうと思っていたこともあります)ですが、その店は、フランス人のおかみさんがいるカフェで、おかみさんのご両親がパリで経営していたカフェの雰囲気をそのまま日本で再現したかったのだそうです。素朴でいながら繊細で温かい料理や、お店の人の人柄に触れると、食いしんぼうなら必ず通過している池波正太郎氏のエッセイに登場する、思い出のジャンの店は、こんな感じだったのではないか?とひとり想像したりします。

・・・美味しい、とか、思う、とかだらけの文章になってしまいました・・・・とほほ。
フランスのことを考えてしまったのも、まだカンヌのことを考えているからだと思います。特に、ラース・フォン・トリアーの記者会見をみて、映画監督の質疑応答について考えていました。
「質疑応答に答えることは、誰にでもうまくできるということではない」というのが、私がこの20年の映画祭生活で学んだことです。今回のトリアーに対する質問が聞けていないので、あの質疑応答について把握できているとは言えないのですが、映画祭運営の立場から言えば、「質疑応答が下手すぎる」監督です。
質疑応答はうまいほうがいい。なぜなら、素晴らしい話は作品をより一層輝かせるだけに留まらず、広く、映画監督や、映画というものへの敬意を生む、からです。
そもそも「監督は映画の完成責任者である」と「映画祭世界」では定義されています。プロデューサーではなく。
そして、監督の話を、その作品を観た上で更に聞くのは何故か?と言えば、映画監督という人は、その映画に現れた世界を更に超える、豊潤なもの持つ人であるとの期待があるからです。歴史、哲学、美学のみならず、今この世界への感応力や、ある種のシックスセンスも期待されていると言ってもいいかと思います。
映画監督、大変です。
企画から完成まで血を吐くような思いをした数か月のあと、更に、宣伝で、映画祭で、質問責めの数か月がある。
けれども、質疑応答の経験は、映画監督にとって、客観的に自分の作品を再把握できる、稀有なチャンスでもあると、映画祭は考えています。

2011/05/23 15:01:15

気づくとカンヌ終了していました

また一か月以上更新していませんでした。
(この科白、多すぎますね・・・)
その間に第64回カンヌ国際映画祭終了しました。
今年は、日本経済新聞の古賀重樹さんのレポートで、行かなくても行った気分になれるという評判です。
カンヌがらみでは、『一命』公開に向けて、現在ごく一部しか入手できない原作者・滝口康彦さんの著作が復刻されることを願っています。

年明けに家族に不幸があり、それに続く311と、歩いて戻った自室のモノのすさまじいでんぐり返りなどで、なんだか薄闇の中にいるような茫漠とした日々が続いていたのですが、このところ、やっと、光の中を歩いている実感が湧いてきました。
幸い、本年のPFFは会期を秋に移行しておりましたので、第33回PFF、9月20日の初日に向け、いよいよ本格的に準備開始です。「PFFアワード2011」も、15名の予備審査員の情熱をもって、遂に審査佳境に入り、7月初旬に入選作品の発表です。

そして、ふと気づけば、昨年『キャタピラー』で前夜祭を飾ってくださった若松孝二監督が、すでに『三島』『ホテル海燕ブルー』の撮影を終わろうとしています。すごいパワーです。
実は、生身の人間のエネルギーに触れたいと、最近は、本多劇場、コクーン、明治座、王子小劇場、草月ホールなど、舞台を巡る時間の多かった我が身をいささか反省しました。

しかし311では、人間の、社会の、組織の、設備の、弱点や隠されていことが、次々と露呈して唖然とすることが多く、だんだん感覚が麻痺しそうで怖くなります。
一方で、核廃棄物の廃棄場所がないことが、一般常識になったことは、よかったなとも思っています。
まさか20世紀型社会に逆送して、困ったことは弱い場所に押し付け自分は安泰、という発想をする40歳以下の人たちがいるとは思わないのでちょっとつぶやくと、各戸にひとつ、厚い鉛の箱を用意して、廃棄物を引き受ける。もちろん企業や役所は、消費電力に応じ、巨大な箱分を引き受ける。あるいは、建物内に廃棄場所設置をする。そんなリアルなことが必要な時代ではないでしょうか。
耳に入ってくるのは、「あれ?中国や東欧の映画に繰り返し語られてきたような、もしかして共産主義的官僚的中央集権国家なのかしら日本?」とのけぞる話の数々。映画をたくさんみる利点は、いろんな社会事情を知って、自分の生活の解釈に引用できることもひとつありますね。

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