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PFFアワード

PFFアワード2001

作品名 監督名 作品名 監督名
『R』 齋藤正和
手嶋林太郎
審査員特別賞
『21世紀の王様』
荻原義衛
企画賞(TBS賞)
『犬猫』
井口奈己 審査員特別賞
『はながないたらパリがくる』
鈴木余位
『サボテン』 吉川久岳 準グランプリ、技術賞(IMAGICA賞)
『Pellet』
小林和史
『さみしさの彼方~紀子とトモゾウ~』 山浦和久 エンターテイメント賞(レントラックジャパン賞)、観客賞(名古屋)
『僕ら太陽を真ン中に』
竹内 義
『自転車とハイヒール』 深川栄洋 音楽賞(TOKYO FM賞)、観客賞(神戸)
『星ノくん・夢ノくん』
荻上直子
『STILL LIFE』 藤川佳三 観客賞(東京)
『虫たち』
ケ・マリモ
審査員特別賞、観客賞(大阪)
『短篇小説』
日置珠子 グランプリ、ブリリアント賞(日活賞)、観客賞(大分・福岡・仙台)
『モル』
タナダユキ
『TUTU』 松下ユリア 『夜はパラダイスへ行く』 友久陽志

応募総数 758本 入選 16本

『R』

監督:齋藤正和/手嶋林太郎

ようこそ、美しくねじれた世界へ。
主人公の若い男は、最近、自分の背後にある時間軸が狂っていることを、漠然と感じ始めている。ある日、男は公園で昼寝をして夢を見る。それは時間軸が狂った世界だった。歩く、走る、自転車をこぐ…。そこで起きるのは、こちらの世界でも当たり前のことばかりなのに、人々の動きは一定ではなく、逆に流れたり途切れたり、途中から始まったりするのだった。そしてそれは、時間軸だけでなく、空間軸さえも曲がっているような奇妙さと、見たこともない美しさを備えた光景だった。やがて男は眠りから覚めて歩き出すが、彼の体には変化が起きていた。男の動きは、彼が夢で見たのと同じような特徴を示していたのだ。はかない動きではあるが、彼が永遠にそこから戻って来ない予感を、それは秘めていた。
自分が見ている世界は本当に現実なのか?現実の認識というテーマを、アナログでは不可能なデジタルならではの方法で映像化。人の動きが途切れたり逆に流れたりする映像は、驚くほどなめらか、かつ、それ自体が個性となり得ていて、行われた処理法がかなりの高レベルであることが容易に想像がつく。その技術の高さがあるからこそ「どうやって撮ったのか」だけでなく「どうして撮ったのか」というテーマ選びの必然にも説得力が生まれた。タイトルの「R」には、REFLECTION、REBIRTH、REDISCOVERY、RULEなどの意味が込められていると想像される。

2000年/DV/カラー/6分 英題:R
監督:齋藤正和、手嶋林太郎
監修:前田真二郎 協力:田中信一郎、IAMAS、川畑仁美
出演:相馬一夫、酒井美佳、北川晋路、長谷川 愛

劇場公開
海外映画祭
2002年 第48回オーバーハウゼン国際短編映画祭 (ドイツ)
2003年 ニッポンコネクション (ドイツ)
第19回ハンブルグ国際短編映画祭 (ドイツ)
企画賞(TBS賞)

『犬猫』

監督:井口奈己

じゃれると、噛んだり引っ掻いたり。
三角関係のすったもんだの末にくっついて、つつがなく一緒に暮らしていた男の部屋を、すずは何の前触れもなく飛び出す。そして、やはり何の前触れもなく、古い友人・アベちゃんの家を訪ね、しばらく住ませてもらえないかと頼む。しかしアベちゃんは明日から中国に留学することになっており、帰ってくるまではヨーコが住むことがすでに決まっていた。すずとヨーコは中学の同級生で、いつも同じ男性を好きになり、いつもすずが勝つという、最悪の腐れ縁で結ばれている関係だった。自分が受け入れられる人間だと信じているすずは、当然のようにヨーコと暮らし始める。そんなすずにうんざりしながらも、悪くない2人のリズムができた頃、ルックスに自信のないヨーコが大切に育てようとしていた片思いの相手とすずが接近する。すずの言葉に嘲笑と挑戦を感じ取って傷ついたヨーコは、かつて、すずとの三角関係を繰り広げた男の部屋を訪ね、一夜を明かす。それを知ったすずは…。
生きていく上でのアプローチがまったく違う2人の女性が、反発し合い、傷つけ合いながらも、どこかで思いをかけ合う。男が原因の仲たがいを繰り返す2人は、本当は男が入り込めない深い友情を育てているようにも見える。いい意味で女性監督ならではの、意地悪なくらい細部を見つめる視線で描かれた不器用にじゃれ合う2人の姿は、少し痛々しく、たまらなく愛しい。

2000年/8ミリ/カラー/84分 英題:Cat and Dog
監督:井口奈己
撮影・録音:鈴木昭彦 スタッフ:佐野久仁子、その他大勢 出資人:井口健子
出演:小松留美、塩野谷けい子、鈴木卓爾、川原啓介

劇場公開
2002年 3月23日~4月12日 東京 中野武蔵野ホール
海外映画祭

『サボテン』

監督:吉川久岳

それでも明日が来ることの.無意味と希望。
アメリカが月でした核実験のために、数年のうちに地球が滅亡することが確定している近未来の日本。サトシは、恋人を自殺という形で失って以来、彼女を思い出すことと枯れたサボテンに水をやることを日課に、生きる意味も死ぬ意味もわからないまま、ただ毎日をやり過ごしている。ある日、仕事で近くまで来たからと、友人のヒデが突然、訪ねてくる。お互いの彼女と4人で海に出かけるなど、かつては幸福な日々を満喫していた彼らだが、地球が滅ぶと知りながら健康器具を売るという矛盾した仕事でヒデは心身ともに消耗し、いまや見る影もない。そしてサトシの家からの帰り道、彼はホームから電車に飛び込む。1年後、その現場を訪れたサトシは、ヒデのかつての恋人・ユキに出会う。大切な人を同じように失った2人は、初めてその死について語り合い、自分たちの中の喪の期間に、ピリオドを打つことを考える。同じ頃、ほんのわずかながら、地球の滅亡が回避される可能性が出てきたと、ニュースが伝えるのだった…。
時に赤、時に青と、画面全体に強いにじみをかけた映像処理と音楽で、出口の見えない夏の暑さ、登場人物の心の閉塞感、あるいはかすかな希望の芽生えなどを表現。セリフのみに頼らず、映画に許された方法を広く選びとったアプローチが、ストーリーとうまくかみあって、効果をあげている。

2000年/DV/カラー/50分 英題:Cactus
監督:吉川久岳
音楽:五十嵐 郁、福間俊介
出演:長沼秀典、田代直子、嶋村順二、景山真希、吉川久岳

『さみしさの彼方~紀子とトモゾウ~』

監督:山浦和久

やりたかったから始まった恋も、きれいです。
紀子は銀座の二流クラブに勤めるホステス。自称ナンバーワンだが、悲惨な振られ方を見る限り、その真偽は怪しい。おもちゃの指輪を公園の噴水に投げ捨て、終わった恋にサヨナラ…。時代遅れのナルシズムに酔う彼女の小さな目に飛び込んできたのは、噴水に飛び込む1人のサラリーマン。よく見れば幼なじみのトモゾウだった。その晩、2人はしこたま飲み、あまりに積極的な紀子にトモゾウが引きつつも、当然、事は起こり、即、同棲が始まる。トモゾウの出勤をヒステリックに引き留めるなど、「ベティ・ブルー」がかった紀子にうんざりしながら、トモゾウもまた絵に描いたような嫉妬をして、2人はラブラブモードに突入していく。しかし、トモゾウがリストラされていたことが判明して…。
性欲やさみしさが恋になったのか、もともと恋に落ちる運命だったのか。うやむやなのが大人の恋、と言いたいところだが、多分、先に性欲があった。そう言い切れてしまう、さみしくて平凡な1組のカップル。しかし、美男美女ではない2人が安っぽいエピソードを積み上げるたび「我が身に覚えあり」と共感せずにはいられない赤裸々な恋愛の真髄が浮かび上がる。その秀逸な視線は、一見シニカルだが、実は“人生の求道者”と呼びたいほど切実だ。これだけのドラマを、脚本なしでつくりあげた監督と主演2人の捨て身の表現欲と冷静な表現力は、驚きに値する。

2000年/Hi-8/カラー/67分 英題:NorikoandTomozo-BeyondLoneliness
監督:山浦和久
制作:木村智明 企画:岡田純子 音楽:小川光明 編集オペレーター:石川康太郎
出演:岡田純子、木村智明、達川一馬、洲崎和彦、中元由夏

『自転車とハイヒール』

監督:深川栄洋

ほしいものは自分で手に入れるのが、大人。
家が貧しくて自転車を買ってもらえないことを友達に言えず、嘘に嘘を重ねていた典彦は、大人になっても気が弱く、無遅刻無欠勤だけが取り柄のサラリーマンになった。始発の電車の中でお弁当を食べて出勤し、真っ直ぐ家へ帰るという地味な彼の生活に、ある日、突然の侵入者が現れる。自転車が盗まれ、やっと見つけた典彦のそれを、自分のものだと言い張る男が、小学校の同級生・博之だったのだ。遊び人の雰囲気を漂わせ、半ば強引に典彦を家に招待する博之。彼のアパートには、感情がハイかローの2つしかない女・しのぶがいた。赤いハイヒールをはいて走る姿を博之に見てもらうのが何よりも好きなしのぶ。彼女を持て余しながらも自分なりの愛情をかける博之。2人のちょっと変わった愛の形を目にして、典彦の中に変化が生まれる。彼は新しい自転車を買い、始発で一緒になる女の子に、思いきって声をかけるのだった。
みんなと同じでいたくて嘘をつき、結局は同じになれずに世の中からはみ出していた主人公が、たった1人に愛されたくて“変わった女”になった女性を知り、自分を見つめ直す。そのストーリーを、丁寧に作られた子供時代のシーンと、子供時代と今を繋ぐ心象風景を挟み込みながら、重くなり過ぎず、後味よく完成させた。その力量は、スタンダードなドラマを撮れる作家として、すでに確立されている。

2000年/16ミリ/カラー/60分 英題:Bicycles and High Heels
監督:深川栄洋
制作:種帰さやか 撮影:浦田秀穂 録音:加藤岳志 助監督:大滝唯史 製作:露木栄司
出演:宮本和也、山崎 峻、吉井信興、八木正純、磯部美香

劇場公開
2002年 4月27日~5月17日 東京 BOX東中野
海外映画祭
観客賞(名古屋)

『STILL LIFE』

監督:藤川佳三

何も感じないのは、感じると傷つくから。
長い道のりをさまよい歩く少女。気がつくと、ひと気のないニュータウンにいる。その少女に声をかけ、車に乗せる中年男。保護観察員だと名乗る男は、本当は団地の管理人で、乱暴目的で女性に声をかけるのを日課のようにしているのだった。少女は買い物の途中で「本屋に行く」と言い残したまま家出してきた高校生で、2人はお互いの中に共通する深い虚無感を見つける。1人になった少女は体を売って堕ちるように1日1日を過ごし、男は妻にさげすまれ、うだつの上がらない毎日を暮らしている。再び出会った2人はラブホテルに行くが、男は少女が団地の住人であること、その母親がしょっちゅう男を連れ込んでいることを、少女は男が管理人で、妻の尻に敷かれていることを知っていた。それぞれ、自分が最も捨てたいと願っている部分を突きつけられて感情をぶつけ合ううち、男が少女の首に手をかける。そして、遠い記憶をたどって2人が行き着いたのは、深い深い森だった。
虚無感や絶望を描く映画は多いが、この作品が際立ってそれに成功しているのは、イメージにふさわしいロケーションをきちんと選び、細部の音にまで気を遣っていることにもあるが、やはり大きな要因は、感傷的になり過ぎない、乾いた視線を監督が安定して保っていることだろう。時折、挿入される死のイメージ映像が、危なげだが続いていく生のしたたかさを鮮やかに浮かび上がらせる。

2000年/DV/カラー/70分 英題:STILL LIFE
監督:藤川佳三
制作:藤田功一 撮影:権藤秀和、金子正人 録音:小林徹哉 助監督:亀谷英司、新沼正興 製作:IN&OUT
出演:藤川佳三、松崎佳代、岸野雄一、日垣一博、森本訓史

審査員特別賞&観客賞(大阪)

『短篇小説』

監督:日置珠子

私の中に、彼女たちが残していったもの。
1人の女性作家がカメラの前で、自分が書いた3本の短編小説について語り出す。1作目は母の話。自分の名前を始めとする諸々に不満をもらし続け、様々なことに興味を持っては途中で投げ出し、それでも続いていく母の毎日。2作目は小学校時代の同級生の話。「遊んでいて帰りが遅くなったと言うと叱られる」という理由だけで「誘拐されそうになった」と大胆な嘘をつき、ケロリとしている。彼女はまた、長年付き合っていたボーイフレンドをあっさり捨てて、適齢期にたまたま付き合ったという理由で会社の同僚と結婚した。屈託なく純粋に自分を大切にしている彼女を“私”は少しうらやましく思う。3作目は、大学時代の映画研究部の後輩の話。喋らないというよりも、必要なことだけ言う。そんな過不足のない無口さが印象的だった彼女が撮った短編映画と、アルバイト先の喫茶店のこと。深い交流はなかったのに、何となくいつまでも気にかかる。
取り立てて大きな記憶ではないのに、作家の中に深く、長く残っている、愛しい女性たちの愛しいエピソード。その断片が、淡い色を重ねる水彩画のようなタッチで淡々と、そして暖かく綴られる。架空の作品のはずなのに、不思議と、本当に小説をべースにしているニュアンスがあちこちに感じられるのは、目線をあくまでも“私”に限定しているからか。その主観と客観のバランスが素晴らしく、観客を、読者にも目撃者にもしている。

2000年/16ミリ/カラー/21分 英題:A Short Story
監督:日置珠子
撮影:日置珠子、小倉正彦 照明:小倉正彦
出演:佐山奈穂子、亜里早、鈴木敦子、渡辺さやか

『TUTU』

監督:松下ユリア

きっと天国は、こんな暮らし。
季節が夏だけしかないような小さな南の島。安定した太陽と穏やかな海は、平和と気だるさと退屈を歯車に、ゆっくりと時を刻む。この島に住む、まだ子供を卒業しきれていない少女・篝(かがり)と千鳥(ちどり)は、他の島民と同じように、この島で生まれ育ち、外の世界に出たことがない。そして何ものにも縛られず、きれいなものや楽しいことに囲まれて、ままごとのように暮らしていた。駄菓子屋のおばちゃんから、昔ここで戦争があったこと、外からたくさんの人が来て活気にあふれた時代があったことなどを聞く。「ろくな男が来ないわ」とぼやく、ちょっと怪しいお店のお姉さんにお化粧をしてもらって大人の気分を味わう。幼なじみの男の子を子供扱いし、ダンディでハンサムな紳士が自分たちを迎えに来てくれることを夢見て、いかだに手紙を乗せて海に流す。2人にとって、時間は砂浜の砂のように無限だ。そんなある日、駄菓子屋のおばちゃんが死に、ダンディな紳士から返事が届く。
ストーリーやテーマよりも、雰囲気を切り取り、気分を伝えたい。そんな監督の志向が、世界中の好きなものを贅沢に盛り込んだ音楽、衣装、小物やインテリアなどから、南国の花のように濃密に香り立つ。それらは無国籍感漂う統一感となり、実在しそうでどこにも存在しない島の暮らしを生み落とした。さらには生と死、日常と天国の境目を混ぜ込んだ、洗練されたミクスチュア映画である。

2000年/DV/カラー/61分 英題:TUTU
監督:松下ユリア
出演:宇都宮祐衣、高市佳弥、山田沙織、松下エリカ、松山正勝、山内和子、加藤和子

審査員特別賞

『21世紀の王様』

監督:荻原義衛

心躍る、シュールな御伽話。
民主主義が崩壊し“王様主義”の時代となった21世紀。より強く美しく賢い王様であろうと、隣国同士のピカソキングとマチスキングは、日々、競い合っている。一方、ケタ外れのグルメと大食漢が高じて自分の体が甘い食べものとなり、ハチに巣を作られてしまったハニーマンという男がいた。激しい痛みの後、ハチと共生できるようになった彼の指先から、体内のハチが作る蜂蜜があふれ、それを飲むとあらゆる病気が治ることが判明。ハニーマンは蜂蜜を売りながら旅をする。その噂を聞きつけたピカソキングが蜂蜜を飲むが、あまりの美味しさにハニーマンを独占。城に住まわせて蜂蜜ばかりをむさぼった。すると過剰な栄養のせいか、ピカソキングは日に日に巨大化、凶暴化していく。同じ頃、死んだマチスキングの跡を継いだグロリア女王は、その美貌とメッセージで民衆の心をつかんでいく。しかし、裏で恐ろしい計画が進んでいるのをピカソキングが知り、両国は戦争に突入するが……。
ポップとグロテスクをコラージュしたような絵で描かれたアニメーション。そのシュールな絵柄やたっぷりした見ごたえから“大人のための絵本”とも感じられるが、思いつき的なストーリー展開、詩のようなナレーション、いきなり出てくる歌の数々は、むしろ子供を対象にしたような奔放さで気持ちいい。ただしその奔放さは高い完成度を伴っており、最新のCGとは対極にあるような平面アニメだが、映画の定義さえも広げそうな表現の可能性を感じさせる。

2000年/β-camSP/カラー/48分 英題:The king of the 21st century
監督・脚本・アニメーション製作:荻原義衛
音楽・音響効果:野見祐二、岩崎 健
声の出演:岩崎 健、戸田和雅子、野見祐二、野見朗子、野見菜々子、荻原義衛

劇場公開
海外映画祭
2000年 アヌシー国際アニメーションフェスティバル (フランス)
Cartoombria 2000 (イタリア)
テヘラン国際アニメーションフェスティバル (イラン)
2001年 “KROK”国際アニメーションフェスティバル (ウクライナ、ロシア)
Nouvelles images du Japon (フランス)
2003年 ニッポンコネクション (ドイツ)
exground film fest (ドイツ)
国際ササ・アワード2003 (イタリア)
審査員特別賞

『はながないたらパリがくる』

監督:鈴木余位

僕らの踊りの輪に、入りませんか。
未熟児で生まれたことが原因で左足がうまく動かない少年・スガマ。彼は、やけどの痕が残る少女・京に想いを寄せているが、足に対するコンプレックスや気弱な性格から、その気持ちは長い間、自分の胸に収めたままだった。暑い夏、草いきれが立つような山の中、打ち捨てられた消防車やバス、コンクリートの橋脚に遊んでもらいながら、スガマの想いに少しずつ勇気が芽生え始める。彼の耳には姿のない消防士の声が聞こえ、その声は、スガマと京が終わらせるべきものと、これから迎えに行くべきものを教えていた。スガマは自分の足で走り出し、京は子供の頃は怖くて押せなかったバスのボタンを押す。そこから彼らの、昨日と同じで昨日と違う、新しい日々がスタートを切る。生徒も先生もいない学校の一室で、スガマと京、そしてずっと2人を応援してきた少女たちが集まって、終わらないダンスを踊るのだった。
限りなく詩に近いセリフ、それをそのままカメラに収めたような自由な映像、登場人物と同じくらい存在感のある山の夏草や廃バスたち。そしてそれらを鼻歌で縫い合わせたかのような軽やかな空気。懸命に考え出したのではなく、湧き出したイメージでつくった映画は、観る者にも、理解よりも感応を求める。登場人物たちのたくさんの歌と笑顔が与える幸福感と気負いのなさは“好きだから映画を撮る”ことの、原点の1つかもしれない。

2000年/8ミリ/カラー/27分 英題:Paris comes when the flowers bloom
監督:鈴木余位
助監督:津村暁子 撮影・録音・美術:鈴木余位、三浦磨衣香 衣装:鈴木ソーイング 製作:山森佳容子、松浦桃子
出演:菅俣正光、渡辺 京、津村暁子、坂本昌子

準グランプリ&技術賞(IMAGICA賞)

『Pellet』

監督:小林和史

3者で完成する、究極の愛の形。
1人のバレリーナのモノローグで語られる物語。留学から久々に帰国した“私”は、恋人の家を訪ねて愕然とする。宮大工である彼は若いが頑固で、めったに人に心を開くタイプではない。それが、自分の留学中に飼い始めたという1羽のメスのフクロウとは、これまでに見たことがないほど深く心を通わせているのだ。「ばかげていると思われるでしょうが」と自覚しつつ、“私”はその関係に嫉妬を感じ、それは間もなく確信に変わる。フクロウもまた、自身を彼の伴侶だと自覚しているらしく、その態度には愛されている者特有の余裕さえあった。両者の間に分け入ることが無理だと知った“私”は、あることを思いつき、彼を殺す。フクロウは小鳥やねずみを丸ごと食べると、その後消化しきれなかった骨や羽を体内で固め、PELLET(ペリット)と呼ばれる小さな物体にして吐き出す。その特性を利用して、彼と1つになる究極の愛を夢見たのだ。
人間と動物という突拍子もない、と言うよりも、だからこそ揺るぎない完壁な恋愛関係。それがこの作品の説得力の核になるわけだが、観れば誰もが納得するはず。ほんの1シーンで、彼とフクロウの関係が放つエロチシズムに圧倒される。ペリットの説明シーンでは死がクローズアップされるが、それさえ淡々と見せてしまう清潔感あふれる映像と抑えた語りが、そのエロスを際立たせる。監督が14年飼っているというフクロウが生み出した半ドキュメント。

2000年/DV/カラー/17分 英題:Pellet
監督・脚本・撮影・美術:小林和史
共同監督:甲斐さやか 音楽:武藤祐生エレクトリックバイオリン
出演:甲斐さやか、小林カズシ、フクロウ

劇場公開
海外映画祭
2002年 第7回シネマテキサス国際短編映画祭 (アメリカ)
第48回オーバーハウゼン国際短編映画祭 (ドイツ)
2003年 第32回ロッテルダム国際映画祭 (オランダ)
メディア・シティ (カナダ)
ニッポンコネクション (ドイツ)
第19回ハンブルグ国際短編映画祭 (ドイツ)
ノルウェイ短編映画祭 (ノルウェイ)
2004年 全州国際映画祭 (韓国)
第1回グリーン・フィルムフェスティバル (韓国)
エンターテインメント賞(レントラックジャパン賞)&観客賞(名古屋)

『僕ら太陽を真ン中に』

監督:竹内 義

生まれた理由は知らないけど、愛は知ってる。
東京のはずれの小さな町、ごく普通のアパートの一室で、唐突に“やつら”は生まれた。誰も見たことのない正体不明の生命体。その特徴は、表情豊かで元気いっぱい、そして旺盛な好奇心。人間の手のひらサイズの“やつら”は、その小ささをものともせず、部屋中のあらゆるもので遊びまくり、遂には外にまで飛び出す。そして、愛し合うようになったピンクとブルーは、公園の木々の間で遊ぶうち、本当に空を飛ぶ!風を吸い込み、風に乗り、2人(2匹?)は飛行を満喫する。その気持ちよさのように、いつまでも続くと思われた、無邪気で希望に満ちた日々。しかし、命ある者の定めである死は、愛くるしい“やつら”にも訪れる。
観た人が愛さずにはいられない、シンプルだが生き生きしたクレイドールたちが、実風景の中で縦横無尽に暴れ回るクレイアニメーション。どこからともなく自然発生した彼らが、生の喜びを1つ1つ確認するように自分たちの体に触れ、命の喜びを全身にあふれさせながら動き回る姿は、理屈抜きに胸を熱くする。また、この作品がさらに深く迫るのは、その生命感や愛らしさとは真逆にある死をも描写している点。愛する仲間の死を全身で受け止めようとする彼らの真摯な姿は、「かわいい」という言葉で語られがちなキャラクターものの域を超え、豊かなドラマとして成立している。飛行シーンの爽快感、セリフを補って余りある音楽も、特筆ものだ。

2000年/DV/カラー/15分 英題:We the sun at the center
監督・映像製作:竹内 義
音楽:のびっつ(窪田ミチル/駒形犬吉)

劇場公開
海外映画祭
2004年 第48回オーバーハウゼン国際短編映画祭 (ドイツ)
ウィスコンシン映画祭 (アメリカ)
音楽賞(TOKYO FM賞)&観客賞(神戸)

『星ノくん・夢ノくん』

監督:荻上直子

こんなわがまま、嫌いじゃないです。
修学旅行で地球にやって来た星ノくんと夢ノくんは、帰りの汽車に乗り遅れ、2人だけ取り残されてしまう。時間を潰すお金もなし、噛んでいないと死んでしまう酸素2倍ガムも残りわずか。愚痴っぽくてすぐに怒る夢ノくんは、気弱で少々ピントはずれな星ノくんを「こうなったのはすべて君のせいだ」と責めるが、自分1人では何もできず、星ノくんはいざという時に頼りになるので、「だから君が責任取れよ」的な言い方で一緒にいた。案の定、星ノくんが修学旅行のしおりから、列車に乗り遅れた場合は指定の場所で故郷の星と交感して帰る方法を知るべし、という項目を探し出す。その公園の場所を聞こうと、1人の若い女性に声をかけるが、恋人にふられたばかりのその女は、支離滅裂にわがままだった。「道を教える代わりに元カレを殴って!」普通じゃない3人の、当初の予定より少し長い旅が、ここから始まった。
自分の“普通”が他の人と違っても、一向に気にせず、人と合わせることもしない。わがままと取られがちだが、それは自分に誠実なだけ。「うんこがしたい時に、はっきりそう言える女の子と友達になりたいし、そんな子が描きたかった」という監督の言葉がうなずける、魅力的な自己チュー3人組の物語。日常のエピソードもテンポよく楽しく観られるが、星との交感や迎えの汽車など宇宙を表すシーンのアイデアに、卓越した監督のセンスが光る。

2000年/DV/カラー/68分 英題:Hoshino-kun, Yumeno-kun
監督:荻上直子
撮影:高橋 暢 録音:伊藤 章
出演:山ロ哲也、星島耕介、塩沢えみな、谷田文郎

観客賞(東京)

『虫たち』

監督:ケ・マリモ(増田庄吾/若泉太郎/横川兄弟)

この町は、奇人たちの虫かご。
じっとりとした暑さが肌にまとわりつくような8月の朝。ただでさえ狭くて汚い十文字の部屋には、かつてのバイト先の先輩である鳥貝と、十文字が可愛がっている野良猫が居候していた。烏貝の「猫のせいでこの部屋はノミだらけだ」という主張から、バルサンを焚くことになり、部屋にいられなくなった2人は、近所を散歩して時間をつぶすことに。真夏なのに革パンをはいた鳥貝はわがままで口からでまかせばかり、トランクス1枚に猫という出で立ちの十文字は超マイペースで変な勘が発達。しかし、2人が出会うご近所さんたちは、さらにその上をいく奇人変人ばかりだった。空き地で暮らす石川さんは指先から「ジョーズのテーマ」を鳴らすと人を池に落とすことができるし、公園でダンスの練習をする女性3人もかなりのワケありだ。その町に自分を探しに来た妻から烏貝は逃れ、十文字もまた、ひょんなことから警官を殺したかもしれないと勘違い、2人の散歩は、いつしか逃走のようなものへと変わっていく。
設定も、登場人物のキャラクターも、始めからズレている上に、話が展開するほどにそのズレがねじれ、だらだらしたノリが排泄物のように残されていく。オフビート感覚、と言ってしまうには、あまりにもアンチファッショナブルだが、媚びではない愛嬌と冷静な観察眼が芯を貫く。半径数キロでも“さすらい”の感覚が伝わってくる、オフビートご近所ロードムービーだ。

2000年/DV/カラー/47分 英題:Bugs
監督:ケ・マリモ(増田庄吾、若泉太郎、横川兄弟)
出演:町田彦衛、高橋義彦、鈴木七見子、吉地 綾、金山美由紀、望月千春、内 正和、中沢美紀

グランプリ&ブリリアント賞(日活賞)&観客賞(大分・福岡・仙台)

『モル』

監督:タナダユキ

私の人生、生理でメチャメチャ。
西原ゆかり、25才。大阪から単身上京、美術モデルをして暮らしている。目指す女優の道は遠いが、それなりに平穏な彼女の日々を、毎月やってくる例のモノが変えた…。ある時から、生理になると発熱し、その上、飛び降り自殺をしようとしている男と、実際の距離に関係なく目が合うようになったのだ。恥ずかしさをこらえて実家の母に電話し、解熱用の座薬を大量に送ってもらうも、出かければ自殺男と目が合い、そのショックから街なかで失神することもしばしば。さらに、生理中に暴力をふるった恋人にキレて逆襲、半殺しの目にあわせて別れたり、それがきっかけでエリート&ハンサム弁護士と付き合い始めるが、可愛い女になれずに別れたりと、生理に踊らされて人生くたくた。そんなものに踊らされず、当初の目的通り、女優に賭けたい。その最後のチャンスと決めて出かけたオーディションの日、また自殺男と目が合った。ゆかりの溜まった鬱憤と怒りが遂に爆発する。
男性のみならず、女性にとっても理不尽な聖域である生理。縦横無尽で問答無用のストーリーのベースにそれを持ってきたのは、確信犯でなく単なるアイデアだとしても、成功の大きな要因だろう。そして監督自身が演じるヒロインの魅力がこの作品の魅力。モチーフからベタつきを排除し、タイトルにまつわるエピソードの切なさも、彼女だからこそ、観客の胸にスッと落ちていく。

2000年/DV/カラー/76分 英題:Guinea
監督:タナダユキ
撮影・編集:久保延明、山田麻理枝 音楽:山田康博(Y-SONIQ) ヘアメイク:石川貴子
出演:タナダユキ、岩波才靖、辻マガル、辻イトコ、水田真靖、石川貴子、日名拓史

劇場公開
2002年 3月16日~4月5日 東京 シネ・リーブル池袋
海外映画祭

『夜はパラダイスへ行く』

監督:友久陽志

待ち合わせは、夢の中。
建築家の卵、コウスケ、リョウヘイ、ヨウコ、イセの4人は、あるコンペのためにチームを組んでいる。明日はその大事なプレゼンテーションがあり、提出する資料を今夜中に仕上げなければならない。徹夜にはなりそうだが、手分けすれば楽勝で終わる作業量で、全員がせっせと手を動かす、はずだった。しかし、まずヨウコが理由なき睡魔に襲われる。紅一点が眠った途端、男3人はつい脱線、くだらないことに夢中になる。我に返って作業に戻ったのも束の間、今度は猛烈な睡魔がイセを襲う。何とか起こそうという努力も無駄に終わり、残されたコウスケとリョウヘイは焦るが、そんな気持ちとは裏腹に、あろうことか、彼らもまた、夢の世界に引きずり込まれていく…。
夢というきわめて個人的で、非理論的で、捉えどころのない現象を、映画の中心に据える。その困難な課題に果敢に挑戦し、見事に成功。寝てはいけない状況で眠りに落ちていく時の、ほろ苦くも甘美な敗北感。夢の入りロで感じる、不思議な安心感と所在なさ。この作品の夢のシーンには、そうした微妙な感覚が空気として焼き付けられている。それは、巧みな再現力というより、素直さと感じられ、だからこそ、意味がありそうでなさそうな夢の中の行動も、起きている時の何でもない会話も、心地よく受け入れられる。4人が同じ夢の中でおち合うラストシーンも、さりげなく美しい。

2000年/S-VHS/カラー/34分 英題:Going to paradise at night
監督・撮影:友久陽志
脚本:友久陽志、鎌田俊哉 監督補:安藤健一郎、北原昭彦 音楽:木谷卓矢、木村寿之 録音:白間耕治
出演:上畠康嗣、田井中亮平、大塚庸子、伊勢田 亮

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