

| 作品名 | 監督名 | 作品名 | 監督名 |
|---|---|---|---|
| グランプリ、企画賞(TBS賞)、エンターテイメント賞(レントラックジャパン賞)、音楽賞(TOKYO FM賞) 『青~chong~』 |
李 相日 | 『花ガール/FLOWERGIRL』 | ケイト・ショートランド |
| 審査員特別賞 『アンゴウ』 |
古本恭一 | 『春天里』 | 友久陽志 |
| 『おかえりなさい、まんちゃん』 | 河本隆志 | 『ヒコ-キ雲』 | 花見正樹 |
| 技術賞(IMAGICA賞) 『OVERTONE』 |
嘉悦基光 | 『ブルームーンカフェ』 | 神酒大亮 |
| 『KILLER,ADIOS!』 | 日出嶋竜ニ | 審査員特別賞 『MY beautiful EGO』 |
清水佐絵 |
| 『ジャイアントナキムシ』 | 深川栄洋 | 『ムカデロデオ』 | 有馬 顕 市川啓嗣 |
| 『世界に告ぐ』 | 餘家 守 | 審査員特別賞 『夜の話』 |
吉野耕平 |
| 『電車の往く町で』 | 宮下耕治 | 準グランプリ 『ワタシハコトバカズガスクナイ』 |
上田大樹 |
| ブリリアント賞(日活賞)、観客賞(東京) 『9』 |
久保延明 | 『わらってあげる』 | 小沢和史 |
| 『鈍色ノ雨ガ降ッテクルッ』 | 鳥居洋太 |
応募総数 730本 入選 19本

在日朝鮮人学校に通う在日3世のヤン・テソン。ケンカをしたり女の子にちょっとエッチな気持ちを抱いたり、ごく普通の高校生活を送っている。1つ違うのは、朝鮮人として誇り高く生きるよう学校でも家庭でも教育を受けていること。しかし、姉が「結婚したい」と連れて来たのは日本人で、美しく成長した幼ななじみも日本人と付きあっているらしく、おもしろくない。子供の頃から打ち込んできた野球も、高校野球連盟に朝鮮人学校の加盟を認められるが、練習試合で日本人学校に大敗。テソンは自分の無力さを感じて野球部をやめて失意の日々を送る。そんなある日、日本人と付きあっているという理由で、幼ななじみがいじめを受け…。
在日3世の日常という硬くなりがちなテーマを、簡潔にして練りこまれたストーリーと、省略をうまく使ったカット割、センスあふれる構図で、テンポのいい新鮮なエンタテインメント作品に仕上げた。朝鮮人の蔑称である“チョン”と、朝鮮語で“青”を表す“チョン”、そして日本語で“若さ”を意味する“青”。恋や挫折といった当たり前の青春の悩みが、在日朝鮮人というアイデンティティの問いかけと重なる登場人物達の状況を、タイトルは見事に伝える。また、映像はそのタイトルを裏切るように、学生シャツ、学校の屋上、月、紙製のロケット台など、白を効果的に映していく。その白が、彼らの潔癖さと可能性を感じさせて、まぶしい。
1999年/16ミリ/カラー/54分 英題:BLUE~CHONG~
監督・脚本:李 相日
制作:伊藤史秀、小菅順子、李 康先 撮影:早坂 伸、山田康介、橋本太郎 照明:飯村浩史、市丸知範 録音:五十嵐 圭、生 繁崇 編集:滝ロ千恵子 助監督:水野貴之、鈴木秀樹、松浦 本、巫 紹棋 音楽:坂本 健
出演:眞島秀和、山本隆司、有山尚宏、竹本志帆
| 2001年 | 4月21日~6月15日 | 東京 | BOX東中野 |
| 8月4日~17日 | 大阪 | 扇町ミュージアムスクエア | |
| 9月15日~28日 | 愛知 | シネマテーク | |
| 9月19日~24日 | 兵庫 | 神戸アートビレッジセンター | |
| 11月13日~23日 | 京都 | みなみ会館 |
| 1999年 | ニューヨーク大学国際学生映画祭 | (アメリカ) |
| 第4回釜山国際映画祭 ワイドアングル部門 |
(韓国) | |
| 第29回ロッテルダム国際映画祭 | (オランダ) | |
| 2000年 | 第4回シネマコリア上映会 | (韓国) |
| 2001年 | 第37回ペサロ国際映画祭 | (イタリア) |
| 2002年 | フィルム・アンド・ビデオ・センター(UCI) | (アメリカ) |
| 光州ヴィエンナーレ | (韓国) | |
| イェール大学 | (アメリカ) | |
| 2003年 | パシフィック・フィルム・アーカイブ | (アメリカ) |
| デュッセルドルフNRW日本デー2003 | (ドイツ) |

タクシー運転手の島は、数カ月前に交通事故で、幼い2人の娘を奪われた。その車を運転していた妻は、命は助かったものの視力を失ってしまう。妻の退院の前日、図書館の職員を名乗る男性から「本を返却して欲しい」という電話が入る。島がその本を探し出すと、中から数字を羅列した暗号めいたメモが出てきた。胸に引っかかるものがあった島がその数字を読み解くと、「イツモノトコロデマッテイマス」というメッセージになっていた。彼は、美しい妻の不倫を疑い始める。一方、妻は、よそよそしい夫の態度に事故の責任を感じて苛立つのだった。
子供の死、失明、夫婦の危機というシリアスなテーマを、重過ぎず、暗過ぎず、かといって明るい応援風でもなく、誠実な平常心で扱って、多くの人の心に素直にしみる作品に仕上がった。全体に落ち着いた語り口だが、時代遅れの感動モノにならなかったのは、夫のタクシー運転手としての暮らしぶりだけでなく、妻の“目が見えなくなってから”の生活を、ヴィヴィッドに描きこんだことが大きな要因だろう。同じ失明者の男友達をつくり、新聞勧誘員に思いを寄せられ、夫の態度に大声を出し、あるいは必死で夫婦の絆を結び直そうとするその姿は、同情だけに終わらない魅力がある。苦しみの末、同じ日の同じ時間、違う場所で、2人がそれぞれに子供の死を乗り越えるラストシーンは感動的。
1999年/DV/カラー/74分 英題:ANGOU
監督・脚本:古本恭一
制作:宮脇信行 撮影:三本木久城 音楽:野口真紀
出演:高井純子/平出龍生/古本恭一/川相真紀子

突然いなくなった大切な人へのメッセージをペットボトルに詰めて川に流す男性。恋人の死を受け入れられない少女。行き先のない愛しさに押しつぶされそうになりながら必死で生きる人々のすぐ隣には、天使がいた。ペットボトル配達人。この世とあの世をつなぐ通路への道先案内人。再生見届け人。そしてボードビル・デュオというフォーク・デュオ。彼らは、真冬の風の中にある光の粒のように小さくて輝く奇跡を、淡々と届ける。自転車で走り回っていたり、釣り竿を持っていたり、延々としりとりをしていたりする、人間の姿をした天使達が起こした奇跡とは?
セリフでも映像でも、状況や背景をほとんど説明せず、何でもない冬の川原の遠景の積み重ねで、デリケートな世界観を伝えていく。ストーリーとは関係ないように見える人がいたり、唐突なセリフがあったり、人間とそうでない人々の区別がなかったりと、一見、遠回りなその世界の構築は、この作品にしかない静謐でやさしい空気を、観る人の心に残していく。静かに痛みに耐える人間と、彼らと視線を交わさないまま交流する、ちょっと変わった天使達。その中間にいて、歌と演奏で両者をつなぐボードビル・デュオ。愛知県岡崎市在住のこのミュージシャンを起用した「観客参加型映画」が狙いだったということだが、彼女達のフィーチャーの仕方がごく自然で“音楽映画”とも言える仕上がりになった。
1999年/DV/カラー/49分 英題:WELCOME BACK, MAN-CHAN
監督・脚本:河本隆志
音楽:山ロ貴規
出演:ボードビル・デュオ、大倉幸子、戸谷英明

一緒に暮らし始めてわずか1ヵ月で最愛の女性を失った若い芸術家。かつてモデルだった美しい彼女との思い出の土地であるアトリエに戻るが、あまりにも大きな喪失感から、食事の時も眠っている時も、まるで彼女の死が自分の勘違いだったようなリアルな幻想を見る。そんなある日、何かに取りつかれたように、彼は粘土で彼女の像をつくり始める。一心不乱に打ちこんだその像が完成した夜、アトリエに射しこんだ月光が、粘土の塊に命を吹きこむ。そして、目を覚ました彼は再び最愛の人と出会うのだが…。
ドラマチックなストーリーだが、抑制の効いた演出と、無骨ささえ感じるザラついたカメラが、甘さを抑えた、それゆえに余計に痛みの深さが感じられるラブストーリーを完成させた。亡くなった恋人の幻想と実際の思い出のバランス、挿入のタイミングが良く、濃密だった2人の時間と彼女の魅力を充分に伝えている。また、生と死、触れ合い、別れ、つくり出す、生み出すことなど、この映画の様々なテーマを象徴させた“手”の表情の撮り分けにも注目したい。ちなみに「OVERTONE」とは、音の性質を表す「倍音」のことで、協和する音や倍音を多く含む虫の音などが合わさると、違った響きとなって聞こえるという。さらにTONEはドイツ語で土、粘土を表す言葉で、ストーリーはこの言葉から発想された。
1999年/16ミリ/カラー/28分 英題:OVERTONE
監督:嘉悦基光
撮影:関元由希子 録音:小林 喬 撮影助手:月永雄太 美術:小野佐知子 音楽:アミット・ロイ
出演:福津泰至、榎本 愛

現金強奪犯を仕留めた、凄腕の殺し屋ガンマン。その首に破格の賞金がかかった彼が次に狙うのは、連続殺人犯「死神」。だが遂に対決した「死神」は不死身で、胸に風穴を開けられても死なず、逆にガンマンが追い詰められて危機一髪に陥ってしまう。仲間の加勢で何とか形勢を逆転させ、ダイナマイトで「死神」を爆破するが、それでも「死神」は死なない。最後の手段としてとった捨て身覚悟の一撃が、何とか「死神」の息の根を止めたのだった。そしてガンマンは、いずこともなく去っていく。
すべてのモデルプロップ(使用する人形やセット)をつくるのに1年。1カット撮影するのに6~12時間、それを200回繰り返して編集、アフレコと、気の遠くなるような手間を、すべて1人で行ってつくられたストップモーション・アニメ。主人公がガンマンということからもわかるように、ベースにあるのはマカロニウエスタンだが、スポーツカーが出てきたりして、過去とも現在とも未来ともつかない時代設定が、普通の西部劇に比べて深みを加えている。ストーリーを追うだけでも大変な労力がかかるにもかかわらず、風に舞うポスターなど細部も丁寧に見せ、監督自身が「最後まで自分の世界を貫き通した」と言うように、1つの世界観が確立。大人向けアニメの風格さえ漂わせる、ダーティ・ヒーローを魅力的に描いた作品である。
1999年/VHS/カラー/14分 英題:KILLER, ADIOS!
監督・制作・脚本・モデルプロップ作成・撮影・照明・編集・セリフ:日出嶋竜二

内装職人の谷口は、仕事は一人前だがまだ童貞。ある日、かつて自分がいじめていた青田に誘われて彼の家に行くと、そこは無職の青田には不釣り合いな一軒家で、しかも青田にはもったいない美人で料理上手で親が金持ちという恋人・伸子が一緒に住んでいた。伸子にひと目惚れした谷ロは青田に嫉妬する。しかし青田は青田で医者も見放す重症のインポ。そのことから伸子に対する態度も邪険になりがちだった。それでも青田を愛す伸子はけなげに尽くすが、実は彼女は青田には嘘をつき、売春をして稼いでいた。その伸子の秘密を谷口が知ってしまった。悩んだ挙げ句、谷口はその事実を青田に告げる。それを聞いた青田は、自分の性器を切り落とすという方法で自殺するが…。
売春する伸子が悪いのか、それを告げ口する谷口が悪いのか。いじめる谷口と、いじめられる青田、本当はどちらが所有されているのか。愛する伸子と愛される青田、優位なのはどちらなのか。果たして青田は死んだのか。性的なコンプレックスを持つ3人の、セックスのない浮遊する三角関係とその顛末。嫉妬したり焦がれたり不安になったりと、普通の恋愛感情に苦しむ谷口が変わった人間に見えるくらいモラトリアムな青田のキャラクターが、答えのない数々のテーマと、一種ファンタジーのようなラストシーンにフィットしている。
1999年/16ミリ/カラー/55分 英題:GIANT CRYBABY
監督・脚本・編集:深川栄洋
制作:山下由紀 撮影:佐々木一平、深川栄洋 助監督:大滝唯史 録音:加藤岳志 照明:前田 崇、西村正輝 メイク:五味優子 ネガ編集:門司康子
出演:渡辺竜太、大坪裕美、秋山雅史、塚田さおり、佐々木一平、山崎雅美、深川栄洋、村上 寿

世界という名前を持つ大学生。頭の中では人一倍いろいろ考えているのに行動は空回りすることが多く、はたから見れば冴えない人生を送っていた。特に最近はその傾向が強くて、ガールフレンドは冷たく、小学校時代からライバル心を抱いてきた友人は将来の夢を着々と形にしつつあり、ひと目惚れした女の子はヤツの彼女だ。そんな自分に疲れと疑問を感じ始めた時、ガールフレンドが落とした日記帳を読むことになってしまう。そこには、世界をさらに混乱と空回りへと駆り立てる内容が書いてあった。
自転車の鍵を失くした時、あなたならどうする?世界は自転車をかついで歩く。汗だくになっても人から笑われても。彼の中には、形にはなっていないが確かなこだわりがあり、往々にしてそれが彼を、生きるのに不器用な人間に見せてしまう。そんな世界から離れていく人、笑顔で隣に座る人。そして隣に座った人は、世界が、彼の中のこだわりと折り合って生きていけそうな、2つの言葉を告げてくれた。その言葉に後押しされるように、世界もまた、自分以外の世界に告げる、自分はこういう人間だと…。近道でなく真っ直ぐな道を選んでは傷つく主人公を描きながら、痛々しくならず、瑞々しい青春映画に仕上がったのは「第9」を始めとするクラシック音楽をスピーディな場面でこそ多用する、独自の視線を監督が持っていたからだろう。
1999年/S-VHS/カラー/65分 英題:TELL THE WORLD
監督・脚本:餘家 守
出演:土屋 圭、田北真理、藤谷良介、塩見真理子、九良賀野喜一

中学の時に引っ越していったアイツ、正秋が町に帰って来た。それから夏子は落ち着かない。再会した日に、かつていじめられていたお返しにとビンタを食らわせても気がすまない。キツイ言葉で欠点を並べ立ててもイマイチだ。そんな夏子を尻目に、アイツはひょうひょうと「同級生だった鳥澤とおれとお前で便利屋を始めないか」と言いだす始末。いつしか夏子も仲間入りすることになり、仕事は徐々に軌道に乗る。しかし三角関係の現場を押さえるという依頼で、張り込みをしていた部屋から出てきたのが夏子の家の間借り人だったことから、3人の間に亀裂が生じる。やがて正秋と鳥澤は違う夢を追いかけようとし、同じ頃、夏子は古い家計簿の後ろに書かれた母の文章を見つける。そこには、母の中学時代の、ある男子生徒との思い出が綴られていた…。
成就する初恋という、誰もが1度は抱く青くて淡い夢を、丁寧なエピソードを重ねて“起こりえるかもしれない”現実として捉えた。人にやさしくしたいと思っていても、それが仕事のルールに反したり、別の誰かを傷つけたりする時、どうすればいいのか。生きていく上での芯になるような問題に、監督は最もやさしい答えを用意した。それがただの絵空事、きれいごとに見えないのは、四方を山に囲まれた、時間がゆっくりと流れているような町の空気が大いに貢献している。
1999年/8ミリ/カラー/79分 英題:A TOWN WHERE TRAINS RUN
監督・脚本・撮影・編集:宮下耕治
音楽:柚木敏英 助監督:吉備耕平、隅田美穂、山中麻耶
出演:島内良子、藤原浩太郎、早川卓馬、宮下恭子、白鳥友子、高田恵利、山中麻耶、橋本 淳、八木尚平、宮下喜江子

1999年をひっくり返して6月6日6時1分。そこから始まる9つの物語。出だしは1つ、途中の3つの分かれ道が、それぞれさらに3つに分かれるパラレル・ワールドが展開する。その日、遊び仲間の修やヒメ達は、いつものように集まって、酒を飲みながら他愛ないおしゃべりをして夜明けを迎えた。せっかくだから、とみんなでラジオ体操をしていると修が「誰か今日1日、恋人・文の相手をしてほしい」と言い出す。四六時中、自分にベッタリで友達もほとんどいない文が少しでも人と接することに慣れるよう、また、自分も息抜きができるよう、仲の良い仲間に頼むことにしたのだ。しかし、ヒメ(男。愛媛出身なのでこのあだ名)、しずか(男。苗字が工藤なのでこのあだ名)、田中(男)のうち、誰を選ぶかで運命は大きく分かれる。修は誰を選び、文と3人の男達はどんなふうにその日を過ごすのか?悲劇の回避はそこにかかっている。
フラレた彼女の家に押しかけるヒメ、お気に入りの公衆トイレに連れて行くしずか、文の幼ななじみの家を訪ねる田中。それぞれの愛すべきキャラクターとともに、修と文の性格と関係もさりげなく伝えていく語りロは、軽やかにして秀逸。本当っぽいともウソっぽいとも言えない不思議な人物やエピソードをたっぷり盛り込みながら「もしあの時、○○でなかったら」という人生の分かれ道を、ユーモラスに見せていく。
1999年/DV/カラー/115分 英題:9
監督・脚本・編集:久保延明
音楽:二階堂功一 主題歌:砂原光利 撮影・録音:榎本 靖、鴨下隆子、山本浩貴
出演:馬場一慈、星野充香、佐藤鋼生、石塚義高、三上晃次、中村祐子、岩崎英理、堀江亜有子、小久保真理江、棒葉夏江、舘野 聡、川村泰士、横山 毅、日名拓史

近未来の日本なのか、日本によく似た場所なのか。その町では、天気予報の最後に必ず「鈍色(にびいろ)の雨」に関するアナウンスが流れ、人々はその雨を絶えず気にかけて生活していた。「鈍色の雨」とは、空気中にあるH.U.A.Nという物質が、別の物質ビオレンチェ(VIOLENCE)と結びついた時にできる蒸気が上空に上がり、雲を形成して降ってくるものだと言われている。しかし、雲も雨も人間の目には見えず、降って来たらどうなるのかもわからない。雲1つない青空の下で、人々はただ不安に身を硬くするしかなかった。そんな町の団地で、息子が母親を射殺する事件が起きる。一方、かつて父親を首吊り自殺で亡くし、自分と視線も言葉も交わさない母親と2人で暮らす高校生トモロウは、いつからか、死にまつわるイメージを見聞きすると、頭の中で子供の声が聞こえるようになっていた。ある日トモロウは、母親を殺した息子が団地の公園で自殺するのを目撃し、彼が使った拳銃を持って帰って来る…。
鈍色とは濃いねずみ色のことで、昔の喪服にはこの色が使われていたという。肥大化する不安とストレス。はびこる暴力と噂。希薄な親子関係。“今”の“日本”を侵食する気分を、見えない雨をモチーフに見事に映像化した。サウンドエフェクトの使い方も効果的で、観ている側も「鈍色的」な不安や不快感をリアルに感じさせられる。抜けるような青空や子供の笑い声が不気味に思える作品。
1999年/DV/カラー/45分 英題:A GRAY RAIN IS GOING TO FALL
監督・脚本・撮影・編集・音楽:鳥居洋太
出演:水野泰志、今 大輔、有川ゆか、高見秀樹、酒井健宏、瀬理泰弘、鳥居正子、鳥居優作、森田真澄、古田喜久、牧野貴志、厚田幸子、鳥居洋太

ダイスケ、テツ、ハナの3人は、オーストラリアのシドニーで共同生活を送っていた。お互いに余計な干渉をせず、自由気ままに暮らす彼らだったが、ダイスケが実家の都合で日本に帰ることになる。最後の数日間を、シドニーでの暮らしをビデオに収めて過ごすダイスケ。3人のアパート、街並み、花、自転車に乗る自分…。でもその中心には、密かに思いを寄せてきたハナがいた。美しくて明るくて良いにおいがしてエネルギーに満ちていて、実家が金持ちの恋人がいるハナ。それに引き換え自分は、日本で家の商売である肉屋の手伝いをしなければならない。ベジタリアンだというのに。ハナに気持ちを伝える上手な方法も知らず、伝わる自信もなく、残された時間もないダイスケは、出発の前夜、思いきってハナにキスをするが、相手にされない。失意のまま日本に帰ってきたダイスケが、シドニーのビデオを見ていると…。
ビデオのパーソナル性を、映像的にもストーリー的にも効果的に使って綴られるラブストーリー。太陽の強さ、吹く風の乾き具合、湿気を帯びた夜の街の匂いなど、目に見えない空気感がはっきりと感じられる、皮膚感覚に近い映像が美しい。出演者は日本人でセリフも日本語だが、監督はオーストラリア人女性。
1999年/16ミリ/カラー/19分 英題:FLOWERGIRL
監督:ケイト・ショートランド
制作:アンソニー・アンダーソン 脚本:ケイト・ショートランド、ジュン・タガミ 編集:スコット・グレイ 撮影:ロバート・ハンフリーズ
出演:トシユキ・チバ、ミキコ・オオオカ、ジュン・イワサキ

中国・北京に留学中のヨウは、タクシーの中に財布を忘れてきてしまう。戻らないものと落ち込んでいたが、次にそのタクシーに乗った日本人が届けてくれたと知らせが入った。喜ぶヨウはお礼を言うためにその人物に会いに出かける。するとその人はトモミという女性で、やはり留学中の学生だった。初対面なのに2人の話は弾み、ヨウはたちまち彼女に恋をする。「また会いたい」という彼に、トモミはポケベルの番号を教えた。次の日、ヨウは彼女のポケベルにメッセージを送る。学生寮に1台しかない電話の前で、かかってくるかどうかわからない電話を、かかってくることを願いながら待つヨウ。寮生の中国人が歌う歌を聞きながら、時間はゆっくりと過ぎていく。冬の北京に、いつの間にか春が近づいていた。
「同じタクシー」「先端恐怖症」「1周年」など、少しずつシンクロする不思議な偶然は運命なのだろうか?恋する者にとって、偶然と運命のボーダーラインは限りなく自分寄りで、必ずや運命であって欲しいもの。しかしその答えは、彼女からの電話が来るかにかかっている。じりじりと切ない時間のはずなのに、もともと監督が持っているのであろう悠然とした時間感覚に、のどかな関西弁と中国の大陸的な空気が掛け合わさって、どこか水墨画のような淡々とした味わいのラブストーリーとなった。ラストの中国人学生がアカペラで歌う中国語の歌が美しく、胸に残る。
1999年/S-VHS/カラー/26分 英題:SPRINGTIME STORY
監督・脚本:友久陽志
撮影:大村義宏、明山智美 音響:白間耕治 タイトル:西尾雅志 協力:馬渡 愛、後藤 陽、THIERRY RAKOTO、他
出演:友久陽志、大村義宏、明山智美、黄種毅

高校の陸上部に所属する深海は、内気で、自分から何かを求めたり決めたりすることがないまま過ごしてきた。しかし、部の古くさい方針に反発して勝手に自主トレーニングをする清田と架場という不良部員になぜか気に入られ、一緒に練習を重ねている。実力があり、明るく自由な2人は、深海にとって憧れの存在だった。また深海は、ピアノの英才教育を受けて育ってきた少女・夏樹と出会い、そのピアノの音色と彼女自身に思いを寄せている。真夏の炎天下を走って部内ナンバー1を決める、通称“地獄の記録会”の日。清田と架場はお互いの友情と自分のアイデンティティを、彼らの同級生・田辺は部長としての威信を、そして深海は消極的な自分を変えて夏樹に告白することを賭けて、全力で走る。
2年という時間をまたいで語られる、2度と繰り返せない青春の日々。オーソドックスとも言えるストーリーだが、その苦しさとまぶしさ、そしてカタルシスを、この作品は“走る”という行為に託して描く。出演者の演技は決してスムーズとは言えないが、1人1人のキャラクターやバックグラウンドはうまく説明され、安定感のある青春映画に仕上がった。また、陸上という動きのバリエーションが少ないスポーツをモチーフに選びながら、躍動感を表現するのに成功している。
1999年/8ミリ/カラー/40分 英題:JET STREAM
監督・脚本・編集:花見正樹
助監督:土屋 圭 記録:柿田理絵 照明:東田陽子 音声:倉内誉斎、金城 薫 スチール:小西秀和 タイトル:鑑木 ピアノ:柿田悠美 ギター:楠本修平 製作:関西大学文化会映画研究部
出演:楠本修平、石川優子、香坂卓治、九良賀野喜一、上田真嗣、御木大地、藤田陽一、花見正樹

2人は、男の部屋でいいムード。照明はほの暗く、ソファベッドに並んで座り、お酒もちょっぴり入って、女の子もごきげんうるわしい。「行けるかな、いや、行けるでしょう!」、男が心の中でこぶしを握りしめ、彼女のスカートの中に指をはわせていった時…。なんと、友人と温泉旅行に行ったはずの、男の同棲相手が帰って来た!間一髪で、男が女の子を隠したのはソファベッドの下。そんなことはまったく知らない同棲相手の女の子は、今夜に限ってやる気まんまん。さっきまでオトすつもりでいた女の子の存在を真下に感じながら、男はいつもの彼女と、せざるを得なくなる。その時、ベッドの下の彼女は…。
普通に会話していてテーブルの下で足を絡め合うような裏腹なエロスを、ストーリーでも映像でも見事に描写。「いかに触覚を感じさせるかに腐心した」という監督の意図は充分に反映されているといっていいだろう。また、説明的なセリフを省きながらも、緩急のリズムを使い分け、スパイスを効かせたストーリーは、単なる浮気の顛末物語に終わらず、三人三様の感情のアップダウンに深みを加えた。それでもどこかに軽さが残るのは、そこはかとなく漂うユーモアのせい。ラストシーンでニヤリと笑うか、「女ってコワイ」と思うか、あるいは「男ってダメ」とため息をつくかで、観た人の恋愛観がわかるはず。
1999年/β-cam/カラー/25分 英題:BLUE MOON CAFE
監督・脚本:神酒大亮
音楽:ハマダオウイチロウ 撮影:神酒大亮、森木宏明 衣装:井上雪子、木内さとこ メイク:宮崎 渚、井上雪子
出演:河村竜也、木内さとこ、佐金志摩

野原に全裸(帽子と靴は着用)で腰を振りながら「ミ・テ!」。そんな監督からの強烈なメッセージで始まる、半分ドキュメンタリーのような物語。「僕の夢は、早く家と学校から脱走して、うんこをしながらピアノを弾くこと」、そう言って華麗にピアノを弾き始めた坊主頭の中学生男子。演奏が終わったあと、ピアノの上には本当にうんこが…。そんな“本音”と“本当”が詰まったストーリーが次々とインサートカットでつなげられていく。
自分の恥部や本音をカメラの前でさらけ出すことで、相手の、そして観客の建前を引きはがすという、言ってみればショック療法のような撮影テクニックは、ドキュメンタリーの場合、決して珍しくはない。自分自身にカメラを向けるのも、やはり新しくない。だが、この作品には、それらにありがちな露悪の匂いや必要以上の深刻さがない。やりたいから、やっている。そんなシンプルな構図、モチベーションから解放された身軽さがベースに見えるのだ。出演者の話す言葉が“セリフ棒読み的”あるいは“照れて笑っちゃいました的”ではあっても、それが受け入れられるのは、彼らが楽しそうだからだろう。これだけのことをしておきながら、監督・清水佐絵の歩いたあとには草木も生えない、ではなく、彼女が歩いたあとには花が咲くだろうと思わせるパワーが、この作品からは伝わってくる。エネルギッシュな知能犯だ。
1999年/DV/カラー/40分 英題:MY BEAUTIFUL EGO
監督・脚本・編集:清水佐絵
撮影:清水中乃、清水佐絵、岩永はるか 照明:清水中乃 編集技術指導:服部勝孝
出演:清水佐絵、進藤 聡、奥谷恵奈、岩永はるか、悪蛇夢、鈴木 博、小塩健次郎、清水中乃、杉本剛士、中村誠治、小澤結香、鈴木杏由美、野村麻衣子、清水誠一、清水秀子、小林隼人、安達健次、和田則子、植松なつ美、加藤洋佑、金井 大

部屋で1人、貧弱な体をさらして筋肉トレーニングに励む男がいる。シャドーボクシング、通販で買った器具で腹筋強化、反復横飛び…。ボクサー志望の青年か。いや、彼はプロボクサーにもマッチョマンにもなるつもりはない。彼の目的はただ1つ、間もなく行われる結婚式で花嫁を強奪すること。3年前、自分のジーパンをはいてゴミ捨てに行ったまま帰ってこなかった恋人。その彼女から結婚式の招待状が届いた日から、彼は、最高の花嫁略奪劇を自ら演出、主演すべく、着々と準備を進めていたのだ。体づくりはもちろん、ルートの決定、動作の確認、決めゼリフの練習、黒いポルシェの手配、白いタキシードとイカした靴…。計画は完壁、いよいよ式当日がやってきた。花束にバットをしのばせ、彼は家を出る。カッコイイぜ。でもこの計画、成功するのか?
乾いたタッチのスタイリッシュな映像と、切れ味のある洒落たセリフで、次第に男の計画を明らかに。そのカメラワークとテンポは、すでに確立した個性と実力を感じさせる。かっこいいのに笑える理由の80%は、おそらく主人公のルックスのおかげ。ナイスなキャストを得て“怖そうだけどインチキくさい”独自のテイストがいかんなく発揮された。音楽の使い方も効果的で、ロカビリー、アイドル歌謡などバラバラな選曲が、シーンごとにぴったりハマっている。
1999年/16ミリ/カラー/32分 英題:MUKADE RODEO
監督・脚本:有馬顕、市川啓嗣
制作:柴田勝樹 撮影監督:山田真也 スタッフ:林 健太、佐藤達也、片山 聡、大西 充、北川陽平、山田定臣、岩瀬浩美、出口佳代、西村順子、安藤智之、神森 崇、市尾直樹 タイトル:マコチン 協力:名古屋ビジュアルアーツ 製作:ワニガワブーツ
出演:山本浩司、白石亜希子、八木康友、ミネソタブードゥーメン、毛利隆治、伸藤宝史、塩谷 昇

街灯の白い光さえ吸いこまれてしまいそうな、暗くて静かで深い夜。街を1人歩く男の目に飛び込んできたのは、見たこともない不思議な機械を宙に向ける、白衣の2人組だった。「何を、しているんですか?」、尋ねる男に彼らは言う。「夜を、計測しています」。彼らによれば、夜は天体上の現象ではなく、それ自体が独立した存在で、質の良し悪しがあるという。彼らと一緒に、男は様々な場所での計測に立ち合う。「どんな、夜ですか?」、計測する2人に男は尋ね、2人組は答える。「いい、夜です」。そして男は、彼らが夜を計測して集めた瓶詰めの“夜のエキス”をもらう。トンネルの中、白衣の2人は忽然と消え、残された男は瓶のふたを開けて…。
人のイマジネーションを刺激する夜、その神秘性やずっしりとした存在感を真正面から捉え、夜そのものを主人公にしてつくられた、5分間のショートストーリー。ネオンや騒音に汚されていない純粋な夜が、正体不明の2人組が言うように、本当に独立した存在の「いい夜」に見えてくる。登場人物達の、独特の間と低いテンションのセリフ回しが、そのひんやりした温度と融合して心地よく、観たあとに不思議な気持ちが芽生える。白衣の男達が持つ計測機は、大学のゴミ捨て場から拾ってきたものでつくったとのこと。
1999年/VHS/カラー/5分 英題:A TALE OF NIGHT
監督・脚本:吉野耕平
撮影:吉川真由子 音楽:岡本 敦 協力:則岡 正、田井中常明、吉田浩子
出演:丹下通雄、筒井一行、荒 武雄

アルバイトをクビになり、留年を宣告され、恋人からふられたミワ。真実を探そうと日本海に旅に出るも、お土産はちょっと失礼な女友達と、かなり冴えない。気を取り直して、今度は弟・ハルミを連れて故郷の町に。弟の同級生でミワとも仲が良かったサワダくんと共に、3人は子供の頃に戻ったような夏休みを過ごす。が、かつて自分の家があった場所を写真に撮る時も、プールで悪ふざけしている時も、風邪を引いて寝こんだ時も、ミワはある日突然いなくなったお父さんのことを考えるのだった。
一方、“僕”の家には最近ひんぱんに無言電話がかかってくる。悪友にそそのかされて待ち合わせてみたが“彼女”は現れなかった。そして数日後、家のポストに1本のカセットテープが入っていた。そのテープには“彼女”からお父さんに宛てたメッセージが吹き込まれていて…。
ある意味、かなりダサイ、しかしなかなか気になる女の子の、失恋と片思いと、保留していた自分の中の空白を埋めていく夏の日々。ひまわり、アイスキャンディ、西瓜、花火と、正統派過ぎるほどの夏のアイテムを使いながら、甘くも古臭くもならず、むしろみずみずしい印象が残るのは、全体に流れる客観と主観のバランスの効果か。“僕”のモノローグも適度に文学的で、作品全体に奥行きを与えるのに成功している。テンポのいいセリフと音楽を感じさせる編集が“2000年のポップ”と呼びたい1本である。
1999年/DV/カラー/23分 英題:I DON'T TALK MUCH
監督・脚本:上田大樹
出演:安藤玉恵、内 正和、岡 雄一郎、冨田中理、久保木秀直

3年前に手首を切って自殺未遂をはかった大学時代の友人・小幡を僕(監督)が訪ね、彼が暮らす山梨に出向いて撮影した数日間のドキュメンタリー。今も精神病院に通う小幡は、天使とバナナジュースと石が好きで、両親が嫌い。自分のこと、愛について、“使命”について話す彼の言葉は、詩のように美しくなめらかだが、どこか表面的で誰かの借り物の言葉のようでもある。そこに欺隔の匂いを感じ取った僕は苛立ち、彼の殻を破るべく小幡を責め始める。だが、時にケイコさんという女性になり、時に全裸になり、また遊園地に石達を連れてくる小幡は、一向に自分のペースを崩さない。夏の日のグラウンドで、遂に僕と小幡の精神戦が始まる。
自殺自体に強い嫌悪感を持つ“僕”にとって、小幡は甘えという薄っぺらなガウンをまとった裸の王様で、強気で責めればすぐに落ちるはずだった。しかし小幡の周囲は、彼がこれまでにつくってきた“小幡の物語”で都合良く何重にも固められ、思わぬ悪戦苦闘を強いられる。僕が感じた苛立ちは、小幡に対してではなく、当初の自分のもくろみが狂ったことだったのである。そしてそれを見抜いたのは他ならぬ小幡だったのだが、その指摘をどう受け止めるか、その一瞬の反応で、実は僕がドキュメンタリーの撮り手としてふさわしいか否かが問われた。さて、その答えは?
1999年/16ミリ/カラー/48分 英題:WA-HA-HA
監督:小沢和史
制作:嘉代秀樹、文平裕子 撮影:小沢和史、与那覇政之 音楽:Shall、塚原信弘、石沢 舞、PEZ66
出演:小幡啓斗