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PFFディレクターBLOGRSS

2010/03/28 23:00:19

香港国際映画祭に来ています

sawako_poster_e.jpgただいま香港国際映画祭に参加しています。
石井裕也監督の『川の底からこんにちは』と『君と歩こう』の上映にあわせて滞在日程を決めたものの、到着してから、4月に入ってからのほうが上映作品数も多く、上映劇場の立地も移動に便利・・・なことを発見し、迂闊さを噛み締めています。
石井監督にとっては、2年前のアジアン・アワード授賞式と特集上映に続く2度目の滞在。今回は学生時代からの映画仲間で、主演作品もある内堀さんと一緒の参加です。

hong-kong01.jpg香港国際映画祭は、私にとって一番長く通っている映画祭だということに気づきました。
1990年からですから、丸20年。街の変化も、改めて感じている滞在です。
特に、飲酒者の増加と、尾篭な話で申し訳ありませんが、飲酒の果ての嘔吐の増加。
これは一番の驚きです。日本食や日本商品の定着など、日本に近い感覚がこの現象を生んだりして・・・などと無責任なことを考えてしまいました。というのも、世界で日本人が一番この癖が強いと言われているからです。

そんなことはともかく、映画祭上映劇場は、かつての公営のホールを中心にしたものから、近年は一般劇場に拡大を続け、会場も大きなショッピングモールの中のシネコンに分散しはじめているので、映画のはしご計画が難しくなっています。一方で、デジタル作品上映を前提で造られた新しい劇場での上映で行われた、『君と歩こう』(デジタル作品)上映は、これまでのどの会場よりも画も音も巣晴らしく、感動しました。

香港国際映画祭は、基本的に英語字幕のみで作品上映をします。
このことが大量の作品上映を可能にさせていることを毎回実感させられます。
日本映画とフランス映画の人気が高く、最初に売り切れるそうで、『川の底からこんにちは』も早々のsold outとなりました。観客層は、韓国の釜山映画祭、台湾の台北映画祭に次いで非常に若く、日本や欧米の映画祭とはいささか雰囲気が違います。
また、日本映画の観客に日本旅行体験者も多い為か、街についての興味が高いようです。今回も、2作品とも作品での「東京」という街の扱いについて質問が続きました。

3月は、PFF事務局にとって、コンペティション部門「PFFアワード」入選作品決定プロセスの大詰めであり、同時に招待作品決定をはじめる時期でもあります。また、10回を数えた所沢での『ミューズシネマセレクション 世界が注目する日本映画たち』の開催と、それに伴う監督の来場と、あっと言う間に時間が過ぎていきます。
それに加えて、本年は毎年7月にパリで開催されるPARIS CINEMAという映画祭が日本特集を計画していて訪ねてきたり、ニューヨークアジア映画祭の方が、夕張のオフシアターコンペの審査員として来日した帰途訪ねて来たりしました。
hk_ishii005.jpg余談ですが、このところ気づくのは、日本映画を上映するに際し、間に日本人のコーディネイターを置く映画祭が増える傾向にあることです。海外の映画祭の立場で想像してみると、日本には以前に比して、海外に出品する意欲のある製作者が増加し、コンタクト先が多様になってきたと同時に、まだ言葉で不自由のある窓口が多いのかなと。旅行に際して添乗員を置きたい気持ちと似ているのかもしれませんが、日本の製作者の方々には、是非一度直接の交渉を体験してみてほしいなと感じることがあります。

さて、話を香港に戻します。
今回上映に行くことが出来ず、一番残念だったのは『Oxhide II(牛皮 弍)』です。Liu Jiayinという高校生みたいな雰囲気の中国の女性監督の作品で、前作『OXhide(牛皮)』が、『ある朝スウプは』と、2005年の世界中の映画祭でグランプリを競ったのです。新作である『Oxhide II』は昨年のカンヌ国際映画祭の監督週間で上映された後、さまざまな映画祭を旅していましたが、一度も見ることが出来ないまま日が過ぎ、今回がラストチャンスかと思われたので、がっくりきています。
去る1月のロッテルダム映画祭で監督と会った際は、『Oxhide III』の出資者を探していおり、「ある朝スウプはの高橋さんと廣末さんはあれからどんな映画をつくってるの?私は永遠にOxhideを創っているような感じなんだけど・・・」と言っていました。
また、一昨年から北京に留学している奥原浩志監督(スカラシップ作品『タイムレスメロディ』監督)にも香港で再会しました。北京でインディペンデント映画の製作にさまざまに参加しているそうで、その中の一作品『After All These Years』が今回香港で上映されるに際し、監督Lim Kah-waiさんと、北京から汽車で移動してきたそうです。そして、このLimさん、マレーシア系の中国人なのですが、日本語はじめ6ヶ国語を操り(本人によると、どれも適当ということですが)、奥原監督との出会いは、香港国際映画祭に『青い車』が招待された際に、奥原監督のアテンド担当だったことからなのだそうです。そして本年も、自作の出品の傍ら、映画祭事務局の仕事も手伝って、宿泊をもらったり、と、マレーシア、香港、北京、日本と、めまぐるしく移動しながら暮らす、華僑の逞しさを感じるのでした。
しみじみ、「"生き抜く力"を鍛えるのが、インディペンデント映画に関わる人々の必須条件だなあ・・・」と思わされる体験の多い、国際映画祭の滞在です。

そして今、中国語圏では、上海万博にあわせての映画製作企画が盛んなようです。
ジャジャンクー監督による上海人の歴史を題材にしたドキュメンタリーもほぼ完成したようで、英語字幕監修のトニー・レインズさんが、香港映画祭滞在の合間に北京でチェックしてきたとおっしゃています。かいつまんだ内容を伺うだけで、ときめきました。香港でも、香港パビリオンでの「香港紹介」のための短編映画4本『香港四重奏(QUATRO HONG KONG)』が製作され、今年の短編コンペ4プログラムのおまけ上映として、ひとあし早く1本づつばらしてくっつけて上映されています。

日本映画は、4月に入ると、島津保次郎監督の特集に伴い、島津監督のお孫さん一家がお越しになったり、若松孝二監督、大森立嗣監督、中村義洋監督が参加したりするそうです。映画祭は、VIPのために東京から山形国際ドキュメンタリーのアジアプログラマーである藤岡朝子さんを通訳&アテンドに招くとのことで、びっくり仰天しています。藤岡さんに通訳してもらえるのは、ほんとうに幸せです。

プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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