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シンポジウム「世界から見た日本映画の強みと弱み」

昨秋、2014年10月30日(木)TOHOシネマズ日本橋にて、第27回東京国際映画祭 フィルムメーキング・サバイバル講座「映画は完成したけれど」の一環として、PFF提携企画「世界から見た日本映画の強みと弱み」と題したシンポジウムをおこないました。登壇したのは、映画評論家、映画作家、映画祭キュレーターとして活躍し、北野武監督や三池崇史監督ら日本のインディペンデント映画や自主映画の監督をいち早く世界に紹介してきたトニー・レインズ氏、『ナイアガラ』が「PFFアワード2014」にてグランプリを受賞した早川千絵監督。通訳は藤岡朝子氏、司会はPFFディレクターの荒木啓子が務めました。

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レインズ氏:私は老人なので60年代を覚えているのですが、大好きな日本の監督、大島渚監督のことを思い出します。大島監督は一貫して反骨精神を持った人でした。決して下層階級から這い上がってきた人ではなくて、むしろ上流階級の人だったと思うのですが、一貫して、いわゆる日本的なものに対して非常に厳しい批評を投げかけていました。彼は常に、「我が国」ではなく「この国」という言い方をしていました。つまり、日本の政治を内面化せず、外に置いてそれを眺めたり攻撃したりする姿勢を取り、そんな映画をずっとつくり続けてきました。私はそのことを大変尊敬します。私自身も、自分の母国・英国に対して「我が国」というような言い方はしません。今思うと非常に懐かしいです。日本もかつては、自由に国に対して反論したり、口に出すことができた時代があったのですが、今はそのような文化はなくなってしまっていると思います。日本が停滞しているというお話を先ほどしましたけれど、このことがまさに証拠だと思います。私は日本も日本人も大好きですが、嫌いなこと、憎むところ、ショックに思うこともたくさんあります。日本の人たちがそれに反対したり批判したりしない、何か問題があってもそれを無視してしまうという風潮があります。そのことを私は奇妙に思いますし、それは40年前の大島監督の時代から変わってしまった、ひょっとしたらあまりよくないことなのではないかと思います。

荒木D:大島監督はPFFのスーパーバイザーとして、当初から非常に多くの協力をしてくださった監督なのですが、大島監督に昔、こんな話を伺ったことがあります。60年代カンヌ国際映画祭に昔行ったときに、「ここに、こんな、自分の尊敬している世界の映画監督たちが集まって、こんな静かな海辺の街で、映画の未来について語り合える場所があるなんて…」と大変嬉しかったそうです。映画祭は、普段は会えないけれど映画で繋がっている監督たちの交流の場であったと。ところが、その後『戦場のメリークリスマス』で再び訪れたときに、もう全然違う場所になってしまっていたと。監督たちの交流の場であること、それは映画祭が絶対失ってはいけない大事なことなのではないかな、とその話を伺って思いましたし、今トニーさんがおっしゃっていた、大島監督をはじめ、監督たちを貫いていた衝動や怒りや意識をリフレッシュする場所として、昔は映画祭が機能していたのではないかな、と思いました。

Q:映画は商品であると同時に芸術作品である、というお話がありましたが、自主映画をつくっていく上で、商業性というのが1つの大きな壁になるのかな、と思いました。それを乗り越えるための方法として、何かお考えはありますでしょうか?たとえば、映画館にこだわらず、ネット上で公開し、もっと大きなスクリーンで観たいという人が広まれば、そこに商業性が生まれるのではないでしょうか?

早川監督:確かに今はインターネットなど、広く観ていただくための色々な公開方法がありますけれども、個人的には映画館という空間がとても好きで、このスクリーンで観てこの音を聴くのと、コンピューターで観るのとではまったく違うと感じています。制作側としては、映画館の文化がずっと続いて、映画館で観てもらいたいと思っています。商業作品と芸術作品という問題は、とても大きな問題ですね。商業作品となると、多くの人が関わって、口を出さざるを得ない人たちが増える分、色々な問題も出てくる中で、芸術作品として成立させるのはとても難しいことだと思います。そこをどうしていいかということは、私も悩んでいるところで、理解者にめぐり合えたらいいなということしか今はお答えすることができません。

Q:早川監督は、世界に出ていくときに、自分が日本人だということを意識されますか?

早川監督:私は逆に意識をしなくなりますね。色々な国からみなさん来ていて、映画もまったく違う国のものなのですけれど、どこの国というよりは、その人が表現したいものの方に意識が集中します。自分の作品を上映したときでも、日本的なものを意識していることはまったくなくて、伝わるものは世界共通だな、と思いましたので、それは新たな発見でした。

左から、早川監督、トニー・レインズ氏、通訳を務めてくださった藤岡朝子さん。

レインズ氏:私は早川監督にまったく同感です。1つだけ付け加えさせていただければ、何年か前にPFFで嶺豪一監督の『故郷の詩』という作品をバンクーバーで上映しました。熊本出身の人たちが集まって生活している学生寮を舞台にした作品で、劇映画なのですがドキュメンタリーにルーツがあるような、非常に良い作品だったのですね。そして、今、彼はこの映画を自主公開していると聞いています。是非作品の推薦文を書いてほしいとご連絡いただいたので、私がこれまでに書いた文章を好きに引用してくださいとお返事しました。そのキャンペーンは上手くいっていると聞いてとても良かったと思っています。

荒木D:嶺監督、本日お越しになっていますね。宣伝してもらいましょう。

嶺監督:嶺と申します。10月18日(土)から、ポレポレ東中野で11月7日(金)まで上映しております。この映画は2年前にPFFに入選して、いくつかの映画祭を回って、今、自主公開をしています。今まで自分の作品は映画祭で上映されていて、映画を好きな人が観に来てくれていたのですが、今回は僕の映画のためだけに来てくれるお客さんを呼ばなければいけなくて、映画づくりとはまた違った壁にぶつかっています。海外の方はインディペンデント映画をどのように公開に漕ぎ着けているのかを伺いたいです。

レインズ氏:国によって違いますね。そしてどこでも困難です。むしろ、20年前と比べて、状況は悪くなっている、インディペンデントの対する窓口が狭まってきていると思います。たとえば、TV放映は20年前の方が楽だったと思います。しかし、先ほど客席の方が言われたように、他の可能性が生まれていると思います。ダウンロードやストリーミングなど、インターネットを使ったビジネスがあります。韓国にイ・サンウという、問題人物ともいえる監督がいます。彼の映画のタイトルは『ママは娼婦』(2009年)とか『父は犬だ』(2010年)とかセンセーショナルなタイトルの作品をオンラインで公開しています。監督自身が登場して人形とセックスしようとするような映画で、タイトルも内容も過激なだけに、彼はオンラインでは大きな収益を得ているとのことです。映画のタイプによって、エレガントで真面目な作品には中々そのようなお金は入ってこないかもしれませんが、1つの隙間ビジネスとしては可能性があると思います。

荒木D:そろそろ終了のお時間となってしまいました。本日のお話で、暴力やセックスが題材になっているものは受けやすいというのは1つあると思いますが、「これをやれば大丈夫」というものはないということ。ですが、自分のつくりたいものを絶対に曲げないというのがまず大事なことなのではないでしょうか。それは、インディペンデントだからこそやれることであって、トニーさんをはじめ、映画祭をやっている人間は皆、一貫してそのことを言い続けています。これから皆さんが壁にぶち当たったとき、今日お2人に語っていただいたことが何かヒントになったり、映画祭の存在が何かの助けになればいいなと思います。最初にトニーさんが希望していた、バーで自由におしゃべりしているような雰囲気に近づけたかどうかは分かりませんが、まだまだ沢山の可能性を持った日本の監督たちを紹介したいところ、残念ですが、この場所はこれでおしまいになります。本日は皆さまどうもありがとうございました。

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