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PFFディレクターBLOGRSS

2013/06/17 21:04:01

NIPPON CONNECTIONのこと

前回少しだけ書いたNIPPON CONNECTIONのこと。
公開の迫る『賢い狗は、吠えずに笑う』が招待された渡部亮平監督の体験記が、間もなく「海外映画祭レポート」にアップされる予定ですので、そちらも是非ご覧ください。

そう。そこにあるように、自由時間がこんなに不安なく充実する映画祭もそう多くはありません。
更に、日本語のできる人に囲まれ、言葉が出来なくてもほぼ大丈夫。
しかし残念ながら私は、滞在中ずーーーーと仕事が詰め込まれておりまして、一週間で食事をしたのは3回、飲んだのは最終日、という素晴らしいダイエットライフが送れましたが(痩せない)、あまりの強い日差しに、肌がひりひりのぼろぼろのしわしわの史上最悪の乾燥地獄になり、焦った焦った。
ただいま、祝!ヒット公開中のインド映画『きっと、うまくいく』主演のアーミル・カーン(44歳)が、18歳の役づくりにやったことのひとつに、「一日に水を5リットル飲んだ=肌にハリが出る」という言葉があり(胃液が薄められすぎて危険そうですけど・・・)「そうだ!水分で乾燥は緩和するはず」と水を飲んでみても、なんといってもドイツは硬水で更に炭酸水ですから、そう多くは飲めない。そして硬水のシャワーも、なんだか乾燥促進剤のように、痒みが増すばかりでございました。
「次回からは水をスーツケースに入れてくるかな~」とか、バカなことを考えるのでした。
そういえば、フランクフルトのスーパーには、ベルリンのように水の種類が多くなかったなあ・・・いえ、スーパー一軒しか行ってないですけど・・・

同じドイツのベルリン国際映画祭は91年から毎年通っていますが、NIPPON CONNECTIONは04年に来たっきり。
第13回の本年、会期も会場も大きく変わった新展開年に立ち会えました。
以前は駅を挟んで反対側にあるゲーテ大学校舎を会場に、3月末か4月に開催していた、学園祭な雰囲気の強かった記憶があります。
04年参加時は、丁度ホテルの部屋に『運命じゃない人』のカンヌ出品決定の電話を貰ったのです。そこから内田監督に電話して(当時の携帯からの国際電話はなんだか音がぼやぼやと通じにくかったことを思い出しました)ふたりで意味もなくただ笑っていた記憶が甦りました。
その内田監督の最新作、『鍵泥棒のメソッド』が、今回、観客の人気投票で決定する「NIPPON CINEMA賞」を受賞し、不思議な縁を感じました。

「NIPPON CINEMA賞」は、商業映画の人気投票と言えます。
一位『鍵泥棒のメソッド』、二位『横道世之介』、三位『テルマエ・ロマエ』と笑える映画が上位を占めていました。世相でしょうか。
前記の『賢い狗は、吠えずに笑う』は、渡部監督の自主制作長編で、ひとりでゼロから始めた力作なのですが、自主映画を集めた「NIPPON VISION」ではなく、プログラマーの熱狂的な感動から「NIPPON CINEMA」部門にラインナップされていました。
エンターテインメント過ぎるからかしら?でも感激です。

同時上映作が、同じく昨年のPFFアワード2012入選作品から、加藤秀則監督の短編『あの日から村々する』。英語タイトルがMORE FUKUSHIMAとあるように、FUKUSHIMAの原発事故で生まれ故郷を離れることを余儀なくされた曾祖母のためにつくられた、怒りを込めたコメディです。「コメディ映画にする」その表現方法が賞賛されての招待です。

今回私は、1:NIPPON VISIONSの審査員を務める 2:『あの日から村々する』と『賢い狗は、吠えずに笑う』の上映後のトークに渡部監督と出席する 3:現在の日本の映画制作状況についてのシンポジウムへ、東京芸術大学のみなさんと一緒に出席する 4:映画に描かれる福島について、『おだやかな日常』の杉野プロデューサーと、『A2』のイアン・トーマス・アッシュ監督と、加藤監督に代わって参加する 5:PFF CLASSICSという特別プログラムの解説をする
と、5つの仕事がびっちり詰め込まれていることを現地で知りびっくり仰天。
同時に驚いたのは、ヨーロッパ中、日本からも、日本映画の専門家や優秀な通訳を招聘していることです。

シンポジウムのモデレーターとして、日本からトム・メスさん、ベルギーから、ロッテルダム映画祭の通訳としてもお馴染みのリュックさんが登場しましたし、廣木隆一監督、西川美和監督、沖田修一監督をそれぞれフィーチャーしたディレクターズ・トーク進行には、お二人のほか、ロッテルダムの日本映画祭「カメラアイ」のアレックスさんがいらっしゃいましたし、各地の日本映画通大集合です。
更に、後半にはベルリン国際映画祭フォーラム部門で、毎年素晴らしい通訳をしてくださる梶村さんが登場。他に5名、すごいなあと唸る通訳が集められ、いやはや通訳の充実にもびっくりです。

ボランティアスタッフも日本語の堪能な人が多く、ひとりひとりに「日本に興味持ったのはなぜ?」と聞きたくて仕方なくても時間なしで涙をのみました。

ドイツは、小学校から英語が第一外国語として義務教育となってから(15年位前と聞きましたが、確認してない情報です)急速に英語の通じる場所になっています。
ここ数年、ベルリン国際映画祭がすっかり英語字幕での上映と質疑応答に切り替わったのを茫然とみていましたが、今回のNIPPON CONNECTIONも英語一色。スタッフにはドイツ語の出来ない人もいて、英語で全てが回っている感を強くしたのでした。

これまでの映画祭訪問体験からは、スカンジナビア半島や、スロベニアなどの小国、そしてオランダでは昔から当たり前に英語が使えましたが、大陸の大国のこの英語化のスピードには、毎度驚かされます。
また、EUになって国境を超えるとき、一番簡単な英語が自然と浸透することになったのか、自国を離れて働く人たちの共通語は、英語になっています。
タクシーに乗る時も、言葉の変化を切実に感じます。
近年ベルリンに多いのが、ポーランドから来たタクシードライバーたち。
英語通じます。スペインやギリシャからの労働者も同じく。

ベストシーズンのフランクフルトだったからでしょうが、極寒の2月しか体験していないベルリンと随分雰囲気の違う街に感じました。おだやかで、優しい。心がほどけます。
上映の環境は決していいとは言えない~本来はダンス劇場である会場と、石鹸工場をリノベした特設会場での映画祭ですので~NIPPON CONNECTIONですが、そこが気にならない人には、世界で一番安心して参加できる映画祭と言えることを改めて確認しました。

そういえば、今回の上映130作品のうち、35ミリフィルムが2本、16ミリフィルムが2本、他はすべてデジタルでした。
これまた驚きの現実です。
2本の16ミリは、PFF CLASSICの作品でしたが、この上映のために、映写機を用意してフランクフルト一の映写技師を手配してくれたことには感激です。

ベルリンの話と交錯した書き方ですいません。
共和国ドイツは、土地によって随分とカラーが違うことを感じたものですから。
ところで、前記、ベルリンで通訳をしてくださる梶村さんから伺ったのですが、ベルリン映画祭フォーラム部門が経営する映画館「アルセナール」の設立50周年パーティーが先日行われたそうです。
ウルリッチ&エリカ・グレゴール夫妻の創設したこの小さなアートシアター。現在では
2館となっていますが、グレゴール夫妻を讃えるとても暖かな会になったとのこと。
フォーラム部門は、スタッフを大切にすることも有名ですが、歴代のフォーラム関係スタッフも集まり楽しい時間だったそうです。
50年。半世紀。あっという間に過ぎていくのかもしれませんね。

私もなんだかんだでもう20年この仕事に携わっているのを、今回、ソウルとフランクフルトの旅で実感しました。昔会った人たちとの再会が多くて。
同時に、映画祭世界での上映作品や、登場する監督たちに、明確な世代交代を感じて、頼もしく思います。
カンヌでの、是枝監督とジャ・ジャンクー監督の受賞には、特にそのことをしみじみと思いました。
常に、新時代が生まれているからこそ、この仕事を続けられるんだなあと実感しつつ帰国しました。

プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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