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PFFディレクターBLOGRSS

2013/04/18 14:51:31

群青いろ作品を大量にみすぎて他の映画が物足りなくかんじられ真っ青に・・・

「ルネッサンスPFF」も、残すところあと2夜となりました。
今夜は、「群青いろのすべて」最終夜の特別上映作品として、高橋さんが撮影で、廣末さんが主演で、そして、群青いろ映画に参加しておられる俳優さんたちもたくさん協力している、南部充俊監督の『パッション』が登場です。
廣末さんの旧友である南部さんが「人生で一度は映画を撮りたい」というご自身の夢を実現させた本作『パッション』は、群青いろ作品同様の、高い熱気を孕む、緊張感の高い作品です。監督はじめ、高橋さん、廣末さんもご来場です。

この『パッション』を、PFFアワード2011の審査員特別賞に強く推したのが、近年のメガヒット作品『Limit of Love 海猿』や『Always 三丁目の夕日』、過去には『Love Letter』のプロデューサーでもある阿部秀司さんであり、そのコメントが「これこそエンターテインメント」であったことが、大変印象に残っています。つまるところ、「人間が描けているか」それがエンターテインメント映画の永遠の神髄である、と言われているような推薦理由なのです。
(阿部さんに、群青いろ作品を是非ご覧いただきたいとそのとき思ったことも、今思い出しました・・)

さて、私ごとですが、「ルネッサンスPFF」で、群青いろ作品を全てスクリーンで再見して(『ある朝スウプは』『さよならさようなら』『14歳』は、職業上数度拝見しておりますが)全て驚く程新鮮で、加えて、初見時には逃れ難く包まれる緊張感が、今回は無いことにより、楽しめて楽しめて、困りました。
そして一番困ったことは、「普通に公開している映画がみられない体になってしまう・・・」という、職業上の大きな問題です。
奇しくも、昨夜『あたしは世界なんかじゃないから』の上映後の質疑応答で、客席にいらした相田冬二さんが、まるでインタビューのような質問をくださいましたが、そのときに相田さんも、昼にみたある高名な監督の作品が、一昨日の『むすんでひらいて』を観たあとにはゆるく感じられたという発言をしておられましたが、そう、その「ゆるく感じられる」という感じが困るのです。「なぜこれでOKなの?」と、心で呟くかんじ・・・
私も、昼間に別の映画を観たときにかんじました・・・「本気か?」と・・・

つまり、
「群青いろ作品は、たまにみることにしろ」
という教えを得た私です。
幸い、彼らの作品をみることができるのは、年に1度か2度。
そういえば、日本人の平均的な劇場での映画鑑賞数が、ひとり1本を切ると言われて久しいですが、その1本が彼らの作品になると、世の中、今とは随分違うだろうと想像します。

今回は、レイトショー枠での企画ということもあり、上映が終われば終電間近。
加えて、群青いろのおふたりをフィーチャーする企画でしたので、その映画を支える俳優の皆様を紹介することを割愛せざるを得ませんでしたが、毎回熱心に参加いただく方も多く、強いつながりを感じました。
今夜上映する南部さんもそうですが、群青いろに関係する皆さんの中から、監督を体験してみる方々が生まれてくるといいのに、と、日を追うごとに、無責任なことをだんだん考えるようになってしまいました。
「自分の中にあるもの・誰かの中にあるもの・人間の中にあるもの」それをきちんとみつめて、対象化していく作業から、ギミック無くドラマが生まれ、リアルな登場人物が生まれる。
「見つめ、想像し、具体化し、俯瞰し、息づかせ、映像におさめる」。この一連の作業(勝手な想像ですが)を体験した方々が、それぞれの視点で、独自に作品をつくっていけば、映画は更に豊かになるでしょう。あるいは、思わぬ進化を遂げていくのではないか、と感じます。

また、今回「群青いろのすべて」という企画を通し、彼らの歴史をみた感じを持ち、整理してみました。
第一期 『ある朝スウプは』以前の「映画」を生む実験を重ねていた時期
第二期 『ある朝スウプは』及び『さよならさようなら』で映画を掴み、積極的に制作を続けていた時期。『14歳』まで。
第三期 高橋、廣末、それぞれの「映画」を探し、別々の道に別れる気配もあった時期
第四期 「群青いろ」の原点を確認し、『あたしは世界なんかじゃないから』で新たなスタートを切る。この第四期は、今までとは違う何かが生まれそうな予感がします。

ふたりの原点の確認が、『あたしは世界なんかじゃないから』に具体的に示されていると昨夜伺いました。
原点。「迷ったとき、困ったとき、辛いときは原点にもどる」この作業は効果があると、私もたびたび実感します。

さて、映画を仕事とする私は、多彩な映画がこの世界にあることを推奨する者です。
つまり、「〇〇の作品しかみない」という状況は、なくしたい者です。
1億の人間がいれば、1億の「自分の映画」を持ってほしい者です。ですので、1億にそれぞれの映画を発見してもらう工夫をするのを仕事とする者です。
前提として、山のような映画をみてほしいと願う、違う場所の、違う言葉の、違う世代の、違う人種の、あらゆる映画をみて欲しい者です。
ですので、言わずもがなですが、群青色の作品だけを観てほしいということはありません。
ただ、彼らの作品にみる、数々のうまく生きられない人たちをみていると、映画をたくさんみることで、楽になる方法をみつけることができる可能性は高いよ、と改めて思うのです。その1本は、群青いろの映画だろうな、とも思うのです。

が、その前に、あらゆる映画にみる生き辛さを解決するひとつの方法として、「自分が嫌だと思っていることをやめる」という選択肢がひとつ大きくあるのでは、とも思うのです。
大人である私の視点から言うと「辛い」という前提で語られる代表である「仕事」は、やり方次第で辛くない。
「仕事」は、日常生活の延長線上です。日常生活で行っていることを導入する、自分なりのやり方で、片づけて行くしか、やり方はない。朝起きて顔洗って、歯を磨いて、身支度して、戸締りして、ごみ出しして、みたいな作業と同じで、自分の力で進めるのです。そこに「特別な何か」が必要だと思うのは、幻想であり、同時に、「特別に見せたがる人」「ルールを作りたがる人」などは、実は「何をしていいのかわからなくて困っている人」であると思って、まず間違いないでしょう。

だんだんなんだか話があらぬほうにそれてきてしまいました・・・
とりあえず終わらせます。
辛いときには映画をみる、映画をつくる。
そこから始めていただいても、私は嬉しいのでした。

プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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