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PFFディレクターBLOGRSS

2012/02/24 00:00:20

危うく死ぬところでした

めったに乗らない自転車で走っていましたら、信号無視で飛び出してきた小型トラックを避けようとして、鋪道にはみ出していた民家のブロックにタイヤをとられ転倒。半身が車道に飛び出し、そこで車が来てればもう今ごろは告別式、という事故にあいました。トラックは逃げちゃったけど。
人生、一寸先は闇であります。

いろんなところを打撲したようで、湿布をべたべた貼って、テープで固定して、「フランケンシュタイン~~~~」とかいって遊んでますが、痛みが移動しながら高まるのには、ちょっと困ってます。子供の時の懐かしの「膝小僧を擦りむく」とか「肘を擦りむく」とかも体験し、「かさぶたが出来るのはいつごろかな~」とか呑気なことを言っております。(かさぶたをはがす行為、大人になってとんと経験しないですよねえ・・・)

というわけで、自宅静養中なのですが、その前にぴあで郵便物を整理していましたら、北九州市民映画祭で、キム・ギヨンの特集というチラシを送っていただいていたのをご紹介したいと思います。PFFin北九州を実行くださっていた吉武あゆみさんからのお知らせです。
門司出身の青山真治監督も参加するこの企画、ゲストのひとりに、現在東京国際映画祭「アジアの風」プログラマーの石坂健治さんがおられます。

石坂さんのことは、以前にもご紹介いたしましたが、かつて渋谷に存在した国際交流基金の「アセアン文化センター」で、映画の担当をしておられました。その後、赤坂ツインタワーに移って、ずっと、日本未紹介のアジア及びアラブ映画の紹介を続けておられ、特にアセアン文化センター時代はお仕事をご一緒するご縁の深かった方です。
キム・ギヨンを、世界で最初に再発見再上映をした人です。
気難しい監督との親交も深く、日本での特集をきっかけに、本国韓国で再発見が始まり、いよいよ1998年には、ベルリン国際映画祭で特集が組まれるという、その直前に、ご自宅の火災で監督はご夫人と共に亡くなられ、ベルリンの会場には息子さんがいらしたのを覚えています。あのときは、心底驚きました。

さて、今や、知らないもののいないキム・ギヨン。
九州では初めての上映ということですので、是非多くの方に体験いただければと思います。

今年のベルリンでは、内線前の幻のカンボジア映画を3本特別上映しました。まだ、スタジオがあり、映画産業があった時代の映画です。カナダに亡命した監督も参加なさって、40年以上を経た貴重なそれだけしかない16ミリフィルムでの一回限りの上映。映画祭というのは、映画の最新事情を見せる場所でもあり、歴史をみせる場所でもあるなあと実感する会場の雰囲気でした。石坂さんは3作品すべてご覧になったのではと予測しています。(私は1作品しか時間がとれませんでした)

ベルリンの話題を続けますと、帰国して、しみじみと「スペシャルメンションの地位があがったなあ」と考えていました。
メインコンペで、スペシャルメンションに銀熊のトロフィーが贈られたのが、まず最初の驚き。すでに、「メンション」ではなく、「賞」という扱いですね。
これは「コンペティション」というもの変化が始まっていることを示しているのかも・・・と考えはじめています。映画祭運営側にとっては、新たな課題の表出です。

あ、前回のブログでは、『グレートラビット』を日本映画と記してしまいましたが、これはフランス映画でした。失礼しました。和田監督は日本在住ですが。というわけで、受賞した日本映画はCICAE賞の『かぞくのくに』(ヤン・ヨンヒ監督)なわけですが、スペシャル・メンションの今泉さん、平林さんとも、受賞と同じっていうベルリンの見解では。
今泉さんは、夫婦揃って映画監督というのも、現代日本の映画事情をうつす面白い話ではないでしょうか?

さて、海外から戻っていつも思うのは、日本の雰囲気の不機嫌さです。
公共機関で、街で、人々の顔が、空気が、不機嫌で剣呑だなあと感じます。不安で不幸ななかで、自分だけは得をしたい、という価値観がこの国を覆っていると申しましょうか、あるいは、最少単位である家族だけは安全でいたいが他はいい、という価値観と申しましょうか、なんか、全体的に身勝手な感じ。それって、つまるところ、損な発想ではないのかなあと思います。自分と家族だけでは暮らせないからなあ...現実は。ちょっとした視野の拡大や、優しさの表出が、何かのときに自分にも得となって戻ってくると思うけど、ちょっとやってみませんかね?と言いたくなる電車の中だったりします。

成田空港からの電車で一気読みした『海にはワニがいる』は、推定9歳でアフガニスタンを脱出し、子供の力でパキスタン、イラン、トルコ、ギリシャを経て推定15歳でイタリアに政治亡命した少年の記録ですが、この話で言えば、日本はあきらかに亡命者を助ける立場の国。その感覚はしっかりあったほうがいいと、しみじみ思った『海にはワニがいる』。私は横尾忠則さんの紹介文で興味を持ち読みましたが、映画化すすんでいるそうです。

本といえば、遅ればせながら、沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』を昨秋拝読しまして、腰が抜けました。映画化は不可能だと思いますが、近年もっともすごかった小説でした。

プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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