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PFFディレクターBLOGRSS

2011/11/19 16:20:45

群青いろ作品とかエンディング・ノートとか

「群青いろ」は脚本家で監督の高橋泉さんと、俳優で監督の廣末哲万さんで構成される映像制作ユニット。2004年のPFFアワードで、それぞれの監督作品『ある朝スウプは』『さよなら さようなら』が、グランプリと準グランプリとなり、その後『ある朝スウプは』が劇場公開ヒットと同時に海外でも多くの受賞をし、一躍注目を集めました。その前もその後も、多くの作品を生むふたり。高校中退後完全に独学で映画をつくってきた二人は、最初、録音の方法がわからずサイレント映画を撮っていたとか。近年の長編作品は、PFF、東京フィルメックス、東京国際映画祭などでお披露目されてきました。ただし、「群青いろ」の作品でDVDで観ることができるのは、『ある朝スウプは』『さよなら さようなら』『14歳』のみ。他は上映の機会を逃さず観るしかありません。
そんな彼らの久方ぶりの自主上映会が決定という連絡をいただきました。12月18日午後5時から渋谷オーディトリウムにて。(最近頻繁にこのブログに登場する渋谷オーディトリウム。ものすごい数のイヴェントが行われていて、スタッフの気力体力に感服するばかりです。)昨年、東京国際映画祭でお披露目された最新作『FIT』の上映と、これまでの制作作品のダイジェスト紹介、トークショーなどで構成されるそうです。
『FIT』の東京国際映画祭上映に参加なさった方はお気づきでしょうが、あの会場で使用された英語字幕版は製作上の不備でいささか完璧な状態とは言えませんでした。が、その後ダビングをやり直し、素晴らしい状態のものが完成。ベルリンや香港での上映は大変美しい画面でした。この機会を逃すと次はいつ上映されるかみえない『FIT』。監督の廣末さんの作品を観続けている方には、驚きの新境地をみせられる渾身の力作です。

廣末さんのことを紹介していると、どうしても思い出すエピソードがあります。それは、2003年就寝中にアパートが火事にあった話。着のみ着のままで部屋を飛び出し難を逃れたものの、部屋には『ある朝スウプは』のビデオテープ(懐かしの8ミリビデオ)が入ったままのカメラが・・・・諦めるしかないと煩悶するなか、鎮火後の瓦礫の中から出てきたカメラの中身が奇跡的に無事で、PFFアワード2004に応募できた。と。嘘のような本当の話です。
そして、その火事は、階下にひとり暮らしの老婆が、電気代が払えず蝋燭の灯で暮らしていたことが発火原因でした。夜中に起きたときに灯がなければ不安です。そのために灯していたのでしょう。アパートは、『ある朝スウプは』の舞台にもなっている、一部屋と台所にトイレのみついた造り。かつては学生や新婚夫婦の生活場所として活躍していたタイプのアパートですが、1980年代後半からは、独居老人の入居が増え続けている、先日新宿で火災にあい多くの被害者を出したアパートと同じ系列の、"風呂なし低家賃"のアパートです。
1980年代からと書いたのは、橋口亮輔監督が90年代中盤まで同様のアパートで暮らしており「新規には一人暮らしの老人しか入ってこない」という話に驚いた記憶があるからです。すでにその頃から、老人の居住可能な住宅問題は始まっていたことを、改めて思い出しました。
かつては社員として生活を保障されていた「映画監督」という職業。現在ではフリーランスとして生きていくわけで、新たな立場での老後生活のサンプルケースがまだありません。ひとごとではない課題です。
また、かつては「社員」だったと同時に、「スタジオ」という職場に出勤していた映画監督。こちらも遥か昔の夢のような暮らしです。が、しかし、たまにスタジオで撮ることの出来る映画もあります。内田けんじ監督の新作は、フルセットでスタジオ撮影、35ミリ2キャメと聞き、いにしえの映画製作の日々を体験できるというだけでも感嘆しました。完成が大変楽しみです。

話がまたそれてきました。やっと拝見できた「エンディング・ノート」です。
一流大学を卒業して、一流企業に入り、役員まで務め退職し、専業主婦の妻としっかりした3人の子供と、仲のいい会話のある家庭を築き、これからゆっくりしようという矢先に末期がんが発見された父の死の準備を、末娘である砂田麻美監督が追う作品です。この一家を観ていると、とても懐かしい感じがするのです。多分、ここに「想定される日本の家庭」の象徴のような一家が登場するからではないかなと。あらゆる日本の家族のイメージ、消費者としてメーカーやメディアから想定される家庭、学校で語られる「家族」、そんな姿がここにあるなと思いました。日本では6000万人位という就労者のうち、大企業と申しますか、上場企業と申しますか、そんな職場にいるのは1200万人位だとか。この1200万人余りを前提に社会「イメージ」がつくられているのだなあと、妙に納得したのでした。「現実」は勿論違うのですが。
そして、もうひとつ、この映画ではっと気づかされたのが、「カメラを向けられることに慣れている主人公」です。監督のお父様、砂田知昭さんは、若いときは8mmカメラで、監督の麻美さんが成長されてからは彼女が常に持ち歩くビデオカメラで、膨大な映像を記録されています。記録されることが日常になっていることも、その発言が整理され、明確で、他者に向かう態度もオープンであることに繋がるのではないか?と感じられてならなくなりました。砂田知昭さんの世代では珍しい「記録される」暮らしですが、現在ではもっと頻繁に生まれています。今後の人々のメンタルが、撮られることで変化する=しているのではないかと、改めて考えはじめています。


プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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