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PFFディレクターBLOGRSS

2010/07/20 00:43:26

映画は映画監督が引っ張っていくと、PFFは考えています

catarpilar.jpg第32回PFFぴあフィルムフェスティバル始まりました!
今年は映画祭ニュースでPFFスタッフが日々の状況をご報告するとともに、オフィシャルカメラマンとして現場に張り付いてもらっている内堀さんにも、会心のスチルを使ってレポートしてもらっています。
コンペティション部門「PFFアワード」の1回目の上映が終了して、今日は最初のフィルムセンター休館日。これからの上映プログラムの最後の準備をしています。
robi01.jpg実は、今年の「PFFアワード」は、女性客の増加を強く感じています。嬉しいことです。自主映画とか、商業映画とか、そんな区別なく映画を楽しむ人の増加にも関係しているのではないかと思います。
PFFアワードの上映は、毎回できるだけ監督をお招きしてお話を伺っています。というのも、今更改めてお話するまでもなく、PFFでは応募された映画は監督が牽引しているという前提で考えているからです。

一ヶ月以上前の話で恐縮ですが、先月、馬車道の東京藝術大学大学院映像研究科と、西新宿の映画専門大学院大学で話しをする機会がありました。
東京藝大のほうは、フランスの国立映画大学La femisのプロデューサーコースの学生6名を日本に招聘しての、日仏合同ワークショップの一貫でした。私は海外の映画祭がいかにチャンスとなるか紹介する役だったのですが、誰に向って何を話すのか、迷う場所でした。何故なら、それは、参加者の、立場の違い、望みの違い、言葉の違いが、多彩な場所だったからです。
フランスのプロデューサーコースの学生にとって、プロデューサーとしてやるべきことは、同級生の監督の望む映画を実現するために、用意されている補助金をいかに獲得するか奮闘することです。明確な目標と、獲得すべきノウハウがあります。一方、日本のプロデューサーコースの学生にとっては、無名の若い監督への補助金も、無名の若いプロデューサーに降りる補助金もありません。現実では、プロデューサーを志す人たちの多くは、何らかの映画製作をしている会社に就職することが目標であることがわかりました。プロデューサーとしてのスタートラインが非常に差のある日仏だということを再認識です。同時に、そのワークショップの時間には、監督志望者も、一般の人もいました。何を話すのがよいのか、迷いました。更に、6人のためにフランス語の通訳もされます。そうなると、日本語で伝わりやすい言葉使いと、翻訳されて伝わりやすい言葉使いの使い分けも混迷しました。言い訳しているわけではないのですが、非常に難しい時間でした。
そして、その一週間後に、映画専門大学院大学で、同じくプロデューサー志望の学生たちに、PFFのことを話す機会がありました。こちらも、プロデューサーとしてのキャリアの始め方に皆さん悩んでおられることを感じさせられました。就職のチャンスを、皆さん探しています。
同時に、日本で「プロデューサー」は映画をどうプロデュースすることを前提としているのか、そもそも、その仕事の役割をどう定義しているのか、興味を持ちました。というのも、学生さんたちから、この監督の作品をプロデュースをしたいとか、この企画をプロデュースしたいとかいう具体的な話を伺う機会がなかったからかも知れません。また、考えてみると、PFFの活動は、監督を中心に置いたもので、他の視点で考えてみることがないため、「プロデュース」の意味が明確ですから、他の「プロデュース」がよくわかっていないのかもしれない自分も発見しました。

saitama.jpgこれは一部では良く知られているのですが、昨年から最も話題になった自主映画『SRサイタマノラッパー』の入江監督のブログです。
http://blog.livedoor.jp/norainufilm/archives/51672315.html
映画祭の最中に持ってくる話題ではないかもしれませんが、作品が話題になっても、収入は限られてる、という現実。映画をやればやるほど疲弊する、という現実を改善することは、常に映画に関わる人々の課題です。更には、観客がいるという状況をどうつくれるか、も、重い課題です。
sakuragiminden.jpg実は『SRサイタマノラッパー』は、ゆうばり国際映画祭グランプリ受賞後、DVD発売が決定したことでPFFの応募を取り消ししたいと入江監督から連絡を貰い、当時の予備審査員たちはとても落ち込んでいた大人気作品でした。常にその動向を皆気にしていました。先日のコクーン歌舞伎『佐倉義民伝』では、重要な出演者としてこの映画のキャストが配されており、嬉しくなりました。

bff2010_.jpg話しはまた飛びますが、同じく先月は、吉祥寺バウスシアターで開催された「爆音映画祭」が大成功を収めました。吉祥寺のホテルに宿泊して通った人も沢山いたそうで、ロックフェスのような映画祭で素晴らしい事象です。
映画が人をときめかすことが出来るということを証明する。これも映画に関わる人の課題です。

PFFでも、上記の課題に対して、出来ることからコツコツと活動を続けていますが、その世界は果てなく広く深く、まずは自分たちの活動である「映画祭」で出来ることが最初です。そして、PFFアワードに応募した方々に、映画祭会場で、実際にどんな作品が応募されているのか、入選しているのか、どんな人が監督しているのか、体験して貰いたいのが、今、映画祭真っ只中の私たちの最大の望みです。志を同じくする人たちが知りあえば知り合うほど、何かが生まれる可能性は高まります。映画祭という場で、多くの出会いを願っています。

プロフィール

PFFディレクター
荒木啓子 Keiko Araki

雑誌編集、イベント企画、劇場映画やTVドラマの製作・宣伝などの仕事を経て、1990年より映画祭に携わる。1992年、PFFディレクターに就任。PFF全国開催への拡大や、PFFスカラシップのレギュラー化、海外への自主製作映画の紹介に尽力。国内外で映画による交流を図っている。

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